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第三十七話:狩猟祭


 都市長のウィリアムとの短い邂逅の後。

 俺たちは残った森人たちに、訪れた館の内部を案内されたわけだが。

 

「……どう思う?」

「まぁ、怪しさしかないわよね」

 

 俺の問いに、アウローラは何でもないことのように応えた。

 今いる場所は、館内にある宿泊用の大部屋の一つ。

 清潔そうなベッドが複数に、必要最低限の家具が置かれた質素な部屋。

 館はさほど広いわけではなかったが、似た部屋が幾つも存在した。

 それ以外には炊事を行うための調理場に、掃除用具などをしまう物置。

 ざっと見て回った感じ、それがこの館の全てだった。

 案内をしていた森人連中の姿も今はない。

 館の中を一通り見て回った後は、気付くと姿を消していたのだ。

 そして現在。

 

「とりあえず盗聴器とか監視カメラとか、そういうのは仕掛けられてねぇな」

 

 そう言ったのは、ベッドの一つに腰かけたイーリスだった。

 

「とうちょうきとかんしかめら」

「監視カメラは前も言った気がすんだけど。

 遠くからモノを見たり聞いたりする道具のことだよ」

 

 占い師が使う水晶球みたいなもんだとは理解できた。

 イーリスは館内を回る際に、その手の仕込みが無いかをチェックしてくれたのだ。

 俺やアウローラは、その辺からっきしなので大変助かる。

 

「それ以外、何かしら仕掛けが施されている様子もありませんでしたね。

 少なくともこの館内部に不審な点はありません」

 

 元《爪》であるテレサの保証も付いた。

 俺達がいる館には特に不審な点は存在しない、と。

 しかし。

 

「何の思惑もないわけ無いでしょうね。

 あのウィリアムという男の言っていた、《狩猟祭》とやらも気になるわ」

「だなぁ」

 

 アウローラの言葉に俺も同意する。

 案内役だった森人が消える前に、一応そのことについて聞いてはみたのだ。

 だが返って来た答えは、「赤く染まった月が、空に上がれば分かる」の一言だけ。

 それについて突っ込んで聞いても、彼らは何も語らなかった。

 そうして気付けばドロンとか、客をもてなす態度ではない気がする。

 

「……それで、ここで大人しく待ってるつもりか?」

「そこはちょっとだけ悩んでる」

 

 先行き不透明な状況に、イーリスも不安なのだろう。

 落ち着かせようと軽く髪を撫でるテレサの様子も眺めつつ、俺は小さく唸った。

 イーリスの言う通り、ここで大人しくしている理由はあまりない。

 俺達の目的はこの都市の真竜を殺す事。

 そのためにも、何処かにいるはずの真竜を引きずり出さねばならない。

 いっそすぐにでも館を飛び出して、街中で暴れ回るのも手かもしれないが……。

 

「――やるの? それなら私もちょっと頑張っちゃうけど」

 

 俺の思考を読んだアウローラが、傍らで可愛らしく首を傾げた。

 まぁ一つの手ではある。

 が、それで確実に真竜が出てくるという保証もない。

 流石に何となくで無差別破壊をするのもアレなので、これは最後の手段にしたかった。

 このまま待っていれば、相手の方から仕掛けてくる可能性も高いのだ。

 罠のど真ん中で大人しく待つという選択は、イーリス辺りはしんどいと思うが。

 

「……一先ず私が、街に出て偵察など行ってきましょうか?

 その手の隠密活動は、恐らくこの中では私が一番得意でしょう」

 

 そう提案したのはテレサだった。

 確かに、行動もせずただ待っているだけなのも効率が悪い。

 単独行動は危険を伴うが、元《爪》である彼女なら個人戦力もズバ抜けている。

 以前やったように、アウローラに認識阻害の魔法を掛けて貰うのも考えた。

 

「森人たちが現代技術に被れて伝統を捨てた可能性はあるけど。

 そうでもない限り、魔法は連中の得意分野の一つ。

 私も前みたいに安全確実に隠すことができる、とは言えないわね」

 

 と、それが専門家の意見だった。

 一応、魔法に頼るのも選択肢の一つではある。

 ただアウローラとしては、森人達の領域で軽々に手札を晒したくはないとのことだ。

 こちらに魔法の達人(スペシャリスト)がいる事は、まだ伏せておくべなきなのは間違いない。

 

「悪いが、頼めるか?

