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幕間:鬼さんこちら


 多くの場合、《爪》から下りてくる命令は奇妙なものだ。

 今回もまた例外ではないらしく、《牙》の面々は少しばかり自らの状況を呪った。

 

「各分隊員に伝達。確保対象が逃走した。このまま追跡に入る。

 対象以外は殺して構わん。繰り返す、確保対象が逃走した」

 

 倒れた隊長の役目を引き継いだ《牙》が、部隊全体に新たな指示を伝達する。

 それとなく近くの隊員の様子を見たが、どれも少なからず動揺が見られた。

 無理もない。普段ならば負傷者が出る事さえ珍しい。

 それだけ《牙》の戦力は都市内では絶対的だ。

 他都市との『私戦(フェーデ)』では死傷者も出るが、それ以外では先ずあり得ない――はずだった。

 

「加えて敵戦力の内、鎧姿の男には注意せよ。

 こちらの装甲を貫く、高出力の高周波ブレードと思しき物を装備している。

 鎧の強度は我々と同じレベル5の強化装甲服と推測される。機関銃の弾では通らない可能性が高い」

 

 最初の遭遇時に、投げつけられた剣に胸を貫かれた部隊長が殉職した。

 違法に改造が施された高周波ブレードと、一応の判断は下した。

 しかしそんなものが、本当に都市内に存在するだろうか。

 《牙》の武装は最新の科学技術が使われている。

 強靭な装甲に加え、それを纏う《牙》自身も限界まで機械的な強化を施されていた。

 その全てを、ただ単純にぶつけただけで貫いてしまう剣。

 目の前で見なければ、とてもそんな物があるとは信じられなかっただろう。

 

「よし、こちらも動くぞ」

 

 必要な指示と情報の伝達を終えて、隊長代理を含めた《牙》たちも動き出す。

 《爪》から下された命令は、一人の小娘の確保。

 ただそれだけの、《牙》が動く必要があるとはとても思えない仕事だった。

 無論、彼らも軽く考えていたわけではない。

 都市の支配者たる真竜、その代弁者たる《爪》からの命令だ。

 難度の高い仕事である可能性は十分あると、相応の覚悟はしていた。

 だがそれではまだ不十分だったことを、今さらながら《爪》の兵達は痛感する。

 

「……あの男、一体何者だ?」

 

 壊れた壁を更に広げ、追跡のために薄暗い路地裏へと踏み込みながら。

 《牙》の一人がぽつりと呟いた。

 全員の脳裏を過るのは、鎧を着て暴れ回る奇特な男の姿。

 機関銃の弾雨を凌ぎ、剣一本を振り回して《牙》の手から逃れてみせた。

 ふざけた古典的(クラシック)な甲冑に身を包む様は、出来の悪い御伽噺(ファンタジー)から飛び出したかのようで。

 それを取り逃がした挙句に殉職者まで出した《牙》からすれば、悪夢と表現した方が正しいだろう。

 ……もう一人、他にも誰かいた気がするが。

 それは残念ながら《牙》の記憶には引っ掛かっていなかった。

 

「便利屋か? だが、登録されてるリストに該当者はいなかったはずだ」

「頭のおかしい恰好をしていたが、実力は本物だ。

 あんな奴が今まで都市で活動してたなら、多少なりとも噂になっていると思うが」

「確かにな」

 

 《牙》の間だけで通じる、専用の秘匿回線越しに会話を続ける。

 下層――無秩序に絡み合う《辺獄》の路地は、《牙》にとっても迷路に等しい。

 当然、必要な地図情報は全員頭の中に入力(インプット)されている。

 それでも獣の巣穴に踏み込むような不安を感じるのは、消しきれない人間としての本能か。

 人の気配は遠ざかり、薄暗い闇の中を進んでいく。

 

「逃走経路の予測は?」

「女の拠点は《鱗》どもに抑えさせているが、そちらは変化無しだ。

 今までの活動履歴を見ても、この下層で他に頼りそうな場所は少ないはずだが」

「なら引き離されない内に、地道に探し続けるしかないか」

 

 面倒な話ではあるが、それは誰も口にしない。

 確かにあの鎧男は厄介だし、こんな迷路みたいな場所で小娘一人を探すのは面倒だ。

 けれどこの時点で、《牙》の兵達はそれ以上のことは考えていなかった。

 鎧男の戦力は確かに未知数だったが、それでも不意を突かれなければ対処不能の相手ではない。

 捜索のために分散気味だが、完全武装の《牙》が纏まって活動しているのだ。

 その総数は二十人以上。人間狩り(マンハント)ぐらいで用いるには完全に過剰戦力だった。

 油断ではない。慢心でもない。

 ただ事実として、《牙》は目の前の仕事を『少々変わっているが、すぐに片付く』程度の物と認識していた。

 

