移動販売
ワンボックスカーからは列が少し伸びておりその最後尾に俺とれーこさんは並んだ。
並ぶとすぐに女性がやってきたので俺は注文をした。
「煎りたて挽きたてってまだありますか? 2カップですが」
「2カップですか? 大丈夫ですよ。ちょうど2カップ分残っていたはずです」
「ありがとうございます。先払いでしたよね。これで」
「あら? 一度来店されていましたか?」
「いえ、話を聞いて来たので来店ははじめてです」
「そうなんですか、どうりで」
おっと、重要な事を言い忘れる所だった。
「あっ、そうだ。アイス1ホット1で出来ますか?」
「大丈夫ですよ。ホットは気をつけて飲んでくださいね」
俺から注文と料金を受け取り女性は車の方へ戻っていった。
「かかくん。ここって?」
「最近流行ってきている移動販売車ってやつです。ここはコーヒー専門ですよ」
「へえ、移動販売なんて今どき儲かるのかしら」
「ここは知る人ぞ知るって感じのお店らしいです。俺も聞かなければ知らなかったですし」
「聞かなければ? 誰からかしら」
「同僚です。コーヒー好きの男でして手製の地図を作っては布教活動していてですね」
「ふーん。近いから寄ったのかしら?」
「いえいえ。アイスならここだ! って自信満々だったので単に踊らされて、です」
いくつか会話をしている内に列がはけて俺とれーこさんはそれぞれコーヒーを受け取った。勿論、彼女がアイス、俺がホットだ。
この店はカップが少し変わっている。
ホットでもアイスでもカップの表面温度は変わらない。
特殊加工されていて、その容器代も料金に上乗せされているらしい。
確かにホットなのに手に持っていてもほとんど熱くない。
れーこさんのアイスと交換してみても同じくらいの温度だと思った。
これにはれーこさんも驚いていた。
そして、コーヒー。
俺には苦く濃く感じて苦手なコーヒー。
ここのコーヒーもご多分に漏れず俺には大変な相手だった。
少しづつ流し込みながられーこさんを見る。
彼女はアイスコーヒーを少し口に入れては時折目を閉じて考えいていた。
なんだろうと観察していると急に目が開き。
「かかくん。私にこのアイスコーヒーは合わないわ」
と宣言した。
「あなたの同僚さんとはお友達になれそうにないわね」
とも。
コーヒーなんてどれも一緒だと思っていた俺にとってはコーヒーの味がしっかり判る方が驚きだった。やはりれーこさんは俺よりずうっと大人だ。
「でも、こういう風に一緒に外で飲めるのはいいわね」
ベンチに座ってブロンズ色のカップに入ったコーヒー片手にふたりで他愛もない話をしながらその日のデートは終わった。