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3、私の事


「……ちゃん…織ちゃん…伊織ちゃん、あっやっと気が付いた。大丈夫?」


「はっえっだ。えっ。」


少しくたっとしたグレーのTシャツにスポーツブランドのジャージのズボンを履いた侑ちゃんが私を見下ろしている。何度か見た侑ちゃんのパジャマスタイル。侑ちゃんの後ろに電気があるので表情が読み取れない。

私はというと白のレースのカットソーには焼き鳥のシミがついててベージュのズボンは座りジワが酷くその上、寝転んだ時に裾が折れたままになってしまったのかクシャっとなっている。カバンの中身も私の近くで幾つか飛び出している。恥ずかしい。居心地悪くゆっくり起き上がる。


「幾らなんでもリビングで地べたで寝るんはしんどいと思うよ。ほら化粧落としいな。」


と洗面所に置いてある化粧落としシートの方を差し出される。私は少しキョトンとしながらそれを受け取る。オイルはお風呂の中で使うセットのカゴの中に入っているが、じゃなくて。


「ごめん起こしちゃったね。」


そうだもう1人で暮らしてるわけじゃない。ちゃんと相手の事も考えないと。


「いや起きてたから大丈夫。さすがに遅くてちょっと心配しちゃった。あーこんな事言うつもりなかったけど、伊織ちゃんは大人の女性やし生活に干渉するつもりもプライバシーを侵害するつもりもないけどさすがに深夜3時は危ないんちゃうかな?」


「そうだね。」


「もう少し早く、タクシーで帰ってきたら怖い思いをせずに済むと思うよ。ていうか気ぃつけぇや。」


なんかお母さんみたいな喋り方。だからか口答えをしてしまった。


「近かったから。それにいつもはこんなに遅くならないし。今日は同期の1人がふられたって荒れてて。仕方なく付き合わされて。」


侑ちゃんが私の隣に膝をついて私の顔に右手を近付けてくる。何をするんだろうと思っていたら侑ちゃんが右手の人差し指でツーっと私のおでこをなぞって汗で張り付いた前髪を分けてくれそのまま耳にかけてくれた。やっとその時、侑ちゃんの顔が見えた。全然怒ってなんかなくてただ優しい穏やかな表情だった。


「そうなんや、それは大変やったね。」


優しい笑顔で言う。こんな言い訳をのんでこれ以上私を責めるような事は言わないらしい。先に折れてくれたのなら私もちゃんと折れよう。


「ごめんなさい、侑ちゃん。これから気を付けます。」


「うん、分かった。ほんまに遅くなったら僕が迎えに行っても良いし。一緒に住んでるんやから少しは支えたり頼ったりしていいと思うねん。オッケー?」


「うん、オッケー。」


私が頷くと笑顔で立ち上がり頭を少しだけ撫でられた。


「ええ子やね。じゃあお風呂入っておいで。僕もさすがに寝るわ。ニュース見たけど明日は晴れやったよ洗濯できるね。暑いしお風呂から出てくるまでリビングのクーラー入れときな。出てきて涼んでから部屋に行き。」


「うん、ありがとう、おやすみなさい。」


リビングから出ようとしている侑ちゃんに声をかける。侑ちゃんは思い出したかのようにパッと振り返った。


「あっでも立ってフラフラするようやったらお風呂やめとくか、もうちょっと経ってからにしいや。ほんじゃおやすみ。」


侑ちゃんはリビングから出て自分の部屋に戻って行った。パタンとドアがしまった音を聞いてから深くため息をついた。


「はぁぁぁ。申し訳ない事をした。そりゃそうだ、18時から飲みっぱなしだったもんなぁ。私変な事言ってるかもヤバいな。同期はベロベロだったから何言ってても覚えてないだろうけど侑ちゃんは酔ってないからなぁ。気を付けよ。」


そうして少しふらつきながら言いつけの通りリビングを後にした。



月曜日、やっとお酒が抜けたと思ったらもう仕事だ。ベージュのズボンは綺麗にアイロンをかけたので何とかなったけどレースのカットソーはシミが抜けず泣く泣く手放す事にした。本当に反省しよう。

さあ切り替えよう、仕事!仕事!


「藤間さんそろそろ健康診断の予約入れなくちゃ行けませんよね。いつものセンターで良いですか?」


「そうだね。今年は人が増えていないから去年の書類を少し手直しして出すだけでいいですね。」


「分かりました。じゃあ先に日程等のお手紙を2階の休憩室の前に貼り出しときますね。」


「よろしくね水野さん。」


「はい。」


「さあみんな!お昼ご飯の時間ですよー!」


そこに所長が製造管理課から帰ってきた。お昼ご飯を所長室で食べてから品質管理課へ行くのだろう。午前は製造、午後は品質、いつもの所長のルーティン業務だ。

そしていつもの元気で陽気な所長のまま人事・経理課の部屋を通って所長室に入って行った。所長の一声でみんなそれぞれお昼休憩に入った。席で食べるのは私と藤間さん、経理課長の佐藤さんだ。葵はいっつもお昼は佐藤さんに電話番をさせる。本当に自分勝手だ。交代とかにしてあげればいいのに。藤間さんはお弁当じゃない日は大体前日に伝えてくれる。私は外に行くのが面倒臭いので何かを詰めて来るか買って来てしまう。


「今日も愛妻弁当ですか?」


私はパソコン越しに藤間さんに聞く。藤間さんは少しはにかみながらお弁当を見せてくれる。


「ああ、そうだよ。本当に毎日ありがたくて妻には頭が上がらないよ。」


ああ優しくて素敵な笑顔。こんな人が帰ってくる家に居るなんて幸せだろうな。


「羨ましいです。私も自炊頑張ろう。」


そして自分のお弁当を見る。自炊なんて聞いて呆れる。ご飯でさえ電子レンジのなのに、おかずも全て冷食だ。嘘ではない自炊は頑張ろうとしている。だけど藤間さんによく思われたいからかもしれない。

気を付けないと絶対にバレてはいけない。もしも好きだとバレたら速攻で仕事を辞めて藤間さんの前から消えると決めている。好きでいたいのならこれだけは守る。バレたら消える。絶対に家庭を壊さない。この気持ちが自然に薄れるまで。


「水野さんはご飯は何が好きなんですか?」


おっといけない、考え込みすぎて無視しそうになった。


「私は…うーん…そうですね。友達とご飯に行くならピザとかパスタが多いですね。」


女友達とはオシャレなお店が多い。同期の2人とは居酒屋かスナックかカラオケになるが。これも嘘だろうか。


「そうですか。この辺りにも増えたし、やはり女性に人気なのだろうね。」


「そうですね。」


そこで会話は終わり。藤間さんは少し謎なところがある。ミステリアスというか、まあとにかくそんな所も素敵だと思いながらお弁当を食べ終えた。


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