 とりあえず探りを入れるだけで、危なそうなら直ぐ戻って来てくれ」

「仰せの侭に、レックス殿。引き際は弁えていますのでご安心を」

 

 俺が提案に頷くと、テレサは淡く微笑んでみせる。

 それから不安そうなイーリスの頭を一度撫でて、部屋の窓へと向かった。

 其処から出ようと、彼女は窓を開く――が。

 

「……アレは……?」

 

 ふと、その動きは止まった。

 窓を開けたテレサは、そのままの状態で空を見上げていた。

 

「? テレサ、どうした?」

 

 その様子を不審に思い、俺達も窓の方へと近寄る。

 そこにあったのは、余りにも奇怪な光景だった。

 

「月が……赤い?」

 

 そう呟いたのはテレサの傍らに立ったイーリスだった。

 彼女の言葉が、今俺達が見ているモノの全てだ。

 赤い。血に染まったように赤い月。

 それが都市の上空、夜の帳の中に浮かび上がっていた。

 目の錯覚で月が赤く見えるとか、そんな次元の話ではない。

 流したばかりの血を月に思い切りぶっかけたような。

 完璧な鮮血の色を纏って、その月は夜空を支配していた。

 いや……そもそも、今は本当に夜中か?

 館に入る前の様子を考えると、精々日が落ちるかどうかだった気がするが。

 

「全員、すぐに私の傍に集まって。

 質問は聞かないから、早く」

 

 その言葉には、有無を言わさぬ圧力が伴っていた。

 発したのは当然アウローラだ。

 彼女は忌々し気な笑みを浮かべて、空に浮かぶ赤い月を睨んでいる。

 

「まったく、考えられない油断ね。

 前の都市の印象を引きずっていたせいで、完全に抜けてたわ」

 

 呟いていることの意味は、良く分からなかった。

 分からなかったが、とりあえず指示通りにアウローラの近くに寄る。

 イーリスとテレサも同様に集まって来た。

 それを確認してから、アウローラは一つ頷いて。

 

「このまま絶対に離れないで。

 ()()()()()()()()()、私も分からないから」

「……飛ばされる?」

 

 それは一体どういうことなのか。

 確かめるよりも早く、変化は劇的に起こった。

 視界が歪み、月の光と同様に真っ赤な色に染まったのだ。

 そうなったのはほんの一瞬のこと。

 視界を覆った赤い帳は、ほどなく消え失せる。

 ……予想通りと言うべきか、周囲の景色は一変していた。

 森だ。都市に入る前に見た森と、似ているようでどこか違う。

 先ほどまでいた館の姿は影も形もない。

 俺達は暗く深い森のど真ん中に立っていた。

 

「なんだこれ」

「結界よ。私達は取り込まれたの。

 転送位置は本当はバラバラだったけど、私が飛ばされる前に妨害したわ。

 だから全員、ちゃんといるわね?」

 

 現状の半分も呑み込めていない俺とは違い、アウローラは極めて冷静だ。

 彼女の言葉通り、その場には欠ける事なく全員の姿があった。

 アウローラがいなかったら、この不気味な森にバラバラに飛ばされていたようだ。

 そうなったら、とんでもなく面倒な事になっていただろう。

 

「詳細は分からないけど……多分、これが《狩猟祭》とやらなんでしょうね」

「赤く染まった月がどうのとか言ってたもんなぁ」

 

 情報は未だ断片的で、その全容は掴めていない。

 ただまぁ、このまま森で迷子になりましただけでは済まないはずだ。

 敵はいつ襲って来るのか、周囲の警戒は怠らずに続ける。

 

「とりあえず、何がどうなってんのか説明して欲しいんだけど」

 

 護身用の短剣を片手に抜きながら、イーリスがそう呟いた。

 俺と同じ程度には状況が呑み込めてないだろうが、落ち着いてはいるようだ。

 彼女の言葉に、アウローラは軽く肩を竦めて応える。

 

「さっきも言った通り、結界よ。

 定めた境界線の『外側』と『内側』を切り離す儀式魔法。

 前の都市では真竜以外はロクに魔法は使われてなかったから、私も油断してたわ」

「詳しい理屈は分からんが、とりあえず閉じ込められた感じなのか?」

「ええ、そうね。アレを見て」

 

 そう言って、アウローラは空を指差した。

 釣られて見上げれば、そこに在るのは血染めの月。

 この森に飛ばされる前、都市上空に浮かんでいたモノと同じだ。

 

「多分、あの月が結界の基点ね。

 館でアレを見た瞬間から、私達は囚われていた」

「脱出は可能なのですか?」

「できるわ。ただし、無理やり抜けるとなると少し面倒だけど」

 

 確認するテレサに対し、アウローラは曖昧な答えを返す。

 

