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第四話:さんぜんねんってどんぐらい?


「――さんぜんねん?」

 

 開幕と同時に、想像もしていなかった爆弾を叩き込まれた。

 

「ええ、そうよ。貴方が死んでから、大体三千年」

 

 月下の邂逅から、また少しばかり時間が経った後。

 密着状況が不服だったのか、暴れ出した女の子になす術もなくボコボコにされたりもしたが。

 今は何とか平静さを取り戻し、竜の屍を敷き物代わりにようやく「お話」が始まった。

 ……始まったのだが、いきなり飛び出したのがコレである。

 

「さんぜんねん。さんぜんねん?」

「そうよ、三千年よ。分かる? 三千年」

 

 まるで幼子に接するように優しく言われてしまった。

 記憶喪失でも頭が完全にパーになったわけではないのだから、当然問題はない。

 状況とか諸々には問題しかないけども。

 

 「……まぁ、冗談でも何でもなく、本当にそうなんだろうな」

 「あら、信じるの? 荒唐無稽だとか笑うかと思ったわ」

 「そう笑い飛ばせれば良いがなぁ」

 

 何も分からない相手に、そんなバカげた冗談を吹き込む理由が見当たらない。

 そういう愉快犯もいるだろうが、目の前にいる彼女はもっと合理的な相手に思えた。

 ならば真実なのだろう。少なくとも、それを前提に話を聞くべきだ。

 ……ところで。

 

「……さんぜんって、幾つぐらいだ?」

「貴方、持ち物がどれも多くて二十個ずつしかなかったのってもしかして……」

 

 どうやら、頭が完全にパー扱いされてしまったようだ。

 三にぜん()がついてるから、三年より長い事だけは間違いあるまい。

 実際のところ、馬鹿には理解しがたいぐらいにはとてつもない年月なのだろう。

 

「兎も角、そのぐらい大昔に、俺は一度死んでると」

「……ええ」

 

 確認の言葉を聞いて、少女はほんの少しだけ痛みを堪えるような表情を見せた。

 反応から察するに、彼女は俺が死んだ場面に居合わせたのかもしれない。

 残念ながら、こっちには死人だった自覚さえ殆どなかった。


「……ところで、そんな大昔から俺の事知ってるって、もしかして凄いババ――」

「は?」


 すいません、何でもないです。いやホントにごめんなさい。

 もう二度とその事には触れませんと心に誓いつつ、一先ず全力で話題を逸らす。

 

「あー……それで死んだ原因は、やっぱりコイツか?」

「それは覚えてるの?」

 

 足元に転がる竜の屍を、軽く踵で小突いた。

 少し驚いた様子で問いかけてくる少女に、曖昧に肩を竦めて見せる。

 

「覚えてる――と言って良いのかは、正直分からん。

 ただ目が覚める直前に、戦って死ぬ夢を見てたのは確かだ」

 

 この話を聞く限り、それは夢ではなく。

 死ぬ直前の光景だけは、消えずに頭に焼き付いた結果かもしれない。

 それもあくまで予想に過ぎないが。

 

「……そう」

 

 少女は一瞬だけ落胆の表情を見せたが、それは直ぐに振り払われる。

 誤魔化すように、軽く咳払いをして。

 

「貴方の言う通り、かつて貴方はこの竜と戦って命を落とした。

 あぁでも、結果を言えば勝ったのは貴方と言って良いと思うけどね?」

「相手も死んでこっちも死んだんなら、良いとこ相打ちじゃないか?」

「人を相手に竜が相打ちで死んだのなら、それは人の勝ちと言って良いでしょう」

 

 薄い胸を張って、何故か少女の方が自信満々に勝敗の是非を決定する。

 とはいえ、言わんとする事は分かる。

 竜についての知識は、頭の中に少しばかり残っていた。

 曰く、旧きもの(エルダー)にして古の王(オールドキング)

 この大陸を支配する絶対者であり、最大最強の怪物。

 確かにそんな相手を人が殺したのなら、結果的に死んだとしても勝利と言えるかもしれない。

 残念ながら記憶にないせいで、イマイチ実感に欠けているが。

 

