2、同期会
「じゃあ家の掃除は日曜日の午前中ね。1階のトイレが僕専用、2階のトイレが伊織ちゃん専用でトイレと自室は自分らで掃除すると。」
元々あったリビングの机に侑ちゃんがメモ帳を置いて2人共、床に並んで座り相談する。夏とはいえ座布団か夏用の敷物を敷く方がいいかもしれない。明日、仕事帰りに勝手に買おう。ていうか前にあるテレビにボサボサの髪の自分がうつってなんだか気まずい。後クーラーがきいていなくて温度が高いからか汗が出てきた。侑ちゃんは先に終わって休んでいたけど私は36度の炎天下の中、引越し屋さんと荷物の事で話し込んですぐリビングに来たので体の中から暑い。
「うん、掃除はそれで大丈夫。後、洗濯の事なんだけど私はまとめて土曜日に全部洗うから土曜日は1日中使わせてもらえたらありがたいかな。ただ雨なら日曜日も使わせてほしいです。」
私が汗をふいているからか侑ちゃんが温度を下げてくれた。昔からこういうとこ気が付くのは侑ちゃん1番だったな。同い年のうちのお兄ちゃんは全然ダメだし。たまに奥さんの奈々ちゃんから鬼のように長いメールが届くもん。
「うん、ええよ。洗濯の仕方は分かるけど、1人ならどういう周期でするかまだ手探りやし、締切に追われてたらそれどころじゃないから。月曜から金曜までのどこでも使っていいなら僕もありがたいし。日用品は自分が使う物は自分で買って相手のは使わないけどどうしても出る共用のものは要相談で2人で選んで購入かな。後は決めとく事ってなんかあるかな?」
「光熱費はきっちり折半で。」
「いやでも僕在宅ワークやからなぁ。明らかに電気代くうで。」
「殆ど残業が無いしすぐ帰ってくるから、そんなに変わらないって。基本的な事だけ気をつけてくれたらいいよ。その部屋に居ないなら電気を消すとか今は夏だからクーラーをつけたなら窓とか扉を閉めるとか。なんというかもったいない事だけしないようにしよ。」
「うーん。でもなぁ。」
「大丈夫だって気を遣わなくて。とりあえず今決めたのでやってみよう。明日は日曜日だけど、2日前に叔母さんと掃除したばっかりだから来週の日曜日でいいと思う。」
「伊織ちゃんがそう言うなら、一旦これで。」
「よし、じゃあ近隣の挨拶は叔母さんと済ませてあるからご飯食べに行く?」
「うん、僕も薫さんと挨拶してる。それにめちゃくちゃお腹すいてる。」
「ふふ分かった。引越しだから蕎麦って思ったけど侑ちゃんは蕎麦あんまりだったよね。」
「ありがとう、ワガママ言っていいなら牛丼がいい。」
「ふふ分かった。牛丼だったら宅配してもらおう。並で良いよね。」
私はいつも通り宅配を頼む。勿論毎日頼んだりはしていないけど疲れた時は利用させてもらってる。
「伊織ちゃんはすごいなぁ。今時の子やな。」
「今時って侑ちゃん7歳しか変わらないじゃん。」
「僕は先月に35歳なったわ。7歳違えばもうおじさんよ。」
「そっか誕生日先月だったねおめでとう。まあ私も流行の物は殆ど追えてないし歳とったよ。」
「伊織ちゃん昔はあんなに小さくていっつも僕の後ろよちよち歩いて来たのになぁ。」
侑ちゃんが思い出しながら話している。私は髪が気になって仕方ない。化粧もしてないし。
「侑ちゃん牛丼が来るまでそれぞれの部屋の整理しない?明日も休みだから良かったらこの辺、案内するよ。」
「うわぁ助かる。とりあえず薬局とスーパーどこにあるか知りたい。」
「分かった。でも日中は暑いから朝に行こうね。」
「はーい、お願いしまーす。」
そして部屋に戻って慌てて髪をなおし家に居るのに今更化粧をするのもなんだか変に思われる気がしてやめて整理を始めようとしたところで牛丼が来たので一時中断となった。
牛丼を食べながら近況を話す。侑ちゃんは小説家とフリーライターをしていて3社で月刊のコラムを書いているらしい。小説も書きながら月刊でコラムって忙しそうだ。
「じゃあ伊織ちゃんは石鹸の製造所で事務のお仕事をしてるんやね。」
「うん、そう無添加で肌に優しいソープ類の製造所だよ。だからボディソープとハンドソープはたくさんあるから洗面所とかキッチンに置くハンドソープは任せて。ちなみにバスソルトもある。」
「わぁーいありがとう。なんかオレンジの匂いやって薫さんから聞いてる。楽しみやわぁ。」
