11、対称的な優しさ
「えっアンタが紹介してもらう人?」
白いネクタイに黒のスーツの紙袋を持った葵が相手?
「はっ?何言ってんだよ。俺は友達の結婚式に出て今終わったとこだよ。てかお前は何してんの?この人は?」
めんどくさい。ものすごくめんどくさい。侑ちゃんは付き合ってるけど付き合ってなくて。でも高田さんに聞こえるし、ていうか高田さんは葵に知られたくないかも。口は軽くはないけど軽薄そうに見える男だから。
「えっと。お茶してるだけ。じゃあまた会社で。」
「いや答えになってねえよ。誰だよこの人は。」
「田口侑です。」
「それはどうも。高畑葵です。伊織とは同じ会社で。伊織とはどういった関係ですか?」
「あーえっとですね。」
侑ちゃんは私を見てどう答えるべきか悩んでいる。高田さんに彼氏だと思われてると言ってあるのでそこも考慮して2人して言葉が出ない。
「とにかくどっか行って。今度話すから。」
「おいおい、酷くないか!」
「伊織ちゃんそんな言い方したらアカンよ…。」
「あーもう。だって侑ちゃん…。」
「侑ちゃん……?」
私と侑ちゃんがしどろもどろになっている時、唐突に男が現れた。仕方なく私は葵を隣の席に座らせる。そして小声で葵に釘をさした。
「今から一言も話さないで。喋ったらもう二度と愚痴をきいてあげない。」
葵は私のただならぬ様子に頷き紙袋をギュッと抱いて視線を窓の外に移した。私は鏡を開き男性を確認する。
顔は整っていて男前なのだが、私と侑ちゃんは自然と視線が合う、男性の服装に私は呆れてしまった。Tシャツに短パン、スニーカースタイルで今風のオシャレなカジュアルスタイルではあるが正直、この綺麗なホテルのカフェには浮いている。ここは向こうが指定したと高田さんは言っていた。私と侑ちゃんは結局、ホテルをネットで調べてドレスコードがどんな感じか確認したのに。侑ちゃんはずっと半袖のシャツを持っていない事を憂いていたがジャケットなし、ノーネクタイでも問題ないようだった。
「お待たせしました。高田さんですか?」
にこやかに入ってきて高田さんも何も言わないが、確かに遅れてきているいや絶対に遅れている。腕時計を見ると10分遅刻している。そもそも男性が場所と時間をしていた筈だ。
「そうです。小林さんですね。初めましてお話は木谷から聞いています。」
高田さんが立ち上がって挨拶をする。後ろから見てもふわっとアップスタイルの髪は可愛く仕上がっている。でも私はきっちりまとめ髪の高田さんの方が性格や見た目と合っていて好きだなあ。素敵で。
「いやぁ照れるなぁ。高田さんがこんなに美人だなんて。木谷から理系だって聞いてたから。」
は?理系とどんな関係があるんだ。私はこの発言で既に嫌になってしまった。男性がヘラヘラとしながら座ったのでその後にゆったりと高田さんも座る。
「えっと…小林さんは何を飲まれますか?」
高田さんが話を変える為にメニューを差し出した。高田さんは既にコーヒーを頼んでいる。男性は1、2分考えた後、高田さんに飲み物を伝えメニューを渡す。
「あーじゃあビールを。」
何故、酒を飲むんだ?こいつ。それに自分で注文しろよ 高田さんにわざわざさせるのはどうして?