「そう、貴方は竜殺し。それは理解できた?」

「一応は」

 

 実感に欠けてはいるが、嘘ではないのだろう。

 頷くと、少女の方も満足気に頷き返した。

 

「俺がこの竜を殺して、それで俺も死んだ。そこまでは分かった。

 それで、俺はまたどうしてこんな辺鄙な場所にわざわざ竜を殺しに来たんだ?」

「当然、それが気になるわよね」

 

 こちらの疑問に、少女は芝居がかった仕草で笑って見せる。

 悪戯を仕掛ける前の子供のようであり、尊大に衆愚を見下ろす女王のようでもあり。

 恐らくそのどちらでもあるだろう少女は、俺に向けてその手を伸ばして来た。

 

「――この剣」

 

 細い指先が触れたのは、今は傍らに置いてある一本の剣。

 三千年とかいう良く分からない年月に晒されてなお、朽ちるどころか錆び一つない刀身。

 

「これこそが、竜殺しを叶えるこの世で唯一の刃。故に呼び名は《一つの剣》。

 この竜を屠ったのは間違いなく貴方の業だけど、成し遂げたのはこの剣があってこそ」

 

 竜は不死不滅。

 その魂は永遠不変であり、肉体はあくまで仮初の器でしかない。

 誰かから得た知識が頭の中を過ぎる。

 

「私が貴方にこの剣を与えて、そして導いた。

 かつて、この北の果てを住処にしていた竜の王。

 その悪逆により虐げられてきた人間から、竜退治に送り込まれた愚か者の中からね」

「なるほどなぁ」

 

 まったく覚えてないが、そういう経緯があったわけだ。

 最初から竜退治が目的であれば、その居城の跡地にいたのも道理か。

 

「……しかし、竜退治。竜退治か」

「? なに?」

「いや普通に考えたら自殺みたいなもんだが、良くそんなのに自分から挑もうと思ったな、当時の俺」

「あら、貴方は元々流刑だかで荒野に打ち捨てられてたそうよ」

「マジか」

「そこをたまたま竜退治の旅に出た騎士に助けられて、死にかけてたソイツに頼まれて代わりに来たんだとか」

「ふーむ、なるほど」

 

 そういう事情ならば腑に落ちた。

 命を助けられた恩があるなら、その義理を通して命を落とすのは帳尻も合う。

 「困っている民衆の為」だとか、少なくともその手の正義感で動く人種ではない、という自覚はあった。

 

「で、だ」

「あら、今度は何?」

「いや、とりあえず俺がどういう経緯でここに来て、竜を殺したのかは概ね分かった」

 

 細かいところはまだ幾らでも掘り下げられるだろうが、一旦棚上げする。

 それよりも他に聞いておきたい事があった。

 

「それで、結局アンタは何者なんだ?」

「もう少し、聞き方ってものがあると思うのだけど」

 

 何故だか、良く分からない文句を言われてしまった。

 質問の仕方がどうにもお気に召さなかったようだが、少女は「まぁいいわ」と小さく呟く。

 それから、また獣が牙を見せるような笑みを浮かべて。

 

「想像は付いてるんじゃないの?」

「いや、あんまり」

「とりあえず言ってみなさいな、正解なら褒めて上げるから」

「…………」

 

 沈黙は一瞬。

 ちょっと考えてから、分かり切った答えを口にした。

 

「……俺を生き返らせてくれた女の子?」

「貴方って本当にバカね?」

 

 物凄く可愛らしい声で罵倒されてしまった。

 そうは言っても、俺の中でハッキリしている事実はそれしかない。

 まぁ死んだ、というのもそこまで実感はないわけだが。

 少女は呆れた顔をしてから、わざとらしいぐらい大きくため息を吐く。

 

「まぁ、貴方に知性とかインテリジェンスとか、そういうのは別に期待してないけど」

「いや面目ない」

「皮肉に対して真面目に謝られても困るんですけどね?」

 