「私、仕事の日は8時40分に家を出るね。すぐ近くだから。帰りは17時30分には帰ってこられるかな。遅い時は一応一声かける。」
「オッケー。僕は基本的に不定期やから家にいーひんかったら出版社か買い物やと思って。僕も遅なるんやったら声かけるわ。」
「ていうか色々決めすぎかな?ごめんね細かくて。」
「いやええよ。最初にズバッと決めとくとあとが楽やん。ありがとう。後は少しずつ緊張が解れたらええな。僕らまだ何となくぎこちないし。頑張ろうな。」
「そうか…も。うん、これからお願いします。」
「じゃあ伊織、男と住んでるのか。」
「やっべぇな。あの伊織が!」
「ちょっとやめてよ!声が大きい。幼馴染だから。」
今日は月1で開催される同期会の飲み会の日。とはいえ同期は3人しか居ないのでこじんまりとした会ではあるが。
侑ちゃんと共同生活を始めて今日で7日目だ。干渉し過ぎず生活リズムが違う2人なので割と上手く言っている。
「大丈夫なのかよその男!伊織がそんな尻軽だなんて。俺悲しい。」
「葵、それ以上好き勝手言うならぶっ飛ばすよ。」
「そうだぞ葵、お前飲み過ぎだぞ。伊織に謝れ。俺は帰り送らないぞ。」
「へえへえすみませんでした。俺ちょっとトイレ。本当に飲みすぎたわ。」
ヘラヘラとしながら葵がトイレに行く。個室の居酒屋にしたので扉があり、その扉を開ける時に少しふらついたので本当に飲みすぎているのかもしれない。
「伊織その…先輩とは最近どうだ?」
湊が遠慮がちに聞いてくる。侑ちゃんといい湊といい私の周りの男は気遣いがすごい。葵が居ないのを見計らって聞くんだから。
「何も変わらない。結局、5年以上好きなまま。でも絶対に誰にもバレないようにする。それこそ墓場まで持って行く。この話は湊にしかバレてないし。ていうか湊の勘が良すぎる本当に。昔からの親友にも好きな人が居るってバレてないのに。」
「あー俺はこれで結婚できたからなぁ。よく見てるって言われる。」
照れくさそうに話す。私は先輩話を切りたくて話を変える。
「ていうか赤ちゃんいつだっけ?もうそろそろでしょ?」
「まだ半年はあるぞ。お前らには分かった瞬間に言ったからな。」
湊は私がわざと話を変えたと分かっているがそのまま話にのってくれるいいやつだ。
「そうだったね。お祝い何がいいかな?」
「金だろ。」
にやりと笑って湊が言うので私もにやりと返す。
「金かぁ。」
「なんだ、なんだ。経理課の俺抜きで金の話とは!」
扉をうるさく開けて葵が帰ってきた。
「ちょっと他のお客さんに迷惑だから。本当に今日どうしたの?」
「んだよ!聞いてくれよ!今日締め日だろ。だけどこの飲み会あったから残業にならないようにくそ頑張ったの!そしたら佐藤のやつ!いつもそれ位頑張ってくれたらいいんですけどね。だとよ!」
「まあ佐藤さんが正しいな。」
「ええ佐藤さんが正しいわ。課長をもっと尊敬するべきね。」
「なんだよ2人してー!くそー!」
「私は藤間課長を心から尊敬してるもの。」
「俺の上司は所長だからな。勿論尊敬してるよ。」
「伊織のいつもの課長贔屓は別として湊までなんだよ!」
「所長は凄い人だよ。シングルマザーで子供の肌荒れの為に石鹸作りを始めたんだから。」
「もうやめろーー!今日は仕事の話は聞きたくなーーーい。修士も博士も、持ってるからって偉そうに!」
私と湊は顔を見合わせてヒソヒソと話す。
「ねえ今日、本当にどうしたの?」
「分からない、なんだこの荒れ方…もしかして………。」
「「失恋?」」
「うわぁぁぁ今1番聞きたくなーーーい!」
「当たった……。」
「今度はどうやってふられたんだ?」
「あなたって本当に自分勝手ね。そんなに自分本位なら1人で居れば?って……うぅぅぅぅ。」
「泣き出した。」
「泣き出したわね。」
「よし帰ろう。もう21時だし。」
「そ、そうね。帰ろう湊。」
私と湊はカバンを抱きかかえ泣いている葵の隣を通り抜けようとする。その瞬間、葵がガバッと起き上がり私と湊の腕を掴んだ。
「いーやそうはいかねえ。最後まで付き合えよ2人共。」
「「いやぁーー。」」
そうして家に帰ったのは深夜2時過ぎだった。私が勝手に買ってきた夏用の敷物は少しひんやりとしていてアルコールで火照った頬に心地よくリビングで眠りについた。