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第五十三話:王を狩る


 そこは間違いなく、これまで何度も《狩猟祭》を行って来た森だった。

 空には赤い月が輝く異界。

 その場所に立っているのは当然、俺たちだけではない。

 醜く巨大な、二本足で立つケダモノ。

 この森の主である真竜も目の前にいた。

 だが、サル何とかは明らかに困惑した様子だった。

 

『なんだ? これはどういうことだ?』

「招いたわけでもないの移動したのがそんなに不思議?」

 

 無数の口から漏れる戸惑いに、応じたのはアウローラだった。

 彼女は獣を見上げ、その愚鈍さを嘲笑う。

 

「これまで何度も出入りしたんだもの。

 『道』の開き方ぐらい分かるし、強制的に《転移》させるぐらい簡単よ」

「うーん、流石」

 

 絶対に簡単じゃないと思うが、彼女にとっては容易いことらしい。

 好き勝手暴れるだけだった真竜も、その言葉で流石に警戒を強めたようだ。

 低い唸り声を上げながら、改めてこちらに向き直った。

 

『何だ、貴様らは何者だ?

 そんな真似、人間如きにできるはずがない!』

「ここまで来てそれを聞くのかよ」

 

 今さら過ぎるというか何というか。

 まぁ殺ることは変わらんので、別にどうでも良いんだが。

 

「俺たちは、お前を殺しに来た者だな。それで十分だろ」

『……ワシを殺す? 殺すだと?

 真竜たるこのワシを、人間風情が?』

「似たようなことを言ってたマーレボルジェって奴はもう殺した。

 で、お前で二匹目だな」

 

 とりあえず、聞かれたことには答えてやった。

 俺の言葉にサル何とかは口を閉ざす。

 だがすぐに、牙を鳴らす音や唸り声が無数に響き出す。

 

『不遜、不遜不遜不遜不遜不遜!

 あの宝石狂いを殺した? それが真実だとしてもだ!

 この狩猟者の王たるワシを殺すなど、愚かに過ぎるわ!!』

「ホント、どいつもコイツも似たようなことを言うよなぁ」

 

 怒りと殺気を、真竜はその図体と一緒に大きく膨らませる。

 吹き荒ぶ敵意に応じて俺も剣を構える。

 このまま殴り合う――前に、ふと気になる事があった。

 

「なぁ、お前ウェルキンにあんなこと言ってたけど。

 ぶっちゃけホントに守る気あんの?」

『何故、それをお前が聞く?』

「いや、何となく気になっただけだな」

『そうか――お前が危惧している通り、あんな約束は守る気はないぞ』

「まーそうだよなぁ」

 

 全身の口を愉快そうに歪める真竜。

 予想していたが、やはりそういうつもりだったか。

 

『千年前にウィリアムの奴と契約を交わした時から。

 ワシも随分とそれに縛られ、長らく堪え続けて来たのだ。

 それも無くなった以上、あの都市もこの森も、全て喰らい尽くすのみよ』

「……仮に、ここで俺たちを喰って、お前の言う通りにしたとして。

 そっからどうする気だ? 全部食ったらどうしようもないだろ」

『知れたこと。この飢えたる腹を満たすため、新たな餌場を探すだけよ』

「うわぁ……」

 

 ヤバいな、何も考えてねーぞコイツ。

 いや自分の食欲についてしか考えてないのか。

 余りの開き直りっぷり呆れる俺を、横のアウローラが軽く突く。

 

「そういう貴方だって、そこまで考えて動いてるわけじゃないでしょ?」

「そんなことはないぞ?」

 

 真竜を探して殺す、ぐらいは考えているのでセーフだ。

 そのためにも、先ずは目の前の奴からだな。

 ダラリ、ダラリと。

 涎……ではなく、真っ赤な流血が真竜の口から溢れ出す。

 

