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第十七話:工場


 結局、不機嫌なアウローラを宥めるのにそこそこ時間が掛かってしまった。

 まぁ抱っこしたり頭を撫でたりしたら、最終的に許してくれたので問題はなかった。

 それからあるもので食事を済ませ、俺達は下層を抜けるための行動を開始した。

 具体的にどうするのかは、基本イーリス任せだったわけだが。

 

「狭い」

「文句言わずにちゃんとついて来いよ」

 

 人間一人進むのがギリギリの細い通路を、先導するイーリスはスルスルと進んでいく。

 逆にこっちは、鎧やら何やらでつっかえながら無理やりゴリゴリ押し進むしかない。

 いや本当に狭いな、コレ。

 

「廃棄されたメンテナンス用の通路だからな。

 この都市の下層には、この手の蟻の通り道があちこちに走ってる」

「ほぉ」

 

 良く分からんが、それはいわゆる隠し通路的なものなんだろうか。

 

「普通、そういうものは管理して然るべきものじゃないかしら?」

 

 そう疑問を口にしたのはアウローラだ。

 彼女は何故か俺の腕にぶら下がるように引っ付いていた。

 魔法とかで浮遊しているのか、特に重さは感じない。

 

「普通はな。だけど図体がデカくなれば、細かい事はどうしても杜撰になる。

 今オレ達が通ってるのは、都市増築の過程で放棄された物の一つだ」

 

 イーリスの説明を聞きながら、俺達は打ち捨てられたという通路を進む。

 時に身を低くして這い進み、時に無駄に長い梯子を使って上に向かう。

 梯子を上る際、ちょっと上を見過ぎてアウローラに叩かれたが。

 違うんです、不可抗力なんです。

 そんなやり取りも特に気にせず、イーリスは進みながら話を続ける。

 

「本来だったらそういう通路は埋めるなりするんだが、何せ数が多い。

 更に都市の開発や増築はいつもどこかしら進行してる。

 重要度の高い中層以上ならまだしも、ゴミ溜め同然の下層は後回しにされがちだ」

「だから廃棄されて、そのまま忘れて放置状態ってわけか」

 

 そういうことだと、イーリスは軽く頷いた。

 時折、何かしらに触れて青い火花を散らしているのも見える。

 出発前に言っていた《奇跡》と呼ばれる力。

 機械とやらを操作しているようだが、その辺は知識のあるイーリス任せだ。

 俺は待ち伏せの類がないかどうかを全力で警戒する。

 

「クライブは、この手の通路を使って中層と物のやり取りをしていたみたいだな。

 一応、ここよりは広くて通りやすい通路もあったけどな」

「そういう場所は監視もありそうね」

「あぁ。こっちにも警報装置の類は幾つも設置してあった」

 

 アウローラの言葉にイーリスは頷きながら、また指先に火花を散らせた。

 どうやら先ほどから、その『けいほうそうち』とやらを無力化していたようだ。

 

「もう少しで中層――《工場(ファクトリー)》に出るはずだ」

「ふぁくとりぃ」

 

 さて、一体どんな場所なのやら。

 下層の《辺獄》でも、十分以上に初見のもので溢れていたが。

 

「そういえば、最終目的地の上層へ行く手段については考えてあるの?」

「……考えちゃいるが、それについても中層に出たら説明する」

 

 そう言葉を交わしている間も、足を止める事無く進み続ける。

 中層に向かうまででもそれなりに苦労したが、其処はあくまで通過点。

 俺達が目指すのは、真竜がいるという都市上層。

 恐らく下層から上ってくるのとは、比較にならないほど護りは硬いはずだ。

 正面突破は厳しそうなので、出来れば最後の手段にしたいところだ。

 

「……よし、ここだ」

 

 イーリスは足を止めて、低い天井に軽く指で触れる。

 其処には確かに、円形の分厚い扉のようなものが存在していた。

 ぱっと見ても厳重に封をされているのが分かる。

 

「開きそうか?」

「少し待て」

 

 俺の確認に応えつつ、イーリスは扉に触れて意識を集中する。

 何度か火花が散ってから、しばらくすると。

 

「開くぞ」

 

 作業の完了を告げて、慎重に扉を押し上げる。

 微かに擦れ合うような金属音。

 それから軋む音を響かせて、ゆっくりと扉が開いていく。

 随分と使われていなかったのだろう、イーリスもかなり開き難そうだ。

 

「変わるか?」

「問題ねェから警戒しててくれ」

 

 そう言ってから、イーリスはぐっと全身に力を込めた。

 いよいよ扉は完全に開かれて、その向こう側から光が差し込んでくる。

 小さく息を吐いてから、イーリスは此方に視線を向ける。

 俺は無言で頷くと、アウローラを腕にぶら下げたままで扉に手を掛けた。

 一瞬の間を置いてから、一息に外へと上がる。

 光は見えたが、都市の内部であるため下層同様、その場所も闇夜のように暗い。

 けれど《辺獄》のような淀んだ暗闇はそこにはなかった。

 

