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第四十話:魔女の館


 視界の闇は晴れたが、その場所はどうにも薄暗かった。

 パッと見て屋内ではあるようだが、少しばかり荒れている。

 確認のために視線を巡らせれば、近くにアウローラたちの姿もあった。

 そしてもう一人。

 

「皆、無事に《門》を通れたか?

 それと、足下には気を付けて欲しい」

 

 明かりが乏しい中でも、赤い髪は燃える火のように映えて見えた。

 アディシアは勝手知ったる様子で、その場から二、三歩ほど前に出る。

 そうして軽く辺りを見渡してから。

 

「母さん! 戻ったよ!」

 

 そう大きな声で呼びかけた。

 それに対し、すぐに反応は返って来た。

 

「……そう声を張り上げなくとも、ちゃんと聞こえてるわよ」

 

 暗い中で、影が蠢いたかのように見えた。

 良く見ればそれは黒い外套(ローブ)を纏った女性のようだった。

 フードを目深に被っているせいで、顔は良く見えなかった。

 ローブ姿の女は、ゆったりとした動作でこちらに近付いてきた。

 

「ごめんなさいね。森人は夜目が利くから、灯りはあまり必要ないの。

 すぐに火を焚くわ」

「や、申し訳ない」

 

 俺も暗くてもある程度は見えるし、アウローラやテレサも同様だろう。

 イーリスはそうでもないはずなので、ここは素直に礼を言う。

 

「《踊れ、火の精よ》」

 

 囁く声が紡ぐのは、精霊に呼びかける詩だった。

 その《力ある言葉》に答えて、あちらこちらに赤い火が灯る。

 照らし出されたその場所は、やはりどこかの館の広間のような場所だった。

 家具はいくつか置かれているが、年代物過ぎて若干朽ちているようにも見える。

 それから改めて、ローブ姿の女性にも目を向けた。

 

「初めまして、外から招かれたお客人方。

 私のことはヴェネフィカとでもお呼びください」

 

 フードは被ったままで、女――ヴェネフィカは俺たちに向けて一礼をした。

 覗き見える金髪や、フードの耳辺りにある膨らみ。

 それらの特徴からして、彼女が森人である事は間違いないだろう。

 ただ髪は僅かに白くなっており、森人としても高齢であることも見て取れた。

 そんなヴェネフィカの傍に、アディシアは遠慮なく駆け寄った。

 

「母さん、大丈夫?

 あたしがいない間、何か変わりはなかった?」

「大丈夫よ、本当に貴女は心配性ね」

 

 困った風に笑みを溢し、ヴェネフィカは娘の髪を労わるように撫でる。

 仲の良い親子、といった様子だ。

 チラリと、近くにいる姉妹の方も見てみた。

 テレサは表情を動かさないが、イーリスは明らかに複雑そうである。

 彼女の経験を考えれば、それは無理からぬことだろう。

 

「それで、そろそろこっちの話も初めて良いのかしら?」

 

 そして空気を読まないアウローラさんだ。

 彼女の言葉に、ヴェネフィカの方がまた頭を下げて。

 

「ええ、お待たせして申し訳ありませんね。

 大したおもてなしも出来ませんが、先ずはことらへ」

 

 そう言って、ヴェネフィカは広間の中ほどにある長椅子(ソファー)を示した。

 ちょっとボロいし、フル装備の俺が座って大丈夫だろうか。

 こっちの心配に気付いたか、ヴェネフィカはフードの下で微かに笑みを溢す。

 

「見た目はよくありませんが、この館内は私が《強化》の術を施してあります。

 なので心配せず使用なさって下さい」

「なるほど、助かります」

 

 そういうことならば遠慮なく座らせて貰おう。

 先ず俺が座って、その直ぐ隣――というか、膝にもたれる形でアウローラが座る。

 イーリスはやや離れて椅子の隅っこ。

 テレサは椅子には座らず、イーリスの後ろ辺りに移動した。

 アディシアとヴェネフィカの二人は、古びたテーブルを挟んだ向かい側。

 もう一つの長椅子に、俺達と向かい合う形で腰を下ろす。

 