『それで、遺言は今ので良いのか?』

「遺言じゃないが、聞きたいのは今ので全部だな」

『そうか。ならもう、我慢する必要もないな!!』

 

 咆哮。

 大気と森の一部が同時に弾ける。

 尾と武器で木々を薙ぎ払い、走るだけで地面が裂ける。

 圧倒的な力を振り回し、真竜はこちらに襲いかかってきた。

 まともに貰ってやる義理はないので、俺は回避行動を取った。

 不規則に飛んでくる尾を剣で弾き、武器の一撃は受けずに避ける。

 近くにいるはずのアウローラは――うん、全然平気そうな様子で俺の傍にいた。

 こっちが無様に転がって逃げ回るのに対し、彼女は嵐の中で踊るかのようだ。

 

「手伝いは必要?」

「いや、もうちょっと頑張る」

 

 このぐらいならまだ平気だ。

 それにだんだんと、向こうの動きにも慣れて来た。

 

『ガッ……!?』

 

 大振りの隙を突いて、剣の切っ先で真竜の腕を削る。

 幾つも開いた口の一つを切り裂けば、其処から苦痛の声が飛び出す。

 図体もデカいし神経は鈍そうだが、痛みは感じているのか。

 その辺は良く分からんが、とりあえず反撃を続ける。

 上から落とすか、横から払うかしかない鉄球の軌道はかなり読み易い。

 その威力こそ脅威だが、容易く懐に潜り込む事が出来た。

 だから今度は、転がって足下をすり抜けるついでに胴体を切り裂いた。

 毛皮は分厚く肉も硬いが、斬れない程じゃない。

 

『餌の分際で手間取らせるな!!』

 

 苛立ちを叫びながら、サル何とかはまた無茶苦茶に尾と武器を振り回す。

 武器よりも、長い尾の方が面倒だった。

 鞭のようにしなる動きは読み辛いし、加速した先端は殆ど見えない。

 こっちから対処した方がいいな。

 そう判断し、俺はわざと大げさな動きで後ろに下がった。

 

『馬鹿めッ!!』

 

 釣られた獣は、自らの尾を大きくしならせる。

 俺の下がった位置は十分間合いの内側だと、そう示すように尾を振り抜く。

 無論、こっちもその辺は分かっている。

 突っ込んできたりせず、その場で尾を伸ばした横着さに感謝したい。

 完全に伸び切って、単純に飛んでくるだけの一撃。

 俺はそこに迷わず剣を合わせた。

 切っ先から伝わるのは、肉を無理やり引き裂く感触。

 そのまま真竜の尻尾、その先端を斬り飛ばす。

 

『何ッ……!?』

 

 自慢の尾が斬られたのが、余程ショックだったか。

 驚愕に声を上げながら、サル何とかの動きが一瞬滞る。

 俺は即座に地を蹴り、伸び切った尾を更に刻みながら走った。

 真竜は此方を迎え撃とうと、棘付きの鉄球を振り上げる。

 だが、少しばかり反応が遅い。

 

『ガアアァアアッ!?』

 

 剣を一閃すれば、血飛沫と苦鳴が上がる。

 足を半ば断ち斬られた事で、真竜の巨体は大きくバランスを崩す。

 手応えはあった。

 が、流石に相手も容易くはないようだ。

 苦痛に叫びながらも、武器を持つ腕は止まらない。

 

「しぶといなオイ」

 

 大地を砕く一撃を躱し、俺はまた後ろに下がって距離を取る。

 それと同時に、異様な現象を目の当たりにした。

 

『無駄だ、定命(モータル)

 この程度、ワシの生命には到底届かぬわ!』

 

 嘲りを含む真竜の声。

 見れば、その巨体に刻んだ傷の大半が既に塞がりつつあった。

 半分に切断したばかりの脚も、切り刻んだ尻尾も。

 どれも煙を上げながら急速に再生していく。

 竜は確かに不死不滅の超生物だ。

 それでも、ここまで無茶苦茶な再生速度は持っていないと思うが。

 

『この森の「深淵」と繋がっているが故に、ワシは“森の王”なのだ!