「この結界は時限式――要するに、一定の時間が立てば勝手に解除されるタイプね。

 最初から『鍵』を明確に設定する事で、結界そのものの強度を底上げしてるの」

「要するに?」

「力技で無理やり突破するのは、ちょっとだけ手間ってこと」

 

 成る程、大変分かりやすい。

 アウローラが『手間』と言うなら、それは相当なモノだろう。

 幸いと言って良いかは分からんが、時間が立てば勝手に解除されるらしいし。

 その辺は別に悩む必要はないか――と、思った矢先。

 

「テレサ」

「問題ありません」

 

 俺が呼びかけると同時に、黒衣の彼女は動いていた。

 こっちも腰に下げた剣を抜き放ち、赤く染まった森に刃を振るう。

 硬い音が響くと、砕けた矢が破片となって地面に散らばった。

 テレサの方も、手足の装甲で飛来する矢を全て叩き落したようだ。

 気配を消し、隙を見ての連続射撃。

 悪くない腕前だが――違うな。

 この弓手は、あのウィリアムという男じゃない。

 

「さて、良き夜ですな。お客人方」

 

 勿体ぶった口調には、少しだけ聞き覚えがあった。

 森の木々から姿を見せたのは、黒装束を纏う森人たち。

 数は四人。多分だが、館で気付けば姿を消していた連中だろう。

 今は殺気を隠す様子もなく、俺たちを取り囲むように動く。

 

「で、何の用だ?」

「《狩猟祭》ですよ、そちらのお嬢さんが推察した通り。

 あなた方も、それが何であるのかは知りたかったのでしょう?」

 

 黒装束の一人はそう言いながら、懐から一振りの三日月刀(シミター)を抜き放つ。

 他の三人も、それぞれの武器を手に取った。

 

「偉大なる“森の王”の御力により、都市の空に赤く染まった月が上る。

 それを合図に始まる祭りこそが《狩猟祭》。

 獲物はこの森の深淵に捕らえられ、狩人たちは狩場へと招かれる」

 

 詩でも吟じるように言いながら、四人の黒装束が徐々に距離を詰めてくる。

 余裕ぶっている態度とは裏腹に、なかなか隙はない。

 仮に此方がダッシュで逃げ出したら、即座に背中を狙って来る事だろう。

 退くのが不利ならば、前に出て迎え撃つのみ。

 俺とテレサは、言葉で確認する事なく一歩前に踏み出す。

 アウローラはイーリスの傍について、気持ち後ろに下がるのが分かった。

 これで後方を心配する必要はないだろう。

 何かグダグダ言っている目の前に連中に集中できるな。

 

「獲物が無駄に足掻くのは、確かに王が喜ばれるところ。

 偉大なる真竜に供物を捧げる為の《狩猟祭》の、正しい役割と言えましょう。

 ですが私個人としてはオススメしませんよ。

 徒に苦痛を長引かせる必要は――」

「うるせーやい」

 

 何でこういう手合いは無駄に話が長いのか。

 地を蹴り、ペラペラと喋る黒装束へと真っ直ぐに斬りかかった。

 振り下ろす一刀は、そのまま仕留めるぐらいの気持ちで放ったが――。

 

「せっかちな方だ……!」

 

 黒装束は刃の反りにこちらの剣をタイミング良く合わせ、これを綺麗に受け流した。

 なかなか悪くない防御術(パリィ)だ。

 ちょっと感心すると同時に、森の奥で閃く銀光。

 此方を狙って飛んできた無数の矢を、剣と鎧の表面で弾き落とした。

 当然、見えてる四人以外にも兵は伏せてあるか。

 

「お見事。やはり一筋縄では行きませんか」

「そっちも案外やるもんだ」

 

 赤く染まった森の中、俺は改めて黒装束達と対峙する。

 こっちとテレサの方で、それぞれ二人ずつ。

 万一でも後方へと抜かれないよう警戒は強めていく。

 

「――我らは狩人。

 森の深淵を狩り場とし、偉大なる真竜の加護を与えられし《牙》である」

 

 黒装束達は笑う。

 己が何者であるかを歌い上げながら。

 

「あの血染めの月が上った以上、供物は必ず捧げられる。

 果たして、あなた方は生き延びられますかな?」

 

 シミターの刃を揺らしながら、今度は黒装束の方から地を蹴って来た。

 一瞬遅れて、森の中に硬い金属音が鳴り響く。

 竜殺しの剣と、竜の牙に似た刃が正面から噛み合う。

 その戦いの様を、不気味に輝く赤い月が見下ろしていた。


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