主の事情を知らない使用人達
呪いがとけてよかったと真に実感できたのは風呂に入ったときだろう。
まずいつもより楽だ。肌が見えなくなるほどの体毛がなくなり、洗う面積と量が減った。泡だてた石鹸が肌の汚れを落としていくのが直に実感できて心地よくて体を洗うのが気持ちいいと初めておもった。
あちこちにある傷も目立っているが湯船に沈めればじんわりとした温もりがすぐにこの身を包んでくれてどうでもよくなる。
以前から好きな習慣だったが、より味わい深い。
入浴のたびにマリーとサムが気を遣って一緒に入ろうかと提案してきた。マリーは真剣だとまだわかる。だがサムはふざけていると感じたから両方退けた。
(しかし、ここまで変わるか)
透き通った湯面に、すっかり変わった体型が映る。
一般的に比較しても、今の体型はやや細いほうだ。だが体毛に包まれながらも丸太のように太かった二の腕も両足も陰も形がない。変わり果てた自らの体型がほっそりとしているようにしか見えず我ながら頼りなく感じる。
剣の振り方も戦い方も、自然と己の体格と体重を基にしている。この体で騎士として活躍するのは時間がかかるかもしれない。それはリハビリよりも難しいだろう。
心地よい湯加減への名残り惜しさを焦れったさで振り切り、上がる。脱衣所ですぐに体を拭こうとしたがバスタオルがないことに気づいた。
いつも入る前に用意してあったのだが、仕方がない。ここで誰かを呼んでもそれぞれ忙しいから来るのに時間がかかるだろう。その間濡れたままいれば風邪を引くかもしれない。
行儀が悪いが脱いだ衣服で全身を拭き、そのまま寝間着を着込む。洗濯物を纏めておく場所は把握しているから、そのまま置きにいけばいい。子供みたいで自嘲してしまうが仕方が無い。
「そう、それで大丈夫」
途中、調理室に通りかかるとサム、そしてマリーだろうか。会話しながらなにかをしている。朝食の準備かとおもったが、それにしては随分と甘い香りが漂っている。
声をかけようかとおもったが、一緒にいた女性がシャルだと気づいてつい隠れてしまう。
(いや、どうして隠れる・・・・・・・!)
『シャルを恋人と伝えればよいのではないでしょうか?』
『いっそのこと本当に結婚しちゃえばいいのではないでしょうか?』
「~~~~~っ!」
何度か自分の状態から脱却しようとするが、昼間に言われたことを連想してしまう。
「うん、焼き加減もいいな」
「ありがとうございますっ」
お菓子、スコーンを作っている途中らしい。よく紅茶と一緒に用意されることはあるが、夕食後はすぐに寝ると前もって伝えていた。明日の分かとおもったが、それにしては数も少なく二人で食べきってしまう勢いだ。
「随分上達したね。エリク様もきっと喜んでくれるよ」
「、」
「いいえ、まだまだです」
「はは、拘るねぇ。けど、俺じゃなくってマリーに教わればよかったんじゃないかな。俺ができるのは作り方くらいで」
「いえ、マリーさんはお忙しいですしわたくしの我が儘に付き合わせるのは」
「それは君も一緒じゃないか。最近、誰よりも早く起きてるし」
「・・・・・・・わたくしはそれくらいしかできませんもの」
「いやいやいや。そりゃ最初の頃と比べたら・・・・・・・・・・・・ねえシャルちゃん。エリク様となにかあった?」
「え?」
「最近、避けてるように見えるんだよ」
「・・・・・・・・・・それは」
俺自身も気になっていたことが話題になったのもあって完全に出るタイミングも、立ち去るときも失ってしまった。
「わたくしは・・・・・・エリク様に感謝しているのです」
「感謝?」
「はい。なので、ただ恩返しがしたいだけなのです」
「恩返し、か・・・・・・」
サムが想像している内容とシャルが想起している出来事は乖離している。単純に雇用されたこととおもい、命を助けてもらったこととは露ほどもおもっていないのだ。
大袈裟な、と考えているのか。それとも健気に映っているのか。マリーに時折投げかける笑みと同じ表情を見せている。
「以前食べてもらったお菓子では、きっとエリク様にも喜んでもらえないとわかったので・・・・・・・」