 その力がある限り、我が身はどれだけ傷付こうと復活する!

 貴様の足掻きなど意味がないと知れ!』

「ほほう」

 

 理屈は良く分からんが、とりあえずあの再生能力には種があるらしい。

 俺の隣で、アウローラは何やら納得した様子で頷く。

 

「この森の霊脈を占有することで、土地に流れる魔力を独占しているわけね。

 原始精霊(システム)の力を利用してるのなら、あの再生能力もあり得るわね」

「つまり?」

「再生する限界まで肉体を壊せば良いと思う」

「なら何とかなるな」

 

 理屈は知らんが、それだけ分かれば問題ない。

 こっちの反応(リアクション)に、真竜はまた怒気を強めたようだ。

 牙を鳴らし、獣が群れで吼えているような唸り声を上げる。

 サル何とかに刻まれた損傷(ダメージ)は、この時点でほぼ完治していた。

 

『喰い殺す!!』

 

 単純過ぎるほど単純な、食欲と殺意の咆哮。

 その叫びと共に、サル何とかの姿が大きく変貌した。

 巨体が更に二回りほど肥大化し、身体の構造も変化する。

 さっきまではギリギリ人型だったが、今は四足歩行の狼に近い。

 全身を刃に似た黒い毛皮で鎧い、動く度にそれがガチガチと耳障りな音を立てる。

 これだけならば別に驚く要素はなかった。

 驚くべきはその『数』だった。

 

「なんだこれ」

 

 歪んだ姿の巨狼。

 それが見える範囲だけでも十体以上。

 変化した真竜の身体から、溢れ出すようにその群れは現れた。

 良くある大量の偽物に、本物が混じってるパターンかとも思ったが。

 

『見たか。見たか見たか見たか!

 これが真竜たるサルガタナスの《竜体》だ!』

 

 無数に増えた巨狼は、口々に同じ言葉を吐き出す。

 

『全てがワシだ! この群れそのものが真竜たるワシそのものだ!

 一つがあれば幾らでも増える! 総体が死さぬ限り、我が身は不滅だ!』

「なるほどなぁ」

 

 つまり全部潰さないとダメな奴か。

 こちらの周囲を取り囲みながら、群体となった真竜は嘲り笑う。

 

『恐れよ、畏れよ、怖れよ!!

 我は真竜サルガタナス、大陸の覇者にして森の王!!

 所詮貴様ら定命(モータル)は、我が飢えを満たす餌に過ぎん――!!』

 

 勝手な事を吼えて、群れは爪と牙を一斉に俺達に向ける。

 一応アウローラを抱えて回避すると、強烈な衝撃が全身を打った。

 一匹一匹の威力は、恐らくさっきまでと大きく変わらない。

 だがそれを、十匹以上が同時に叩き付けたなら。

 その破壊力は凄まじく、森と大地を容易く引き裂いた。

 

「流石にまともに貰ったら拙いなコレ」

「手助けはいる?」

「そうだなぁ」

 

 やってやれない事はない気はする。

 気はするが、この数で無限沸きは流石に面倒そうだ。

 

「じゃあ、頼めるか」

「ええ、勿論。けど、アレはどうするの?」

「んー、割とやる気っぽいんだよな」

 

 声には出していないが、剣から燃える火の気配を感じている。

 消耗は完全に回復したようだな。

 そんな話をしている間にも、《竜体》となった真竜が迫る。

 巨狼の群れが荒れ狂う様は、さながら真っ黒い津波のようだ。

 森の一角を粉々に蹴散らし、退く俺たちを追って来る。

 

『逃げるか! 無駄に足掻くか!

