劣
劣
abaudo;アバウド
「もう!なんなのよ!」
怒りに怒り切った淡奈がブルブルと震えながら怒りを露にしている。
「なんなのよ...て言われてもだなぁ」
あまりに淡奈の怒りが収まらず周りにまき散らしているから、僕もイライラして来た。
淡奈は明らかに声が高くなって言う。
「嬉雷は人に優しすぎるのよ!もっと自分を大事にしなさい!」
「自分は大事さ、でもそれ以上に淡奈や志宮の方が大事なんだよ!」
淡奈は志宮という単語を聞いた後、直ぐに歯を食いしばってまた怒る。
「私よりも、その志宮の方が大切なんでしょ?」
「そ...そんな事は...」
近くで正座をしている志宮の目が曇る。
「嬉雷君は人に順位を付けたりしないわ」
「志宮...」
見枯れてため息を付いた志宮が僕に手を差し出す。
「何よ、知った風な事言っちゃって!」
「少なくとも“あなた”よりは嬉雷君の事がわかっていると思うわ」
明らかに“あなた”を強調して言った。
挑発だ、この状況において志宮は何を考えているんだろうか。
「どうせあれでしょ?自分は特別だとか考えている痛い人なんでしょ?」
「自分の感情をこの場において好き勝手にぶちまけてるあなたには言われたくないわ」
「むかーっ!もうあんた達の好きにすればいいじゃない!嬉雷のバカッ!」
「はぁ...」
涙を浮かべて子供の様に怒る淡奈がドアを強く叩いて出て行った。
志宮は深いため息をついて、無言で座ったままで居る。
「なぁ、志宮...少し言い過ぎなんじゃないか?」
「何?嬉雷君も嬉雷君よ、あの時に契約なんてする必要はなかったんじゃないかしら」
「でも、それは...」
「結局あなたは自分の事しか考えてないのよ」
志宮は説得感のある、落ち着いた声のトーンで言う。
「あなたが私達の身が安全である事を願うように、私たちもあなたの事が大事なの」
「それは...わかるけど」
「嬉雷君は私たちの事を信頼していないって事?」
「違う...けど」
志宮はため息をついてから立ち上がり、ドアノブに手を伸ばす。
声には出さないけど、もういいわって言われた気がした。
僕はその時何も言えず、二人が遠くに行ってしまいそうで、心配で寂しくて泣きそうな夜を過ごした。
その夜、僕は何かに話しかけられている夢を見た。
「嬉雷君、遊ぼ」
小さな女の子の声だ。
「いいよ」
僕は何の疑いも無く女の子に近づいて行く。
近づくたび、僕の背は小さくなって、女の子の元へ着くころには同じ背になっていた。
そして今気づく。
僕と僕の身体が切り離されていることに...
僕と女の子が手を繋いで奥へ奥へ歩いて行く。
「待って、」
僕の背中はどんどん小さくなっていく。
「おいてかないで」
僕の声には気付いてない、どうして僕はこんなに悲しんでいるんだろう。
頬を涙が伝うのがわかる。
「行かないで...」
声も枯れて、もう聞こえないだろうと思ったその時、二人が僕に手を振った。
それを見て、何故か救われたような気がして光に包まれる。
「ありがとう...そして、バイバイ」
その瞬間、僕は目を覚ました。
うなされていたようで、志宮が僕の事を見ていてくれたようだ。
「嬉雷君大丈夫?」
昨日とは一変して、優しそうな目が僕を支えてくれる。
「見ててくれたのか?」
「...うん」
「そうか...ありがとうな」
「えっと...その...昨日はごめんなさい」
悲しい表情で僕から目を逸らす。
「...いいよ、僕もごめん...考えて見れば確かに自分の事しか考えてなかった」
「わかってくれたなら、いいわ」
二人で顔を見合わせて、恥ずかしくなる。
ドアの隙間から、視線を感じた。
「二人だけずるい」
淡奈が僕たちを見ていた。
さっき起きたのだろう。頭に寝癖が付いていた。
「淡奈もごめん」
「うんうん、私もごめん、冷静じゃなかった」
淡奈は首を振りながら言った。
これで三人共元道理になったのならいいけど...