「……ん?」

 

 と、何やら視線のようなものを感じた。

 軽く見回せば、広間の出入口であろう一つの扉。

 僅かに開いたその隙間から、中を覗き見ている小さな姿があった。

 二人組の子供だ。黒髪から少し尖った耳も見える。

 俺と目が合った事に気付くと、まるで鼠のような俊敏さで引っ込んでしまった。

 

「すみません、この館で保護している子供達です。

 悪戯好きですがお客人に迷惑をかける事はないと思うので、ご容赦を」

「ん、あぁ。別にそれは気にしないんだが」

「……今の子たちも、半森人(ハーフエルフ)だったわね」

 

 囁くように言ったのはアウローラだった。

 彼女の視線は、正面に座るアディシアに向けられている。

 

「そちらのお嬢さんもだけど、他に何人ぐらいいるのかしらね?

 少なくとも、都市の方では一人も見かけなかったのに」

「…………」

 

 問われたヴェネフィカは、答える事無く沈黙した。

 纏う空気に僅かな緊張感が混じる。

 彼女はアウローラがどういう存在なのか、何となく察したかもしれない。

 だとしたら大した勘の良さだが、さて。

 

「……あの子たちも含めて、この館には何人かの混血(ハーフ)を保護している。

 彼らの多くは、《狩猟祭》の獲物だったことがある」

 

 沈黙する母に変わり、アディシアの方が口を開いた。

 

「《狩猟祭》については、森の中で少し話したと思う。

 都市の支配者である真竜サルガタナスに、供物を捧げるための儀式。

 行われるのは不定期だが、三日以上の間を開けたことはないはずだ」

「随分と頻繁だな、オイ」

 

 随分と頻度の多い生贄要求に、イーリスは思わず顔を顰める。

 それはアディシアも同意見なのか、やはり神妙に頷いた。

 

「サルガタナスは――あの“森の王”を僭称する化け物は、酷く悪食だ。

 赤い月が上ったならば、必ず供物となる者を選ぶ必要がある」

「で、今回の獲物は外から来た俺たちだったわけだが……」

 

 外部からの客人は、随分久しぶりだとあの連中は言っていた。

 つまり普段から生贄にされているのは、都市内部の者という事になる。

 そしてこの場所に保護されている混血は、多くが《狩猟祭》の獲物だった、と。

 俺の想像を肯定する形で、アディシアは言葉を続けた。

 

「普段は、主に人間の奴隷か混血の者が選ばれる。

 奴隷の場合は大抵、働けなくなったとか理由があって『不要』となった者。

 けど、混血は……」

「……森人は確か、根強い純血主義だったわね」

 

 アディシアの躊躇いなどお構いなしに、アウローラは一人納得した様子で笑う。

 

「黒帽子だの赤帽子だのと、元から混血を忌避する文化だった。

 だったら真竜に喰わせる餌として扱うのにも、そう躊躇いもなかったでしょうね」

「……なぁ、ちょっと言い方考えた方がいいんじゃねーの?」

「イーリス、黙っているんだ」

 

 歯に衣着せぬ言動に、流石にイーリスが苦言を呈した。

 姉のテレサがそれを嗜めるが、まだ色々言いたげな様子だ。

 それに対してどこ吹く風なアウローラの頭を、俺は軽く撫でた。

 

「悪いな、基本素直なだけで悪気はないんだ」

「……いや、大丈夫。全て、彼女の言った通りだ」

 

 力なく笑いながら、アディシアが小さく首を横に振った。

 

「さっき言った通り、真竜サルガタナスは酷く悪食だ。

 この森が奴に征服された時も、かなりの数の森人が喰われたらしい。

 当時の森人たちが降伏を決めた後も、頻繁に生贄を要求するようになった」

「ふむ、それで?」

「森人は長命なせいか、子供は産まれ難い。

 けど人間との混血の場合は、その限りじゃなかった」

「――だからこそ、森人は混血を嫌ったんでしょうね。

 そういう意識を植え付けないと、純血の数をあっさり混血が上回ってしまうし」

「なるほどなぁ」

 

