1 だいたいこうなるよね
呼吸が出来なければどう足掻いても体内の酸素が減ってしまうのと同様に、何もしてなくてもダメ、何かしたならさらにダメダメな日があるということを把握したのは、かれこれ着席してからずっと連敗で、さらに今しがた少しも迷うことなく『海底牌』を『対面』に放り込み、驚きの後に遅れてきた絶望感が飛来したこの瞬間であった。
俺が麻雀のルールを覚えたのはおよそ一か月前、高校に入って初めての連休目前、中学時代の友達から教わったのがきっかけである。その後は諸々の復習をばと、親父の書斎で肩身狭そうに置いてあった段ボール箱から麻雀入門たるタイトルを引っ張りだし、スマホの無料アプリ片手に練習したのだ。
それらの御教授によると、先ほどの俺が犯した行いは『一番最後で当たりなる牌』を『囲み合って四人座っているうちの、自分の真正面』の相手にプレゼントしたという用語解説になってくる。ミスの言い訳を考える前に浮かんだのは、なるほどゴルフと麻雀は大人のゲームだという謎の負け惜しみの開き直り文句であった。
細かいルールはさておき、振り込んだものは振り込んだものであるから、勝った者には牌だけではなく点数を与えなければならない。どれどれなんぼのもんじゃいとポーカーフェイスで現実を寛容に受け入れようとしていた俺に、
「親の跳満で18000点です。すみません」
口先だけの謝罪で内心ニタニタが止まらないであろう女(あくまで俺の推測)が、自分が作り上げた手の内を華麗な指さばきで公開した。丸い玉模様オンリーの、彼女の容姿と同様にそれはそれは見惚れるほど美しい面子が広がっていた。
「椿原さん、積み込みました?」
俺の右隣に座る女がハッキリと、だがそれでいて一切相手を責め立てることのない声で、内心ウハウハが止まらないであろう女(あくまで俺の以下略)に対しイカサマの是非について質問した。その迷いのないストレートな発言とは反対に、ふんわりした髪と目と雰囲気を纏わせているのが開始から二位キープの笠野ユズキである。
「それだけピンズ切ってるのに…」
ユズキは捨て牌の河を眺めながら独り言のように続けた。抑えてはいるものの、今の俺の振り込みについては胸を衝かれたようである。そうだ、決して俺が馬鹿なわけではない。
「そんな器用なことできませんよ。やたら運が良いだけです」
そう言って、内心キャハキャハが止まらないであろう女こと椿原ヨモギがこちらを向いた。俺は支払いの点数を告げられた時からボケっと開いていた口を咄嗟に閉じた……、が、多分見られてしまっただろう。
「丸条さん、手持ちって……?」
「ないっす」
あるわけがない。開始からの俺の持ち点、全てこの女が持って行っていたのである。それもピンポイントで狙いすましたかのように。それが本人の意図ではないにしろ、こうなってしまっては場が俺に対する哀れみで包まれているのは明白であった。そこで俺は自ら空気を変えるべく、できうる限り最大限の爽やかさを醸し、純然たる困惑感をアピールする。俗に言う、一旦休憩に入ろうと誰かが言うかな? 作戦を遂行していたその最中、
「あの…よかったら、私、貸しましょうか?」
おずおずとしながらも、純粋で美しい優しさの発言の杵で見事に俺の演技を一撃したのが、左隣に座る神宮寺ミコという女である。
「いや、俺の持ち点がなくなった時点で終わりです…」
俗にいうハコッた、飛んだ状態であるとミコに説明しつつ、「これで一旦休憩にしませんか?」と俺はさっきの自分の願望をそのまま素直に提案したのであった。




