第二十九話:決戦
真竜の咆哮が都市の最上層を揺るがす。
竜体と化したマーレ何とかは、確かにその名に恥じぬ強大な存在だった。
『GAAAAAAAAAA―――ッ!!』
放たれる吐息は鉄をも溶かす強烈な熱線。
人型だった時に比べれば、その威力は数倍以上。
たった数回の放出で、先ほどまでいた広間は木っ端微塵に吹き飛んだ。
壁や天井は蒸発し、床もバラバラに引き裂かれる。
内側から弾け飛んだ牢獄に、外の風が強く吹き抜けた。
俺はその風に乗るぐらいの気持ちで、真竜が生み出した地獄の中を駆ける。
『ちょこまかとォ!!』
砕け散る瓦礫の中を、巨大な蛇が蠢く。
僅かに残る足場を跳ねるように走る俺を狙い、正確に追いかけてくる。
こんだけ部屋をボロクソに破壊したら、自重でそのまま床が抜けそうなものだが。
どうやら羽根は付いてないが、それはそれとして飛べるらしい。
魔法か何かかは知らないが、ちょっとズルいなオイ。
「よっ……!」
こっちは空なんて飛べないので、貴重な足場を使う他ない。
僅かに残る壁の残骸に足を掛けて、思い切り上に跳ぶ。
一瞬遅れて、蛇の口から吐き出された強烈な熱線が虚空を貫いた。
跳びながら、ほんの少しだけ視線を真竜から外す。
撒き散らされる破壊の中で、限られた一角だけがその影響を受けていない。
アウローラだ。それと、彼女に守られた二人の姉妹。
多分魔法の護りだろう、半透明の壁のようなものが三人を護っているようだ。
念のため確認したが、どうやら心配する必要はないらしい。
『馬鹿めッ!!』
思考に割り込んで来たのは嘲りの声。
宙に跳んで身動きのできない俺を、どうやら真竜は見逃さなかったようだ。
一層口を大きく開けば、喉の奥に渦巻く熱量が見える。
まぁ当然、これを狙ってくるよな。
だから俺は眼を閉じて、ついでに息を止めた。
『死ねッ!!』
その叫びと共に、放たれる死の吐息。
熱線は逃げ場のない俺を真っ直ぐ捉え、その熱量の内に呑み込む。
『ハハハハハハハハッ!!
所詮は人間、真竜たる私に敵うと思ったのか――!!』
勝利を確信し、真竜は高らかに笑う。
確かに今の吐息がまともに直撃したなら、人間なんて耐えられる道理もない。
あくまでまともに直撃したら、だが。
『ハハハハハハハハハッ―――が……っ!?』
マーレ何とかの哄笑が途切れる。
自分の身体に走った痛みが何なのか、すぐには理解出来なかったろう。
熱線を受けながら、蛇の身体に着地した俺が剣をぶっ刺した。
起こったことは、ただそれだけだが。
『ッ、貴様ァ、どうやって……!?』
「うるせーよ死ぬかと思ったわ」
飲み干して空になった賦活剤の瓶を捨てつつ、真竜の上で剣を閃かせる。
どうやって、なんて聞かれてもな。
別に難しいことなんざ何もない。
目を焼かれないようしっかり閉じて、肺に入らないよう息を止める。
後はアウローラ特性の鎧の防御力を信じてがまんする。
以上だ。簡単だろう?
