8、熱にうかされて
朝、起きた時から寒気がして頭が割れるように痛いし、立ち上がるのも難しく声を出すのも怠く弱々しい声しか出なくてもう最悪だった。
そんな状況で侑ちゃんが扉の向こうから声をかけてくれて返事をすると私の様子を窺いながらそろーっといつもの家着で入って来て寝転んだままの私の首に触れ、あーこれは熱あるねという診断がおりた。
侑ちゃんは私の部屋に入ってきても部屋の中をジロジロ見ず、タオルを取る為とか最低限の場所だけ見て開けるのでこんな状況でも私の部屋に勝手に入るのが良くないと考えてくれていると思うと面白い。
「ごめんね侑ちゃん。」
「気にしない、気にしない。とにかく僕ができる事はするから。昨日、ある程度必要な物は買っといてん。」
可愛い言い方。全然嫌味っぽくない優しい口調だ。侑ちゃんは起きてすぐに私の為に動いてくれたみたいで少し寝癖がついている。侑ちゃんってこんなに可愛い人だったっけ?一緒に住んで1ヵ月近いのに何故か怖いイメージが強い。だけどよく考えたら1度も怒られた事なんてない。ずっと気遣ってくれて優しい。もっと侑ちゃんを見よ。
「ありがとう。」
「さあ熱測って。」
買ってきてくれた体温計を使って熱を測る。昨日、私がお風呂に入っていた時、ドラッグストアへ行って熱が出た時に必要な物を揃えてくれていたようだ。あんなに知らないからねって言ってたのに結局、心配して準備してくれてて、反省しよう。
「うわぁ38度ぴったし。」
「可哀想に、しんどいなぁ。」
私の前髪をピンでとめておでこに冷却シートを貼って頭の下に氷枕をさしこみ汗を軽く拭いてくれる。暑がりな私の為にクーラーの温度を下げてガーゼケットと夏用の羽毛布団を2枚かけてくれた。
「ありがとう侑ちゃん。」
「いいえ、それにしても結構熱あるな、ちょっとはマシになるといいんやけど。お粥作ってくるからちょっと寝とき。」
「何から何までごめんね。」
「謝らないの、ゆっくりしとき。」
その後、侑ちゃんがお粥を持ってきてくれてサイドテーブルに置き私の体を起こすのを手伝ってくれる。お粥をすくったレンゲを唇に軽く当て熱を確かめてから私に食べさせてくれるのだが…恥ずかしい、恥ずかしいが、今はこの優しさに甘えよう誰も見てないし。人にここまで気遣ってもらって優しくされるなんて十数年ぶり?かもしれない。私はあまり手がかからないからかお母さんはいつも傍に居なかったし。
「ほら食べて。」
「いただきます。」
なんだか熱であまり頭が働かない。言われるがままお粥を食べさせてもらう。味は美味しいと思うがなんだかぼやっとしている。
「ありがとう。もうお腹いっぱい。」
お粥をお椀の半分程いただいて声をかけた。侑ちゃんがレンゲを置いて私の口を軽く拭いてくれる。更に恥ずかしいが、もう時すでに遅しな感じもするのでまあいい。
「おっけー、じゃあ薬飲もか。」
侑ちゃんから風邪薬を受け取り口に含み水で流し込む。
「伊織ちゃん大丈夫?お茶飲む?それとも水?」
と気遣いながらまた水で濡らしたタオルで顔を拭いてくれる。結局、お茶を飲ませてくれてまた口を拭いてくれた。侑ちゃんが看病してくれたおかげで少しだけ頭が働きだした。
「侑ちゃんにうつしたら申し訳ないからもう充分だよ。本当にありがとう。もう1階に戻って申し訳ないし。」
「そんなに思わんで大丈夫、それになんの為に一緒の家におるんよ。風邪はひき始めが肝心。最初にちゃんと対策すれば長引かないからね。僕になんかあったら次は伊織ちゃんが助けてね。」
こんな裏がなく優しくされるのは恥ずかしいけど嬉しい。大袈裟だけどこの世に私を気にかけてくれる人が居て心から嬉しい。熱のせいかネガティブになってる気がする
「ふふっ分かった。」
私が笑ったからか侑ちゃん嬉しそうに微笑む。私が笑っただけでこんな優しい笑顔になってくれるなんて。
「だから欲しい物とかして欲しいこととかあれば僕に言って。わがままも聞いてあげるから。」
優しく微笑む侑ちゃんを見ると泣きそうになってきた。いつも言葉が足りないからちゃんと伝えておこう。まっすぐ侑ちゃんを見て話す。
「おかしな奴だと思われちゃうかもしれないけどね、気にかけてもらえるって嬉しいね。大人になると甘やかしてくれたりわがままを聞いてくれる人って1人も居なくなるでしょ。私は大学の入学と同時に上京して1人だったし、それまでもあんまり両親の目の中に入れなかった。でも侑ちゃんが私をこんなに気にかけてくれる事がとても嬉しい。同居を始めてからずっと私の為を思ってくれた。本当にこれからも生きていこうて思える位、とても嬉しいって大袈裟だよねごめんね。熱が出てて変なのかも、でもいつも本当に感謝してます。ありがとう。」
侑ちゃんが心配そうに私の頬を指で拭う。やっぱり泣いてしまったようだ。
「伊織ちゃん…えっと僕は伊織ちゃんを大切に思ってるよ。ちょっとだけごめんね。」