侑ちゃんが落ち着いてと口パクで言いウィンクをする。仕方なく落ち着いて葵にメニューを差し出す。葵は窓から視線を移してメニューをじっくりと眺めている。
「ていうか高田さんなんか気合い入ってますね。すみませんなんか俺だけラフな感じで来ちゃって。」
「えっ?はは。」
「なんか高田さん暗いね?あんまり人と話さない感じ?」
「そうですか?」
こいつ。ガタンと音を立ててしまう。だが男は気付いていない。まだ会って5分程だがもう介入したい。
「高田さんは普段は何を?」
「読書をしたり音楽を聞いたりするのが好きです。」
「良いですね。僕もよく本は読みますよ。最近は専らお金の勉強の本ばかりですけどね。」
「そうですか、偉いですね。将来を見据えている感じで。」
「よく周りにも小林さんは大人だねって言われます。」
「へぇ。」
「でも高田さんは本当にお綺麗ですね。30過ぎてるように見えないです。話をしても馬鹿じゃないし。」
「お……ぃ。」
私が介入する前に隣の葵が先に声をかけた。
「ねえこんな奴やめて俺と遊ばない?ってあれあなた誰だっけ?」
葵は葵で失礼な奴だ。いくらなんでもすぐに分かるだろうに。
「おいお前、誰だよ。今は俺が。」
葵はイラつく男性の言葉を遮り顔の前に掌を出して制止させた。
「ちょっと待って。今思い出してるから。えっと。もしかして…。」
「品管の高田です。」
「あぁーやっぱり!綺麗だから分からなかった。いやいつも綺麗なんですけど!今日は特に。」
「ふふっ。そうですか。」
今日、初めて高田さんが柔らかく笑っている。口元を手で隠して目を伏せて笑っている姿は上品でとても素敵だ。葵もポケーっと高田さんを見ている。
「おい!お前消えろよ。」
男性は2人の様子にますます声を荒らげている。そろそろ出ないとホテルの方に迷惑だな。
「高田さん、本当に今から俺とお茶しに行きません?」
葵が高田さんの傍まで移動して言う。高田さんはチラッと男性を見てモゴモゴと言葉を濁す。
「いや、でも…。」
「良いじゃないですか。これコーヒー代ね。じゃ。」
葵がいつの間にかコーヒー代金を机に置いて高田さんを外に連れ出してしまった。私と侑ちゃんも慌ててお会計をしてもらい追いかけた。
ホテルを出た所で2人は待っていてくれてて、葵は私を見た途端、詰め寄ってきた。さっきと立場が逆転したな。
「伊織、高田さんのお守りを任されてるんだったらもっと早く間に入ってやれよ。遅いだろ。」
葵のお守りという言葉に軽く睨む。高田さんが今日のことを説明してくれたんだな。
「いえ、水野さんは悪くありません。私がもっと早く切り上げてしまえば良かったんです。皆さんすみません。」
高田さんが頭を下げるので私も慌てて謝る。
「すみません葵の言う通りです。もっと早く介入するべきでした。すみません。」
「いえいえじゃあ解散しましょうか。今日はありがとうございました。」
「待てよ!お前らよってたかって俺をコケにしやがって。」
男性は頼んだビールを飲んでそのままの勢いで高田さんを追いかけてきたようだ。声を荒らげている姿に私は呆れを隠せない。
「すみません。声もかけずに出てきてしまって。今日は帰ります。」
高田さんは落ち着いて話している。私はなるべく高田さんに近付いた。
「ちょっと待ってくださいよ。高田さん、俺ん家ここの近くなんです寄って行きません?」
だからこの場所を指定したのか。
「いえ行きません。勝手を承知で伝えますが、私はもう会うつもりはありません。今回のお話は無かった事にしてください。お願いします。」
高田さんはハッキリと断った。それなのに男性はジリジリと高田さんに近付いていく。
「でも、俺はまだ高田さんいけますよ。」
ダメだ。男性の中にはたまに女性だという事で下に見て舐めている人も居る。もしかしたらこの人はそうなのかもしれない。話が通じていないだけで私の勝手な思い込みかもしれないが、高田さんに近付いてほしくない。
棚橋さんの言う通り温厚な侑ちゃんでも男の人を連れて来て良かった。何をしても怒らないので、こういう時に頼りになるか分からないが、まあその点は葵も同じか。
「すみません、私は高田さんの友人です。今、高田さん断りましたよね。ですからお帰りいただけませんか?」
「うるせえなぁ!関係ないやつは黙ってろ!」
私はできるだけ丁寧に伝えたつもりだったが怒りが言葉にのっていたのか男性に強く突き飛ばされて尻もちをついた。その瞬間、高田さんの表情が強ばったのを見てしまった。どうしよう高田さんに怖い思いをさせてしまった。不思議とこの男性が怖いとは思わず、今までの態度や言い草、この行為に腹が立って言い返してやろうと立ち上がろうとした時だった。自分の脇の下に腕が回り込み立たせてくれたと思いきや、そのまま抱っこされた。なんで?
