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4、笑顔の悪魔


侑ちゃんとの同居は案外、居心地が良かった。もっと面倒になったり疎ましく思ったりすると思っていたのに。1人暮らしより寂しくないし2階と1階で住み分けているからか1人の時間もちゃんと持てるし何より侑ちゃんは私をとても気遣ってくれる。そこまで気を遣わなくても……と思う時もある程だ。

冷蔵庫の中の整理をしながら考え込む。ありがたいが申し訳ない。私が好意を素直に受け取れる女なら良かったのに。


「暑っついわ!伊織ちゃん!玄関の掃除と庭の草むしり終わったよ!」


玄関の方から声がする。2人でしようねって約束をしていたのに。こういうところがなんとなく申し訳ない気持ちになる。洗面所と廊下の掃除機をかけお風呂の念入り掃除を済ませ先に1人で終わらせてくれたようだ。私はリビングとキッチンの掃除機かけた後、冷蔵庫の中の整理。そういえば掃除機はすぐに終わらせて持ってきてくれた気がする。私はまだコーヒーを飲んでいて先に始めてくれてたんだった。同じタイミングで朝食を食べ始めたのに。


「えぇー!草むしりは大変だから一緒にやろうって言ったのに!うわぁ汗だくじゃない!大丈夫?フラフラしない?麦茶飲んで!」


私は侑ちゃんの声を聞いて慌てて侑ちゃんに聞こえるように少し大きな声を出し麦茶を持って行く。侑ちゃんは顔を真っ赤にして玄関に座り手で顔を扇いで笑っている。虫刺され対策なのか日焼け対策なのか長袖長ズボンで草むしりをしてくれたみたいで額にびっしりと汗の粒がふきだしている。UVカットのパーカーの下のTシャツは胸元も背中も汗のシミができている。私達は家の中の掃除を先に始めてしまい今は11時をまわってしまったので日が高く本当に暑かったのだろう。


「ふふ大丈夫よ。伊織ちゃんありがとう。いただきます。」


汗を袖で拭って侑ちゃんが麦茶を受け取り一気に飲み干す。私はタオルを取りに洗面所へ行きまた玄関に戻ると侑ちゃんは玄関を閉めて脇にパーカーを挟み靴下を右手に持ち廊下に立っていた。


「お茶ありがとうね、タオルもありがとう。僕このままお風呂入るわ。汗もやけど土汚れもあるから洗濯もするね。」


「うん、そうして。お風呂炊く?」


「ううんシャワーで大丈夫。夜にもう1回入るかもしれへんけど。」


「オッケー。じゃあお昼作るね。そうめんだけど。」


普通のぶっかけそうめんだけど大量に薬味を乗せて食べるのが私流で、しそもミョウガもネギもすり胡麻も大量に乗せるそうめんをとても気に入ってくれたのだ。


「うわぁい僕、伊織ちゃんのそうめん好き!じゃあ入ってくるわ!あっごめん手が汚れててコップ、靴箱の上に置いてる。」


「大丈夫洗っておくから。早く入っておいで。」


「うん、ありがとうね。」


ていうか私、草むしりのお礼を言ってない。


「侑ちゃん暑い中、草むしりありがとうね!」


「大丈夫よ。どういたしまして。」


侑ちゃんは柔らかく微笑み洗面所に入った。



「侑ちゃん今日は夜ご飯外で食べてくるね。そんなに遅くならないと思う。」


あの件以来、外食の予定がある時は伝えるのがマナーかとそれとなく話すようにしている。


「うん分かった。教えてくれてありがとう。じゃあ先お風呂入るわ。」


そうだ、お風呂も毎日私を先に入れてくれて毎回洗ってくれている。本当に気を遣ってくれてるなぁ。


「じゃあ行ってきます!」


「行ってらっしゃい、気をつけて。」



「お疲れ様。」


「お疲れ様でした。」


ワイングラスがカチンという澄んだ音を出した。1口飲んだけどあまり味がしない。緊張している。藤間さんの方を見るとカチコチの私が可笑しいのかクスッと少し笑い私の視線に気が付くとコホンと小さく咳払いをして目尻に笑いジワを作って微笑む。なんだか恥ずかしくなって少し俯く。打ち上げのはずだったのにどうして……。


「水野さん好きな物を食べてくださいね。」


優しく声をかけられはっとして顔をあげる。藤間さんは変わらずに微笑んでいた。


「ありがとうございます。」


やっと声を絞り出し何故こんな事になったのか思い出していた。

昨日、藤間さんが明後日から1週間お盆休みだから明日仕事納めの打ち上げをしようとご飯に誘ってくれた。

そして今日いつも頑張っているご褒美にと、連れて来てくれたお店はオシャレでカジュアルなフレンチのお店でお値段も敷居も雰囲気もちょうどいいお店だった。駅の近くで開放的な店内はゆったりとした時間が流れている。

周りは女性ばかりでここはきっと奥様と来たのだろう。藤間さんは食事にあまり気を配らないし、そんな事を考えているとなんだかとても居心地が悪くなってしまった。

何より私はピザとパスタ…イタリアンが好きだと言ったのに、私の事を気にかけてくれたようで全然そんな事はなかったようだ。


「藤間さんありがとうございます。」


スゥーっと心が冷えていきワインの味も戻ってきた。一瞬でも期待した自分に罰があたったのだ。フランスパンに乗せたパテもブイヤベースも牛のステーキもクレームブリュレまで全てとても美味しくいただいた。


「藤間さんご馳走様です。本当に美味しかったです。ありがとうございました。」


「いいえ、付き合ってくれてありがとうございます。本当は今日奥さんが家に居なくて1人でご飯どうしようか悩んでて。ごめんね急だったのにありがとうね。お疲れ様、また会社で。」


はにかむように照れて笑い、視線を逸らす藤間さん。私の大好きなあの笑顔なのに、ああ本当に酷い人、酷い男。私は耐え切れずに頭を下げてお礼を言い深く呼吸をする。


「今日は本当にありがとうございました。少し酔ってしまったみたいです。失礼します。」


私は顔を見ずに踵を返す。藤間さんが気を付けてねと声をかけてくれたけどもう顔を見る余裕はなかった。


玄関を開けて鍵を閉め、靴を脱がずに座り込んでしまった。藤間さんは悪くない。分かっているが悲しくて涙が溢れた。


「駄目だ。部屋に行かないと。また侑ちゃんに。」


涙を右手で乱暴に拭い靴を脱ぎ立ち上がる。


「僕に、何?」


声にビックリして振り返ると侑ちゃんがあの日と同じ服装で腕を組んで壁にもたれて私を見ていた。


「侑ちゃん起きてたの?」


泣いていたからか妙に声がうわずる。侑ちゃんはゆっくりと近付き私の鞄を持ってくれた。


「まだ8時やからね。」


そして私に触れずに腕時計、ピアス、ネックレスを外して靴箱の上の小物入れにしまってくれる。私は怒られるのが怖くて動けない。


「そっか。ごめんね。」


「何が?」


「分かんないけど。じゃあ部屋に……。」


「なんで泣いてるん?」


侑ちゃんは見て見ぬふりはしてくれないようだ。


「な、なんでもない。」


「なんでもないのに、泣かへんやろ。」


「本当になんでもないの!」


また子供みたいな返答。


「分かった。お風呂入り。それからリビングにおいで。」


侑ちゃんはこの前と同じ優しい表情で、だけど有無を言わさず私に言った。


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