 憶測を口にして大外れだったら、それはそれで恥ずかしいし。

 不満げに眉間の辺りに皺を寄せつつ、少女はパタリと足を揺らした。

 可愛らしく首を傾げて、少し考えこんでから。

 

「……教えない」

「ん?」

「私が何者なのか。それは貴方が自分で思い出しなさい」

 

 言いながら、彼女は不意にその場から立ち上がった。

 死した竜の亡骸を足蹴にし、夜空の月を背負うその姿。

 これを形容できる言葉は、馬鹿なこの頭では見つけられない。

 ただ堂々と佇むその様からは、微かに王者の風格が漂っている気がした。

 

「竜――いえ、古竜について、どこまで記憶にある?」

「この大陸で一番古い生き物で、この大陸で一番強い生き物」

「ま、そうね。その程度の認識よね。それで殺されたんだから、コイツも哀れだわ」

 

 クスクスと。

 少女は己の足下に横たわる竜を嘲笑った。

 

古き王(オールドキング)、それは遥か上古の時に創生された最も偉大な二十の古竜。

 父なる《造物主》に限りなく近い、最も強大な力を持つ竜種の頂点たる王たち」

 

 彼女は歌うように、この屍がかつてどれだけ高位の竜であったかを歌い上げる。

 その手の神話伝承に突っ込んだ話は、残念ながら知識があやふやだった。

 とりあえず凄いぐらい凄い、というニュアンスは十分伝わって来た。

 

「この《北の王》はその一柱で、さっきも言ったように私はコイツを殺すために貴方にその剣を与えた。

 今はとりあえず、それだけ理解してくれたら良いわ」

「そうか」

 

 確かに、それだけ分かれば今は十分だろう。

 軽く頷いて見せた俺に、少女はまた眉間に皺を寄せた。

 

「イマイチ反応が薄い気がするけど……まぁ、それは良いわ」

「おう。とりあえず、俺がたまたま竜――この《北の王》とやらを退治する為にやって来て。

  たまたま目を付けたそっちが、俺にこの竜殺しの剣を渡したと、そういう流れで良いのか?」

「ええ、そうね。大まかにはその流れで合ってるわ」

「成る程」

 

 頷き、傍らに置いた剣を改めて手に取った。

 竜を殺す為に鍛えられた、魔法の刃。

 その作り手であるこの少女は《一つの剣》とも呼んだが。

 

「しかし、何でまたそんな事を?」

「あら、貴方だってこの竜を退治しに来た一人だったのよ?」

「それはまぁ確かにそうなんだろうがな」

 

 それについては覚えてないから、何とも返答に困る。

 しかしこの竜を殺すため、わざわざ大層な魔法の剣まで用意して。

 それをまた、わざわざ通りすがりの馬鹿な人間に使わせての回りくどい竜退治。

 一体どんな難儀な理由があれば、そこまで面倒臭いことをするのか。

 俺の疑問にからかうように応じた少女だったが、また小さく咳払いをして。

 

「……この竜を殺すためにその剣を用意した、というのは正しいけれど、逆よ」

「逆?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 古い竜王の命が。神に近しいその魂を燃料に、剣は更なる力を宿す」

 

 そのための竜殺しだったと、その真意を美しい少女は語る。

 

「貴方は、そう――たまたま選んだわ。本音を言えば一人目だし、失敗するだろうと思ってた」

「そりゃそうだろうな」

「けど、貴方は勝ったわ」

 

 如何に不死を破る剣を握ったと言っても、竜と人の隔たりは天地の差。

 それを埋め切ったのは紛れもない偉業だと、少女は失われた過去を讃えた。

 

「勝つなんて、微塵も思わなかった。けど、貴方は《北の王》を討ち取った。

 初めて人が竜に勝ち、初めて人が竜を殺した。それを成し遂げたのは、間違いなく貴方なのよ」

「……そうか」

 

