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第十三話:強襲


 酔漢の喧騒に満たされていた店内は、今や阿鼻叫喚の修羅場と化していた。

 敵は先ほど切り捨てたのと、特に武装していないデブを除いて六人。

 一人殺られて逃げ出さない根性は認めるが、こちらのやることは変わらない。

 

「クソッ、本当にイカれてやがんのかコイツ……!」

 

 髪を赤だの金だので派手に染めた男が、そう叫びながら銃を向ける。

 イーリスが持ってるような、確か『拳銃』という武器だったか。

 彼女のよりも、男の構えた方がゴツくてデカい。

 当然、放たれる礫――いや、弾の威力も見た目相応に高いだろう。

 だから剣の刃で、撃ち込まれたのを一通り弾いておいた。

 

「はっ……!?」

 

 目の前で何が起こったのか。

 理解出来ずに驚愕する男の顔を、そのまま横一文字に切り裂く。

 初見では驚いたが、銃という奴を防ぐのも何だかんだで慣れて来た気がする。

 あの《鱗》とかいう奴が持っていた銃で囲まれると、流石にまだ厳しいかもしれないが。

 

「一度に飛んでくる数が少なければ、まぁ何とでもなるな」

「このっ……!」

 

 あっという間に二人を殺ったことで、敵意(ヘイト)は完全にこっちに集められたようだ。

 周囲の敵から注意は外さぬまま、チラリと他二人の様子も見る。

 アウローラは修羅場のど真ん中でも、どこ吹く風と涼しい顔で佇んでいる。

 どういう原理かは分からないが、攻撃などを受けた様子もない。

 イーリスの方は、流石に修羅場慣れしているようだ。

 敵の眼をこっちに引いている分もあり、上手くテーブルとかを盾にしながら立ち回っている。

 その狙いは、今さらながら泡を喰っている標的のクライブだ。

 待ち伏せて簡単に終わらせるつもりだったろうが、御愁傷様である。

 

「囲め! 囲め!」

 

 残る敵は五人。

 その内、客に扮していた三人がこっちを包囲するように動く。

 正面からでは防がれると見た上での対応だろう。

 悪くはない――が。

 

「よっと!」

 

 男達の銃が火を吹くと同時に、俺は勢い良く床を転がった。

 囲んで狙おうが、このぐらいの人数なら抜ける隙間は余裕であるのだ。

 

「ぐぁっ!?」

 

 逆に向こうは、半端な連携が災いしたようだ。

 味方の撃った弾が脚に当たり、呻きながら一人膝をつく。

 ――これはチャンスだな。

 そう考えると同時に、転がった先にあった椅子を片手で引っ掴む。

 それから腕の力だけで、思いっ切りそいつの顔面にぶつけておいた。

 これで数秒、敵の手数が減る。

 体勢は低いままに剣を構える俺の方へと、残る二人が銃を向け直した。

 まだバランスが整っていない、今を好機と見たか。

 

「くたばれっ!!」

「嫌だね」

 

 一人の男は気合いと共に銃を撃ち、もう一人は必死な様子で何度も引き金を引く。

 位置は良し。上手く行くかはまぁ運次第だ。

 ほんの僅かな思考の中で、俺は手にした剣を閃かせる。

 硬い感触と腕にかかる衝撃。

 確かに不安定な体勢だが、弾を防げないとは言っていない。

 ついでに。

 

「ぅ、ぁ……!?」

 

 信じられないモノを見た表情のまま、片方の男が崩れ落ちた。

 脳天を弾に――俺が弾き返した、仲間の撃った弾に撃ち抜かれて、だ。

 行けそうだから試しにやってみたが、これはなかなかのラッキーヒットだな。

 

「嘘だろ……!?」

 

 何が起こったのか、残る男は理解できていないようだった。

 親切に教えてやる義理はないので、そのまま床を蹴って距離を詰める。

 慌てて弾を撃ち返してくるが、狙いも甘いので鎧の表面で軽く受け流した。

 椅子をブチ当てた男も、視界の端でようやく復帰したのが見える。

 とはいえ遅いし、先ずは目の前の相手を斬ってから――。

 

「っ!?」

 