「……待て」

 

 装甲服に仕込まれた感覚器(センサー)

 その反応を受け、先頭を進んでいた隊長代理が続く二人を制止した。

 それぞれ銃を構えながら、機械の感度を調整する。

 人間の耳には聞こえない音を周囲に発し、その『反響』により物体の位置を把握できる。

 隠れているものや微細なものでも、特殊な音波は正確に捉えてくれる。

 

「右前方、物陰。誰か隠れている」

 

 必要な情報を簡潔に伝え、《牙》は慎重に距離を詰めていく。

 薄闇に誰かが潜んでいるのは間違いない。

 ただそれが目標の娘なのか、あの鎧男なのかは分からない。

 あるいは路上を寝床にする無登録市民――塵人(スカム)の可能性も十分にある。

 銃口は真っ直ぐ向けているが、引き金にはまだ指を掛けなかった。

 目標の娘は生け捕りを厳命されている。

 正確に狙える状況ならまだしも、不用意な発砲で万が一が起こるのは避けたい。

 仮にそうなれば、《爪》からどんな罰を受ける事になるか。

 

「…………」

 

 嫌な想像は脇に追いやり、《牙》は任務の遂行に集中する。

 少しずつ、ゆっくりと。

 先ず隠れている相手が何者かを見極めてから――。

 

「クソッ……!!」

 

 そう考えた矢先、《牙》の目の前で小柄な影が飛び出した。

 闇に踊る白い髪は見間違いようもない。

 

「目標を確認!」

 

 先頭の《牙》は鋭く声を発し、同時に足下狙って威嚇射撃も放つ。

 しかし、目標の娘は僅かにでも動きを止めない。

 野生動物さながらの身軽さで、素早く別の路地へと身を滑らせてしまった。

 

「目標を捕捉、各員に改めて位置情報を送る。

 こちらはこのまま追い込むが、全員警戒は怠るな」

 

 すぐさま別の《牙》のメンバーに情報を発信。

 そうしてから、相手の逃げ込んだ道を注意しながら確認するが……。

 

「狭いな」

 

 完全武装の《牙》では、一人ずつ入り込むのがやっとだ。

 わざとらしく姿を見せた確保対象の娘に、動きを制限する狭い道。

 罠だろう。それは間違いない。

 だからといって踏み込まないという選択は、《牙》の側にはなかった。

 

「先行する。各種センサーには十分注意を払え。待ち伏せはあると思って動くぞ」

 

 隊長代理はそう部下に指示をしてから、覚悟を決めて路地へと踏み込む。

 やはり狭いが、無理に複数で並ぼうとしなければ支障はない。

 どんな罠だろうが踏み砕く。

 それを行動で示すように、《牙》は追跡を開始した。

 視界の片隅には周辺の地図情報も表示し、相手の逃走経路を予測する。

 如何に身体強化を施そうが、所詮は女の足だ。

 道幅の狭さなどの障害を考慮しても、そう時間をかけずに捕らえられるはずだ。

 それからほどなく。

 

「……いたぞ」

 

 熱源感知(サーモ)音波探知(ソナー)、他幾つものセンサーが前方を走る目標を捉えていた。

 やはり相手は娘一人だけ。

 接近する《牙》の存在に気付いたか、必死に走り続けている様子だ。

 

「無駄な努力だがな。俺が先に行くが、鎧男の奇襲には気を付けろ」

「了解」

 

 部下の応答に頷いてから、隊長代理は強化の出力を上げて加速する。

 相変わらず、センサー類は目標以外の反応は感知していない。

 光学迷彩(ステルス)を警戒して複数のセンサーを走らせているが、どれも結果は同じだ。

 ……これ以上は関わると危険と判断し、あの娘だけを放り出したか?