僕は久しぶりに笑顔で笑った。
淡奈は目を見開いて、清々しい笑みを浮かべて言う。
「そうだ、今日は休みだし、何処か行かない?」
「いいわね、そうと決まれば早速支度しましょ」
「でも、どこ行くんだ?」
「海はどう?」
志宮はハイテンションで答える。
海か、確かにいいけど...
僕泳げないんだよな
「嬉雷は確か泳げないんだっけ」
「あぁ、だから海はちょっと...」
「えぇ」
志宮が僕の方をかわいそうな目で見てきた。
「やめろ、僕にそんな目を向けるな!」
「でも、泳げないんでしょ?」
「お前はどれだけ海に行きたかったんだよ」
「こんなにいい天気なんだし、しかも最近暑いし、海に行ったら皆ハッピーかなと思って」
「あぁ...そう」
声をかけずらい...
なんでそんなに落ち込むんだよ...
「わかった、ここは皆で行ける楽しい所を決めましょう」
志宮は改まった顔で話し始めた。
「夏と言えばで決める?」
「そうね、確かにそれが良いと思うわ」
淡奈が手を上にいっぱいに挙げた。
「はいはーい、私、今から行くならデパートとかがいい」
「夏と言えば...か?」
「いいでしょ、別に夏に限定しなくても」
「まぁ、そうだけど」
デパートか...
僕は顎に手を当てて考えるポーズをとる。
「私もデパートには賛成よ」
「じゃあ、もうデパートでいいか」
そうして、僕たちはデパートへいく事となった。
何故デパートを選んだのか、そしてデパートの本当の怖さを知る事となった。
「はぁ、バスって意外と疲れるのねぇ...」
人生で数回かしか乗ったことのないバスで近くのデパートまで来たが、妙に疲れた感じの淡奈がけのびをして、ふぅと息を継いだ。
昨日、ガチで怒っていたあの表情と全くの反対の顔で颯爽と僕の前を歩く。
デパートの中はやっぱり涼しい。
そして、今の志宮もクールで涼しい顔をしている。
気付くのが遅かったが、淡奈も志宮も少しお洒落をしている様で、特に髪飾りが輝いて見える。
「ねぇ嬉雷君、これ見て」
志宮は黒い猫が書かれたコップを指さした。
「それが、どうしたんだ?」
「似てると思わない?」
「なにに?」
志宮は少し不機嫌そうな顔をする。
「私によ」
「...」
こいつ病んでるのかな?
黒猫を指して自分に似てない?って、頭おかしいくないか?
「どっちかと言うと、こっちの白鳥じゃないか?」
志宮は綺麗な白い髪だし、白鳥や白猫の方が似ている。
志宮は僕から顔を逸らして、静かに「馬鹿」って言った。
「そうだ、この黒猫と白猫のコップ買わない?」
「まぁ、いいんじゃないか?」
志宮は嬉しそうにへへっと笑って、コップをかごに入れる。
「嬉雷~。こっちに来て」
遠くから淡奈の声が聞こえる。
声の方を見ると、淡奈がこっちに向かって手を振っている。
「こっちこっち~」
「どうした?」
「これ見て」
淡奈が手に持っているひらひらの物を僕に渡す。
「何これ?」
「開いて見て」
僕がそのひらひらとしたものを開くと、それは........
........派手な女物のパンツだった。
「おまっ、何持たせてんだよ!」
「あっ!...ち、違うこっち!」
慌てて僕の手から強引に奪い取り、別の布を持たせた。
その布には、I LOVE YOUと書かれたナプキンだった。
正直、さっきのを見た手前だから素直にリアクションをとることが出来ない。
「えーっと...」
「さっきのは、忘れなさいよね」
強くパンツを握り締めて、僕に威嚇の表情をする。
ていうか、なんでパンツなんか持ってたんだ?