「お前!俺の伊織ちゃんに何してくれとんねん!ボケェコラァ!」
怖い、こんな人、私の知り合いにいない。いつもの深く優しい声は消え今はただ怒り狂った怒鳴り声しか聞こえない。声は恐ろしいのに私を抱っこする腕は優しくて右手でおしりを支え左手で頭を支えてくれる。安定しているが抱っこに慣れない私は落とされないように背中に腕を回してしがみつく。
「ひぃ。」
男性は小さく声をあげた。関西弁は聞き慣れない人からすると普通に話すだけで怖いと言われた事があるがこの状況なら尚更かもしれない。さっきまでニコニコしてた人とは思えない表情だし、今は見えないけど。
「おい、シバくぞ。」
「ちょっ、ちょっと侑ちゃん!大丈夫だから落ち着いて。あとおろして。」
背中を叩いてもおろしてくれない。マーメイドスカートが伸びる素材で本当に良かったが、亀みたいな自分を想像したら凄く無様だ。
「伊織ちゃんそれは聞けへんな。こいつが消えるまで。」
「ひっ、じゃあね高田さん。さよなら!」
男性は凄まじいスピードで帰ってしまった。良かった逃げてくれて。侑ちゃんがこんなに怒るなんて大誤算だった。
「逃げ足はえぇなぁ。」
葵がバカにしたように呟く。
「伊織じゃあ俺は帰るな。割と朝早かったから眠くて。」
「私も帰ります。ここから駅まで近いし。今日は皆さんありがとうございました。」
背後で2人の声が聞こえ遠ざかっていく。気を使ってくれているようで早足だ。この体勢のままなんて恥ずかしいけど怖いお兄さんがおろしてくれないので仕方がなく声が届くように叫ぶ。
「また会社で!さようなら!」
「さっ伊織ちゃん帰ろうか。」
侑ちゃんの声が深くて優しい声に戻った。少しだけを顔を見ると視線が合いにこりと微笑む。
「いい加減おろしてよ!」
「アカンな。だって伊織ちゃん足挫いてるもん。」
「えっ嘘。本当に?」
「うん、押された時、足首、グェってなってた。」
「えっ。」
そう言われれば左足に違和感がある。私は小学生の時に1度、挫いてから捻挫しやすくなってしまった。
「だからこのままね。車はすぐそこやから。」
なんだかもう私はこの状況がどうでも良くなってしまって歩き出す侑ちゃんにしがみつく。
「侑ちゃんって強引だね。」
「伊織ちゃんが押された時、勝手に体が反応したわ。ごめんね僕も今日は小説のネタになるかなって軽い気持ちで来たからさ。気抜いとった。」
「ありがとう、でもここまでしなくていいのに。」
「だって好きなんやもん。仕方ないよ。なんでもしてあげたくなる。」
恥ずかしい。侑ちゃんの言葉に嘘がなさそうなのも恥ずかしい。
「侑ちゃんありがとう。」
私は腕を首に回し顎を右肩に置いて目を閉じた。侑ちゃんはどんな時も落ち着く匂いだ。あの時と一緒の穏やかな安らかな匂い。車までの2、3分こんな状況にも関わらず私は幸せを噛み締めていた。