侑ちゃんがゆっくりとベッドに腰掛け私を抱き寄せた。ギュッと抱きしめられて目を閉じると洗濯洗剤に混じって侑ちゃんの匂いがした。形容しがたい落ち着く安らかな匂い。そのまま侑ちゃんは私の背中をさすってくれて私は久しく感じた事のない幸せを噛みしめた。
「よしよし、伊織ちゃんはいい子やね。大丈夫。泣かんでいいよ。大丈夫、僕が居るよ。いい子いい子。」
「侑ちゃんありがとう。」
私は侑ちゃんの体に腕をまわしそっと抱きしめた。そのまま侑ちゃんに体を預けて眠りについた。
「ん…寝ちゃったのか。今、何時かな?」
「夕方の16時。」
「ああ、ありがと…う。お母さん。」
そこに居たのはお母さんだった。少し心配そうに私を見ている。
「侑ちゃんが午前中に連絡くれてあんたが熱出したって聞いて新幹線で来てん。2時間前位かな。大丈夫?」
実家は新幹線の駅まで車で1時間かかってその後2時間弱はかかるから本当にすぐに来てくれたんだろう着の身着のまま感がある。
「うん、大丈夫。」
「侑ちゃんが僕が雨の中、遊園地を歩かせたからって言ってたけど。」
「ううん、違う。私が水に濡れるアトラクション乗りたいってわがまま言ったの。」
お母さんは私の言葉を聞いて、息が漏れるみたいにホッとした様子で笑いだした。私がこう言うまで本当に侑ちゃんが風邪の原因になる事をしたと思っていたのだろうか?よく分からない。
「あんたはほんまに子供の頃から変わらんなぁ。子供の時も急流すべり乗りたい言うて侑ちゃんに一緒に乗ってもらって次の日、熱出してたもんなぁ。お兄ちゃんは7歳下の子供の遊びはおもんない言うて、殆ど一緒に遊びに行かへんくてずっと侑ちゃんがあんたのお守りについて来てくれててんで。」
「う、そうだっけ?でも分かってる。侑ちゃんには何かお礼をする。」
「そうし。さあ着替えよか。今日はもうお風呂はやめときな。熱測ったけどもう37度3分まで下がっとったからお風呂で体力使わんと、ご飯食べてもう1回薬飲んで寝てもうた方がええから。お母さんが茶碗蒸しとうどん作ったから食べられるだけ食べて。お母さんもう帰るから志保の子供見なあかんし。コタとユナが待ってるから。」
流れるように着替えを手伝ってくれてそのまま帰り支度を始めている。
「うん、分かった。体が軽いし1人で食べられると思う。」
「アンタ!侑ちゃんは食べさせてくれたんか!ホンマに優しい子やなぁ。普通そこまでしてくれへんで!ちゃんとありがとう言うといてな!」
「はいはい、分かりました。来てくれてありがとう。じゃあね。」
「うん、またね。お大事に。」
お母さんは後ろ髪が引かれる事無く帰ってしまった。でも来てくれた事には感謝だな。心配して色んな事放り出して来てくれたみたいだし。
「ただいま。」
ほぼ入れ替わりで侑ちゃんが帰ってきた。私はベッドに横になり侑ちゃんの音を聞いた。
玄関の鍵を閉めて洗面所へ、手洗いうがいをして自分の部屋へ。少ししたらでてきて階段を上る音がしてノックされ声をかけるとまたゆっくり扉が開き寝癖がなくなってきっちりとセットされた髪型の侑ちゃんが顔を出した。少し困ったような表情だ。
「伊織ちゃん怒ってる?おばさん呼んだこと。」
それであんな顔なのか。可愛い人だなぁ。
「怒ってないよ。ありがとう。さっきの話で呼んでくれたんでしょ。」
「そう。その方がいいかなって思って。」
「もう大人だし、大丈夫よ。結局、志保の子供見るからってかえちゃった。」
「それでも来てくれたでしょ。それで充分やよ。」
「そうね。ありがとう侑ちゃん。侑ちゃんってずっと私の面倒見てくれてたんだね。ありがとう。」
「そんなずっとなんて。ちょっとよ。僕が一緒に居たかっただけやから。」
「えっ。」
「えっ?」
あれ?今、一緒に居たかったって…。侑ちゃんは私の顔を見てその後、ハッとした表情で私を見た。
「侑ちゃん?」
ふぅと息を吐いて観念したみたいに私まっすぐ見ている。
「伊織ちゃん好きよ。最初は妹やったけど大きくなるにつれて僕が伊織ちゃんを守ってあげたいってずっと思ってる。一緒に住む話も最初はホンマにビックリしたけど僕は嬉しくて今も一緒に住めて楽しい。やからこの気持ちを聞いた後でも嫌じゃなければ傍に居ることを許してほしい。」
上目遣いでベッドの傍から素直に気持ちを伝えてくれる侑ちゃんに嫌な気持ちなんてある筈がない。この気持ちを受け入れる事はできないけど私も一緒に居たい。
「きっと同じ種類じゃないけど私も侑ちゃんが好き。だからもし良かったらこのまま一緒に住みたいと思ってるよ。」
「ありがとう。じゃあよろしくお願いします。」
侑ちゃんが私の手を握って言う。
「こちらこそよろしくお願いします。」
その後、結局うどんと茶碗蒸しもさっきと同じように食べさせてくれたけど変に意識してしまって熱が上がりそうだった。
侑ちゃんの看病のおかげで次も日にはスッキリ体調は回復していた。