 其処で不意に、横っ面を叩くような衝撃が走った。

 撃たれた。それは間違いない。

 やったのはイーリスの対応をしていた、クライブの護衛らしき男の一人。

 どうやら他の連中がバタバタ死ぬのを見て、慌ててこちらへの対応に入ったようだ。

 それは見えていたし、撃ってきたのも気付いてはいた。

 だから剣で防いだつもりだったのだが。

 

「何だ今の……!」

 

 何故か弾を弾き切れず、文字通り横から殴られた形で床に転がる。

 見れば、直ぐ近くにいた男――さっきまで斬り殺す予定だった相手も、血を流して倒れていた。

 どうやら向こうは向こうで、味方の攻撃の巻き添えを喰らったらしい。

 

「クライブさん! 早く店の奥へ逃げろ!」

 

 俺を撃った護衛役は、手にした銃の一部を手で引くような動作を見せた。

 銃。ソイツが持っているのも、恐らく銃だろう。

 けれど今まで見た物とは違い、太くて長い筒のような形状をしている。

 明らかに他の倍はある銃の穴を、護衛役はこっちに向けて来た。

 

「っと……!」

 

 弾が来る。だから火が爆ぜるのと同時に、その場から飛び退く。

 見れば、先ほど俺がいた床には小さく細かい穴が幾つも穿たれていた。

 どうやら一度に細かい弾を無数にばら撒く代物らしい。

 

「なるほど、色々あるなぁ」

「化け物が……!」

 

 護衛は苦々しく叫び、また銃の一部を操作する。

 訓練された動作だ。手慣れていて、素早く正確なのが分かる。

 だが、その動きはどうしたって攻撃の間に空白を作る。

 その隙を見逃す理由もないので、こちらから距離を詰めていく。

 

「死ね! 死ねよっ!」

 

 横から残りの男が撃ってくるが、それは片手間に弾く。

 護衛役はギリギリで弾込めが間に合った銃を、急いで向けてくるが――。

 

「なっ……!?」

 

 こっちの方が、ほんの少しだけ早かった。

 弾が出る瞬間に、銃の先を掴んで思い切り逸らしてやる。

 角度は、足が潰れてその場から動けなかった男の方を向く形で。

 火と音が間近で弾けたので、少し頭がクラっと来た。

 まぁ剣の切っ先で、胴の真ん中を貫かれた護衛役に比べたらマシだろうが。

 

「さて」

 

 これで五人。あと一人は、こちらには来なかった護衛役の片割れ。

 そっちは相方と異なり、引き続きイーリスの相手をしていたはずだ。

 

「……ホント、マジで化け物みたいな戦いぶりだったな」

 

 ――が、どうやら大きな問題はなかったらしい。

 倒れた最後の一人を軽く足蹴にしながら、イーリスは自分の銃に弾を込め直していた。

 

「そこそこできる感じだったが、あの《鱗》とかいう連中よりは弱かったしな」

「都市の正規兵と比べりゃな。ま、それは良いや」

 

 視線を向けるのは、血が飛び散って死体が転がる鉄火場の跡ではない。

 臆病者が一人逃げ去った、店の奥へと通じる通路。

 あの体型にしては随分と逃げ足が早い。

 

「追うぞ。ここで抑える」

「逃げ足早そうだが大丈夫か?」

「問題ねぇよ、すぐ追いつける」

 

 そう言って、イーリスはずんずんと通路に入っていく。

 

「あ、終わった?」

 

 のんびりと休憩していた空気で、アウローラが今さらのように声をかけて来た。

 彼女にとって、今のは修羅場でも何でもなかったようだ。

 

「あぁ、残るは目標のデブを抑えるだけだ」

「それなら簡単に済みそうね? まだ先は長いんだから、手早く片付けましょう」

 

 そう言って、アウローラはくすりと笑った。

 確かに、今はまだ本命の為の準備を始めた段階だ。

 ならばこんなところで時間を食うわけにはいかないか。

 そんな思考を巡らせつつ、先を行くイーリスの後を付いて行く。

 店の奥も意外と広く、恐らくは密談とかに使う部屋などが多く存在するようだ。

 その辺は非合法な仕事を取り扱う店なら珍しくない。

 部外者が入り込んだなら一瞬迷いそうだが、イーリスは躊躇いなく進んでいく。

 そして。

 