 やはり、記憶は残っていない。

 だが、語られる勲を他人事とは思わなかった。

 恐るべき竜の王と戦い、勝って死んだ。

 それは確かに、目覚める前の夢に見たものと重なる気がしたからだ。

 

「ふーむ。そうなると、俺は死んだが竜を殺して剣を完成させる――って目的は、達成したわけか」

「…………」

 

 何気ない、事実の確認ぐらいのつもりで口にした言葉。

 だが、帰って来たのは予想外の沈黙だった。

 

「? どうした?」

「……そう、ね。当初の予定通り、《北の王》は切り殺して、《一つの剣》は最初の魂を薪にしたわ」

「最初の」

「ええ、今さっき言ったでしょう? 《古き王(オールドキング)》は、合わせて二十柱いると」

 

 そういえばそんな事も言っていたな。

 俺が頷くと、彼女は何故か開き直るように薄い胸を張ってみせて。

 

「剣を本当の意味で完成させるためには、その全てを殺す必要があるわ。一柱だけじゃまだ足りない」

「お、おう」

「全て――そう、古ぼけた王の首全てを刈り取る事で、ようやく私の野望(ユメ)は叶うの」

「すっごい悪いヤツの台詞」

 

 竜殺しだけで十分過ぎるほど大層なのに、更にスケールが違う話だった。

 思わず悪と評してしまったが、言われた方はいっそ誇らしげに笑う。

 

「そうよ、その通り。貴方はどうせ覚えてないでしょうけど。

 これでも私、悪だの何だのなんて言われ慣れてるんだから。今さら恥じる事もないわ」

「すげェな。ちなみに野望って何?」

「それも昔ちゃんと言ったんだから、自分で思い出しなさいよ」

「うーん手厳しい」

 

 そう言われたら、こっちもそれ以上は突っ込めない。

 ……とはいえ、それもこれも俺が竜に勝って死ぬまでの話。

 実感はなくとも、もう随分と遠い過去のはずだ。

 恐らくは、何もかも終わった後のことだろう。

 

「まぁ良く分からんが、アンタはその野望とやらも成し遂げられたんだろう?」

「えっ?」

「んっ?」

 

 沈黙。静寂。

 ……何かおかしな事を言ったか、俺?

 先ほどまでの饒舌ぶりが嘘のように消し飛び、少女は黙り込んでしまった。

 こっちは何か会話の流れを間違えたのかと、首を傾げるばかりだ。

 大してない両者の隙間を、夜風が過ぎること数度。

 

「……貴方のせいだから」

「んんっ??」

 

 不思議なことに、俺の責任となってしまった。

 いやそもそも、一体何に対しての責任だと言うのか。

 

「だから、三千年よ。三千年」

「うん」

「三千年も経ってるのよ、意味分かってる?」

「うん??」

「だーかーらー!」

 

 バシッバシッと、癇癪を起した子供そのままに竜の亡骸を叩く。

 それから少女は、ビシリと此方を指差して。

 

「死んだ貴方を蘇生させるために、ここで三千年も過ごしたのよ! 私!」

「……おぉ」

 

 そこまで来てようやく、言わんとする事の意味が理解できた。

 

「え、つまり」

「……何よ」

「俺がこの剣使って、この竜ぶっ殺して、それで死んで」

「ええ」

「そっから三千年、ずっとここで俺を生き返らせる作業してたの?」

「だからそう言ってるじゃないの」

 

 むくれている姿はなかなか可愛らしくあるのだが、口にしたらブン殴られそうだ。

 もしかしたら心ぐらい読んでくる可能性もあったが、そこまで気にしてたら何も考えられない。

 

「……さっき言ってた野望とか何とか、どうしたの?」

「だから貴方のせいよっ」

 

 この怒りはなかなか理不尽ではないだろうか。

 

「貴方がその剣で最初の竜殺しを成し遂げて! だけどそのまま耐え切れずに死んでしまって!

