腐
腐
abaudo;アバウド
最近、僕の身の回りで変な事が起きる。
急に視線を感じたり、ポルターガイストが起こったり、感情がおかしくなったりする。
気のせいじゃないかって言われたら、そうなのかも知れないけど...
僕は今でさえ視線を感じている。
それも、僕が志宮や淡奈といる時にだけ視線やポルターガイストがない。
もしかして、僕呪われてる?
まさか、人を呪わば穴二つって言うし、流石にな...
そんなことを思った直後に背中が凍り付いた。
後ろを振り返っても、何もいない。
やっぱり呪われてるな...
「嬉雷君?」
なんだこの...溶けるような声は。
バラのような香りが頭をくらくらさせてきた。
目の前が曇り後ろに倒れた瞬間に、おっぱいの大きい人が立っていた。
「痛ってー」
僕が目覚めたのは、あれから三時間後だった。
「淡奈?」
僕が目を覚ました時、上に淡奈の顔が見えた。
淡奈は僕を見下ろすようにして見て、心配そうな声で言う。
「嬉雷...大丈夫?」
「ありがとう淡奈、少し痛いけど大丈夫だ」
顔を赤らめた淡奈が、急に元気そうな声でえっへんという顔をする。
「ふっ、流石私の太ももね、嬉雷...感謝しなさい」
今日に関しては淡奈に世話になったのだと思う。
だから僕は、改めて「ありがとう」と優しく言う。
そういうと淡奈は僕から目を逸らし、「馬鹿」と小さく言った。
「照れるなよ」
僕は少し意地悪をしたくなって、嬉しそうに言った。
「あっ、嬉雷君目覚めたのね」
僕が今寝ている部屋の奥から、志宮が出てきた。
志宮は落ち着く様に深呼吸をし、眉を八にした後にサンドイッチを持ってきた。
そのサンドイッチは手作り感が満載で、心なしか輝いて見える。
「これ...」
「私、嬉雷君が心配で作ってたの」
「あ、ありが」
「嬉雷君は私の物なんだから、私の嬉雷君を傷つけた奴を許さない」
........え?
「その意見には私も賛成だわ...そうねぇ、八つ裂きにしましょ?」
あれ?
二人共、何故か怖い顔をしていた。
僕に膝枕している淡奈も、サンドイッチを持った志宮も、二人共から禍々しいオーラが出ている。
それに、ぶつぶつ言っている。
目が死んでいる。
いや、目から光が消えている。
「ねぇ、嬉雷君?」
「ねぇ、嬉雷?」
二人共僕の方を笑ってない笑顔で同時にみた。
「ど...どうし、た?」
僕はあまりの恐怖に震えが止まらない。
「ふふっ」
力の入ってない二人の笑い声が、何重にも重なってエコーがかかったように聞こえた。
なんだ...どうして二人共黙ったままなんだ...?
両手をいきなり握られて、握られた手に力が籠って痛い。
僕への新手のいじめなのか?
僕の目を強い視線で見ては、二人で顔を見合わせて怖い笑顔をする。
思わず息を飲むが、沈黙は続き、今までの何よりも恐ろしい時間と言っても過言ではない。
「殺しましょ?」
...あれ?気のせいかな?
やっと喋ったと思ったのに、物騒な事を言われたような。
「待て待て待て待て...」
「何を待てばいいのかしら?」
目に光の無い志宮が焦点会ってない視線を僕の方に向けた...と思う。
「人を殺すな!!」
僕は当たり前の事を当たり前のテンションで言ったが、志宮は歯を見せるような笑顔をして言う。
「殺したらダメ?あなたはもしかしたら殺されていたのかも知れないのよ?」
志宮もまた、僕を叱るように当たり前だというトーンで話す。
「それに、私の嬉雷君を殺した奴がいたら、私がそいつを殺すのは使命だし、殺した後は私も死んであなたと極楽浄土でも地獄でも、どこにでもに行くに決まっているじゃない」
怖いわ!早口言葉で怖いことをスラスラと言うな。
それより、さっきからそこでふらふらして笑っている淡奈の方が怖いけど...
