妖
妖
abaudo;アバウド
楽園、それは私と嬉雷君の「夢」の場所。
桃源郷、それは私と嬉雷の「誓い」の場所。
三途の川、それは私と嬉雷様の「冥土」の場所。
今日も今日とて、三人の喧嘩が始まった。
学校であろうとどこであろうと、全くこいつらには関係がない。
最近はもう、これが日常になっているから何とも思わない。
もしかして、これは異常なのかすら怪しい。
暫く喧嘩が続いて、火がこっちに移り変わる。
そして、結局巻き込まれて、僕が痛い目見るのだ。
「嬉雷君!」
「嬉雷!」
「嬉雷様!」
ほら、やっぱり来た......
こんな僕を見て、うらやましさを感じているクラスの者達がギラリと睨んでくる。
何の不安も無く、心配もしない。
「はぁ、この続きは放課後よ」
逃げられることはないんだから......
僕は暗い顔で教室の隅を見つめて、静かにため息をついた。
危機感そのものが消し去られていたのだろうか、
この時の僕は、忍び寄る恐怖に気付いてなかった。
「ふふっ...先輩」
甘い果実ような存在に........
あの日から、励二に会っていない。
京楽美嫉の言ったことは本当なのだろうか。
でも、今は信じる以外、選択肢はないだろう。
それと同じことを言えば、あまりにも両親の帰りが遅すぎることだ。
僕が気付かないうちにひょっと消えて、それから姿を見せない。
何だろう、このおいて行かれている感じは...
「聞いてるのー?嬉雷?」
やっぱり何かがおかしい。
僕の周りだけ、何か急激に動いているような気がする。
「嬉雷!」
「うっ!な、なんだ!?」
気付くと、すごく機嫌の悪そうな淡奈が僕の机をバンと叩いていた。
「な、なんだよ、脅かしやがって」
「なんだよじゃないわよ、こっちはずっと呼んでるのに...」
「...あ、そうか、悪かったな」
「あ、そうか、悪かったな。じゃないわよ、本当にもう........」
淡奈は相変わらず「馬鹿」と言った。
思えばこいつだけは変わらないな。
昔から、ずっと........
「そういえば、志宮達とは一緒じゃないのか?」
「はあ?知らないわよ、あんな奴ら」
「そ、そうか」
「ふん!」
鼻から息を強く吐いて、僕から目を逸らす。
まあ、これも淡奈かと思って、いつも受け流す。
でも、何だか今日は意地悪したくなった。
「淡奈って、よく見れば可愛いよな」
「は、はぁ?な、なに言っちゃってるわけ?べべべ、別にあんたなんかに可愛いなんて言われても........ぜんぜん嬉しくなんかないんだから........ね?」
こうもこうと、よく噛まずにこんなに早口で言えるな。
そう、僕は知っているのだ。
何年も一緒にいたからこそわかる...
僕は心の中で大笑いをした。
それも悪魔のような邪悪な笑いを...
「ごめんなぁ、淡奈...僕が間違っていたよ」
「な、何がよ」
僕は気取った態度で淡奈を見る。
「淡奈ってよく見なくても可愛いし、本当にもう誰でも惚れてしまうような」
「な、何言っているのよ!」
「いやぁ、本当に可愛いなぁ」
「あ、あんたそれマジで言っているの?」
「マジも何も、僕は本当の事をそのまま言っているまでさ」
淡奈はふふっと鼻を鳴らして言う。
「あんたと同じように、私もあんたとは長いからあんたが本当にそう思っているかどうかぐらい分かるのよ」
「...い、いやぁ、淡奈って本当の綺麗で可憐で隣にいてくれて助かるよ」
僕は自然と震え声となる。
そうだった。
僕、今完全に調子に乗って気付かなかったけど、ここで来られたら終わる。
淡奈は見透かした目で、上位に立ったかのような笑みを浮かべる。
これはまずいんじゃ...
「じゃあ、何がどういう風に可愛いのかなぁ?」
やっぱりだぁ!
確かに淡奈は可愛い、でも幼馴染な手前、どこがどういう風に可愛いかなんて聞かれても、答えられる自信がない!
どうする...
これは、一歩下がって逃げるか?
だが、そんな事したら、明日が無くなる。
僕はまだ死に...
「さぁ?どうなの、嬉雷?」
こいつ、僕を逃がさない気だ!
