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第四十七話:王の名は


「……レックス。ちょっとぐらい歯に衣着せろよ」

「あ、拙かったか?」

「マズイっちゃーマズイと思うけどさ」

 

 イーリスに突っ込まれてしまったが、言ったモンは仕方ない。

 見れば、アウローラはだんだんとその表情を笑みの形に置き換えていく。

 それから《北の王》と俺に、それぞれ視線を向けた。

 

「ええ、そうね。確かにレックスの言う通り。

 彼はここまで一度もお前に負けてなどいないんだから。

 私がちょっと心配し過ぎたわね」

「……ふん」

 

 すっかり優位(マウント)を取られ、《北の王》は小さく鼻を鳴らす。

 ただ、あまり気分を害した様子ではないようだった。

 

「言ってくれるではないか、竜殺し。

 おかげですっかり長子殿が図に乗ってしまったではないか」

「いや、そこは俺に言われても困るけどな。

 大体、アウローラを挑発してたのはそっちだろ」

「単なる戯れよ。まぁ、それはもういい」

 

 《北の王》は小さく首を横に振る。

 それから改めて、俺をその紅蓮の瞳で見た。

 

「名付けを認めるなら、如何に我を名付けるのだ?

 最初の竜殺しよ。半端なモノでは認めてやらぬからな」

「マジか」

「適当でいいわよ、適当で」

 

 そう言いながら、アウローラは俺の腕辺りに引っ付いて来た。

 当然ながら《北の王》がいるのとは逆側に。

 何やら両側から圧力をかけられるような形だが、それは置いておく。

 どうやら、良い感じの名前を考えねばいけないらしい。

 俺が悩む様子を見て、《北の王》にも笑みが戻った。

 

「長子殿にも名を付けたのだから、できぬとは言わんだろう?

 いやはや曙光(アウローラ)とは、かつての同胞たちが聞いたら何と言うか」

「あんまりふざけたこと言ってるとぶっ飛ばすわよ??」

「俺を挟んだ状態で喧嘩すんのは止めてくれない??」

 

 物理的にやり合い出したら、俺の命がいくつあっても足りない。

 しかし、唐突なのも含めて何とも難しい話ではある。

 アウローラの時はたまたま閃いただけだ。

 ぶっちゃけ、自分にそういうセンスがあるとは欠片も思っていない。

 なので。

 

「……何かこう、アイディア募集」

「それこっちに振るのかよ、こえーよ責任重大過ぎて」

「私はレックス殿ならやれると信じておりますよ?」

 

 思いつかないので案を求めたら、即座に姉妹に突っ込まれた。

 いやホントに、そう簡単に出てこないんですよ。

 

「何だ、あんまり情けないところを見せてくれるなよ竜殺し。

 この《北の王》を従えたくはないのか?」

「いいわよレックス、適当で。

 拒否するようなら、私も手伝って無理やり名付ければ良いだけだし」

 

 両サイドからの圧力も徐々に強まってくる。

 さーてどうするかなマジで。

 このままだと、押し潰されて死ぬんじゃなかろうか俺。

 どうにか無い頭を絞ろうと首を捻っていたが。

 

「……ボレアス」

 

 そう、小さく呟く声が聞こえた。

 顔を上げる。

 口にしたのはアディシアだ。

 彼女は自分でも少し驚いた様子で、軽く手を振り。

 

「あ、いや。すまない。

 何となく思い付いただけだったんだが」

「いやいや、良い案なら大歓迎なんで。

 今、ボレアスって聞こえたけど」

「あぁ。北から吹く強い風のことを、森ではそう呼ぶらしい。

 彼女は自分を、《北の王》と言っているから」

 

 何となく思い付いたんだが、と。

 ボレアス、北から吹く風か。

 ちらっと当人――《北の王》を見てみる。

 ほんの少しだけ難しい顔をして。

 

「どうするのだ、竜殺しよ?」

「そっちがお気に召すか召さないかだなぁ」

「……もう少しお前が頭を悩ませて欲しかったところだが」

 

 まぁいいと、《北の王》は頷く。

 不満は無いでは無いが、その名前自体に文句は無いようだ。

 するりと、俺の首元にその指が伸びた。

 

「ちょっと、気安く彼に触れないで貰える?」

「長子殿は黙っているといい。

 ――さて、それでは最初の竜殺しよ。我を討ち取った男よ。

 この名を持たぬ古き竜の王に、如何なる名を与える?」

 

 その言葉は、まるで神聖な祈りのように厳かに響いた。

 原初から在り続ける竜王を名付けるなんて、考えれば凄まじい話だ。

 と思ったが、考えればアウローラ相手に一度似たことをしてたか。

 ならまぁ、そんなに気負う必要はないのか?