 ちょっとした脱線だが、これはこれで勉強にはなる。

 そんな軽い話とは真逆に、アディシアの言葉は血を吐くように苦し気だ。

 あの一見平和そうだった森林都市の裏側。

 空に上った赤い月のように、そこに隠れた歴史もまた赤いようだ。

 

「森人は産まれ難く、その時点で数も大分減じていた。

 『外』から人間の奴隷を仕入れるようになったが、それでも危うい。

 だから――都市の者たちは、生贄を()()()()生産することを考えた」

「……アディシア、無理はしないで」

「良いんだ、母さん。

 これは、あたしがちゃんと説明しないと」

 

 気遣うヴェネフィカの言葉を、アディシアは受け入れなかった。

 そこには使命感……というよりも、強迫観念に近いモノが感じられる。

 彼女は一体、何に突き動かされているのか。

 

「この都市の混血は、殆ど例外なく生贄のために造られた子供たちだ。

 森人より産まれ易く、成長する速さも人間に近い。

 “森の王”を僭称するあの獣に捧げる餌として、家畜のように育てられる」

「……胸糞過ぎるだろ、それは」

 

 イーリスは吐き捨てるように呟く。

 確かに、聞いていて気持ちの良い話ではないな。

 

「つまり、貴女もそういった混血の一人という事ですか? アディシア」

「……あたしは、他の子たちとは少し違う」

 

 確認するテレサの言葉に、アディシアは否定を返した。

 

「あたしは、他の子よりもずっと運が良かった。

 たまたま母さんに保護されたおかげで、《狩猟祭》に選ばれることもなかった。

 混血だけど、あたしは森人の血の方が濃いから。

 これでも百年以上は生きてるんだ」

「ひゃくねん」

 

 ホントに、森人の年齢は見た目じゃさっぱり分からん。

 しかし『保護された』ということは、ヴェネフィカとは実の親子じゃないわけか。

 

「そして今は、その《狩猟祭》とやらに割り込んで生贄を助けていると?」

「あぁ、そうだ。当然、あたし一人じゃそんな真似は無理だった」

 

 言いながら、アディシアの視線は育ての母親へと向けられる。

 その眼差しに、強固な信頼を乗せて。

 ヴェネフィカの表情は、相変わらずフードに隠れていて良く見えない。

 

「母は凄腕の魔法使いで、その助けがあるからあの森へと侵入出来る。

 生贄になった者がどの辺りにいるかも、母さんが予め占ってくれるんだ」

「そりゃ凄いな」

 

 それが出来るなら、アディシアがタイミング良く介入して来たのも納得が行く。

 

「……そう、大層なことではありませんよ。

 私が出来るのはせいぜい、祈ることぐらい。

 送り出したアディシアが無事に戻ってきてくれるように」

 

 ヴェネフィカの表情は見えない。

 だがその言葉には、間違いなく温かさがあった。

 義理の娘への愛情が本物であることは、会ったばかりの俺にも感じられた。

 それは当人にも伝わっているようで、アディシアは照れたように笑う。

 

「あたしのワガママに、付き合わせてごめんね。母さん」

「……私は貴方の本当の母親じゃないんだから。

 そう呼ぶのは止めなさいって、いつも言ってるのに」

 

 僅かに覗くヴェネフィカの口元が微笑む。

 それも直ぐに消えて、彼女は娘から俺達の方へと視線を移す。

 

「単刀直入に申し上げましょう、()()()()殿()

 あなた方の目的は、真竜を殺すことにある。違いますか?」

「いや、違わない。その通りだ」

 

 さて、それは彼女の前ではまだ言ってない事だ。

 名前も、話の流れで名乗りそびれてしまったはずだ。

 とりあえず誤魔化す意味もないと判断し、正直に頷いた。

 アディシアには森でチラっと話をしていたが、その表情はやはり硬い。

 逆にヴェネフィカは驚いた様子もなく、落ち着いた口調で言葉を続けた。

 