「? シャルちゃんいつそんなことしてたの?」
「え? あ、そ、それは・・・・・・・」
ついポロッと出てしまったのか。まだこの屋敷に来る以前、まだシャルロット王女として普通に過ごしていたときを語ってしまった。焦ってしどろもどろになっている。
「ねぇ、シャルちゃん。もしよければエリク様と結婚しない?」
「!?」
「え?」
なのにサムは唐突にとんでもないことを宣った。
「わ、わ、わ、わたくしが、エリク様の・・・・・・・・・? そ、そそそそ、そ、しょんにゃ・・・・・・・」
「実はエリク様のご両親が結婚相手を探すと張り切っていてね」
「え・・・・・・・・・・?」
「けど、エリク様はまだ結婚するつもりはないってムキになってるんだ。せっかく呪いがとけたというのに。もったいないじゃない? 任務だ役目だって」
「あ、」
「今だって、すぐにでも復帰できるようリハビリに力を入れている。きっと近いうちに剣の鍛錬もし出すんじゃないかな」
「・・・・・・・・・・」
「ほ~~~んと、昔から真面目で頑ななんだ」
「・・・・・・・・・」
さっきとは打って変わり、対照的となっている。
朗らかな明るさを放つサムと、目に見える暗さを発しているシャル。キュッと引き締まった表情はどこか思い詰めているようにどんよりとしていて袖口に、皺ができるほどギュッと握っている仕草をとっている。
「エリク様の全身、傷だらけだろう?」
「はい・・・・・・・」
「今までは隠れていて目立たなかったけど、きっとそれだけ自分を省みないで騎士としての務めを立派に果たしていたってことなんだ。こっちはさ。やっぱり心配なんだ。いつか本当に命を落とすんじゃないかって」
「・・・・・・・・・・」
「君がこの屋敷に来てから、エリク様はあまり見せない顔をするようになった。困った顔をしたり普段じゃありえない声量を出したり」
「・・・・・・・・・・」
「でも、嬉しそうなんだ」
「っ」
「あんなエリク様、長い間見たことなかった。きっと、君のおかげなんだな」
なにを言っているんだろう。本当に。
困らされていた。たしかにそのとおりだ。シャルの突飛な行動に頭を悩ませ続けていた。普段しないほどの声でツッコんだりしたこともあった。
だが。
「~~~~~~~っ」
ふとしたときに感じていた熱さ。胸のときめきが蘇る。
「わたくしは・・・・・・・・・なにもできていませんわ・・・・・・」
「なにもなんてないよ。だって君はエリク様をおそれず触れていたじゃないか。普通に接していた」
「・・・・・・・・・・」
「もしもエリク様がお嫁さんを迎えるんなら、そんな女性がいいっておもってたんだ。見た目をおそれず、本当のエリク様と接してくれる人が」
サムは、見込み違いをしている。俺の毛並みや尻尾がシャルにとって、動物と同じ。だからこそ触れようとしてきた。呪いなんておかまいなしに。
特別な思慕の情なんかではない。そうでなくてはいけないんだ。
「もっと自分を大切にしてほしいんだ。だから自分を大切にしてくれる人が一緒にいたら、相手も大切にできる。そうすればエリク様も幸せになれるんじゃないかなって」
呆れながらもどこか親しみを含んだサムに、おもわずこちらもむず痒くなってくる。年下だというのにまるで保護者気取りな物言いじゃないか。俺のほうが年上なのに。
「そ、そうでございましょうか・・・・・・・・・・?」
「それに、エリク様はくそ真面目でユーモアに欠けている人だから。君みたいに明るくて振り回してくれる人と相性がいいんじゃないかな」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
やめろ。それ以上はやめろ。
「さ、サムさんもサムさんもマリーさんもいらっしゃるではありませんの・・・・・・」
「俺とマリーは使用人だし。小さいときから一緒だから兄妹みたいなものだよ。そういうんじゃなくって・・・・・・・なんていえばいいのかな・・・・・・・あ。もしかしてシャルちゃんは嫌なのかな? エリク様と結婚するのは」
