接触感染(上)
今後「できん相談 笑えん冗談」の番外は全てこちらにまとめさせて頂きます。
ボーイズラブ要素の15禁小説です。苦手な方、年齢に満たない方、義務教育中の方はご遠慮下さい。いかなる苦情もお受けいたしかねますのでご理解下さい。
「ほんなら鳴砂君は、タカヒコんとこに一緒に住んでるんかあ」
「はい。運転手する代わりに居候させてもらってます」
バックミラー、後部座席に座る男にチラチラと視線を送りながら、鳴砂は青信号を確認してアクセルを踏み込む。
ジャガーXJのエグゼクティブ。4.2ℓのV8エンジンが唸りをあげて、スムーズに加速を始めた。
「で、仕事は? タカヒコのところの、あの風俗店か?」
「いえ……、今は無職です。そろそろバイトくらいは始めようかなあと思てます」
「なんや。可愛らしい顔してるから、わしはてっきりあの店の子かと思うてたわ」
適当に作り笑いをバックミラーに反射させていると、さっきから口数少なく助手席で仏頂面をしていたヤクザが、ダルそうに首を鳴らして足を組みなおした。
真新しい画面のカーナビが目的地周辺を告げる。
「堅気の子を捕まえて運転手させる上に、身の回りの世話までさせるなんざ、お前もずいぶん偉なったもんやのお。タカヒコ。
さすがに島田の若頭が世話になったと挨拶にくるだけの事はあるがな」
ニヤニヤと笑っているのが声で分かる。
後部座席に座って紫煙をくゆらすのは墨元組五代目若頭の矢木。助手席に座る、タカヒコと呼ばれた男がその補佐役で九鬼。
ある一件から、鳴砂は現在九鬼の運転手兼恋人をしている。
その事件の時に島田組若頭の木場から盗んだ金を、海外の博打に注ぎ込んだ結果の一つが、この今乗っている高級車だ。以前鳴砂が乗っていたシボレーカマロと、九鬼が乗っていたレクサスは仲良く廃車にした。
本当なら買い換える新車はBMWの7シリーズが良かったのだが、九鬼は同じ車種に乗る東京の従兄弟の話を持ち出して縁起が悪いと嫌がり、ベンツのSクラスを推した。恋人になった分、極道相手に強気に出る鳴砂との話し合いはどこまでも平行線をたどり、結果どういう訳かジャガーXJの左ハンドルを購入する事で話が納まったのだ。もちろんカーナビに加え、交通法違反ギリギリの遮光度を誇るリアウィンドウのスモーク、それ以外もオプションは全てフル装備した。
矢木の意味ありげな言葉に、九鬼が正面を見つめたまま嫌そうに顔を歪める。
そんな九鬼に構わず矢木の話は続く。
「こいつは仕事以外ではガキみたいな性格やからなあ。一緒に住むんは大変やろお?」
鳴砂が迷い無く「はい」と答えると、右隣から鋭い視線が頬に突き刺さる。
「せやろ。ほんまにタツノにそっくりなんやあ、タカヒコは。何か面倒な事があったら、いつでもわしの所に言うておいでや。鳴砂君」
「そうさせてもらいます」
「矢木さん。俺がタツノに似てるんやのうて、タツノが俺に似てますねんで?」
面倒臭そうに九鬼が後部座席を振り返ると、矢木は「そうか」と穏やかに笑う。
年齢は五十前の白髪交じり。実に温厚そうな人柄なのに、どこか鋭く品格のある装いがこの男を極道なのだと教えていた。二日に一度の透析通いのせいで、支部事務所を任されているというのは肩書きだけ。実際に事務所をしきっているのは助手席の男だ。ほぼ隠居同然の生活を送っていながら、老いを感じさせない気品のある雰囲気に鳴砂は好感をもった。
ちょっとタイプかも――。
バックミラーに映る隙の無いダンディズムに目線を吸い取られていると、助手席からお得意の舌打ちが飛ぶ。
「こんなに乗り心地のええ車やったら、病院の送り迎えは鳴砂君にお世話になってもええなあ」
どこかわざとらしい矢木の言葉に、何を言い出すのかと九鬼が眉をひそめてもう一度振り返る。
「矢木さんにはちゃんと護衛が出来る運転手を付けてるやないですか」
「だからあいつは車ごとタカヒコにやろ。下の者を付けたいと言うてたやないか。
それとも何か? 鳴砂君取られたら嫌な理由でもあるんか?」
痛いところを突かれたヤクザが「それは……別に」と決まり悪く言い、首を掻きながら前を向く。
バックミラーの含み笑いを見て、この男は全てを知っているのだと鳴砂は確信した。知っていて九鬼をからかい、面白がっている。
矢木は九鬼とは直接杯を交わした仲では無いが、タツノとこの男を本当の身内のように世話を焼いて可愛がっていると電話番から聞いたことがある。タツノに加えてこの男の世話まで焼くとは、計り知れない心の広さだと鳴砂は感動した。
目的地のラウンジバーに到着して車を停めると、九鬼が助手席から降り、ごく自然な振る舞いで後部座席のドアを開ける。
矢木が車から降りたのを確認してから、またエンジンをかけた。
九鬼が運転席に歩み寄って帰りの時間はまた連絡すると伝えると、矢木が口を挟んだ。
「おい。せっかく来たんやから一緒に店に入れたれや」