「わ、わかった」
「恥ずかしそうにするのやめてよね、こっちまで恥ずかしくなるじゃない!」
「でも、いきなりパンツ見せられたら、恥ずかしいだろ」
「ちょっ、大声で何言ってくれてんのよ!勘違いされたらどうするの?」
「二人共、他のお客さんに迷惑だから静かにしてくれないかしら、私が一番恥ずかしいわ」
僕と淡奈は顔を見合わせて、志宮に申し訳なく感じる。
「ごめんなさい」
僕も淡奈も同じことを同時に言った。
「わかればよろしい」
「でも...さっきのは...」
腕を組んで凛々しく手で髪を振った志宮が、僕の方をギロリと睨んだ。
...そして、また三人でデパート内を歩き出した。
「そうだ、映画とか見ないか?」
「確かに近くに映画館はあるけど、それはちょっと...」
「でもいいんじゃない?これも嬉雷君との思い出と思って行ってみれば」
「まぁ、そうね」
淡奈は納得した表情をとる。
しかし、志宮は何かを考え込んでいる。
何か企んでいる顔だ。
その時、僕のスマホが鳴りだす。
「はい、もしもし」
二人共気になるという顔で、僕の事をじっと見つめていた。
「はっ?今日?」
その電話の相手は、励二だ。
妙に声のトーンが低くなって言ってくる。
しかも、声が震えている。奥から女の声も聞こえる。
女の声は多分、あいつだ。
励二に何か危険があるかも知れない...
「ちょ...嬉雷?」
「落ち着いて、嬉雷君...」
気付くと、携帯に通知が何百件と来ている。
これは、あいつの物で間違いはないだろう。
確かに僕は、この二人には害が聞いた。
アイツは無いと言った、でも、励二その対象に入ってないって事か?
怒り狂ったあいつが何をするかわからない。
僕の大切な知り合いを、僕の勝手に巻き込んで傷つけるわけには行かない。
「いや...やっぱり、来なくてもいい」
電話の向こうで、深い息継ぎと共に励二の小さな声が聞こえる。
その声で僕は........絶望した。
「嬉雷待って!」
「嬉雷君!?」
僕は一心不乱に走り出した。
歯を食いしばって、深い怒りと悲しみで、目の前が真っ暗になって...
「嬉雷君!!」
志宮は怒りで我を忘れた僕の手を強く持った。
こけそうになるが、そんな事関係なく、足を強引に進めようとする。
「ごめんね........嬉雷」
その言葉が妙に頭に響いて、全身に激痛が走りその場に倒れたのが最後の記憶だ。
「で、僕をここに呼び出したのは意味があるんだろ? 京楽先輩」
「そうよ」
暗い化学室で、励二は京楽美嫉に近づく。
落ち着いた様子の励二に驚きの言葉が告げられる。
「あなたのお父さん、見つけたわ」
「本当か!?」
それは何年も前に、飛行機事故に巻き込まれて亡くなったはずの励二の父の事だ。
「確かに、あの嬉雷様と繋がっていたわ」
「嬉雷様?」
「勝手にそう呼んでいるだけよ」
「で、俺の父さんは今何処にいるんだ?」
「それが...」
京楽美嫉は勿体ぶって、口ごもる。
「どうしたんだ?」
「ふぅ...落ち着いて聞いて、今嬉雷様はあなたのお父さんに狙われているの」
「狙われている?」
「簡単に言うと、“殺しの対象”よ」
「殺しの対象?何で?」
励二は信じていない顔をした。
「それはややこしくて言うには時間がかかりるわ、そんな事より、早く彼をこの場に呼んで」
「自分で電話かけたらいいんじゃないか?」
「朝から何度も連絡しているんだけど、全く反応しないもの」
「そ...そうか」
プルルルルと電話の音が反響して鳴る。
「もしもし、今から学校に来れないか?」
京楽美嫉は静かに目をつぶった。
励二は微かに震えている。
「そうだ...今からだ...どうしてって........」
励二は美嫉を見て助けを求めた。
「そうね、いきなりじゃ彼を混乱させるだけだから、今直ぐでなくてもいいわ」
「そうか...いや、やっぱり来なくてもいい」
そういって励二は嬉雷の返答を聞くことなく切った。
「それじゃ、時間もあるしあなたのお父さんの話でもしましょう」
「そう...だな」
紅い夕日が僕を照らした。
僕は動くことが出来ないでいる。
拘束された。
がっちりと...指も動かせない位に...
志宮と淡奈の仕業だ。
あの時、僕は我を失ってその後鈍器で殴られた。
割と強く殴られたのか、今でも痛い。
「くそっ...こんな事していたら、あいつが危ないのに」
そう愚痴を言った時、ドアの隙間から食パンが置かれた。
この紅い部屋で、僕は頭を冷やせという事なのだろうか。
それとも、あいつらなりの優しさなのか...
でも、馬鹿なのか?
