第十四話:牙
程なくして、暴力の嵐は一度途切れる。
穴だらけにされた部屋の中で、俺は可能な限り素早く立ち上がった。
剣を構え、女子二人を背に庇う。
どうやら今回の敵は、これまでで一番厄介な相手のようだ。
「全員、動くな。抵抗は無駄だ」
激しい銃撃によって広げられた入り口。
埃と煙で遮られた向こう側から、『ソレ』は姿を見せた。
パッと見では人間とは思えなかった。
重い足音を立てながら入ってくる、全身を隙間なく分厚い装甲で覆った怪物。
一応人型ではあるが、人間というより鋼鉄人形の方が印象としては近い。
仮に中身が人だとして、あんな甲冑より更にゴツい鎧を着て動けるものなのか。
こちらがそう考えている間に、入ってきたお客さんの数は三人に増えた。
まだ姿は見えてないが、あと数人は後方に控えている気配を感じる。
「……なるほど、コイツらが《牙》か」
「確保対象を確認。これより回収作業に入る」
淡々と響く無感情な男の声。
言っているのは恐らくイーリスのことだろう。
装甲の怪物――《牙》は、手にした銃を素早く俺たちに向けて来た。
その形状は、やはり今まで見て来た銃とは異なる。
近いのは《鱗》とかいう連中が持っていた物だが、同じかどうかは分からない。
どうあれ、下手に動けばまた先ほどの嵐に晒されてしまいそうだ。
「武器を置け。抵抗しなければ手荒な真似はしない」
「……女一人捕まえるのに、《牙》まで出張ってくるのかよ。
オレも随分VIP待遇だなオイ」
俺の後ろで、イーリスが呻くように言った。
かなりの恐怖を感じているのは、背中越しにも伝わってくる。
それを無理やり抑え込むためにも、敢えて強気な言葉を口にしているようだ。
「武器を置け。これは警告だ。従うなら殺しはしない」
しかし《牙》はそれには乗らず、あくまで自分達の役目だけを口にする。
……なるほど、これは厄介だ。
装備の質もだが、練度や意識の高さも今までとは違う。
連中がすぐに仕掛けて来ないのは、イーリスを生かしたまま捕らえるのが目的だからか。
先の攻撃も、あくまで俺みたいな邪魔な障害物を除くためだったのだろう。
「……さて」
そう、向こうに用事があるのはイーリスだけだ。
口ではああ言っているが、武装を解除した時点でこっちは障害物ではなくなる。
そうなったらどうなるかは、まぁ簡単に想像できるな。
生かしておく理由なんぞ欠片もないから、それはしょうがない。
だからと言ってこっちが素直に従う理由もないわけだが。
「悪いが、アウローラ」
「良いわよ。仕方ないわね」
まだちゃんと言っていないが、アウローラは即答してきた。
その上で俺の意図を正確に汲んでくれたようで、イーリスを自分の方へと強く引っ張る。
緊張で身を硬くしたイーリスを、アウローラが軽く抱き寄せるのを確認してから。
俺はとりあえず、抵抗してみる事にした。
「撃て!!」
《牙》の反応は実に素早かった。
こっちが床を蹴ると同時に、正面から鉄の嵐が襲ってきた。
激しく叩き込まれる礫の豪雨。
それをいくらか剣で叩き落し、叩き落せなかった分を鎧の表面で受ける。
が、頑張れたのはそこまでだった。
防いで耐えれはしても、無理やり押し進むには圧力が強すぎる。
だが連中の武器には『弾切れ』があるはずだ。
ならばこのまま暫く耐えれば、必ず嵐は途切れて――。
「再装填!」
「掃射!」
途切れなかった。
一人が銃を撃ち続け、弾が切れる頃に別の一人と交代する。
その間に撃ち尽くした方は悠々と弾を入れ替えているのが見えた。
なるほど、単純だが連携がしっかり取れてる。
「きっつ……!」
間断なく浴びせられる銃弾を受けながら、思わず悲鳴が漏れた。
アウローラが護っているにしても、下手に避ければ外れた弾は後ろに飛ぶ。
《牙》の連中もそれには気を遣っているのか、一応当たらない角度は取っているみたいだが。
ともあれ、これはかなりキツいな。
「ッ……!」
銃撃によって徐々に押し込まれ、思わず膝を付きそうになる。
剣で落とせなかった分は鎧頼みで防ぐが、衝撃までは完全に殺し切れない。
身体にも鈍い痛みが蓄積し、同時に危機感も募る。