 それもまた十分あり得る話だった。

 

「おい、止まれ! これ以上逃げても無駄だぞ!」

「止まれと言われて止まる奴がいるかよ……!」

 

 《牙》の警告に、目標は乱れた呼吸で言い返して来た。

 せめて大人しくすれば手荒にせず済んだが、相手がそのつもりならば仕方ない。

 そうしている間も、両者の距離は縮まっていく。

 もうすぐ鬼ごっこは終わる。

 

「クソッタレ……!!」

 

 追い付かれるその直前。

 目標の娘は、目の前の曲がり角に転がるように飛び込んだ。

 最早限界だろう。

 そう判断した《牙》は、可能な限り迅速に娘の後を追って――。

 

「は」

 

 そこには、何故か鎧姿の男がいた。

 逃げ込んだはずの娘は、影も形も見当たらない。

 剣を大きく振りかぶった鎧男だけが、突然その場に現れたのだ。

 何かを判断する暇など欠片もない。

 間抜けな声だけ上げて、《牙》の隊長代理は一撃で脳天を叩き斬られた。

 

「何だ……!?」

 

 後方で警戒に当たっていた部下二人には、それこそ理解不能だっただろう。

 何の前触れもなく、目標を追っていた上官がいきなり絶命したのだ。

 まったく理解出来ていなかったが、前方に脅威がある事だけは認識出来た。

 故に《牙》二人は、それぞれ銃を構えて意識を集中する。

 

「センサーに反応は!?」

「何もなかった! いや、待て……!」

 

 つい先ほどまでは目標一人の反応しかなかった。

 しかし今はその目標の反応すらなく、センサーの有効範囲には動かぬ《牙》の死体が転がるのみ。

 他には自分たち以外、この場に誰もいない。

 少なくとも、機械はその事実だけを示している。

 

「何だ、何が起こった!」

「クソッ、緊急! 緊急! 敵の襲撃を受けた! 

 その攻撃で隊長代理が……ッ!?」

 

 《牙》の一人が、異常事態を他の仲間に通信で伝えようとする――が。

 その言葉は最後まで続く事はなかった。

 今度は背後から、正確に心臓を剣で貫かれていた。

 

「なっ」

 

 あらゆる状況に対応する為、《牙》は例外なく過酷な訓練を積んでいる。

 そんな手練れでさえ、目の前で起こっている現実が何一つ理解出来なかった。

 何故、一体、どうやって。

 疑問で鈍る思考とは裏腹に、身体の方は経験に基づく選択をしていた。

 手にした銃を構えて、敵に向けて引き金を引く。

 それはいっそ洗練された動きだったが、状況の方が既に手遅れだった。

 

「――――ッ!?」

 

 銃弾は死んだ仲間の身体で弾かれ、一瞬で間合いを潰して来た鎧男の剣が閃く。

 その刃で首を断たれて、残る一人もあっさり命を落とした。

 崩れ落ちる《牙》のスーツの中で、状況の説明を求める通信音が空しく響いた。

 そうやって通信を飛ばしていた他の《牙》達だったが、そちらもすぐにその余裕を失う事になる。

 ある者は似たような形で釣り出され、いきなり現れた鎧の男に斬り伏せられた。

 またある者は異常を感じ、分かれた他のチームと合流を急いだが、頭上から落ちて来た剣に串刺しにされた。

 死は迅速かつ大胆に、けれど正確さを以て命を刈り取っていく。

 状況を理解している者は、《牙》の中には誰もいなかった。

 逃げた目標を探し出す為に、人員を分散したのが完全に仇となっていた。

 それでも《牙》は抵抗を試みるが、神出鬼没の鎧男に一人また一人と削られていく。

 

「馬鹿な……こんなのは、まさか……!」

 

 追い詰められ、臓腑を締め付けるような恐怖を感じながら、一人の《牙》が回線を開いた。

 それは本来、作戦の完了を知らせる時だけに繋げるもの。

 必死に回線を繋げながら、《牙》は絞り出すような声で叫んだ。

 

「報告! 目標の確保に失敗、こちらの部隊は壊滅した!

 繰り返す、《牙》は折られた! 《牙》は折られた!!」

 

 どう足掻いても死は避けられぬ状況。

 故に《牙》は、回線の先にいる相手に最後の言葉を残す。

 

「目標を謎の人物が守護している!

 その戦力は《牙》を折り、人智を超えた魔導の行使も確認した!

 恐らく、対象は他都市の真竜が派遣した《爪》と推測――」

 

 男の言葉は、通信ごと強制的に切断された。

 頭部を断たれて倒れ伏した《牙》を、鎧姿の男が見下ろしている。

 剣を赤く染める血を、薄暗い街の闇に向けて払い落す。

 それからスゥ――っと、まるで幻の如くその姿は完全に消え去った。

 後にはただ、死者と都市の沈黙だけが、誰もいない裏路地に残されていた。


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