「とにかく、人を傷つけるのはやめろ」
「え...えぇ」
なんで残念そうなんだよ。
そして淡奈!
お前は本当にどうした?
踊り始めたぞ。
「おい、淡奈」
「え...な、なに!?」
無自覚でやってたのか?
やってたなら、相当やばいぞ?
「二人共、僕と約束してくれ、人も自分も傷つけるのはやめてくれ...」
二人は納得しない顔をして反発する。
「でも、私...」
「僕は二人が傷つけるのも傷つくのも望んでない」
志宮は悶々とした様子で腕を組んだ。
淡奈は僕の隣へと歩み寄る。
そして、座っている僕の肩に自分の肩をくっつけ、僕の手を握り囁くように話す。
淡奈の体温が伝わってくるのがわかる。
「じゃ、私にも約束して...」
静かに目を閉じ、太陽のように優しく包みこむように言う。
すると、反対側に志宮が来て僕の顔を持つ。
情熱的な顔で僕をみて、離したと思ったら恥ずかしそうに顔を赤らめて上目遣いで僕を見る。
反対側の淡奈が僕の首を曲げて強制的に目を合わせてきた。
痛い!
「絶対に危ない事はしないで」
やけに声のトーンが静かになった。
「わかった」
そういうと、淡奈は「馬鹿」と言って僕から距離をとる。
その様子を見ていた志宮は、よしよしと言って僕にくっつく。
それもくっ付き過ぎなくらいに...
「ちょ、何してんのよ」
「ふーん?あなただけ嬉雷君と約束するなんて不平等じゃない」
「それは...」
...始まった。
この時が、一番あれなんだが。
僕は心の中でため息をついた。
「じゃ、嬉雷君」
志宮は僕の唇に人差し指を当てて笑顔になる。
この格好が恥ずかしくなって、背中が燃えるように熱くなる。
「この後私と...」
言っている途中で淡奈が志宮の後頭部をグーで殴った。
「イッタいわね!何をするの!?」
「うるさい、馬鹿」
そして、喧嘩が始まった。
まるで、僕の部屋が道場になったように思えた。
「嬉雷の...ばか」
「嬉雷君のばか...」
落ち着いたと思ったら、何故か二人が僕を罵りあう事を始めた...
「嬉雷の人間不信」
淡奈と志宮はプクーっと頬を膨らませて拗ねている。
「嬉雷君のむっつりスケベ」
「お前ら僕の事を悪く言うな、特に志宮...僕はむっつりじゃない」
自分で言ってて悲しくなってきた。
「ていうか、今日はずっといるつもりか?」
「当たり前じゃない?」
淡奈が「何言ってんの?」って言う顔で僕の事を見て逆に驚いている。
おかしいな、淡奈は前に志宮が僕の家で居候しようと言って来た時、確か迷惑になるからやめるとかなんとか言ってたような気がするような。
「すでに許可は取っているわよ」
「ああ、そう」
なんて言うか、もうどこも休めない...
「白阿君...ふふっ」
禍々しい部屋で、不敵な笑みを浮かべる。
暗くて、空気の悪そうな場所に、女は一人で何かをしていた。
その姿は、まるで魔女であった。
「明日は会えるかな?」
妙に大人っぽい彼女の心には何があるのか。
それを知る者は、多くは居ない。
何か計画を企てているのか、謎そのものである彼女が何をしようとしているのかは、まだ誰もわからないのである。
「というか、もう九時だし晩御飯の準備をしようぜ」
「ふふん」
志宮はドヤ顔で鼻を鳴らした。
「もう作ってあるわ」
僕が「おぉ」というと、更にドヤって台所へ向かった。
「淡奈は作らなかったのか?」
「私はずっとあんたの様子を見てたから」
「そうか」
今日はこいつらに世話になったようだな。
いつか恩返しでもしないと...