さて、ホントにどうするべきか――と、思考を回したところで。
「――もう一度だけ警告する。武器を捨てろ」
攻撃が途切れ、抑え込むような圧力も消えた。
三人の《牙》は油断なく、真っ直ぐこちらに銃を向けたまま。
……俺が一瞬でボロ雑巾にでもなれば、それで良かったのだろう。
だが想定外に持ち堪えられたせいで、流石に後方への流れ弾が気になったか。
或いは単に、手持ちの弾数が心配になったのかもしれない。
どちらにせよ、《牙》の一人――恐らくはこの集団のリーダー格だろう。
ソイツだけが一歩前に踏み出して、改めて降伏を促して来た。
「まさかそんな古風な装備で機関銃の掃射を防ぐとは思わなかった。
だが、これ以上は無意味だと分かったろう」
「…………」
相手に油断はない。
また飛び掛かろうとすれば、直ぐにさっきと同じ状態に陥るだろう。
俺は膝を沈めた体勢のまま相手を見る。
《牙》のリーダーは、踏み出して来た分だけこちらとの距離が近くなった。
ならば一つ、賭けに出てみるか。
「……分かった。確かに、そちらの言う通りだな」
応じて、俺は無抵抗を示す為に両手を上げる。
だが、まだ剣は手放さない。
当然のように《牙》の連中は警戒を解くことはない。
「聞こえなかった? 武器を手放して床に伏せろ。これが最後だ」
「分かった、分かった。悪かったよ。ちょっと抜けてたわ。
言う通りにする。ほら、今から捨てるぞ?」
すぐにでも火を吹きそうな銃の群れ。
それらに注意を払いながら、ゆっくりと慎重に動く。
許される機会は、恐らく一度だけだ。
「……ホントに悪いな、アウローラ」
「ええ。こっちは大丈夫だから」
面倒ばかりかけてしまっている彼女に、一言謝罪する。
だがアウローラは、仕方がないとばかりに肩を竦めるだけで。
言葉を発する余裕もない状態のイーリスを、その細い腕でしっかり抱き締めてくれていた。
いや本当に、頼りになります。
「おい、早くしろ」
「っと、せっかちだなぁ。分かったよ――そらっ!」
せっつかれて、軽い掛け声を一つ。
俺は相手の要求通り、手に持っていた剣を投げ捨てた。
ただし、前方に立つ《牙》へ向けてだが。
「――――」
相手もそれぐらいは予想の範疇だったろう。
目眩ましに、手に持っていた武器を投げつける程度は良くある手だ。
だから《牙》は動かない。
自慢の装甲で簡単に弾けると判断したのだろう。
それよりも次にこっちがどう動くかに意識を向け、どんな形でも対応出来るよう神経を研ぎ澄ませている。
鋭い針に刺されているような緊張感が、俺の方にも伝わってくるぐらいだ。
「――まぁ、間違っちゃいないよな」
相手の判断に間違いはない。
俺が投げたのが、単純に頑丈なだけの剣だったなら。
「がッ!?」
驚愕の叫びと、同時に上がる青白い火花。
投げた剣の切っ先に深々と胸を貫かれ、《牙》の男がよろめいた。
「何……!?」
「隊長っ!」
直ぐ後ろで備えていた他の《牙》二人も、流石に動揺を隠し切れなかったようだ。
あぁまったく、そっちの判断に間違いは一つもなかった。
分厚い装甲に圧倒的な火力。それらが揃ってるなら大抵のモノは脅威じゃない。
それを見せつけるように近づいて、儚い抵抗を暴力で叩き潰すだけでいい。
だからこそ、お前らは一つ間違えた。
「その鎧がどんだけ硬かろうが、竜の鱗ほどじゃないだろ……!」
今俺が投げつけたのは、竜さえ殺す一振りだ。
その程度の装甲なんざ紙切れと変わらない。
「コイツっ……!!」
相手の常識外からの奇襲。
それでも《牙》の連中はすぐに立て直すという確信があった。
事実、動揺を見せたのはほんの一瞬だけ。
こっちはその一瞬だけ出来た隙へ捻じ込むために、全力で正面から突っ込んだ。
後ろは見ない。アウローラは大丈夫だと言っていた。
ならこっちはこっちの仕事をこなせばいい。
そう信じて、崩れ落ちた《牙》から剣を素早く引き抜く。
残る《牙》二人は一歩跳んで距離を置き、俺に対してそれぞれ銃で狙いを付けていた。
仮に片方が切り倒されたとしても、もう片方が相手の背を狙い撃てる立ち位置。
だが、生憎こっちの狙いはお前らじゃない。
「どっせい……!!」