まぁ何とかなるだろぐらいのつもりでやったが、実際死ぬほど辛かった。
耐えられたので結果オーライだが、その怒りは存分に真竜へとぶつけていく。
肉を裂き、宝石状の鱗を一つ、二つと斬り砕く。
「ん……?」
剣の切っ先で宝石の鱗を砕いた瞬間に、何となく気が付いた。
この宝石は、この真竜が今まで喰ってきた人間の魂だと。
砕かれたことで、石に変えられていた魂が真竜の身体から抜け落ちていく。
『やめろ! 私の高貴な身体に、美しき鱗に傷を付けるな!!』
力が削られている事実を、マーレ何とか自身も察したようだ。
憎悪と憤怒に染まっていた声に、焦りの響きが混ざる。
「随分殺して食って溜め込んだみたいだなぁ」
この長大な竜体を覆う無数の宝石。
その全てがこの真竜が取り込んだ魂であり、真竜の力の根源。
ならばそれを一つ一つ削っていけば、コイツはどんどん弱っていくわけだ。
『触れるなと言ったぞ!!』
拒絶の意思を込めた咆哮。
同時に、足下で無数の光が瞬く。
「ッ!?」
ギリギリで飛び退くが、完全には間に合わない。
マーレ何とかの身体――正確には宝石の鱗から、細い熱線が無数に放たれた。
一発や二発じゃない。それこそ百近い数の光の豪雨。
その一部を浴びてしまった事で、軽く全身を熱で炙られる。
鎧が防いでくれなきゃ消し炭だったかもしれない。
「危なっ……!」
蛇の身体から跳んだことで、俺はそのまま落下する。
真竜の吐き出した熱線で刻まれた、大きな床の裂け目へと。
『逃がさんぞ!!』
ゴロゴロと転がり落ちて行く俺を、怒りの叫びが追ってくる。
亀裂は随分と深い。これ多分、上層の街までぶち抜いてるんじゃなかろうか。
とりあえず身体を丸めて、あちこちぶつかるのは鎧と気合いで耐え忍ぶ。
そうして。
「おぉ……」
裂け目を抜けて、視界が開ける。
予想通り、見えたのは上層に広がる摩天楼の群れ。
真竜が滅茶苦茶吐き出した熱線のせいで、随分壊されているようだが。
落下先にあるのは、竜の吐息で半ば溶けてしまった尖塔が一つ。
これは丁度いいな。
『GAAAAAAAA――――ッ!!』
天井に広がる偽物の夜空を引き裂いて。
俺を追って来たマーレ何とかも姿を現した。
その金剛石の眼が、得物の所在を求めてギョロリと回る。
まぁ、一瞬でも見失った時点で駄目なんだけどな。
『ぎっ……!?』
尖塔を足場に《跳躍》し、出て来た真竜の鱗と肉をまた切り裂いた。
再び鱗から反撃の熱線が放たれるが、その時にはもうこっちは自由落下の最中だ。
ぶっちゃけ落ちたらヤバげな高さなんだが――まぁ何とかなるだろう。
で、落ちた。地面転がって、どうにかがまんした。
正直身体がバラバラになりそうだったが、二本目の賦活剤を飲み干して耐えた。
呑み過ぎるとヤバいらしいし、数も限られてるから節約したいところだ。
「おっと……!」
地面を激しく揺さぶる衝撃。
どうやらマーレ何とかも、そのまま下りて来たようだ。
その巨体で建造物を雑に蹴散らしながら、真竜は咆哮を轟かせる。
「ブチギレて顔真っ赤だなぁ」
まぁ蛇の顔色なんか分からんわけだが。
そんな独り言を口にしながら、俺はとりあえず走った。
さっきいた部屋もまぁ広かったが、デカブツと戦うには狭すぎた。
だがここなら十分過ぎる程の空間と、適度な障害物もある。
戦う場としてはうってつけだ。
『どこだ! どこにいる!?』
口や鱗から熱線を吐き出し、叫び声に『力』を乗せて。
マーレ何とかは怒り任せに破壊を振り撒く。
人のいない街は紙切れのように吹き飛ばされ、あっという間に瓦礫へと変わっていく。
その中を、俺は剣を片手に走り抜けた。
『ッ!? この……!』
宝石の鱗をまた一つ、刃が切り裂く。
それに反応し、真竜は熱線で薙ぎ払う。
が、そんな盲撃ちを素直に受けてやる義理はない。
適当に跳んで躱したら、またすぐに鱗を剣で叩き斬る。
一つ当てたら、また走って距離を作る。
時には転がる瓦礫を遮蔽物として利用し、一秒たりとて足を止めない。
走る。避ける。逃げる。転がる。一つだけ斬る。
熱線の威力は凄まじく、そう何度も直撃しては耐え切れない。
真竜は咆哮だけで強力な攻撃魔法も発動させてきた。
火球は爆発と共に炎を撒き散らし、稲妻は剣のように振り回される。
無数の宝石を纏う大蛇の力は、まさに天変地異そのものだった。
俺はただ、それに巻き込まれぬように身を躱し、時に防ぐ。
まったく無傷でとは行かないが、死ななきゃ安い。
デカい一発の直撃だけは避けながら、その巨体に刃を打ち込む。
一つ、また一つ。
剣の切っ先が真竜の宝石を砕く。
全部合わせた数は、一体幾つになるのやら。
まぁどれだけ多くても無限じゃない。
積み重ねを続ければ、いつかは届く程度だ。
『無駄なのが何故分からん、人間が……!
