6、遊園地
「ほんじゃあ明日は7時10分出発ね。車は僕がとってくるから7時10分には家の前に出ててね。おっけー?」
「うん、分かった。遊園地って久しぶりかも。意外と楽しみ。」
「おい、意外とってなんや。意外とって。」
侑ちゃんがコーンスープをすすりながら言う。少しむくれているが全然怒ってはいない。可愛い人だ。
「ふふふ。侑ちゃんって意外と可愛い人なんだね。」
「そうよ、僕は可愛いんよ。伊織ちゃん。」
わざとらしく笑顔を作る侑ちゃん。一緒に住み始めて、初めてしっかり顔を見て…ていうか侑ちゃんをしっかり見た気がする。失礼な話だな。侑ちゃんは変わったって思ってたけど全然変わっていない。優しいまま。
「侑ちゃんは変わらないね。昔から。」
「何それ!子供っぽいってこと?」
「あははは、そうかも。」
「おい。でも伊織ちゃんも変わってないよ。いっつも僕の後ろをちょこちょこ追いかけてきてたあの時のまま。可愛いよ。」
「ちょっと、やめて。」
「照れんでもー伊織ちゃーん。僕のお嫁さんになるって言ってくれたやん。あん時、健吾が怒ってなぁ。近付いたらしばくって怖かったわ。」
少しふざけてガタガタと震える。正直、全く覚えていないがお兄ちゃんがそんな事を言った事にビックリした。お兄ちゃんは無口だし感情が出た所をあまり見た事ない。
「お兄ちゃんがそんな事言うなんてビックリした。だっていっつも私の事撒いてたじゃん。」
「まあ田舎の外遊びに7歳下の子は危ないからちゃうかな?結構、健吾は伊織ちゃんを守ってたと思うよ。」
「そうかなぁ?まあいいや。明日早いんだよね?今日はもう寝ようかな。」
時計を見ると22時前だったがお風呂に入ってクーラーのきいた部屋で温かいスープを飲んだら眠くなってきた。
「そうね、お話に付き合ってくれてありがとう。僕もこれ飲み終わったら寝るわ。おやすみ伊織ちゃん。」
「おやすみ。」
ピピピッピピピッ
「ふわぁ……。眠い……。」
休みなのに5時30分起き……。っとまずい。二度寝したら化粧なしで遊園地へ行くことになるぞ。むくっと体を起こしてベッドから出てクーラーをつけ着替える。
薄手で5分袖の白のシャツワンピースに黒の短パン、くるぶしよりちょっと上にある長さの黒の靴下、靴は白のスニーカー。鞄はサコッシュにして身軽に。荷物は財布、携帯、ハンカチタオル、リップ、日焼け止め、ヘアゴム、ウェットティッシュ、エコバッグ。
「これ以外に必要な物が出たら買う、それと日焼け止めは念入りに。」
化粧は崩れにくいようにしてと。ファンデか。
「ファンデかー。持っていくか?ううん…持っていこうまだ鞄には余裕があるし。だったら化粧なおしのシートも持っていって完璧!」
アイライナーは崩れるからなし、マスカラはどんな時でも落ちないのをいつもより濃いめにアイブロウは昨日ティントをしたしリップとファンデは持っていく。髪は巻かないだって崩れるし100パー崩れる。よしできた。6時20分か。朝ご飯は食べるのかな?私ゆっくりと階段を降りた。
「伊織ちゃんおはよう。もうちょっとしたら車の所に行くね。朝ご飯サンドイッチ買ってあるから食べといて。僕はもう食べたから。」
「はーい。」
なんと準備のいいことで。言いつけ通りに朝を過ごしてあっという間に出発の時間になった。侑ちゃんの車は白い国産のコンパクトカーだった。中は広く快適で綺麗に掃除もされていてなんとなく侑ちゃんっぽい車だ。
「安全運転で行くね。」
「はい、運転お願いします。」
「はーい。」
侑ちゃんの運転は想像通り安全運転で荒い部分は1つもない。ただ1つだけ弱音をはいたのは、
「こっちで高速乗るの初めてで緊張するわ…。」
だけだった。結局、8時40分には駐車場に到着していた。侑ちゃんが私にチケットを渡す。無事に9時には園内に入る事ができた。
「さあまずは被り物やね。」
「被り物って。おじさんだなぁ。」
「おじさんです。ていうか写真も撮らせてな。一応取材やし。デート企画やから。大丈夫、写真は載らないから。」
「分かった。いつも侑ちゃんにはお世話になってるし。」
「ありがとう。じゃあ被り物どうする?」
「さすがに帽子かな?カチューシャはちょっと恥ずかしいかも……。」
「そうねぇ。暑いから帽子が良いかもね。選びに行こう。あっこれは?クマさんの耳が付いてる白いシンプルなバケットハット。可愛いやん!伊織ちゃんどう?」
「確かにカチューシャより抵抗ないし、飾りがないやつだと普通の帽子だもんね。ちょうど良いかも。」
「じゃあこれね。待ってて。」
と侑ちゃんはお店の中に入ってしまった。やっぱり頭に被ってから園内を回ろうと思う人達が多いのか割とお店は混んでいる。ただ即決する人は少ないのかまだギリギリレジは混んでいない。だからか侑ちゃんは5分もしない内に戻ってきた。嬉しそうに。
「伊織ちゃんどうぞ。僕も被ろ!」
「えっお揃い?」
「そりゃそうよ!被らない選択肢はないけど僕もカチューシャはちょっとハードル高いしそれにこれ可愛いやん。」