「…………」

 

 地面に開いた扉を出た先は、人気のない路地の片隅。

 見張っているような影は何処にもない。

 俺は様子を探る為、ゆっくりと明かりが差し込んでいる方へと向かう。

 その先で見た光景は、俺の知る如何なるモノとも異なるものだった。

 

「……何だこりゃ?」

 

 明るい。下層で見たものとは違う、闇を無理やり押し広げるような光。

 視界を遮る無数の建物。

 その全てが星々のように無数の光を放ち、辺り一面を昼間のように照らしている。

 《辺獄》でも似たように明かりの付いた建物はあった。

 だが此処は、あそこで見たモノよりもずっとデカい。

 それだけでも十分に驚きだが、頭上にはもっとトンデモナイ物が見える。

 

「あれは――街、だよな」

 

 そう、街だ。

 俺達が立っている地面よりも、遥かに上。

 天井に当たるはずの部分にも街が見えるのだ。

 距離がある為、ハッキリとは確認できない。

 ただ天井から生えた無数の建物が、地面の方に向けて伸びているのは間違いない。

 その逆さまの街もまた、星より明るい光に彩られている。

 加えて、其方から聞こえてくる奇妙な音。いや、声?

 生身の肉声とは異なる、作り物めいた無機質さで響き渡る。

 

『――都市管理局からのお知らせです。

 《工場》で働く皆さま、今日も明日も己の『価値』を高める為に頑張りましょう。

 尚、活動時間が百五十時間を超えている市民には、無料で賦活剤が投与されます。

 該当する方は、直ぐに最寄りの管理センターにお知らせ下さい。

 マーレボルジェは貴方の『価値』が、より高き物となることを望んでいます。

 先ずは『上』へ。落ちれば《辺獄》へ真っ逆さま。

 そうなることのないよう、どうぞ皆さま怠る事なく務めを果たして下さい。

 都市管理局からのお知らせでした』

 

 一体、何を言っているのか。

 聞いていても良く分からず、思わず首を捻ってしまう。

 そうしている間にも、また似たような内容の音声が喇叭のように響き続ける。

 

「……これが都市中階層、通称《工場(ファクトリー)》だ」

 

 後ろからイーリスがその呼び名を口にした。

 此方の影で、注意深く周囲の様子を観察している。

 

「地上に見えてる建物は、大半が物資の生産拠点と住民の居住区を兼ねてる。

 ここでは食料品含め、人間が都市で生きる上で必要な物の大半が作られてる」

「便利だなぁ」

「便利かどうかは知らんけどな。

 この中層の機能で都市は外部からの補給無しに運営出来る。

 ここにいる連中は、要するにその仕組みを支えるための歯車だな」

「ふーん、なるほど? 家畜自身に家畜の世話をさせてるわけね」

 

 アウローラの例えはなかなか酷いが、的を得たものではあるようだった。

 否定せずに、イーリスはただ不愉快そうに顔を顰めた。

 

「そうだな、その通りだよ。

 それなら頭上にあるのは、もう少し上等な家畜の住処さ」

 

 見上げるのは、無機質に狂った声を垂れ流す逆さまの街並み。

 不自然なその光景に対し、イーリスは指を差す。

 

「地上側が中層向けの工場なら、あっちは上層に送る物資を生産する区域だ。

 わざわざ重力を反転させてあんな場所に建てたのも、『上は特別』ってアピールの為らしい」

「じゅうりょく」

 

 幾つ目になるかも分からない不明の単語。

 意味は知らないが、何やら特別な仕掛けで逆向きに街を造ったことだけは理解できた。

 アウローラも少し首を傾げつつ、同じように吊るされた街を見上げている。

 

「それで、次の目的地はあそこになるのかしら?」

「……そうだな、それで間違っちゃいない」

 

 だが、ただそれだけの単純な話でもないようだ。

 

「ほら、アレ見ろ」

「ん……?」

 

 促されて、俺は地面の方の街の様子に目を向けた。

 無駄に明るい道を、暗褐色で統一された似た恰好の住民たちが行き交っている。

 表情はハッキリとは確認できないが、誰も彼もハッピーとはほど遠そうだ。

 イーリスが示したのは、そんな憂鬱そうな連中とは別の物だった。

 通りに犇めく人の群れ。その上に浮かぶ、複数の白い物体。

 虫か何かと思ったが、それにしては大きすぎる。

 目算だが、手のひらからは余裕ではみ出してしまうだろう。

 そんな不可思議な物体が、羽ばたく羽根も無しに宙に浮かんでいるのだ。

 

「なんだありゃ」

「小型の無人機(ドローン)だよ」

「どろーん?」

「機械仕掛けの……兎も角、アレは監視のために中層のあちこちを飛んでやがる。

 何か異常を見つけたら、即座に警備担当の《鱗》か《牙》が飛んでくるはずだ」

「使い魔みたいなものなのね」

 

