事件の解決
ジャンヌの案内で急ぎ駆けつけた現場には、近隣に住んでいる平民達でごった返していた。彼らにそのつもりはないだろうが、道を阻むような群衆を縫うように進み、顔を知らない騎士達との押し問答を繰り広げ中々先へと行けない。
呪いが解けた弊害を実感しつつ苛立ったが、同行していたジャンヌを介してようやくエリク隊長であると信じてもらえて団長の元まで辿りつくも安心はできない。緊迫した空気で肌と喉が引き締められる。
「すまない。よく来てくれたな。一応君にもたしかめてもらいたくてな」
そのまま従って共にいくと城壁の影で覆い隠される隅の隅に、布を被せられている遺体が地面に横たえられている。それが財務大臣だと布を取ってからすぐに気づいた。もう一人はどこにでもいそうな女性だ。
「しかし、かつての重要人物がこのような場所で・・・・・・とは」
「同感です。しかし、だからこそ発見が遅れたのでしょう」
大臣と女性の遺体があるのは、王都の店や住民が出す塵芥、糞尿を一箇所に集める通称ゴミ溜だ。捨てに来る者は業者だけでないが普段は人気がなく、好んで住める場所ではない。
ただ留まっているだけでもあちこちから漂う酷い異臭はごまかしようがなく、衣服にまでこびりついてしまうのではないかというほど。鼠か蠅でもなければ一刻もいたくはないだろう。
「大臣はもしやここにずっと潜伏していたんだと私はおもうが、どうだ?」
「自分としてはなんとも・・・・・・・」
瞳孔の開き具合から、死亡してまだ時間は経っていない、もしかしたら二日前も死んだのかもしれないと団長達は見ている。
しかし落ちぶれた身なり服装。手の爪は伸び放題で乱れた髪にも頭垢がある。肌の至る所が汚れていて生きている要素を抜かれた土気色の大臣の死に顔は、なんとも哀れみを誘う。
硬く握られた右手のナイフはどこでも手に入りそうなひどく粗末な物だ。それが胸に突き立てられたのが直接の死因なのだろう。女性の遺体には複数の刺し傷がある。
「なぁ、エリク隊長。私はこう見ている。大臣とこの女、おそらく協力者だな。二人はここで今後のことで揉めたのではないかと」
「逃げるかどうするか、ですね?」
「ああ。所持金は大してなかったし、死亡推定日は、収穫祭のときだ。王都の外に出る人達が多かった。それに紛れて逃げる、脱出する機会はここしかないと。だが、進退窮まった二人は具体的な展望を見いだせず口論の末に二人で殺し合いになってしまった」
「その話でいけば筋は通りますが・・・・・・ではこの女が刺客なのでしょうか?」
「そうだろう。しかし、あれだけ騒がせておいて最後がこれとは・・・・・・・拍子抜けだな」
同意するしかない。シャルを襲ったことから端を発した一連の事件にしては気の抜けるようなあっけなさしかない。あれほど満ちて使命感はやり場を失い、名状しがたい複雑な感情を掻きたてる。
「?」
しっくりとこないまま大臣の遺体と女、刺客の死体を眺めていると、突如として違和感を覚えた。なにかがおかしい、しかしそれがなんであるのか説明できないという、微妙に引っかかるような、ごく小さな違和感だ。
「今身元をたしかめさせているが、どうだ? 見覚えは?」
団長の呼びかけに、ハッと我を取り戻す。刺客と二度相対したとはいえ、どちらも顔を隠していた。背丈は大体同じくらいかもしれないが、自信はない。
「団長。ナイフの持ち方は最初からこの持ち方だったのでしょうか?」
「ああ。そうだが、なんだ?」
戦いの記憶を頼りにすると、逆手で持っていたことを思い出した。通常は持たないような刃を下の向きにし、親指を柄に添えるような特徴的な持ち方をしていたのだ。
「凄いですねエリク様。戦っているときなのにそこまで覚えているだなんて」