「よう」

 

 当然のように一番奥。

 他よりもずっと分厚い扉だったが、剣の一振りであっさり破る事ができた。

 最早遮る役目を果たさなくなった扉を踏み越えて、先頭のイーリスが部屋の中へと押し入る。

 さほど広くない個室には、俺には良く分からない金属の塊――『機械』とやらが幾つも置かれていた。

 それ以外には何かが書かれた紙束が、そこら中に幾つも散らばっている。

 お世辞にも片付いてるとは言い難いその部屋の片隅。

 クライブは呼吸を荒げた状態で、床の一部を引っぺがしている最中だった。

 逃走用の隠し通路か。イーリスはこれの存在も知っていたようだ。

 紙束を含めた荷物を大事そうに抱えていたクライブは、押し入ってきた面子を見て絶望的な顔をする。

 

「な、な、な」

「自分の所有している土地やら物件やらの権利書。

 後は自分の『得意先』である、後ろ暗い顧客のリストと取引の記録。

 電子情報(データ)じゃどっから抜かれるかわかんねぇもんな。古臭いが保存にゃ紙媒体が一番だ」

 

 竜に睨まれた蛙とでも言えばいいか。

 固まって声を震わせているクライブに、イーリスは牙を向くような笑顔を見せる。

 銃はピタリと相手の頭辺りを狙い、ゆっくりと近付いていく。

 

「それらがありゃここで逃げても幾らでも再起できるが、逆にそれがなきゃお前はおしまいだもんなぁ。

 全部放り投げるわけにはいかなかった。お間抜けな話じゃねぇか、オイ」

「い、イーリス、な、何か誤解があると思うんだ」

「うるせェよ。三秒以内に《ボックス》を出しな。頭に風穴開けて欲しいンなら別だが」

 

 脅されて、クライブは素早く懐から四角い箱を取り出した。

 イーリスが持っていたのと同じ奴か。

 片手でそれを受け取って、その表面にイーリスはちらりと視線を落とす。

 

「い、イーリスよ。今回は俺が悪かったよ。謝るよ。

 ついつい、『上』が提示してきた金額に目が曇っちまったんだ」

「ふぅん」

「お前の事は大事なビジネスパートナーだと思ってる、本当さ! だから、なぁ?

 見逃してくれよ、そしたら幾らでも金は払って良いし、お前のする事にだって協力する!」

「そうかい」

「第一、その《ボックス》を漁ったってお前が欲しい情報(データ)は入ってないぜ!

 中層へのルートなんて重要なネタ、そこに入れとくわけねェだろ?」

「へぇ」

「もし疑うんなら好きなだけ調べろよ! 暗号(パス)は教えてやるから」

「もう終わった」

「……あ?」

 

 必死にまくしたてるクライブを突き放すように、イーリスは淡々と告げる。

 

「中層に繋がるルートは、お前にとっちゃ商売をする上で必須の代物だ。

 まさか単純な一本道でもあるまいし、可能ならいつでも閲覧出来るようにしたい。

 だから他の財産とは違って、自分の商売道具として扱ってるはずだ」

「い、イーリス?」

「まぁ当然、他の情報と違って厳重に保護(プロテクト)してたみたいだが……」

 

 目を細め、ニヤリと笑うイーリス。

 それからクライブの箱――《ボックス》を、無造作に元の持ち主の前に放り捨てた。

 

「全部、吸い上げさせて貰った。ご協力感謝するよ、クライブ」

「な……な、え? い、何時の間に、どうやって……?」

 

 向こうとしては、情報提供もちらつかせて交渉や時間稼ぎをしたかったのだろう。

 それについてもこの場はイーリスの方が上手だったようだ。

 こっちも正直、彼女が何をしたのかとかさっぱり分からなかったが。

 

「さて、これでテメェはもう用済みなんだが――」

「ま、待て、待ってくれイーリス」

「もう一つだけ聞いてやるから、今度は素直に答えろよ」

 

