ホールインワン
小窓が閉じるとれーこさんは俺の方へ体を向け
「かかくん。小銭をちょうだい」
と手を差し出した。頬が少し桜色なのはさっきのやり取りからなのかそれとも外気のせいなのか。
「ああ、おごりですものね」
小銭入れから代金を出して渡すとあと少し足りないと言われた。
「あれ? 自販機ってそんなに高かったですっけ?」
「手間賃よ。入場料を払うより安いわ」
そうか、入場せずに買ってきて貰うのだからそう言う物も必要なのか。
それから少しして女性が小窓から顔を覗かせれーこさんの言った通りの料金で冷たい缶コーヒーは彼女の手に収まった。
「また、飲みたくなったら来ます」
「次は中に入っていってよ。彼と一緒に」
女性が小窓の奥から手を振る。
考えておくと言うとれーこさんは体を反転させて歩き出した。
れーこさんのあとを追ってしばらく行くと彼女は大きく溜息を吐いて缶コーヒーを開け一気に喉の奥へ流し込んだ。
俺はそれを見て背筋に冷たいものが走った。
この時期にアイスコーヒーを一気飲みするなんて、自殺だ!
俺のハラハラを知ってか知らずかれーこさんは飲み終わった缶を振ってこちらへ微笑みかけた。
「やはり冬は糖分も摂らないとだめだな」
「それでも冷たすぎるとおもいますけれど」
「かかくんにはきついと思うが私には屁でもないね」
笑う彼女に俺は疑問を投げかけた。
「それにしても、そのコーヒーってコンビニとかスーパーに売ってないんですか?」
「売ってないね。販売会社を見てみなさい」
渡された缶を覗き込んで俺は納得した。確かにこの会社のコーヒーは陳列棚には乗らない。
でも。
「そこまでしてこのコーヒーなのはなんでですか? 加糖コーヒーなら他にもありますけど」
「バランス。この季節で私の口に合うバランス。かかくんも思うわよね。この季節ならここのココアがいいって」
「ああー、思います。味って季節や体調でころころ変わりますから」
俺が頷きながら同意をするとれーこさんは俺の手から缶を奪い取り放り投げた。
それは放物線を描き少し離れた所にあったごみ箱へと吸い込まれた。
それを成し遂げた彼女はまるで失敗するはずだったかの様に驚いた顔をして俺に振り向き、俺が微笑むと彼女も微笑んだ。