 この森に逃げ場などない、大人しく我が牙に砕かれよ!』

「そうかい」

 

 追う群れがひと塊になって来たのを確認し、アウローラを見る。

 彼女が小さく頷くと、俺は剣の刃に触れた。

 

「よし――ちょっと頼むぞ、ボレアス」

 

 名を呼びながら、自分の指を軽く切り裂く。

 流れる血は地面に落ちるより早く、瞬く間に渦巻く炎へと変化した。

 其処から現れるのは、古き王の一柱。

 

「ハハハハハッ!! 呼んだか竜殺し!!」

 

 《北の王》ボレアス。

 半人半竜の少女の姿で、高らかに笑いながら群れの先頭と激突した。

 真竜の力に対し、吹き飛ぶどころか真っ向から受け止める。

 それを見てから、アウローラが指先を向けて。

 

「《炎よ》」

 

 囁く《力ある言葉》は、速やかに世界の在り方を捻じ曲げる。

 凄まじい勢いで弾けた炎が、ボレアスがいる辺りの空間を一瞬で呑み込む。

 当然、真竜の群れごとボレアスも巻き込まれるが。

 

『なんだ、長子殿。まさか今ので我も葬る腹積もりだったか?』

「どうせ平気でしょ、それぐらいは分かってるわ。

 まぁ万一焼け死んだら、指差して笑ってやるつもりだったけど」

 

 焼けつく炎の中で平然と笑うボレアスに、それを軽く受け流すアウローラ。

 微妙にバチバチ火花が見えるのは、きっと気のせいだろう。ウン。

 で、サル何とかの方だが、群れの何割かを今ので消し炭にされたようだ。

 流石にそれでくたばったりはしていないが、怯んだ様子は見て取れる。

 

「これ俺って必要??」

「あら、こっちは手伝うだけよ?」

「別に見ているだけでも構わんぞ?

 アレの魂は我が直に喰らってしまうがな」

 

 どうやらサボらせては貰えないらしい。

 まぁ勿論、言ってみただけなんだが。

 

『お、おおおぉおおおッ………!!』

 

 聞こえてくるのは、真竜の呻き声。

 不死身な上に数を増やしても、やはり苦痛はそのまま感じるのか。

 焼かれる痛みに悶え、明らかにサル何とかは恐怖していた。

 恐らく、千年はなかったはずの『死』の感触。

 真竜は怯えながら――それを超えてギラつく欲望を、その眼に宿していた。

 

『この力、この気配、この臭い……!!

 やはり王か、古き王か! あり得ぬはずだがここにいるのか!!

 極上の血肉だ、極上の供物だ!

 喰いたい、喰いたい喰いたい……!!』

「……何か涎ダラダラだぞアイツ」

「そこのコソコソしている長子殿とは違って、我は特に隠していないからな」

 

 無駄に堂々と笑うボレアスさん。

 マーレボルジェの奴も、確かアウローラのことを喰いたがってたな。

 真竜どもにとって、《古の王》はそれだけ魅力的であるらしい。

 

「別に、コイツが頭から喰われても何とも思わないけど。

 それでアレがパワーアップしても困るわね」

「別に助けなど求めていないぞ、長子殿。

 目立つのを好まんなら、其処で我と竜殺しの勇姿を眺めていても良いのだぞ?」

「やっぱりここでブチ殺しましょうかコイツ」

「喧嘩は後にして??」

 

 サル何とかの方は殺る気満々だから。

 焼け焦げた群れも再生したか、森の陰から続々と巨狼の姿が沸いて来る。

 さて、俺も負けない程度には頑張りますか。

 

「さぁ、ケダモノどもが押し寄せてくるぞ。

 折角敵も多いのだから、殺す数を競ってみるか?」

「その勝負、剣一本の俺だけ一方的に不利じゃない??」

「最悪、敵のついでにソイツもぶっ刺して剣の中に強制送還しましょう。

 私が許すから遠慮しなくていいわよ」

 

 俺たちはそんな言葉を交わしながら。

 向かって来る黒い獣の津波へと、正面から突っ込んだ。


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