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第五話:まずは身支度から


「さ、着心地に違和感はないかしら?」

「おぉ……」

 

 人間は驚き過ぎると、間抜けな声しか出ないらしい。

 その反応がお気に召したのか、少女はドヤ顔でこちらを見上げてくる。

 つい先ほどまで、俺が身に着けていたのは半ば壊れかけた鋼の甲冑だった。

 少女が言うところには、元から魔法による強化や保護を施した代物ではあったらしい。

 だからこそ竜との戦いを経て、更にとんでもない時間に晒されても原型ぐらいは残していたのだと。

 とはいえ、最早防具としての役割をこなしているかも怪しい状態だった。

 そう、つい先ほどまでは。

 

「凄いな。魔法でやったのか?」

「そうよ。こんなの、私にしてみれば簡単なことだけどね」


 薄い胸を張って自慢する彼女自身が言う通り、それは驚くべき現象だった。

 少女が細い指で、ボロボロの鎧を数回なぞった。

 やったことはただそれだけだ。

 それだけで、朽ちかけた鎧が瞬く間に修繕されてしまったのだ。

 どこを確認しても傷一つ残っていない。

 まるで今鍛え終わったばかりの新品のように、月光で鈍い輝きすら見せていた。

 

「言うまでもないかもしれないけど、単純に直しただけじゃないのよ?」

「ほう?」

 

 意味ありげな言葉と同時に、思いっきりぶっ飛ばされた。

 指で軽く弾くような動作からは、想像もつかないパワーだった。

 それこそ竜の尾でブン殴られたみたいな衝撃を受け、なす術もなく瓦礫の山に激突した。

 辛うじて意識が残っているのは、果たして幸運と呼べるのだろうか。

 

「どう?」

「どう、とは」

 

 頭上から落ちてきた問いかけに、何とか呻き声に近い言葉を返した。

 全身がズキズキと痛みを訴えているし、正直手足がまだくっついていることが信じ難い。

 

「でも鎧は凹み一つないわよ?」

「中身、中身!」

「大きな怪我はしてないでしょ。ちゃんと衝撃を逃がすなりすれば、もっと平気だったはずよ。

 ……まぁ鈍っているようだから、それは仕方ないかもしれないけど」

 

 また猛烈な理不尽に晒されている気がする。

 しかし、鎧の性能は確かに証明されたと言って良いだろう。

 比喩抜きにしても、今の一撃は竜の尾に打たれたのと大差ないはずだ。

 それを不意に、ロクな備えも無しに直撃して大きな負傷も無し。

 鎧本体がほぼ無傷なのも凄まじい話だった。

 

「鎧そのものの強度は見ての通り。

 限界はあるけど、着用者に対する衝撃もかなり軽減するはずよ」

「うん、しっかり体感したわ」

 

 「そうでしょう?」と。

 満足気に頷く少女に対して、文句などあろうはずもない。

 

「衝撃への耐性以外にも、炎を含めた熱に冷気、兜越しなら大抵の毒気は無効化するわね。

 後は雷も防ぐし、十数分ぐらいなら水中とか無呼吸状態でも活動可能よ」

「伝説の鎧かな?」

 

 俺自身そう詳しいわけではないが、魔法が施された武具は基本高価な代物だ。

 ちょっとした魔法の剣でも、訓練された軍馬と同じだけの金貨を積まねば手に入らないとか。

 その相場を考えると、この鎧や剣は市場では一体どんな値段が付くのやら。

 そもそも稀少過ぎてどれだけ金貨があっても足りない、というオチになりそうだな。

 

「何なら、その辺りの効果も一通り試してみる?」

「しんじゃう」

 

 さっきブン殴ったのと同じノリで、焼かれたり凍らされたり沈められたりするのは流石に遠慮したい。

 鎧の性能はこれ以上なく発揮されるだろうが、中身が人間である事を忘れないで欲しい。

 即座の拒否に少女は「そう?」と首を傾げるが、気を取り直して説明を続けてくれた。

 

「後は懐にも魔法で少し空間を作ってあるから、賦活剤とかちょっとした小物も収納できるわね」

「便利」

「それと身体強化を含めて、動きを補助する魔法も幾つか仕込んであるから。

 鎧のせいで動作を阻害させる事はないはずよ?」

「すげー」

「ほら、実際に動いて確かめてみて頂戴」

 

 ニコニコ笑いの少女に促されて、一先ず瓦礫の山から立ち上がってみた。

 確かに、改めて意識すると鎧の重さは殆ど感じられない。

 身体はまだ痛むが、手足を動かす分に支障もなかった。

 手始めにその場で軽く飛んだり跳ねたりしてから、改めて一言。

 

「ホントに凄いな」

「そうでしょう?」

 

 それを聞いて、彼女は嬉しそうに笑ってみせた

 先の言葉通りに、動く際に鎧を意識する必要はまったくなかった。

 まるで元々自分の身体の一部であるかのように、自然に動作を行うことができる。

 まったく、凄いという感想しか出てこない。

 今も、鎧の部品一つ一つが身体に吸い付いているみたいな一体感が……。

 

「……なぁ」

「何かしら?」

「これ、どうやって外すんだ?」

 

 聞く。

 ふと思いついて試しているのだが、何故か身体から鎧が外れない。

 幾ら頭がパーでも、流石に鎧を脱ぐのに手間取るほどではなかった気がする。

 締めたベルトや部品の継ぎ目を弄ってはいるが、どれも何故かビクともしなかった。

 

「何か問題あるの?」

「いやいやいやいや」

「まぁ、そんなに心配しなくても大丈夫」

 

 何が大丈夫なのかまったく分からないが、少女は変わらず微笑んだままだ。

 

「いやマジで外れないんだが、これ呪われてないか?」

「呪いの装備みたいに言わないでよ、失礼ね。

 ただちょっと私以外には誰も外せない呪いを仕掛けただけよ」

「呪いの装備だ!」

 

 言い訳の余地なく呪いの装備だった。

 けれど少女は微塵も態度を変えず、あくまで微笑みながら。

 

「しょうがないわね。信じられないなら、私が外してみせましょうか?」

「うん。 ……うん?」

 

 はて、今はそういう話の流れだっただろうか。

 首を捻っている間に、伸びてきた少女の手が丁寧に呪われた鎧を外していく。

 声も態度も実に穏やかなものだが、有無を言わさぬ圧力を凄く感じる。

 とりあえず大人しくして、少女が満足するよう任せることにした。

 

「身体の方も、ついでに見てあげるから」

「ん?」

「本調子じゃないって言ってたでしょう?

