第三十三話:飛び立つ朝
とりあえず、何事もなく朝を迎える事ができた。
地平の向こうから顔を覗かせた太陽は、徐々にその輝きを強めていく。
空に雲は少なく、今のところ快晴と言って良いだろう。
俺は一人、焚き火の後始末をしながらそれを眺めていた。
これから新たな目的地を目指そうという日だ。
大雨だったりしたら悲惨だったが、幸い運は向いているようだ。
まぁアウローラは「天気ぐらい変えられるわよ?」とか言っていたわけだが。
「さ、こんな具合でどうかしら?」
少し離れた岩場の影から、そんな声が聞こえて来た。
アウローラだ。それと他の二人――テレサとイーリスも傍にいるはず。
さて、淑女三人が隠れて何をやっているかというと……。
「パッと見は違いが良く分かんねェなぁ……」
「実戦の場に出れば、違いは嫌でも体感できる。
そうならないのが一番だが――それは兎も角、感謝します。我が主よ」
「足手纏いが一番困るもの。
このぐらいは大したコストでもないし、気にすることもないわ」
そんな風に言葉を交わしつつ、アウローラ達は岩陰から出てくる。
どうやら事前に聞いていた『支度』は済んだようだ。
「終わったか?」
「ええ、お待たせ。後片付けを任せてしまって悪かったわね」
一応確認の声かけをすると、アウローラは穏やかに微笑んでみせた。
そうしてから、俺はテレサとイーリスの方にも視線を向ける。
姉妹の装いは都市にいた時より、若干新しい物に変わっていた。
基本はどちらもベースは同じものだ。
イーリスは動きやすい軽装、テレサは特徴的な黒衣のまま。
ただイーリスは腕や足、後は胸周りに装甲が増えている。
テレサは両腕に以前とはデザインの異なる手甲を、脚には脚甲を装着していた。
どうやら装備の新調は無事に完了したらしい。
「どっちも、私の鱗から造った防具をそれぞれ追加しておいたから。
後は衣服の方も、私の髪を術式と一緒に編み込んだわ。
強度は大きく増したと思うけど、あまり過信し過ぎないようにね?」
相変わらずトンデモナイ事をサラッと言うアウローラさんである。
要するに、俺の鎧と似たような感じだろう。
性能とかにどれだけ違いがあるかは分からないが。
「重ね重ね、感謝の言葉もありません。我が主。
この御恩は必ず、働きによって報いさせて頂きます」
「ええ、期待してるわ。コストに見合ったリターンがあることをね」
畏まるテレサに、アウローラはクスクスと笑って応える。
何か簡単に渡してくるが、防具一つでも凄まじい価値があるはずだ。
最古であるらしい竜王の鱗に、更に強力な魔法を施した逸品。
それこそ値段を付けようとしたら、目玉が飛び出る数字になるぐらいには。
テレサもそれを分かっているようで、地を這うばかりに頭を下げている。
「で、防具はこれで問題ないけど……」
呟いて、アウローラは視線をイーリスの方へと向ける。
見られた方は軽く肩を竦めて。
「銃の方は、流石にどっかの都市で調達しないとダメだな」
「ええ。複製しようと思えば出来るでしょうけど、少し時間が掛かるわね。
弾の方は消耗品だし、私が用意するのはちょっと手間ね」
イーリスが主に武器として使っていた拳銃。
マーレボルジェとの戦いやらの最中に、どうやら失くしてしまったらしい。
あの時はかなりゴタゴタしていたし、それに関しては仕方ない。
とはいえ、新たな目的地に入る際に丸腰というのも不用心だ。
「一応、もう少し長い得物でも用意出来たけど」
「いや、これぐらいが丁度いい。助かるよ」
そう言って、イーリスは新たな得物を手に取ってみせた。
短剣だ。飾り気は少なく、俺の剣とちょっとだけ雰囲気が似てる。
これもまた、アウローラの身体の一部から作ったものだろう。
「特別な魔法とか掛けても逆に使い難いでしょう?
兎に角刃毀れしたりしないよう、《強化》を強めに施しておいたから。
よっぽど乱暴に扱っても折れないはずよ」
「値段とか考えたくねぇなぁ……」
イーリスさんや、それは考え出すと沼なので止した方がいい。
最低限感謝さえ持っていれば、アウローラさんもそう煩くは言わないはずだ。
それはそれとして、必要あれば無茶振りされるだろうが、ウン。
「……とりあえず、準備はそんなところか?」
「そうねぇ。あ、貴方が使う賦活剤も補充した方がいいわよね」
まったく至れり尽くせりである。
せっせとこっちの懐に小瓶を積めるアウローラさんだが、ふと気付く。
「なぁ」
「? なに?」
「いや、思ったんだが。
この賦活剤、俺以外には持たせなくて良いのか?」
呑めば大体傷も治るし、体力も回復してくれる。
かなり便利な水薬だし、イーリスたちも持っておいた方がいいのでは?