私が喰った魂の数など、お前には理解できんだろう!!』
叫ぶ声は聞き流し、俺は剣を振り続ける。
走る。走る。辺りが更地になってきたら、わざと狙いやすい位置を動く。
頭に血が上り過ぎたマーレ何とかは、疑問に思わず俺を追う。
それからまた建物を遮蔽に使い、少しずつ鱗を削る。
派手に壊せば壊すほど、向こうは俺の姿を見失いがちだ。
デカい奴の視点では、俺はさぞや小さく見えているんだろうな。
『百や二百ではないぞ! 千や二千でもまだ足りん!!
その全てが私の力だ! 上層の連中の魂もついさっき喰い尽くしたっ!
たった一人の人間に過ぎん貴様が届くと思うのか!?』
何か喚いているが、こっちはこっちで忙しい。
細かいダメージが溜まって来たので、我慢していた賦活剤を口にする。
傷は塞がり、疲弊した肉体には活力が戻る。
懐を探ると、アウローラに渡された分はあと二本。
まぁ、何とかなるだろう。
『諦めろ! 諦めろ諦めろ! 私こそが真なる竜!
人を超え、竜の位階に到達せし偉大なる者!
貴様如きとは格が違うと何故分からん――!!』
そう言っている間に、また幾つかの鱗を砕いた。
そろそろ地面からだと届かない部分もある。
だから機を見て跳んで、相手の身体の上に乗ったりもした。
暴れるし、長居するとまた鱗から熱線を撃ってくるが、慣れれば問題ない。
跳んで、走って、鱗を斬ってまた走る。偶に転がる。
それをただ、繰り返す。
『ッ……何故……!?』
果たして、どれだけ同じことを続けただろう。
上層も大分ボロボロになり、都市そのものが半ば折れてるような状態だ。
それだけの破壊を引き起こす辺り、やはり真竜の力は凄まじい。
俺の方は、幸い賦活剤の数は減らさないまま戦い続けていた。
手にした《一つの剣》から、《北の王》の火が燃え盛っているのが伝わってくる。
その力で、俺は止まらず真竜の鱗を断ち割っていく。
砕いた破片は、これで何個目か。
『何故だ……! あり得ぬ、あり得んだろう……!?』
マーレ何とかの動きもまだ止まらない。
かなりの数の鱗を砕き、その力も大分減じているはずだ。
が、それでも巨体を振り回し、魔法と熱線で破壊を塊のように叩きつけてくる。
まともに受けたら死ぬ。
回避をしくじっても死ぬ。
だから死なないように、気合いで切り抜ける。
もう何度目かも不明な死線を潜り、また一つ宝石の鱗を打ち砕いた。
その度に囚われた魂は解放され、真竜の力が削られていく。
一つ。一つ。また一つ。
相手が弱っていく程に、鱗を砕くペースも早まる。
ただ怒りのままに暴れていただけの真竜も、焦りの色が濃くなり始めた。
纏った鱗の半分を剥がされたところで、ようやく自分の状態を理解したらしい。
『何だ……何だ、これは……!? 一体何が起こっている……!』
それは多分、マーレ何とかにとって千年は忘れていた感情だろう。
自分の命が今、確実に脅かされている。
他者の暴力によって死ぬかもしれないという現実。
真竜の叫ぶ声に、『恐怖』が滲み出していた。
『死ぬ? 殺される? 私が、人間如きにっ?
馬鹿な、あり得ん、あり得んあり得んあり得んあり得ん!
そんな事、あり得るはずが……!!』
焦りと恐怖からか、マーレ何とかの動きが目に見えて激しくなっていく。
とはいえそれは、どちらかと言えば逃避に近い。
死神の手から逃れようと、ただ必死に力を振り回しているだけだ。
当然、逃がすつもりはないわけだが。
『GAAAAAAAAAAAA――――っ!?』
真竜の咆哮。
だがそれは言葉ではなく、魔法を紡ぐ力もない。
ただ、己の中の恐怖を吐き出すためだけの絶叫だった。
金剛石の瞳は俺を見ていた。
或いは、俺ではない『何か』を見ているのかもしれない。
仮にそうだとしても、それが何であるかに興味はなかったが。
竜を殺す。正確には真竜か。
その為の剣を握って、俺は走る。
力の多くを失ったとしても、相手は強大な竜だ。
気は抜けないし、手を緩める気もない。
それでもただ一つ、間違いなく言えることがあった。
決着は、もう間もなくだ。