「いや、矢木さん。こいつは帰りの運転があるから酒飲まれへんし……」
九鬼が渋い顔をすると「ソフトドリンクくらいは置いてるやろ」と言って、矢木は鳴砂に向かって窓越しに手招きする。
鳴砂が車から降りると「たまには豪華な食事して帰り」と、矢木は笑った。
地下への階段を三人で下りる。
『本日貸切』とプレートが掛かるウッド調のドアを開けると、中は想像以上に広かった。
半円を描くソファーがいくつも並び、着物やドレスを着た沢山の女がスーツ姿の男達に酒を注いで寄り添っている。遠くから見てもわかるほどに、数え切れない作り笑いの群れが絵に描いたような接待パーティーを盛り上げていた。
鳴砂が通されたのは、運転手や付き添い役専用の席であろう一番端の小さなテーブル。
誰も座っていなかったが、料理だけはぎっしりと並べられている。サラダ、春巻き、ピラフにフルーツ。豪華ではあるが美味しそうとは言えない。
まあ帰って一人でコンビニ弁当食うよりはええか――。
矢木は奥のVIP席に座り、ホステスを遠ざけて誰かと難しそうな顔で話をする。それを護衛するかのように手前のテーブルで九鬼がグラスを傾けていた。九鬼のテーブルにはホステスが一人と、見るからに極道の男がもう一人。
鳴砂の席にはホステスどころかウエイターすら寄って来ない。金にならないと分かっている人間には誰も寄り付かないのか、それが逆に気を使うことなく食事が出来て良かった。
しばらく経つと徐々に店内が混み始めた。一人なのをいい事にくつろいでいたが、ついに鳴砂のテーブルにも他の客がやって来た。
三十代半ばに見える洒落たスーツを着た男。クロコダイルの靴にブレゲの腕時計。誰かの付き添いには見えない。
適当に話を合わせていると、どうやら男が司法書士だということが判明した。どうりで垢抜けているわけだ。
「僕もこういうパーティーは苦手でねえ」
言葉とは裏腹に、さり気なく鳴砂の肩に回る男の腕。
男がわざわざこんな賑わいの無い席に来た理由を知って、鳴砂は気付かれないように店内を見渡した。九鬼に言って、先に店を出て車の中で待つ……つもりだった。
ところが視線を向けた先の恋人は、驚いたことに両脇に女をはべらし肩に手を回して、楽しそうに談笑していたのだ。
なんやねん……あいつ――。
くだらん嫉妬だと分かっていても腹は立つ。
「司法書士のお仕事って大変なんですか?」
ニコリとホステス顔負けに明るく笑って、鳴砂は隣の男に身を寄せる。ビール瓶を手にとり男のグラスに向けた。
男も笑い、話し始める。
身体のラインをなぞるように男の手が鳴砂の腰に回る。
遠くで談笑していたヤクザが、笑顔を凍りつけたまま目を細めて、くわえている煙草に手をやった。
その後も九鬼が煙草に手をやる度にこちらを見ているのを感じる。が、断固として目線は合わせてやらない。
それどころか、向こうからもよく見える仕草で隣の男と携帯の赤外線を使ってアドレスの交換をしてやった。
この後二人で飲みに行こうという誘いはさすがに断ったが、もらった名刺は恋人からも見える位置で大切そうに財布にしまった。
向こうで笑っていた男の顔が徐々に面白くなさそうに苛立ち始める。
男とはいえ恋人である自分の目の前で、女の肩に手を回してイチャついていた九鬼が悪い。その決然たる思いのもとに宣戦布告。相手に見せ付けるべく隣の男に急接近した。
そう。今思えば、それがいけなかった。
お久しぶりでございます♪16です♪
ずいぶんと寒くなりましたが、皆様お元気でしょうか??
活動報告にも書かせて頂いた通り、もう文章が大スランプでして……、イラストの方にばっかり逃げておりました。
書く!と断言していた「堕ちます――」の番外SSを書いてみると、驚くほど面白くないものに。まあ、いつもそうなのかもしれませんが……Σ(; ̄□ ̄A
本当は11月中に今まで書いたお話三作の番外をそれぞれ書こうと意気込んでいたのですが、脳ミソが仕事の方で容量いっぱいになってしまいまして、全然良い話が浮かびません(。´Д⊂) ウワァァァン!
なので、辛うじてアイデアが浮かぶ新作や、今回のような気の抜けた番外をアップさせて頂こうと思います(・_・; 既に書きあがりましたダメダメな番外SSは……ゴメンナサイ、拍手等のオマケ文章とかになりそうです。その他の番外なんかも、まあ年末年始やクリスマスのイベントに乗じて思いついたら書くつもりです☆
今回は、スランプスランプと泣き言を喚いていても書かない事には進まないだろうって事で、一番書きやすい前作のキャラを引っ張り出して参りました(^^;)
ということで、今日からゆっくりではありますが、大した内容もない番外SSを更新して参りますo(´^`)o
全三話。もう書きあがっておりますが、三日おきくらいに静かな更新をします。
拙い文章ではございますが、少しでも皆様の現実逃避に役立つ事を願っております<(_ _)>