何気なくそう思っただけだが、アウローラは真面目な顔で首を横に振る。
「駄目よ」
「駄目なのか」
「ええ、身体に悪いから駄目よ」
「うん。うん?」
「前にも言った気がするけど、コレ基本身体に悪いから。
貴方はもう死ぬ前から散々呑んでるから良いけど、慣れてない子は駄目よ。
一本でも結構寿命縮む代物なんだから」
其処までアカン代物だとは初耳である。
というかそれは、俺も呑んで大丈夫なのだろうか。
「貴方の場合、昔に大量に呑んだ影響で身体が適応してるから大丈夫よ」
「人体すげーなぁ」
まぁそういうことなら、俺はとりあえず問題ないと。
いや問題なくはない気はするけど。
実際、アウローラは俺の兜を軽く小突いて。
「そう影響が無いだけで、身体に悪いことに変わりはないんだから。
用法容量は正しく守って頂戴ね?」
「おう」
マーレボルジェと戦った時とか、そのぐらい危なくなければ大丈夫だろう。
多分、きっと。必要があれば使う他ないしな。仕方ない。
「で、準備はできたは良いけどよ。こっからどう移動するんだ?
何か足を用意するみたいな話はしてたけど」
軽く身体の柔軟などしつつ、イーリスが此方に呼びかけて来た。
傍らにはテレサがいるが、こちらは直立不動だ。
……うん、こうして並んでいるのを見ると、確かに姉妹であることが分かる。
とはいえ別の人間同士、当然身体的には大きな差異もあった。
例えば身長は姉のテレサの方がイーリスよりも高い。
しかし身体つきに関しては、姉より妹のイーリスの方が発育が良いように見える。
これに関しては、テレサの身体が鍛えられてるのも原因かもしれない。
まぁスレンダーな美人、というのも大変素晴らしいと思うが。
「――ねぇ、何を見てるのかしら?」
「はい」
「はいじゃないんですけど??」
地獄の底から響くような声だった。
ウカツであった。あれほど注意せねばと気を付けていたのに。
しかし後悔というのはいつも後ろから刺してくる。
アウローラは凶暴な微笑みを浮かべながら、そっとこちらの首に腕を絡めて来た。
いつでも圧し折れる構えである。
「おい、何してんだ??」
「イーリス、少し下がっていなさい」
危険な気配を察知したか、妹にそっと距離を取らせる姉。
実に有能だ。ついでに助けて貰いたいところだが、そうもいかんか。
「何か言い訳はあるかしら?」
「言い訳じゃないが、アウローラ」
「? なに?」
「男は美人を見ると、ついつい眺めてしまうんだ」
それは生物としての本能に近い。
気を付けてはいるんだが、気が緩んでるとやってしまう。
これだけだと単なる開き直り、首を三つに畳まれても文句は言えない。
なので。
「えぇっと……それで?」
「だからアウローラのことも良く見てる。
二人に対しては、ちょっと無遠慮過ぎたな。
お前も自分が見られる分には、別に怒らないだろ?」
「…………」
とりあえず正直なところを口にしたら、アウローラは沈黙した。
それからぎゅーっと、結構強めに首元を絞められた。
どうやら許されなかったらしい。
ざんねんだが、おれのぼうけんはここまでか。
と、思ったのだが。
「……そうね。あの子たちを、あんまりじろじろ見るのは良くないと思うけど。
私なら良いわ。ええ、遠慮しないで頂戴?」
セーフ判定が下された。やったぜ。
絞めていた腕でそのまま抱き着いて来るアウローラ。
頭を軽く撫でてやったら、喉でも鳴らしそうな様子だった。
と、そこで感じる冷えた視線。
振り向けば、イーリスさんが呆れを通り越して無感情な顔で立っていた。
「……終わった?」
「はい」
いや、手間取ってしまって大変申し訳ない。
アウローラはまだ離れるつもりがないようなので、こっちから抱えることにする。
テレサは早くもこの空気に慣れたのか、特にツッコミもなかった。
単純に、上司の奇行とかに耐性があるだけかもしれない。
「それで、移動手段の話だったか。
流石に徒歩は厳しいだろって事だったが、また魔法で飛んでくのか?」
実際、荒野から出て来た時はアウローラの《飛行》で一緒に移動したな。
俺の言葉に、腕の中の彼女は首を横に振る。
「別にそれでも良いけど、四人全員飛ばすのも面倒だから。