「えーっと........」
僕が困り果てている時、救世主が現れる。
「あのぉ、先輩?」
「あ、ああどうしたんだ?姪夜?」
僕は自分の最速のスピードで姪夜の元へ駆け寄る。
そんな僕を見た吐き捨てるように言ってから、どこかへ去っていった。
「...ふん、覚えてなさい」
その歩いて行く後を、姪夜は不思議な目で追いかけていた。
すると、姪夜は僕の方に可愛い笑みを浮かべると、僕の手を握って一言放った。
「もう少しですね」
僕の顔を少しばかり見つめてから、僕に背中を見せながら去っていった。
「あいつ、相当やばいわよ」
「そうでしょうね」
京楽美嫉は微動だにせず、勇敢に座っている。
「でも、あんなのどうやって相手すんのよ」
「まぁ、そこらへんは後々考えたらいい事よ」
志宮も流石に焦っている様だった。
それでも、冷静さをなくすことはなく、的確な指示を出す。
「いずれ、あの子は私たちに手を出してくるはず。現にああやって嬉雷君に近づいているしね」
「そ、そうね」
「それにしても...」
志宮の強い眼光が、淡奈を一突きした。
「な........なによ」
「いや、楽しそうだったじゃない」
「べ、別にそんな事ないし」
「私は別にイチャイチャしろなんて言ってないんだけど?」
「い...イチャイチャなんてしてないじゃない!」
「してたでしょ!こうだから、あなたに行かせるのは嫌だったの」
「あんただって、嬉雷と二人きりの時はイチャイチャするでしょ!?」
「私は良いの。なぜかって?私と嬉雷君は赤くて硬い糸でつながれているから」
二人の喧嘩が白熱するなか、京楽美嫉は一人静かに考え事をしていた。
深く深く考えていたその時、丸い物体が京楽美嫉の頭にぶつかった。
それは、志宮と淡奈の喧嘩から火花が散って飛んできたものである。
その火花が爆発物に着いたことを、二人はまだ知らない。
「ふふっ、二人共?そろそろ静かにしないと...」
京楽美嫉は悪魔だった。
いや、悪魔よりも邪悪な者だった。
周りに邪悪なオーラがまとわれている。
「え...と」
「あ...やば」
そう言った時には遅かった、火はもう爆発物に当たっているのだ。
そして、二人はわかった。
誰が上下関係の頂点かを...
灯篭が流れていく。
小さく光って、蛍が沸いた。
水辺の女は少し笑う。
藍色の空に光が無くなった。
女は消えた、苦しさの中に。
私も女も........
図書館でこんな本を見た事を思い出す。
童謡の様だったが、とても気味が悪いものだった。
これの続きが思い出せない。
そもそも何故今この動揺を思い出したのか...
それを考えるが、勿論結論など出るはずがない。
しかし、今になって思ったが、僕はどれ程小さいんだろう。
........なんだこの感覚は........
今までなかった感情が一気に生み出される。
身体全身が締め付けられるようだ。
息が荒くなってきた。
そもそも僕は今起きているのか?
寝ているような感覚だ。
いや、これが本当の自分で、起きている時の自分が寝ている自分なのかもしれない。
夢では自分に疑いがない。
疑いようがない。
何を思っているのか、僕は深くため息をついた後、深く考える。
もし、志宮や淡奈がいるところが、夢の自分だとしよう。
だとすれば、僕は耐えきれるだろうか。
否、耐えられない。
そう、僕は変わったのかもしれない。
昔なら耐えられた苦痛も、今になっては絶対に耐えられない。
僕が、この夢から覚めた時、志宮や淡奈がいなかった時、もう一度寝れば同じ夢を見られるか?
起きることが怖い。
これは夢なのかどうかすらわからないのに...
僕は自分という存在に改めて思い知らされる日が来ることを、恐怖に責めらながら待つことを、この時に知った。
「...はっ!」
息が荒くなって起きる。
あいつらは........
周りを見渡すが、誰もいない。
鼻頭が熱くなって、目に涙がたまる。
「いい年して泣くこともないだろうが」
本当に夢だったのか?
喉の奥が痛くなる。
なんだ、もう一度寝ればいいのか?
寝ても結果は変わらない。
いつか人は起きるのだから........
その時だった........
「嬉雷君、ごはん出来たよ」
なんだ........いるじゃないか。
「志宮!」
僕は気付けば志宮に抱き着いていた。
「え、え...え?」
子供が母に抱き着くように。
強く、もう離さないと...