 

「……良いか?」

「むしろ、あたしの思い付きで良いのかと。

 こっちが逆に聞きたいところだな」

 

 発案者のアディシアは、かなり困った笑みで応える。

 許可も下りた事だし、いい加減やるか。

 

「ボレアス。それがお前の名前だ。問題ないな?」

「認めよう、最初に我を殺した男よ。

 我は《北の王》にして、森人らが語る北より吹き荒ぶ大風の名を賜ろう」

 

 それで何が変わったのかは、パッとは分からなかった。

 ただ《北の王》……いや、ボレアスがその名を口にした時。

 何となく、その気配が強くなったような気はした。

 横で見ていたアウローラは大層不満そうだったが、一先ず呑み込んだようだ。

 

「ふむ――なるほど、これが名を持つことか。

 悪くはないな。むしろ今の状態を考えれば気分は良い」

 

 傍から見ると分かりづらいが、本人にとっては大きな変化なのだろう。

 機嫌良さげにそう言って、ボレアスはその場から立ち上がる。

 そうしてから、俺の方を見て。

 

「我に名を与えたことで、お前は我が力を使う権利を得た。

 しかし勝利者よ、驕ってはくれるなよ?

 我は永遠不滅の竜王。数度の敗北など取るに足らぬのだからな」

「そんなことは言われなくとも分かってるよ」

「ハハハ、良い答えだ。そうでなくてはなぁ」

 

 俺の答えにもボレアスは満足したようだった。

 そして、目に止まらぬ速さでその手をこっちの顔に伸ばして。

 

「あっ、ちょっと……!?」

 

 そのまま、兜の額辺りに唇を触れさせてきた。

 アウローラの制止も、俺の反応もまったく間に合わなかった。

 本当に一瞬だけ触れる程度で、ボレアスは直ぐにその身を離したが。

 またニヤリとした笑みが口元に戻ってきている。

 

「契約の証と受け取るがいい。

 これでも長子殿に気を使ってやったのだ」

 

 何をどう気を使ったと仰るのか。

 それからふと、ボレアスはアディシアの方に向き直った。

 首を傾げる彼女へ、少女の形をした竜はすっと目の前まで近寄って。

 

「我に刻まれた名の褒美だ。

 お前もありがたく受け取るがいい」

「えっ? んんっ!?」

 

 くぐもった悲鳴に近い声。

 ええまぁ、敵意も害意もまったくありませんでした。

 だから何をする気なのかと、俺も含めてちょっと見守ってしまった。

 そうしたら、ボレアスはアディシアの唇を塞いでしまった。

 当然の如く、自分の唇で思いっきり。

 反射的にアディシアも抵抗するが、竜の力の前では余りに無力だ。

 その状態で数秒ほどが経過して。

 

「――なんだ、生娘だったか。

 であれば、少々悪いことをしたかもしれんな」

 

 全然悪びれた様子もなく、ボレアスは笑った。

 一方、とんでもない狼藉を働かれたアディシアさんだが。

 当たり前と言うべきか、顔は真っ赤で混乱からまともに声も出せない。

 その様が愉快だったか、ボレアスはまた声を上げて笑った。

 

「報酬として、契約を授けた。

 一度だけ、お前が望む時に力を貸してやろう。

 一度切り故、良く考えて使うといい」

 

 ボレアスは一方的に言い放つ。

 それからやる事は済ませたとばかりに、気だるげに欠伸を漏らす。

 

「では、我は暫し眠るぞ。力を使い過ぎたのでな。

 必要な時はまた呼びかけるがいい、竜殺し」

 

 まぁ応じてやるとは限らんが、と。

 物凄く勝手な言葉を残して、その姿が一瞬で炎へと変わる。

 そのまま俺の近くを渦巻いてから、腰に下げた剣へと吸い込まれていった。

 何となく身構えたまま、大きく息を吐く。

 

「嵐だったな……」

「言葉通りに、ですね。お疲れ様でした、レックス殿」

「いやまぁ、そんな大したことはしてないが」

 

 テレサの言葉に、微妙にため息が出てしまった。

 ところで凄いことをされたアディシアだが。

 

「おい、大丈夫か? 何かおかしなことは……思いっ切りされたな。

 それは兎も角、身体におかしなとこはねぇか?」

 

 膝を抱えてしまった彼女を、イーリスが気遣っていた。

 宥めるように背中を軽く撫でてやりつつ。

 

「大丈夫? なら良いが……ん、なに?