「不思議と、そういうときというのはなんでもないことが記憶に残ったりするのだ」
「普段の癖とかもな」
「なら、この遺体も同じ持ち方をしていたようですから、やはりこの女が刺客で間違いないということですね」
「うむ。これで騎士団も通常配置に戻れる。君も安心だろう。副隊長などは早く戻って来てほしいと嘆いていたぞ」
そのまま現場を離れ、三人で仮に設営された簡易的な詰め所、天幕まで移動する。安堵しながらも、さっきの違和感を想起し、チラリと遺体を振り返る。
「? どうかされましたか?」
「いや」
やはりどうにもしっくりこない。
ようやく解決の糸口が見つかったかもしれないという、一縷の望みができた矢先のことだった。やり場のない使命感が消化しきれないのだろうと己に言い聞かせ、こっそりと安堵の溜息を吐く。
終わったのだ。これで本当に。
「もしかして、王女と離れるのが今更惜しいのですか?」
「お前なぁ・・・・・・・!」
馬鹿にするような口ぶりのジャンヌに煽られ、団長の元までひた走る。否。断じて否だと必死で言い聞かせながら。
「というかまだ終わりじゃない! お前達はこれで充分かもしれないが、現場のほうはやることが山積みなんだっ」
「え? 他になにが?」
「身元をたしかめないといけないんだよ。仲間がいるかもしれないし。場合によっては親族にまで罰しなければいけない」
「うっわ。騎士団でけっこうブラックなんですね」
「それに、武器を売っていた商人も探索しなければいけない。しかし、それでも以前よりかは楽になるはずだろう」
ふうう、と椅子に腰掛けてはいながらも疲れすぎているという長い嘆息を吐いた。アランはまだしも、団長のほうは大変だっただろう。現場を統括し、すべてを取りしきっていたのだから。
「身元をたしかめるのでしたら、王宮で働いている者を中心に探させたほうがいいかもしれません。それか出入りできた者を」
「・・・・・・・うむ? 何故だ?」
「いえ。シャルロット王女が言っていたのです。香水のことについて」
「・・・・・・・香水?」
「あの方がなんと?」
ジャンヌも予想外だったのだろう。遺体から離れ、興味深そうにしている彼女も含め、改めて二人に説明する。
「ほう。シャルロット王女がそんなことを?」
「ええ。自分は無視すべきでないとおもいます」
「思い違いをしているんじゃないですか? あの子、けっこう抜けているし」
同感だが、主に対して失礼だな。
だが、嗅覚というのは無視できない。他の五感と違い、嗅覚は記憶と密接に繋がっていてそのときどきの喜怒哀楽さえも呼び起こされる。だからこそ、俺もアランも瞬時に気づくことができたのだ。
「・・・・・・・・・・しかし刺客は何故香水を持っていたのでしょうか?」
「うん?」
「その修道女が作っていた香水は市販されていないのでしょう? でしたら刺客はどうして手に入れられたのでしょうか?」
「それは・・・・・・・・・・」
「仮になんらかの方法で手に入れられたとしても、正体に繋がるかもしれない物をわざわざ所持しているでしょうか? しかもそれを落としたままにして」
「ジャンヌ殿。君はこう言いたいのか。捜査を攪乱するためにわざと落としたと?」
「ええ。それか王女様の思い違い」
「それは・・・・・・・・・・」
「ない、と言い切れますか? あのシャルロット様ですよ?」
「・・・・・・・・・」
「まぁいい。なんにしろ、今後の調査で明らかになるだろう。武器を売り買いしていた商人の行方は、エリク隊長。君に任せよう」
「は、かしこまりました」
団長は大して気にしていないのか、なんともつまらないことだと言いたげに締めた。そして今後の方針について簡単に示しだす。聞いているうちに、
納得できないのに、納得しなければいけない。妙なやりきれなさが募る。