「ちょ、ちょっと、き、嬉雷、、く、君」
「ありがとう、志宮」
僕は意味もなく、お礼を言っては強く抱きしめたまま、涙を拭きとる。
そんな僕に、志宮は動揺しながら、泣いている僕の頭を優しく撫でた。
「こ、怖い夢でもみたの、か、かな?よし...よし」
志宮...絶対に離さない。
離すのが、怖くて離せない。
いてくれて、ありがとう...
僕は寝起きという事もあって、気が弱くなっていたんだろう。
恐怖という物を知っている人からすれば、僕の恐怖はどれぐらいなんだろう。
それを知るのは、これからしばらくした時の事だった。
*
世界は大きくない。
かと言って、小さくもない。
この世界に未知のものがあれば、興味が出るだろう。
それは、飽くなき探求心が光っている証拠だ。
だが、その探求心によって全てを失った女がいる。
それは...
京楽美嫉だった。
彼女は昔、本当に何でも目を光らせていた。
それが今になっては、全く光という物を失った...
妖、霊、それはどちらも空想上の物だという人がいるだろう。
だが、それは彼女にとっては、なんの不思議のない物だった。
彼女にはそれが見えていたのだ。
いや、現に彼女はそれが見えている。
見えているし、触れられる。
他人に話せば、頭のおかしい人だと笑われる。
だから彼女は、自分の家庭と過去の自分を恨んだ。
何の意味もない能力を押し付けられて、何の努力もしない人たちに笑われる。
そんな日々が彼女にとって、どんなに苦痛だったかわかるだろうか。
彼女はもう諦めた。
自分という“物”を、皆に見てもらうことを...
そんな時、美嫉は自分と同じような人間を、一つ下の学年に見つけた。
それが、白阿嬉雷だったのだ。
(私と同じ目。)
何かを犠牲にしている。
諦めている。
美嫉は、嬉雷に親近感を覚えていた。
だが、そんな事を思ったのもつかの間、嬉雷は学園一美少女と謳われる志宮雫と楽しそうにしていた。
美嫉は思った。
あれは騙されているのだと...
急いで嬉雷を救う為の計画を立てた。
一番効率が良いのは、本人に気付かせることだと考えた。
そして、一か月が過ぎたころ、美嫉は嬉雷を攫って居場所を記した紙を家の前に置いて行った。
これで来なければ、嬉雷にわからせられると思っていた。
だが、志宮は来たのだ。
自分が危険にさらされるかもしれないというのに...
その時に、美嫉は気付いたのだった。
自分の知らない人間の心に...それがどんなに美しかったのか、彼女の目には輝いて写っていた。
だから、彼女はもう一度、夢を見ることにした。
それが、どんな結果になろうとも...
彼女は夢を見て見たかったのだと思う。
今まで見えなかった夢を。
「白烏がこっちに来ているみたいね」
京楽美嫉は何もない場所を見て、呟いた。
それは、凡人には理解できない領域の物だ。
「白烏?」
「あら、嬉雷様、いたのですね」
「あぁ、それより今白烏って言ったか?」
嬉雷が目を丸くして言うと、美嫉は少し笑って言った。
「なんでもないですわ」
「そ、そうか」
嬉雷の少し狂気じみた目には、美嫉も驚いたようで目を逸らしていた。
でも、そんな嬉雷を思って、本当の事を言う事は出来なかった。
彼女が抱える何かは、人が知ってはならない場所だから。
「聞いて、くまさん!今日、先輩とお話したの」
「........」
「どうしたの?くまさん?」
「........」
なんの変哲もない熊のぬいぐるみに話しかけている。
姪夜は、そんな熊のぬいぐるみをみて恐怖を覚えたのか、投げ飛ばした。
そして、狂ったようにわめく。
「あぁぁぁぁぁ!」
目を見開いて、息を荒くして、途端に静かになる。
「え?...今、私...何して...」
「殺せ...」
「え?」
「殺せ...」
「な、なに?」
急いで隠れるように、布団に入り込む。
「殺せ...」
その声はだんだんと近づいてくるようで、姪夜は恐怖に支配される。
「やめて!来ないで!」
「殺せ!!」
「いやーー!!!」
そして、姪夜が脱力した時...
まるで、何かが入り込んだかのように、表情が変わる。
「殺す...殺す...ふふっ、楽しそう」
「殺せ...」
「わかっているわよ、この子も、あの偽聖者も........」
偽聖者...絶対に許さない。
私の家族を、よくも!!!!!