僕はここから動けないのにそんなところに置かれては、食べることすら出来ない。
何か考えがあるのだろうか。
「嬉雷様...」
その声が後ろから聞こえて身体が震えた。
「お前は...」
「京楽でございます」
「あいつは無事なんだろうな?」
「あいつ? 無事?」
「だから、励二を傷つけたりはしてないんだろうな!?」
京楽美嫉は不思議そうに顔を傾げた。
「無事何も...何もしてないですわ? まぁ、彼は暫くここを離れるけど」
「離れる?どうして?」
僕は威嚇するように鋭い目で睨んだ。
「それは言えないわ」
「言えない?ますます怪しいな」
「もし、私が彼に何かしていた時は、死んでもいいわよ」
「........その言葉、信じていいんだな?」
「私はあなたに忠誠を誓う事にしましたから、あなたのお示しなら何でも聞くわ」
その言葉で僕は安堵する。
「ふぅ...」
「そんな事より、嬉雷様...私を秘書にしていただけないかしら?」
「秘書?」
「えぇ(奴隷でもいいけど)」
何か小さく言ったな...
その時、僕の頭に「おっぱい秘書」が出てきた。
おっぱい秘書...うん...いける!
この巨乳かつ美乳である“これが”、僕の秘書になりたがっているのに。
紳士である僕が断るなんて、そんな事志宮が許しても、僕と神は許さない!
「いいだ...」
「ダメよ!」
やっぱり来た、断りを許した志宮が。
「あなた、どの面下げてこの家に侵入したの?」
「それがあなたに関係ありまして?」
「あるに決まっているじゃない...私は嬉雷君と未来を誓い合った仲よ、馬鹿にしているの?」
未来を誓い合った...そんな事したっけ?
「私も忘れないでよ...私も嬉雷と結婚の約束を交わしたんだから」
結婚の約束...あれは約束をしたと言えるのか?
「何を言っているの、私は今さっき嬉雷様と主従関係を結んだところよ、邪魔しないでくれるかしら」
主従関係...主従関係...こいつら話が飛躍しすぎねぇか?
「はぁ、ここはもう最後の手を使うわ」
呆れた志宮が形相を固めて、ため息と共に言葉を吐く。
「嬉雷君!! 私とツンデレ子とタチの悪い上に気持ちの悪い寄生虫と、誰が一番いい?」
僕は三人の強いまなざしにやられて、出そうにも言葉を失う。
誰を選ぶかなんて、一人しかいないけど...
この状況において、誰を選んでも誰かに殺されるだろう。
でも、選ばなければ今度は三人が何をしでかすかわからない。
この状況を一気に変える、秘策は........
........あった。
僕が死を覚悟して選んだ究極の答え...
それは........
*
「そ、そんな事よりさ、僕を早くここから解放してはくれないか? 強く縛り過ぎているのせいか、何だか僕の腕に血が通っていない気がするんだ。それからにしよう、うん、それからが良い」
秘策、話逸らし!
僕は気付いた。
今の話をした途端、僕に対する皆の目が悍ましいほど悪感な物変わったことに...
そして、三人は何も言う事無く、僕を縛っている縄をほどくことも無く、部屋を静かに出て行った。
その後の静けさは、まるで誰もいなくなったかの様...
「はっくしょん」
少なくとも防寒具ぐらいおいて行けよ...
夏なのにクーラーつけっぱなしで寒いじゃねーか!
僕は身体をぶるっと震わし、愚痴を言った。
でも、直ぐに怖くなり静かになる。
もう、寝よう...
