1、ドタバタ引越し
「どういう事?!」
私は3コール目で出た母に声を荒らげて話す。侑ちゃんも苦笑いしながら叔母さんに電話で話をしている。
「だからぁ侑ちゃんと住んであげて!いいでしょどうせアンタ恋人も居ないんやし侑ちゃんはイケメンやからムフフ、ええやないの!ってうそうそ冗談よ、やけど侑ちゃん初めての都会やし一人暮らしやから助けてあげて、まあでも1番の理由はあの大きな家に1人は怖いでしょ。2人なら怖くないし!じゃあね。」
侑ちゃんも叔母さんに同じような事を言われて切られたご様子。私と侑ちゃんは携帯電話を握りしめたまま、それぞれ引越しのトラックを背中に待たせ途方に暮れる。
事の発端は今住んでいる賃貸アパートの更新がそろそろだという話を母にしたところからだった。母の妹の薫叔母さんがいよいよ本格的に祖母の介護の為に田舎に戻るらしく叔母の家が空き家になってしまう事を憂いた母が住んであげなよと言い出したのだ。
会社の近くに叔母が住んでいて母より頻繁に会っていた事もあり、本人から介護を姉さんに任せっきりで協力したいと聞いていたので田舎に帰る事は何となく感じていたがこんなすぐだとは思わなかった。母から話があった数分後には叔母から電話が来てトントン拍子で話が進み今日、蓋を開けてみればこんな状況になっている。
侑ちゃんは祖母の家の隣に住んでいて家族ぐるみで付き合いがある幼馴染のお兄ちゃんでたまたま介護の為に帰って来ていた叔母さんから話を聞き自分も家を出る話をしたら叔母さんが、なら丁度いいわと押し切られ気付いたらこうなっていたらしい。
簡単に言えば私も侑ちゃんも騙されたのだ。
「伊織ちゃんとりあえず荷物を入れてもらおうか。ここで立ってても仕方ないし。」
侑ちゃんに話しかけられてハッとし我に返る。
「えっああ、そうですね。」
10年ぶりに幼なじみに会ったので敬語になってしまう。今更どんな距離感だったか思い出せない。
「いやいや昔みたいに普通でええよ。敬語やめて。」
私の言葉に柔らかく微笑む笑顔は昔と全く変わっていない。二重で垂れ目の目も深く甘い声も優しい口調もあの上京する日にお見送りに来てくれた時のまま。でも見た目は変わっている。ショートヘアでふわふわのパーマをかけ服装も落ち着いた上品な大人の男感がある。
「うん、分かった。」
「久しぶりやし、こんな状況で気まずいかもやけど、とりあえず入らへん?荷物入れてもらうのに部屋決めなあかんし。一旦ね。」
「ええ。分かった。でも母さんと来た時にアンタは2階やでって言われたけど。」
「そうなんや、確かに僕も薫さんと一緒に来た時、1階の奥の部屋ねって言われたわ。じゃあとりあえずそこに入れてもらおっか。」
仕方なく私の荷物は2階の右側の部屋に入れ、侑ちゃんの荷物はリビングの隣の部屋に入れてもらった。
2階に3部屋、私の部屋と叔母の私物がある部屋と何も無い部屋、後はトイレと小さな洗面所、表に面したベランダがある。1階は2部屋、侑ちゃんの部屋と本棚がびっしりの叔父さんの部屋、リビングダイニング、トイレ、洗面所、浴室。それぞれが持ってきた荷物がそれぞれの部屋に置かれていく。全ての荷物が運び込まれ引越し屋さんが帰って落ち着き始めた頃、段々と母と叔母さんの言動が不自然だった事に気が付いた。
「そういえばおかしいと思った。冷蔵庫は大きいのを買い直した方が良いって言われて買ったけど他の家電は買わなくていいって言われたわ。」
「それで僕が洗濯機と電子レンジとコードレス掃除機とロボット掃除機か。」
「ロボット掃除機は私も買わされた!ここの家は床がフラットだから2階用にだわ。ていうか侑ちゃんは良いの?」
「何が?」
「ここに住むことよ。私は会社が近くだし色々買ってしまった後だしここに一旦住むつもりだけど。」
「うーん、伊織ちゃんがいいんやったら…かな?」
「えっ、ごめん私ここに来た時からずっと不機嫌だったよね。怒ってるのは母さんと叔母さんにだから。勿論いいよ。」
「じゃあお願いします。」
「こちらこそお願いします。」
私達はガッチリと握手を交わして生活をスタートさせた。