 アウローラは納得した様子で頷く。

 なるほど、動く原理が魔法じゃないだけで使い魔と似たようなものか。

 

「そこらの街中ですらこれだ。

 この辺りは監視の隙間だが、表を歩けば直ぐ見つかるだろうな」

「何とか隠れて、次の目的地には行けないのか?」

「……難しい。オレなりに経路は考えてみたんだけどな」

 

 そう言って、イーリスは小さな箱――いつもの《ボックス》とかいう絡繰り仕掛けを取り出す。

 指で何度か触れると、空中に光る線で描かれた図が映し出される。

 かなり複雑な図で、恐らくこの中層の地図か何かだろう。

 イーリスはそれに指を近づけ、幾つかの線に赤い色を付けて強調する。

 

「これはオレが知ってる限りの中階層の構造だ。

 上下に分かれた街――それぞれそのまま『上』と『下』と呼ばれてるが。

 で、この『下』から『上』に移動するのは、専用の昇降機を使う必要がある」

「手段は分かってるんだな」

「ただし、その昇降機を使えるのは《牙》を含めた一部の人間だけだ。

 警備や監視も、当然厳重に行われてる」

「ふむ」

 

 行き来する為の道がそれしかないなら、当然其処を固めているか。

 正面突破出来れば簡単だが、それはまぁ最後の手段だ。

 腕に引っ付いたままのアウローラが、少しばかり退屈そうに欠伸をした。

 イーリスの話はまだ続く。

 

「その昇降機を使って首尾よく『上』に着いたとしてもだ。

 それで直ぐ上層に行けるわけじゃねぇ。

 下層から中層に上がるより、中層から上層へ行く方が遥かに難しいんだ」

「で、どうすりゃいいんだ?」

「さっき、『上』は上層向けの物資を生産してるって言ったよな?

 その荷を積んだ定期便が、上層とこの中層を決まった時間に行き来してる」

 

 なるほど。

 イーリスの考える『上層に向かう方法』が何となく分かって来た。

 

「その定期便とかいうのを使えば、上層に入る事が出来るわけか」

「理屈の上ではな。

 どれだけ厳重な警備が敷かれているのか、オレじゃ想像もできねぇよ」

 

 《辺獄》で鬼ごっこに興じた《牙》の連中を、俺は思い出していた。

 あれ以上の数に万全の状態で迎え撃たれたら、流石に正面突破は厳しいだろう。

 まぁあくまでそれは最後の手段だが。

 

「色々ぐだぐだ話したが、少し纏める。

 上層へ向かう為には、先ず厳重な監視と警備を掻い潜る。

 それから専用の昇降機で『上』に行く。

 更に上層行きの定期便に、やっぱり監視と警備を潜り抜けて乗り込む。

 それらを全部クリアして、ようやく上層に辿り着く目が出てくるってレベルだな」

「やはり正面突破しかないのでは?」

 

 あの飛び回る虫モドキとか、それを全部完璧に躱して……というのは、どう考えても難しい気がする。

 それなら正面突破の方が確実だし、まだ楽ではないだろうか。

 

「そんなんお前だけだよアホ」

「マジか」

「オレだってこの中層にどれだけの兵力が常駐してるとか知らねェからな??

 それ全部正面から薙ぎ倒すとか、完全に正気の沙汰じゃないだろ」

「そうかな……?」

 

 やってやれない事はない気もする。

 とりあえず、俺の頭では他に有効そうな作戦とか思い付きそうもない。

 なので。

 

「アウローラはどうだ?」

 

 横で退屈そうにしていた少女に話を向けてみた。

 すると、彼女は待っていたように意味深な笑みを浮かべて見せて。

 

「むしろ、今の話で何か思い悩むようなことがあったかしら?」

 

 あっさりとそう言ってのけた。

 いい加減、イーリスもアウローラの言動に慣れて来たようだ。

 ほんの少し眉根を寄せるぐらいで、それ以上文句も口にしなかった。

 ただ、確認するように。

 

「一応、オレも可能性のありそうなプランを練って来たけど……。

 そこまで言うなら、よっぽど自信があるんだよな?」

「自信?」

 

 何を馬鹿げた事をと言わんばかりに。

 アウローラはイーリスの言葉を軽く鼻で笑い飛ばした。

 

「そんな言葉は戯言よ。ただ私がそうするから、その通りの結果になる。

 それは摂理よ。だから自信なんて単語、私には不要だわ」

「うーん、すごい自信だ」

 

 果たして、アウローラはどんな作戦を持ち出すのだろう。

 彼女は薄い胸に軽く手を当てて、圧倒的な自信に満ちた声で自らの考えを口にする。

 

「――正面から行けば良いのよ、堂々とね」

「だからそれは無理だって話をしてたはずだよなぁ……!?」

 

 イーリスが控えめにキレてしまった。

 俺は俺で、やはり正面突破が最適解だよなぁ、と首を捻っていた。


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