動きは止めず、剣を抜いた《牙》の身体を飛び越える。
そのまま気合いと共に、正面に見える部屋の壁へと剣を叩き込んだ。
衝撃と轟音。
ほとんど体当たりに近い状態で、俺は目前の壁をぶち抜いていた。
転がり込んだ先は薄暗い路地裏。
何処に出るかは賭けだったが、無事に外へ繋がったようだ。
「アウローラ!」
「いるわよ、ホントに無茶苦茶するわね」
勢いを殺さず走り出した俺の後ろに、スッとアウローラが追いついて来た。
彼女は魔法か何かで飛んでいるようで、腕にはしっかりイーリスを抱えている。
後方の壊れた壁から色々聞こえてくるが、今は全て無視した。
兎に角、この場は逃げの一手だ。
「しっかし、何とか上手く行ったな……!」
「何が上手く行ったよ。もう」
我ながらあの状況でかなり頑張ったと思うのだが、何故かアウローラは不機嫌そうだ。
それどころか、すぐ背後を飛行しながら空いた手でこっちの背を小突いて来た。
「ちょっと、アウローラさん??」
「剣、投げたわね?」
「はい」
投げました、思いっ切り。
いや最悪回収ミスる可能性は当然考えましたが、正面から《牙》の不意を突く手段はあれぐらいしか。
「言い訳は聞きたくないわね」
「はい」
「貴方はっ、あれがっ、どれだけっ、大事なものかっ、分かってるのっ?」
「痛い痛い痛いっ。すいません二度とやらないんで反省してますからっ」
一言一言、言葉を区切る度にどつく力がパワーアップしていく。
その威力たるや、《牙》がブッパしてきた銃弾以上だ。
出来るなら地面に這い蹲って許しを請いたいが、流石にこの場でやる余裕はない。
今は運良く切り抜けただけで、死線はまだ途切れたわけではないのだ。
「っ……それで、どうすんだ?」
どうやら修羅場を一度抜けて、何とかメンタルを持ち直したらしい。
アウローラにしがみついた状態ではあるが、イーリスがやっと口を開いた。
「アイツら、絶対に追って来るぞ。
《牙》は《鱗》の連中ほど甘くない。このままだと……」
「あぁ、分かってる」
イーリスの言う通り。
向こうの数は不明だが、五人や六人では済まないだろう。
あの練度を持つ武装集団に囲まれれば、流石に確実に勝てるとは言い難い。
ならばどうするか。
「なぁイーリス、この辺りの道って分かるか?」
「は……? ん、まぁ此処らも入り組んじゃいるけど、外縁部と違って把握はしてるな」
「十分だ。俺じゃサッパリ分からんからな」
地元民の土地鑑は大事だ。
さて、数で勝る相手に正面から戦り合うのは馬鹿のすることだ。
俺は馬鹿だが、こういう時の戦い方ぐらいは知っている。
その上でもう少し、工夫というかズルもしたい。
「なぁ、アウローラ」
「あら、なに?」
「悪いが、今回はもう少し手伝って貰えるか?」
「…………」
ちょっとお願いしてみたら、アウローラはほんの少しだけ黙った。
それから微妙に拗ねた表情で。
「私、最初に言ったわよね?」
「おう」
「今度は私も手伝うって。また忘れたんじゃないかと心配してたわ」
「忘れちゃいないさ」
実際、すでにかなり助けられている身だ。
頼り過ぎるのも男の見栄とか色々あるので、なかなか難しい問題だが。
今はかなりの窮地なので遠慮なく頼らせて貰おう。
「で、何をすればいいの? 街区ごと吹き飛ばす?」
「メインは俺がやるんで、アウローラはその手助けをして欲しい」
流石に街ごと敵を木っ端微塵にする、というのは最後の手段にしておきたい。
先の発言が冗談か本気だったかは不明だが、アウローラは俺の提案に素直に頷いてくれた。
「良いわ。何を考えてるのか教えて頂戴?」
「……ホントに何する気だ?」
機嫌良さげに聞いて来るアウローラと、やや不安そうな気配を滲ませるイーリス。
まぁホントに勿体ぶるような大した作戦ではない。
思い付きに近いモノも幾つかあるし、上手く行けば御の字だ。
ソレをそう、仮に一言で言うなら。
「――鬼ごっこだな」
多数が少数を追い回すこの状況。
こちらはそれをひっくり返し、逆に敵を追い詰める必要がある。
ならばこれからやる事は、文字通りの『鬼ごっこ』だ。
ちょっと不思議そうな顔をする淑女二人に、先ずは俺の考えを伝える事にした。




