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僕には昔、多くの兄弟がいた。はっきりとした人数や名前は忘れてしまった。記憶喪失だ。
だけどおぼろげに覚えている。
僕たちはよくかくれんぼをして遊んだという記憶。
兄弟たちは一人一人部屋に隠れて、じっと息を潜め、探しにくる大人たちの目を誤魔化した。いないふりをするのが得意だった。
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私の名前は桃花。桃の花が咲く季節に生まれた。みんなにはモモと呼ばれている。高校2年生。自分で言うのも何だけど、そこそこいけてる女子高生だ。
見た目にはちゃんと気を使っているし、明るくハキハキと喋り、流行りのチェックは怠らず、空気を読んで皆とノリを合わせることも忘れない。
「よっ、モモたちも協力して」
終業式が終わり、友達と固まって話していると賢人がチラシを渡してきた。
賢人は最近仲間たちとイベントサークルを立ち上げ、ダンスパーティーやらファッションショーなどを企画、開催している。
今度は夏向けに、肝試しのイベントを開催するらしい。
渡されたチラシに目を落とした。
『かくれんぼしーましょ、見つけたーら殺すよ、うっしっし』
コミカルなタイトルが変わった文字フォントで描かれている。
なにこれぇーと友達の茉優がはしゃいだ声をあげた。
「にらめっこしーましょ、のパクりじゃん。最後のうっしっしって笑える」
「いいっしょ。それのリハすんの、モモたちお客さんとして協力してよ」
賢人の話では、イベント本番前に仲間内で簡単なリハーサルをするそうだ。廃校になった田舎の小学校を借りきって行う今回の肝試しイベントは、町おこしに一役買う予定だ。
「夜の廃校!? めっちゃ怖そっ」
「いいじゃん、めっちゃ楽しそう」
「ねえ、紫音も来る?」
「賢人たちは全員脅かし役で、うちらが逃げる役?」
「紫音も来るよ。俺らもモモたちと一緒に逃げるほう、っていうか隠れるほうだよ。かくれんぼね。本番では俺らが鬼やるけど、リハではお客さん目線で色々確認したいから。リハで隠れるのは数人だから、鬼は一人で十分だし」
「すごーい、ちゃんと考えてるね。じゃあ今回の鬼は誰がするの? ジャンケンで負けた人?」
無邪気に尋ねたところ、賢人はすっと意地悪な顔つきになった。
「いや、それはもう決まってる。町おこしのイベントだからって協力をお願いしたら、快く引き受けてくれたよ、青栁壱くん」
アオヤギイチくん。その名前を聞いて一瞬固まってしまった。
壱くんは転校生で、根暗っぽい陰キャな男の子だ。目を合わせようとしない、オドオドとした態度で、いじめられっこ特有の空気を醸し出している。
そんな風だから、転校してすぐに彼の立ち位置は決まってしまった。賢人たち陽キャグループのオモチャ。
殴ったり蹴ったり、落書きしたり物を隠したり集団無視したりという「イジメ」はしないけれど、用事を頼んだり冗談でからかったり、意地悪なゲームをしたりという「イジリ」は日常茶飯事だ。
今回のはこれは「意地悪なゲーム」に当たる。
壱くんには噂がある。壱くんの実の家族は壱くん以外全員、殺人鬼に惨殺されてしまったという噂だ。しかもその殺人鬼は壱くんのお兄さんで、今も医療少年院に収監されている。
一人生き残った壱くんは他人との養子縁組みで名字を変え、引っ越しをして、過去を隠して新たな人生を歩んでいる、という噂だ。
しかしいくら隠していても、噂はどこからか忍び寄り、蔓延し、居づらくなっては引っ越しを繰り返しているらしい。
真相は知らないが、学校のみんなはこの噂を信じている。
壱くんは否定も肯定もしない。過去の記憶がないそうだ。それでなお一層、噂の真実味が増したのだった。
賢人たちのような陽キャに目を付けられたくなければ、もう少しファッションに気を遣うなり、ノリを良くするなりすればいいのに。そう思っていた私だが、噂を知って気持ちも変わった。
実の兄が家族を皆殺しにして、自分だけが生き残った。ショックの余り記憶を失くしてしまった。そんな状態にあって、明るく振る舞えというのは土台無理な話だ。
ただ、そっとしておいてあげたい。
「や、やめなよ……そんな悪趣味なこと」と小声で賢人に言った。
チラシを見た感じ、この肝試しイベントは、ただのかくれんぼではない。タイトルの通り、殺人鬼が参加者を皆殺しにするため探し回るというホラー企画だ。
その殺人鬼役を、家族を惨殺された壱くんにやらせるなんて、悪い冗談にも程がある。気が知れない。
「何が?」と賢人は鼻で嗤った。
「俺らは壱くんともっと親交を深めたいだけだけど? 仲間外れにせず、一緒に遊ぼうって誘ってるんだから優しいだろ。モモは何で壱くんを誘うの嫌なの? たかがかくれんぼだろ」
賢人はクラスの王様だ。機嫌を損ないそうな気配にびびった雪菜が、慌てて間に入って話をまとめた。
「いいよね、みんな仲良くで! ね、モモ。楽しみだね」