僕はふとした悲しい感情を隠す様に丸まろうとしたが、縄ががっちりしていて身動きが取れなかった。
「くそぉ...」
「はぁ、それじゃ第一回、私と嬉雷君の新婚旅行について話し合います」
「何言ってんのあんた? 私と嬉雷!のよ...」
「二人共こんな時になんの話をしているのかしら?」
京楽は真っ当な顔をして言う。
志宮がそれに対してなによという顔をして、一度目を逸らす。
「それに...」
京楽は真剣な表情で眼力を強くする。
「将来、私と嬉雷様が結ばれることは確実よ...うふふ、結ばれたら最後どんな苦痛を与えて...」
京楽は目を細めながら口角を上げ、嬉しさを表に出す。
それを、見た志宮と淡奈がむごい視線で京楽を睨んだ。
「冗談よ」
「...あんた、趣味悪いわね」
「それに関しては、私もこの子と同意見よ...あなた流石にそういうのは表に出してはいけないと思うわ」
二人の思いを察して、京楽は深いため息をつく。
「はぁ...別に、あなた達が私の事をどう思おうが、私には関係ないわ...正直、私は嬉雷様の身体が手に入ったらそれでいいの」
「あんたにだけは嬉雷を好きにはさせない!」
「あら...そう?」
そういって、微笑みを浮かべた。
「そんな事より、あなたの言っている小藪君の父親がなんで嬉雷君を狙うの?」
「それはさっきも言ったけど言えないのよ」
「あんた...それじゃあ解決しようにも解決できないじゃない!そんな事で嬉雷を傷つけないでよ!」
淡奈がほんの少し目に涙を浮かべて、熱くなって言う。
なんの理もなく、嬉雷が傷つけられるのはおかしい...そういう気持ちが淡奈の顔から察してわかる程、淡奈は嬉雷を強く想っている。
それに関しては、志宮も同じようで、淡奈と同じ納得のいかないという顔をした。
「まぁ、いずれ話す事だから」
今じゃダメ?そう聞きたそうにして、淡奈は静かに座る。
納得は行かないが、納得するしかないと諦めていた。
その夜、大粒の雨が降り続いた。
「先輩...嬉雷先輩...最近、私と別の女と遊び過ぎじゃありません?」
目に光は無く、ピンク色の灯りに照らされた髪が変色している。
「そんな先輩、何もかっこ良くはありませんよ」
両手に抱えられるほどの、くまのぬいぐるみを持つ。
そのくまのぬいぐるみを、睨みつけては力強く握り締める。
「先輩みたいなたらしは...」
ハサミの持ち手を逆手に持って、刃を下にした。
机に置いたぬいぐるみの目を見ながら腕を上げ、吐き捨てるように強く言う。
「死ね!!!」
言葉を吐いたと同時に、ハサミをぬいぐるみの右目に突き刺す。
「死ね!死ね!死ねば...死ねばいいのに...」
そう言って、何度も何度も刺した。
激しい動きに、髪はぼさぼさになり、やつれたような表情を浮かべる。
クマのぬいぐるみの原型は無かった。
そこには、白い綿と、茶色の毛玉だけが残っていた。
「そうだ、あの女共を殺して、先輩を私だけのぬいぐるみにすればそれでいいか」
邪悪な笑みを浮かべ、それから高い笑い声と変えた。
手鏡で自分を見て、満面の笑みをしてカッターを引き出しからだした。
そのカッターで...
案の定、僕は風を引いた。
寒い、夜冷めする上にクーラーのがんがん効いた部屋で、服一枚で夜中を過ごしたのだ。
朝に志宮が助けてくれた。
昨日はあんなに冷たかったのに、今は横でずっと看病をしてくれている。
淡奈は薬を買いに走って行ってくれた。
「そういえば、京楽は何処に行ったんだ?」
「あら、ご主人様?私に何か様でしょうか?」
居た...
「いや、なんでもない」
「早く行った方が良いのでは?京楽美嫉さん?」
「もう、意地悪♡」
最後に僕に投げキッスをして何処かに走っていった。
何やってんだ?あいつ...
すると、志宮は僕の額に手を当てて、熱を測る。
「まだ熱いわね」
ふいに、いい匂いが漂よった。
「志宮、昨日の話をしてもいいか?」
「...えぇ、いいわよ」
「誰が良いのと言われた時、実は一番最初に志宮だと思ったんだ」
志宮は目を見開いて驚いている、それに可愛さを感じて動悸が高まる。
いつも思うけど、志宮は僕なんかといていいのだろうか。
本当は、もっと普通に生きて、僕なんかとは全く違うイケメンと恋人になって、幸せに暮らせばいいのにと思う。
それに関しては、志宮だけでもなく淡奈にも同じように考えている。
「そう言ってくれてうれしいわ、私は嬉雷君が大好きだから」
志宮は嬉しそうに言った。
僕はその顔を見て、彼女も僕の事を想っていてくれているんだと感じて、嬉しさを感じる。
僕は志宮が好きだ。
これから、もしかしたら彼女が僕から離れていくかもしれない、その時僕はどうするのだろうか...
そんな事悲しくて考えていられなくなった。