 はて、まだ確認するような事はあったか。

 こっちは少し首を傾げるが、此処はイーリスの仕切りに任せた方が良いだろう。

 アウローラがまた退屈そうな顔をし始めたが、ここは我慢時だ。

 

「テメェはオレの首に賞金が懸かったから、オレの事を《鱗》の奴らに売り飛ばした。そうだな?」

「悪かった、悪かったよイーリス。ほんの出来心で」

「質問にだけ答えろ。テメェはさっき『上』がどうのと言ってたが――そりゃ、誰だ?」

 

 立ち位置的に、俺の方からはイーリスの表情は隠れて良く見えない。

 ただ、その絞り出すような声に乗った感情だけは、何となく察しがついた。

 恐らくは、怒りだ。

 だが真竜とかに向ける、理不尽に対する怒りとはまた少し違う。

 もっと重く深い、根源的な怒りのようにも感じた。

 

「誰が、オレに賞金を懸けて捕まえようとさせた。答えろ、三秒以内だ」

「く、詳しくは知らねェよ! ただちょっと前にそういう情報が入ってきたんだよ!」

「情報? 言えよ、どんな情報だ」

「お、お前の顔を写した画像だ。それと一緒に、『この女の身柄や情報を提供した者に賞金を与える』ってな」

「……ガセネタとかじゃないよな」

「本当だ! 間違いなく発信元は『上』からだったし、実際に《鱗》の連中も動いただろ!?

 俺も重要な情報提供ってことで結構な額を貰って――」

 

 失言に気付いたか、クライブは慌てて自分の口を抑える。

 背景は未だに不明瞭だが、少なくとも都市上層の誰かがイーリスを狙った事だけは確かなようだ。

 イーリス自身、それについて何か心当たりがあるようにも見える。

 それは本人が話す気になるまで、こっちから突く必要もないだろう。

 

「……そうか」

 

 ぽつりと、イーリスは小さく呟いて。

 それから手にした銃を、改めてクライブの額に押しつけた。

 

「! おい、待て、待ってくれ!」

「うるせェ、まさかホントに助けて貰えるとか思ってたのか?」

 

 裏切りで散々な目に遭った以上、それは正当な報復だろう。

 襲撃したのはこっちとはいえ、向こうも待ち伏せてやる気満々だったのだから言い訳も糞もない。

 それでもクライブは、一縷の望みに賭けて必死に命乞いを続ける。

 

「なぁ頼む! 殺さないでくれ! 金なら、金ならいくらでも払うから……!」

「そんでここで見逃せば、また金目当てでオレの首を狙うんだろうが。

 生かしておく理由がねェよ、カス」

 

 正論を忌々し気に吐き捨てて。

 イーリスは銃の引き金を絞ろうとする――が。

 

「………ッ!!」

 

 ピリッと、背筋に軽い電気が走ったような感覚。

 それを感じた瞬間には、頭で考えるよりも身体が動いていた。

 殆ど反射的に傍にいるアウローラの身体を抱え、半ばタックルするような形でイーリスを押し倒す。

 いきなりの行動に、肝が鋼鉄なアウローラとは異なりイーリスは目を白黒させて。

 

「ちょ、お前、突然何――!?」

 

 文句の言葉は、部屋が粉砕される轟音によって掻き消された。

 何が起こったかはサッパリ分からない。

 一つだけ確かなのは、俺達が攻撃を受けているという事実だけだ。

 

「良く気が付いたわね」

「嫌な予感がしたんだよ……!」

 

 大変申し訳ないが、女子二人に覆いかぶさる形でギリギリまで体勢を低くする。

 そのすぐ上辺りを、部屋をボロクズに変える嵐が吹き荒れていた。

 クライブは、当然の事ながら死んでいた。

 胸の辺りから綺麗に吹き飛んで、壊れた玩具のように床に転がっている。

 まったく、どこのどいつの仕業だ。

 こちらはさっぱり分からないが、イーリスの方には心当たりがあるようだった。

 俺の身体の陰で、緊張と戦慄で硬くなった表情のまま。

 畏怖を込めて、その名を呟いた。

 

「《(ファング)》だ……!」


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