 今すぐ完全に――とは行かなくても、私なら多少良くできると思うわ」

「あぁ、うん。そういう事なら」

 

 まぁ今身体が痛むのは、どちらかというとさっきの衝撃実験の方が原因な気もするが。

 

「…………」

 

 少女はいつの間にやら口を閉ざし、鎧の大半を外し終えていた。

 鎧の下もまぁボロボロで、全裸よりかはマシぐらいの状態だ。

 別に羞恥とかそういうのはないが、マジマジと見られるとムズ痒いものがある。

 

「……少し、我慢して」

 

 そう言ってから、少女は唇の中で何かを呟く。

 聞き取る事は出来なかったが、恐らく魔法の呪文だったのだろう。

 直ぐに少女の指先で淡い光が灯った。

 それは温かい輝きだった。

 太陽なんてもうどれぐらい拝んでないか分からないが、日向に出るのはこんな気持ちだったか。

 心地良い光が肌の上で踊り、やがて小さな雫となって消える。

 その様を確認してから、少女は小さく息を吐いた。

 

「気分はどう?」

「あぁ、大分良い気がする。痛みも引いたし、やっぱり凄いな」

「結構疲れることをしてるんだから、もっと労って欲しいぐらいね」

 

 笑って、少女は小さく肩をすくめてみせた。

 冗談めかしてはいるが、恐らく事実ではあるのだろう。

 見た目で分かりにくいが、彼女が疲弊していることは何となく察していた。

 特に根拠があるわけでもない、単なる勘だが。

 

「まぁ、簡単な治療みたいなものだから。とりあえずは、これで大丈夫なはずよ」

「そうか」

 

 言葉を交わしながら、少女は呪いの装備をまたこっちの身体に嵌めていく。

 さて、労って欲しいと言われたわけだが、大したことは思いつかない。

 思いつかないが、だからと言って何もしないというのも余り宜しくないだろう。

 

「――さ、治療も出来たし、鎧についての説明も一先ずこれで良いとして……」

「おう」

 

 鎧を付け直す手が止まったところで、今度はこっちから腕を伸ばした。

 予想していなかったのか、隙だらけの細い身体を軽く掴んで。

 それからひょいっと抱え上げる。

 きょとんとした表情で固まっている少女の姿は、何となく猫に似ているような気がした。

 

「え、ぁ、ちょっ」

「で、これからどうする予定だったか」

「いや、それより何、なにしてるのコレ」

 

 何をしてると言われても。

 

「見ての通りだな」

「だからそれが何でって言ってるんだけど……!」

 

 暴れて拒否されたら下ろして土下座する予定だったが、少女は存外大人しかった。

 顔を真っ赤にして、口で文句は言いつつも、落ちないよう俺の首辺りに腕を回してくる。

 

「疲れてるだろ?」

「え」

「労って欲しいって話だからな、こうすりゃ少しは楽だろう」

「え、あ」

 

 何とも言葉にならない様子だったが、とりあえず気にせず状態を維持する。

 細い身体は見た目通り……むしろ思ったより軽いかもしれない。

 もうちょっと肉付けた方が良い、などと言ったらまたブン殴られるだろうか。

 

「……仕方ない、わね」

 

 ぽつりと。

 独り言のようにそう呟いて、少女は観念したように力を抜いた。

 

「やっといて何だが、鎧当たって痛くないか?」

「別に平気だけど、気遣うならもう少し早くして欲しいわね」

「悪い」

「いいわ、特別に許してあげる」

 

 クスクスと笑って、彼女は俺の配慮のなさを寛大に許してくれた。

 ならば遠慮する事もないだろうと、羽のように軽い身体をしっかりと抱え直す。

 

「こんなもんで大丈夫か?」

「ええ、まぁまぁね。まぁまぁ」

「それなら良かった」

「あんまり調子に乗って欲しくはないんだけど――けど、そうね。

 貴方の言う通り、少し疲れてる気はしてきたから」

 

 だから、と。

 

「このまま、少し休むわ。こんなに喋ったのも、考えてみれば随分久しぶりだし」

「そうだろうな」

 

 こんな場所にずっと籠っていたのならさもありなん。

 立ったままでは安定しないだろうと、こちらも一先ずその場に腰を下ろす。

 見上げれば夜空の月と、足元には横たわる竜の亡骸。

 そして腕の中には、細身の少女が一人。

 何とも不可思議な組み合わせだ。

 

「なぁ」

 

 そう何気なく声を上げたが、直ぐに唇を噤む。

 ある意味で一番の不可思議である少女が、いつの間にやら眠り姫に変わっていた。

 静かな寝息に、俺の方も眠りに誘われそうだったが。

 

「……見張りは必要だな」

 

 俺は目覚めたばかりだが、彼女は最後に寝たのが何時かも定かじゃない。

 不寝番はこっちが務めるべきだろう。

 眠る少女を抱えながら、俺は小さな欠伸を噛み殺した。



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