「そうだね。」
満面の笑みで言われるとなんかもう、どうでもいいかとなってしまった。そしてお揃いの帽子を被り写真を撮る。次はポップコーンを買うらしいが買ってもらってびっくりした。今のポップコーンの入れ物は光るらしい。
「次の映画館ごっこの時に使お。」
「洗うの大変そう。」
「伊織ちゃん急に現実に戻さんといて!」
「はいはい。」
「もう。じゃあ次はジェットコースター乗るよ。」
「はーい。」
ジェットコースターは90分待ち。しかも待っている場所はたまたま天井がなく今日は風もないのでとても暑い。周りの人達はミスト付きの扇風機や団扇、扇子をちゃんと持っている。
偉いなぁ、ここを出たら買おう。暑いからか無意識に下を向いているとふと冷たい物が頬に当てられた。びっくりして顔をあげると侑ちゃんがガーゼで包んだ小さな保冷剤を持っている。私が見つめていると今度は保冷剤を包んだガーゼで化粧が崩れないようにトントンと擦らずに汗を拭いてくれる。
「暑いなぁ。伊織ちゃん大丈夫?ちょっと顔あげて。」
こんな恥ずかしい事をしているのに表情ひとつ変わらない。後ろの制服姿の女子高生4人は小さな声でキャーかっこいい、あんな彼氏欲しいー羨ましいと侑ちゃんをニヤニヤと見ている。
私も同じように侑ちゃんを見た。今日侑ちゃんを初めてちゃんと見たかも、白の襟付きシャツに黒のテーパードパンツ、センタープレスが上品だけど白いスニーカーがカジュアルに見せている。そしていつものトートバッグ。ふわふわのショートヘアが帽子と合っている。今気が付いたけど身長も高いし体格も細すぎず筋肉がうっすらとついている。確かにかっこいい部類に入る。ていうか今日ほとんどペアルックじゃない?なんで今気が付くの?朝からこうだったっけ?
私があまりにじっと侑ちゃんを見ているからか侑ちゃんの優しい垂れ目と目が合った。そしていっそう声が深く優しくなる。
「どうしたん?やっぱり暑い?ちょっと帽子あげるね。」
そして帽子を少し浅めに被らせてまた汗をトントンと拭いてくれる。本当に恥ずかしい。なのに侑ちゃんは心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「ちょっちょっと侑ちゃん、恥ずかしいから。」
「何を言うてんの?ほら首に当てといてあげるから。結構、顔赤いで。」
怖い。侑ちゃんが天然でこんな事をしているのかそれともわざと?どちらにせよ怖い。挙句の果てにサコッシュをとられトートバッグに入れられてしまった。怖い。今まで彼氏は2人居たけどここまでされた事は勿論ない。ていうかその内の1人は汗かきな私を恥ずかしがって夏は一緒に外に出なかった。
「怖い。」
「えっじゃあジェットコースターやめる?」
侑ちゃんが心配そうに言う。私は何も言えなくなってしまった。侑ちゃんが列から抜けようとするので慌てて止める。
「ごめん大丈夫だから。もうじっとしてて。」
「子供じゃないんやから、じっとしてるやん。」
そう言いながらこの前みたいにおでこに張り付いた前髪を分けて耳にかける。あぁもう限界だと思っていた時にやっと私たちの番が来た。ジェットコースターは子供達も乗られるような物だったのでわー涼しい位の感想だった。はあやっと終わった、解放されると思ったのにこの後も続いた。
次は昼食だと言うのでレストランに入ると子供みたいにメニューを聞かれ何をリサーチしてたのかオススメを並べられたので仕方なくその中から選び食事をとり始めると口を拭かれ、ほら飲んでとコップとストローを侑ちゃんが固定して私の口の前に出すので飲み、食事が終わって外に出たらまた汗を拭かれている。ただ悔しいが食事のチョイスは完璧だった。
「ご馳走様でした。ずっとお金払わせてごめんね。次こそは私が出すね。」
「どういたしまして。取材費が出るから大丈夫よ。それより次は船に乗ろう。酔い止めいる?」
もう好きにさせておこう。この人はお母さんなんだ。お父さんじゃないお母さんだ。そしてあのカバンの中は四次元ポケットだ。
「いらない、ありがとう。」
船はすぐに乗れたので恥ずかしい思いはせずに済んだ。そういえば船に乗るのは初めてかも。大きな船だからか揺れも少なく酔う事はなかった。
「あっちまで行ってタイタニックごっこする?」
侑ちゃんがイタズラな笑みを浮かべながら言うので少し睨んで言葉を返す。
「絶対にやだ。」
「楽しいのに。ほんじゃこの手すりで。」
と私の後ろに回り込む。私の腰に手をまわし映画のシーンを再現している。
「ほら手ぇあげて!伊織ちゃん。」
「絶対にやだ。」
私は笑いながら拒否する。なんだか真剣にやっている侑ちゃんがおかしかった。侑ちゃんはビクともしないが、私は落ちろと背中をグイッと押し、侑ちゃんはやめてーと可愛くヒロインみたいなポーズをとって遊んでいる時だった。
「水野さん?」
私と侑ちゃんは振り向いた。そこに居たのは可愛い女性と腕を組んでいる藤間さんだった。