「であれば、私たちは協力出来ると思います。

 アディシアはこれまで幾度も、森で生贄となった者を助けて来ました。

 当然、その全員を救えた訳ではありません。

 むしろ助けることができたのは、全体から見ればほんの一部。

 それすらも薄氷の上を渡るに等しく、生きて戻れる保証もない」

「ふむ」

「この状況を根本的に解決する方法は、一つしかありません」

「真竜を殺すこと、か」

 

 結局は、その結論に行きつくわけだ。

 俺の言葉にヴェネフィカは頷く。

 

「私は、あなた方とここで出会う事は予め知っていました。

 貴方たちが真竜を殺す事を目的として、この森にやってきたことも。

 これはアディシアにも伏せていた話です」

「それも貴女の占術によるものかしら?」

「そう受け取って貰って構いません」

 

 ヴェネフィカの答えに、アウローラは眼を細めて笑った。

 それから彼女は、俺の方を見上げて。

 

『――()()()()()()()()()()()

 

 俺の頭の中に、《念話》で直接言葉を送って来た。

 まぁ、何か裏がありそうな気配はある。

 それがどういう類のものかは、現状では何とも言い難いが。

 

「真竜を殺すたちに、俺たちで手を組む。そういう話でいいんだな?」

「ええ。私は直接戦う事はできませんが、手助けすることは可能です。

 アディシアも未熟ではありますが、足手纏いにはならないかと」

「……母さん」

 

 真竜を殺す。

 それはアディシアの常識では、酷く危険で無謀なことだろう。

 しかしヴェネフィカは、恐怖ではなく確信を持って俺たちに協力を求めていた。

 まぁ、あんまり悩む必要はないと思うんだが。

 

「一応、俺らに何をして欲しいか確認しても良いか?」

「確実にお願いしたいのは、真竜を殺すこと。

 ……それと、これは厚かましいとは思いますが」

「とりあえず言ってみてくれ」

「森で行動する上で、アディシアの助けは必要かと思います。

 その際、叶うなら彼女の身も守って頂きたいのです。

 ……足手纏いにはならないと、そう豪語したばかりではありますが。

 育ての親として、娘の身を案じる事はお許し願いたい。

 無論、自衛できる程度の心得は備えていますが……」

「分かった」

 

 一緒に行動するのであれば、そのぐらいはするつもりではあったし。

 頼まれたなら特に断る理由もない。

 軽く頷いたら、ほんの少しだけ沈黙が返って来て。

 

「ありがとう御座います。アディシアも、構わないわね」

「……うん。正直、ちょっとまだ呑み込めてないことはあるけど」

 

 こっちもあんまり予想してないスピードで話が進んだしな。

 無理もないと頷いていると、アディシアは此方に片手を差し出して。

 

「今の状況を何とかしたいと、ずっと思ってた。

 ……けど、母さんの助けがあっても、あたしだけじゃ大したことも出来なかった」

 

 そう言いながら。

 彼女は強い意思を宿した、鋭い眼を俺に向けた。

 どこかで、見た覚えのある眼差しだった。

 

「それを変えることが、もしできるのなら。力を貸して欲しい」

「こっちは構わないんだが、さっき会ったばかりの相手を信じるのか?」

「森での戦いぶりは見てる。強さに関しては疑う余地もない。

 それに母さんが協力を申し出たんだ。だったらあたしに否はないよ」

「そうか」

 

 そこまで言うなら、こっちからは何も言うまい。

 アディシアが差し出した手を、しっかりと握り返した。

 

「じゃあ、一先ず真竜を殺すまで。宜しくな」

「こちらこそ、宜しく頼む」

 

 まだまだ不明なことはある。

 とりあえず、今その辺は一旦棚に上げておく。

 少し予想外ではあったが現地の協力者を得ることができた。

 今は一先ず、それで良しとすることにした。


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