 『初めてだった』……って、あー……」

 

 それは割とマジでコメントに困るな。

 恐るべき《北の王》は、乙女の大事なものを奪っていきやがった。

 イーリスは小さく首を横に振って、アディシアの肩をポンポンと叩く。

 

「野良犬に顔を舐め回されたと思って……それもキツい?

 そりゃそうか……まぁ元気出せよ、ウン。悪いことばっかじゃねぇから」

 

 文字通り、かける言葉も見つからない状態だな。

 まぁ、あっちはイーリスに一任するとして。

 

「レックス??」

「はい」

 

 嵐は過ぎたが、俺の修羅場はまだ終わっていなかった。

 ぴったりと身を寄せてくるアウローラ。

 見上げる眼は一応竜のモノではなかったが、それでも色々渦巻いてるのは分かる。

 テレサは《転移》でもしたか、気付けば間合いの外に退避していた。

 掴まれた状態の腕が、ミシリと軽く軋んだ。

 

「何でアイツのことを黙ってたの??」

「はい」

「はいじゃないんですけど??」

「いやホントにすいません、絶対に今ぐらいのド修羅場になると思ったんで」

 

 俺の言葉に、大変不満そうな顔を見せるアウローラさん。

 これはかつてない程の怒りが飛んでくる……と、思っていたのだが。

 一転して、アウローラはどこか申し訳なさそうな表情で息を吐く。

 

「……まぁ良いわ。アレについては私のミスだもの。

 まさか《一つの剣》に斬られて、あそこまで自由に動けるようになるなんて……」

「それは俺もビックリしたわ」

 

 きっかけがあったとはいえ、肉体まで得ての大暴れだ。

 剣を鍛えたアウローラにとっても、アレは驚くべきことだったようだ。

 とはいえ、そんな感じで自省しつつも俺への不満がないわけではないようで。

 腕に抱き着いたまま、アウローラは俺の脇腹を小突いて来る。

 鎧の上からなのに絶妙に痛い。

 

「痛いっすアウローラさん」

「大事なことを黙っていた罰よ、甘んじて受け入れなさい。

 ……それより《北の王》、今はボレアスだけど、やっぱり眠ってるの?」

「だな。俺もアイツの状態は、何となくぐらいしか分からんが」

 

 剣の柄に触れながら、アウローラの言葉に頷く。

 森での大暴れで消耗した魔力を、剣の中で回復しているようだ。

 燃える火の内からは、今は意思の類は感じない。

 

「そう。……それなら良いわ」

「??」

 

 何が良いのかと。

 俺が確認するより早く、手が伸びて来た。

 アウローラの指がこちらの肩を掴み、ぐいっと引っ張ってくる。

 有無を言わさぬ力強さだ。

 ついでとばかりに兜も引っぺがされた。

 視界の端にテレサの姿が見えたが、彼女は素早く背を向ける。

 更に自分を遮蔽にする形で、イーリスたちとの間へさりげなく動いていた。

 うーん、主人の意向を素早く察するデキる女だ。

 などと考えていたら、力いっぱいに唇を塞がれてしまった。

 じゃれつくというよりは、噛みつく勢いだ。

 俺は細い背に腕を回して、暫しアウローラの好きなように戯れる。

 多分、テレサが目隠しをしても音でバレそうだな。

 十分に戯れて満足したのか、唇の距離が少しだけ離れた。

 触れ合う吐息は妙に熱く感じる。

 

「……他の大体のことは、許してあげるけど」

「あぁ」

「こういうのは、私の許可なしでは許さないからね」

「分かった」

 

 それは何とも強欲で、愛らしい独占欲だった。

 約束したことを示すように、今度はこちらから触れ合わせた。

 今度は軽くじゃれつくように。

 

「……だからお前ら、そういうのは部屋でやれってば」

 

 イーリスの抗議は、俺も至極もっともなことだと思う。

 ただ、まだ少しお姫様がこの場で離してはくれなさそうなので。

 もうちょい我慢して欲しいと、声に出せない代わりに軽く手を振ってみせた。


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