15、好意
落ち着け、とにかく落ち着け。
「ねえこの女誰なの侑くん!」
言葉は無視して女の子を見る。セミロングの髪に黄味を抑えたピンクっぽい艶やかな茶髪、アイメイクはナチュラルなブラウンで統一されていてリップの薄いピンクのグロスが似合っている。ベイビーピンクのネイルもはげておらずちゃんとストーンも付いている。服装は白地に大きなピンクの花柄のワンピース、ノースリーブでミニ丈。多分、侑ちゃんの場所からはパンツが丸見え……とにかく頭の先からつま先までちゃんとケアしている立派な女の子。バンドTを着ている私とは正反対の見た目。
「侑ちゃんどういう事。」
思ったよりも冷ややかな声で聞く。
「いや。どうも何も無いよ。」
体を起こしてこっちを真っ直ぐに見る侑ちゃんの表情になんの焦りもない。でもいつも通りでもない少し強ばっている。
「侑くんこの女は?一緒に住んでるんでしょ。」
ふむこの女の子、少し目が据わっている。そして右足をずっと貧乏ゆすりしていて侑ちゃんの腕を力任せに握っている。私を見ているようであまり何も見えていなさそうな。
「美優ちゃん何でもないよ。家を間借りしてるだけ。」
おっと…そうだけど、なんか面白くない。ブスっとした顔で侑ちゃんを見る。でもなんだろうこの感じ?2人の関係が見えない。彼女の侑ちゃんへの好意はビシビシ感じるけど侑ちゃんからの好意は感じない。むしろうーんなんだろう敵意でもなく…恐怖でもなく…純粋な怒り?
「ふーん、じゃあ消えてくれない。私は侑くんに話があるの。」
彼女、段々と図に乗ってきたな。侑ちゃんに乗ったまま態度も図に乗ってってうまいこと言わなくていいから。ちょっと落ち着いて考えてみよう。
「そんな状態でどんな話?」
「ねえ侑くん行こうよ。この女はなんの関係もないんでしょう?」
チラッと私を見て無視して侑ちゃんに寄りかかる。なんか侑ちゃんの上に乗っているのに寄りかかるってよっぽど自分が軽いと思っているかあまり侑ちゃんを大切に思っていないかのどっちかだな。
「うん、関係ないよ。」
侑ちゃんの言い方、面白くない。本当に腹立たしい。でもなんだろうこの違和感。
「えっ何?侑くんこの女睨んでくるんだけど。」
「さあ?普通に家主さんと借主の関係でしかない。」
ふむふむ。嫌だな。それにいつもと話し方も違う。
「侑くんじゃあ行こ。」
2人して立ち上がった瞬間、私は玄関から廊下へ靴を履いたまま1歩だけ踏み出し、いてもたってもいられなくなって侑ちゃんの胸ぐらを掴み引き寄せてそのままキスをした。
アニメでよくキスの表現をブチュっという音で表現する事があるが本当にそんな音がした。侑ちゃんの唇と私の唇が重なった時、なんとも締りのない音だった。
「この人は私の男。触らないで。」
なんかまた決まらない台詞だな。私も相当焦っている。それに何も考えられない。そしてもう一度胸ぐらを掴んだまま今度は落ち着いて見せ付けるように長めのキスをする。良かった今度は音がしなかった。
「い、伊織ちゃん。」
侑ちゃんも焦っている。多分、侑ちゃんの作戦をぶち壊したんだと思う。
「き、きえろーーー!」
女の子が突進してきたので侑ちゃんを押して間を通らせる。女の子はバランスを失い玄関に飛び込んで地べたに膝と腕をぶつけて落ちる。私はその隙に靴を脱ぎ玄関にあがり侑ちゃんの服をまた掴んで引き寄せそのまま抱きしめながら地べたに這い蹲る彼女を見る。とにかく侑ちゃんを確保できた。服がビロビロになっちゃうな。
「言ってあげなよ侑ちゃん。私を好きだって言ってあげな。」
どうして私はちょっとヤンキーっぽくなってしまうんだろう。口喧嘩に慣れていないのがよく分かる。
「伊織ちゃん…分かった本当の事言う。うん、そう伊織ちゃんが好き。昔からずっとこれからも永遠に死ぬまで伊織ちゃんが好き。」
そこまで言えとは言ってない。そしてこっちを見て言うんじゃなくて彼女を見ろ!後、切り替えの速さよ。
「侑くん?嘘だよね?」