「わ、わ、わたくしは・・・・・・・」
あわ、あわ、あわあわあわわ。混乱の極みに達したシャルに、つい見ていられなくなった。というより、こちらも同じ状態へと陥る。
「娶ってはいかがですか?」
「!!??」
背後、というよりほぼ耳元から気配を置き去りにした声におもわず飛び退る。壁に靴が床を踏み抜き壁に手を当てた衝撃で二人にも気づかれてしまった。
「旦那様。とジャン? そこでなにを?」
「お、俺は・・・・・・・・・・・・・・」
洗濯物を持ってきただけだと示そうと伸ばしたとき、シャルと視線が交錯する。
(う・・・・・・・・・・)
立ち聞きしていたという後ろめたさだけではない。
いつか味わったことがある懐かしい疼き。痛みを伴った脳の奥から痺れ、茹だるほどに熱い鼓動。
堪えられない。
シャルも同じように無言となって赤らんだまま俯く。誰も喋ることができずムズムズするようなぎこちのない空気に包まれていく。
「エリク様はここでお二人を――――」
「ついさっき風呂から上がってこれを渡そうとおもって今ここに来た!」
口走ろうとしたジャンを止め、濡れたシャツを出し示す。なおもこちらを見上げて非難がましく睨まれてるが、たまったものじゃない。
「あ!」
意味を介したらしい。 申し訳ございません! と狼狽しながらも一歩前に進み出て受け取ろうとした。
しかし、手がスルリと宙を搔いた。そのままの勢いで縺れた足が不安定なステップを刻み、倒れこみそうになる。咄嗟に手を伸ばす。勢いは止められたものの完全にとはいかなかった。
シャルの体を支えきることができず、傍目からは膝立ちで抱き合っているような体勢へと引っ張られた。
「な、」
「!!?? ~~~~~~~~~~~っっ!」
「だ、大丈夫、ですか? 二人・・・・・・・とも・・・・・・・プッ」
「しゃ、シャルちゃん・・・・・・気を、つけないと・・・・・・・フ、フ、フ・・・・・・・」
ぎこちない空気が全身を襲う。油を差していない状態の悪い滑車、歯車が発する音のようなぎこつなさに縛られる。
「た、立てるか・・・・・・?」
「は、はい・・・・・・・すみません・・・・・・」
すぐに離れようとしたが、全身に力が回っていないというような心許なさがあった。立ち上がろうという意志と仕草をしている本人さえも困惑している。
「どうした?」
「あ、あれ? わたくし・・・・・・」
「疲れが溜っていたのではありませんか?」
「あ~~~~。そうかもね。シャルちゃん。今日はもう休んだほうがいいよ。こっちの片付けは俺がやっておくから」
「い、いえ。わたくしは!」
「ていっ」
「あうっ」
「そんなザマでなにができるのですか? 余計迷惑をかけるだけでは?」
「う、うう・・・・・・・・・・」
てい、ていと軽く頭や頬をツンツンと突つきだした。しかし反論できる術も防ぐ力さえないシャルは涙目のまま受け続けている。
「さっきの話は、よく考えておいて」
「~~~~~~~~~!」
「サムお前ええ!」
「? なにか?」
「だってお前、お前・・・・・・・・・・お前なあああああ!?」
「なにを騒いでいらっしゃるので?」
「なんでもないっ。シャル、早く休めっ。サムも早く片づけろっ」
「は、はい・・・・・・・しかし・・・・・・」
「もしかして、歩けもしないのですか?」
不平がありそうなサムに対する苛立ちを向けているせいでなにやらやりとりをしているジャン達にまで意識が回らない。
「ふむ? ではこういうのはいかがでしょう?」
「しかしそんなこと、お手を煩わせては――――――」
「ここでこうしていつまでもいるほうが迷惑でしょう」
「しかし・・・・・・・」
「えいっ」
「あうっ!」
「まったく、なにをいきなりかまととぶってらっしゃるのですか。しょうがないですね。エリク様。シャルは誰かが抱っこして運んであげるしかないようです」
「ああ、そのようだなっ」
「ではエリク様がお願いいたします」
「ああ、そうだなっ――――――ん?」
「僕ではシャルを持ち抱える筋力はありませんので。あ、一緒に行って先導しますね。一応」
「「え?」」