今回は別に『足』を用意するわ」
「あし?」
一体、何をするつもりだろう。
アウローラは意味深に笑うと、自分の指を口元に触れさせる。
愛らしい唇から鋭い犬歯が微かに覗いて、それが指先を少しだけ傷つけた。
うっすらと流れる血。
アウローラは腕を伸ばし、滴る雫を地に垂らす。
「このまま、全員少しだけ離れて頂戴」
言われて、俺はその指示に即座に従った。
テレサもイーリスの手を引いて、同じように後ろへと下がる。
変化は瞬時に、かつ劇的に起こった。
アウローラの血が地面に染み込んだかと思うと、そこを中心に赤黒い物が泡立つ。
沸騰する血肉は蠢き、不定形な状態でのた打ち回る。
無秩序な動きだが、それもだんだんと一つの形へと纏まっていく。
見ていてなかなかショッキングな光景だが、イーリスは大丈夫だろうか。
「うえぇ……」
あんまり大丈夫ではなさそうだった。
一応テレサが、これ以上視界には入れないよう手で目隠ししていた。
で、肝心のアウローラが出した肉塊の方だが……。
『GAAAAAAAAA――ッ!!』
あっという間に立派な姿に成長していた。
それは馬よりも遥かに大きく、両腕に拡げた翼は更に大きい。
全身を強靭な鱗で覆った爬虫類めいた姿は、一見すると竜と見間違えそうになる。
が、違う。コイツは竜ではない。
二本足で立ち、両腕には飛ぶ事に特化した大きな翼。
それはいわゆる、飛竜と呼ばれる魔獣だった。
「どう?」
凄いでしょう、と抱っこされたままで胸を張るアウローラ。
いや確かに凄い。間違いなく凄い。
問題があるとしたら、イーリスがグロ映像にショックを受けてしまったぐらいだ。
生み出されたばかりの飛竜は、長い首を巡らせて周囲を観察する。
それから創り手であるアウローラを認識すると、大人しくその場に座り込んだ。
静かに翼を畳み、実に従順な態度を見せる。
アウローラがまだドヤ顔をこっちに向けて来た。
「さ、全員これに乗って。少し揺れるけど、慣れれば快適よ?」
「マジで? 乗るの? コレに?」
イーリスは信じられないと言いたげだが、現実は非情である。
アウローラが『移動手段』として出した以上、他に選択肢は存在しないのだ。
「諦めるんだ、イーリス。主人の厚意を無碍にしてはいけない」
「い、いや、分かってる。そりゃ分かってるけどな」
「大丈夫よ、安心しなさい。私が命じない限り噛みついたりしないから」
多分そういう問題じゃないんだが、言っても仕方ないだろう。
「しかし、こんなもんも出せるんだなぁ。これも魔法か?」
「魔法とはちょっと違うわね。
年経た竜なら、こうして自分の血で亜竜を造るぐらいは簡単よ」
「そうなのか?」
一応、飛竜含めた亜竜――竜に似た魔獣については多少知識がある。
だがあくまで『多少』なので、詳しい所は分からない。
「ええ、大抵は塒を見張らせる番犬にね。
少しの血と魔力で生み出せるから便利なのよ?
命令はキチンと理解出来るから、知能は犬よりマシぐらいかしら。
もっと賢い個体も造れるけど、そうするとコストも上がるから難しいわね」
「なるほどなぁ」
やはり古竜というのは凄まじい生き物だ。
それを再確認してから、俺は飛竜の方へと近付く。
大人しく伏せている姿は、どことなく犬にも似ていた。
「これ、乗って大丈夫なんだよな?」
「ええ、遠慮なくどうぞ?」
許可が出たので、とりあえず乗ってみる事にした。
アウローラは片手で抱え、伏せている飛竜の背中へと。
上ってみると思った以上に視点が高くなる。
此処から更に空を飛ぶのだから、さぞ良い景色が見られるだろうな。
「さ、お前も観念するんだ」
「分かったよ、分かったから押さないで……!」
テレサの手を借りながら、イーリスもビビりながら飛竜の背をよじ登る。
さて、これで本当に準備は整ったな。
「じゃあ、行くか」
「ええ。夜に決めた通り、先ずは東へ」
森人の居住地だった森――が、あったという場所。
今どうなっているかは分からないが、それも自分の眼で確かめないとな。
バサリと、音を立てて飛竜が翼を広げた。
後ろでイーリスが小さくなってる気配がするが、落ちなければ問題はあるまい。
飛竜はゆっくりと羽ばたき、一気に空へと舞い上がった。