 それじゃ――それじゃあ、困るじゃない」

「…………」

 

 何が困るのか、とか。

 それは多分、聞いてはダメな気がした。

 

「困るのか」

「……そうよ、困るわ。竜殺しを成し遂げて、私に期待させて、そのまますぐ死ぬなんて」

「なるほどなぁ」

「だから、生き返らせたわ。本当に大変で、時間も凄い掛かったんだから。

 それまで色々準備してた企みごととか、おかげで全部ご破算になったのよ?」

「そうか」

 

 傍から聞いている分には、実に理不尽な話ではあるのだが。

 

「なら確かに、俺のせいだな」

 

 認めた。

 記憶も何もない俺が言うには、無責任かもしれない。

 けど、死んだ俺のために費やした時間のせいで、本来の目的が未だ果たせてないと言うのなら。

 なるほど、それは確かに俺のせいなのだろうな、と。

 

「……ええ、そうよ。貴方のせい。責任取って貰わないと」

「どうすりゃ良いのか、ちょっと見当もつかないが」

 

 首を捻る俺に、彼女はクスリと笑う。

 それから、少しだけあった距離を詰めて細い指が触れてくる。

 

「簡単よ。もう一度、やり直せばいい」

「やり直す?」

「竜殺し」

 

 囁く。

 それは本来ならば、人には決して成し遂げられない難行。

 

「今度は、もっと上手くやればいい。心配しなくても私もちゃんと手伝うわ。

 前の時は見てるばかりで、結局貴方が力尽きる事になっちゃったし」

「分かった。やるか」

 

 頷く。普通に考えれば、正気の沙汰じゃないだろうが。

 それで責任を取ることになるなら、まぁもう一度挑むのも良いだろう。

 生憎とその『一度目』の事は曖昧だけども。

 

「……その決断の速さは良いけど、あっさり返事をし過ぎじゃないかしら。

 ちゃんと頭で物を考えてる?」

「責任取れと言っておいて酷い言い草だな」

「冗談よ」

 

 楽し気に笑いながら、少女は身を寄せてくる。

 なかなか悪くない気分だった。

 

「ただまぁ、期待して貰ってるなら悪いんだけどな。

 目を覚ましてから、どうにも身体が本調子じゃないんだ」

「……蘇生まで随分時間が掛かってしまったから、その影響でしょうね」

「寝すぎて身体が鈍ってる、って理解であってるか?」

「寝坊助にもほどがあるのよ、貴方は」

 

 普通は死んだら生き返らないので、そこは勘弁して貰うしかない。

 そんなことは起こした方は百も承知だろう、冗談を口にする声は楽しげに笑っていた。

 触れる手指は、ボロボロになった鎧を一つ一つ確かめるようになぞっていく。

 

「竜殺しをやり直す――とは言ったけど、勿論またいきなり本番をやれ、とは言わないわ。

 貴方も本調子じゃないなら、私も似たようなものだし」

「そうなのか?」

「貴方を生き返らせるために支払ったコストがどれぐらいか、貴方に理解させる方法が欲しいぐらい」

 

 二十ぐらいの数しか分からない俺には、それは竜殺しより難しいかもしれない。

 

「まぁそれでも、私は十分凄いから。何よりなくしたのなら、少しずつ取り戻せばいいもの」

「先ずは準備をする、って事か」

「そうよ。貴方が《北の王》を殺す時だって、そこまで行くのに随分掛かったもの」

 

 そう彼女が語る思い出は、どんなものだろうか。

 共有したはずの自分の中にそれがないことを、少しばかり寂しくも感じる。

 それを表に出すと彼女が気に病むかもしれないと、何のことはないように頷いて見せた。

 

「で、具体的な考えを聞いても良いのか?」

「そうね、今はまだ計画というほど上等なものじゃないけど――その前に」

 

 少女はまた立ち上がると、此方の手を軽く引いて来た。

 促されて、俺もまた死んだ竜の上に立った。

 

「そんなボロボロの恰好じゃあ、みっともないでしょう?

 竜殺しを始める前に、先ずは身支度を整えるところから始めましょうか」

 

 その赤い瞳で俺の顔を見ながら。

 彼女は、心から楽しそうに笑ってみせた。


 

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