「嘘じゃないよ、伊織ちゃんが好き。」
縋るように言う彼女に追い打ちをかける。急に容赦なく言うじゃん。
「嘘だ!」
「伊織ちゃん以外好きになった事ない。」
それは嘘じゃん。侑ちゃんが中学生の時、彼女居たの知ってるよ。話を盛るな。
「どうして?侑くんだけは裏切らないって思ってたのに。」
「ずっと言うてるよね。その気持ちを受け取る事はできないって。僕の友達にも家族にも酷い事して、だから僕はここに引っ越したんよ。君を犯罪者にしたくない、それだけはと思って逃げてきたけど伊織ちゃんを傷付けるなら犯罪者になるのは僕になるよ。」
怖い。急に優しいのか優しくないのか、怖い。ゾッとする言い方に私も彼女も身震いしている。
「本当に、本当に終わりなの?」
彼女が泣きながら言う。
「ごめんね始まってもないよ。」
本当に容赦ない。侑ちゃん。
ピンポーン。
カオスな状況下で無機質な音が鳴り響く、玄関のインターホンか。
「すみません!美優来てませんか?」
玄関の外から女性が声を張り上げている。
「どうぞー鍵は開いてます!」
私は少し焦っている様子の女性に返事をする。言うやいなや玄関の扉が開き上品で落ち着いた女性が入ってきた。今は落ち着いていないけど。
「美優!貴方はいつも田口さんに迷惑ばかり!いい加減にしなさい!約束したでしょう!もう近付かないですって!貴方の好意が田口さんを追い詰めてるって言ってるでしょう!」
「侑くん本当に終わりなの?」
「うん、もう会いに来ないで。」
「……分かった、お母さん帰ろう。」
「本当に申し訳ございません。」
彼女は魂が抜けたみたいにフラフラと玄関から出て行く。その背中を女性が追いかけ玄関の扉を優しく閉めて出て行った。
私はフッと気が抜けてペタリと座り込んだ。全身の力が抜けていくような感覚に陥る。そんな私を後ろから包み込むように侑ちゃんが抱きしめてくれる。私は安心させる為にその腕をポンポンと優しく叩きそのまま恋人繋ぎで手を握る。
「怖かったよねごめんね。」
「大丈夫よ。疲れたけど。」
「これがね僕が1人暮しするって決めた理由。僕の友達とか家族に居場所を無理やり聞いて傷付けようとしたり皆の仕事とか生活の邪魔になって迷惑がかかってここに逃げて来た。伊織ちゃんのお母さんはね全部知っててこの話を持ちかけてくれた。1人より上手くカモフラージュになるかもって、だけど1番にちゃんと伊織ちゃんに言うべきやったね。でも伊織ちゃんに知られたくなかったカッコつけたかったんやと思う。まさかここがバレると思わなかった。友達にも言ってないから。でも出版社に問い合わせて騙して聞いたんやって。ちゃんと抗議するね。」
「ねえ侑ちゃん、キスして。それで全部許す。」
そして手を繋いだまま向かい合って侑ちゃんから優しくキスをされた。唇が離れる時、唇を舐められたのはびっくりしたが。
「ちょっとそこまで許してない。」
「ごめん、だってなんか美味しい味がしたから。」
「嘘、牛バラ串かも。」
「ああ、そうかも。」
「ねえもう1回だけしていい?」
「いい訳ないよね。」
って言ってるそばからされる。
「ちょっと。」
「さあ今日はお祝いやね。伊織ちゃんの誕生日で僕らの記念日やもん。」
「そうね。玄関を開けてあの状況を見た時はぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど。」
「僕も伊織ちゃんの事をなんとも思ってないフリするのめちゃくちゃ辛かった。」
ぎゅっと抱き締めて言う。
「それにしても早く帰ってきて良かった。」
「ほんとよ早く帰ってきてくれて良かった。」
そしてじっと見つめられてまたキスされそうになるので手で制止する。
「ちょっと。」
「だって嬉しくて!伊織ちゃんの恋人なんてもう夢みたい。」
「やめようかな。」
「ちょっと。酷いよ伊織ちゃん。僕を弄んだのね。」
「はいはい。」
そしてまた手を繋いでどちらとも言わずにキスをした。