奥から志宮が豪華に飾りつけされた重箱を持ってきた。
「...何これ?」
「嬉雷君のためにと思ったら、作ちゃってて」
嬉しそうに顔に両手を着けて嬉しがっている。
「じゃ...食べようか...」
僕は苦笑いを浮かべて、机に重箱を置いた。
三人で食べれるか、これ。
「あ、そうだ。嬉雷に言っておかなくちゃいけないことがあるんだ」
淡奈が改まって、僕に面と向かって座る。
「あんたの両親、今日から出かけるって言ってたわよ」
「はっ?何処に?」
志宮が僕の手を握った。
「それは分からないけど、心配しないで...て言ってたから大丈夫だと思う」
心配そうな顔で言われても説得力がない。
でも、それと同時に別の感情が生まれた。
「だから、今日から暫くあんた家で泊まらせてもらうわよ」
「帰ってほしいんだけど」
「なんでよ!」
淡奈は相変わらず暴力的な顔をした。
「あのな、男と女二人が同じ屋根の下で暫く共にするという事は...」
「嬉雷君...だめ?」
志宮が悲しい顔をする。
ダメだと分かっているのに...こんな顔されたら。
志宮が少し涙を浮かべて「ごめん」と言った。
「わ、わかった」
「やった!」
さっきまで悲しそうな顔をしていた志宮が、いきなり表情を真逆に変えて淡奈とハイタッチした。
こいつ、悪魔だな。
「それじゃ、食べましょ」
調子の良いこと言って...
僕は心の中で深くため息をつく。
重箱の箱を開けた時、僕は志宮にお嫁に来てほしいと思った。
「腹いっぱいで死にそう」
僕はぷっくり膨らんだお腹をぽんぽんと叩いた。
淡奈が、眠たそうに眼をつぶる。
そしてあくびをした。
「お風呂沸かしてるわよ」
志宮が淡奈に言った。
「ええ、入るわ」
淡奈は立ち上がって風呂場へ向かった。
今とそのままつながっている台所で、洗い物をしている志宮が可愛く見える。
「本当に志宮がいてくれて助かるよ」
「私の命はあなたに捧げると決めているからね」
「え...あ、そう」
志宮は洗い物をしながら僕の方へ視線を送る。
こうしてみると、本当にお嫁のように見えて、なんだか恥ずかしくなってきた。
「きゃぁぁっ!」
「なんだ!」
家中に響き渡る程の叫び声が鳴った。
僕は急いで風呂場へ向かう。
さっきのさっきだ、淡奈に何かが起こったに違いない。
「どうした!?」
脱衣所のドアを勢いよく開けた。
「あ、あれ...」
淡奈が泣きそうな顔で指さした所には...
黒光りして素早く動く者がいたのだ。
「あれは...」
そう言った時、志宮が横から抜けて、ゴキブリへアタックする。
「殺ったわ、これでもう大丈夫でしょ」
「え...と、その、、一緒に入り...なさい」
淡奈が珍しく素直になって言う。
「そんな事よりあなた、嬉雷君に見られてるけど」
僕と淡奈の目が合う。
「あっ」
「あっ」
そうか、ここが僕のお墓か...
さようなら、皆。
さようなら、人生。
「きーらーいー!」
ありがとう、お袋。
ありがとう、親父。
外は明るい月明かりが、僕の部屋を照らした。
僕は全く寝ることが出来ない。
それは、さっき寝たからという訳ではなく、気持ちの問題である。
右横には淡奈が、左横には志宮が...
二人の息が耳元で聞こえる。
心臓の音が外に漏れているんじゃないかと思うぐらい大きい。
「嬉雷君...」
「うん?」
どうやら寝言のようだ。
「嬉雷...」
淡奈が僕に抱き着いて来た。
僕を抱き枕と思っているのだろうか。
「大好き」
志宮も僕に抱き着いてくる。
柔らかい感触...
わざとやってないか?
「どうしたの嬉雷君、目の下に隈があるわよ」
「なんでもない」
志宮が起きた時、僕は一睡もできてなかった。
志宮は「そう」と言って、僕の部屋を出た。
「ん?...嬉雷?」
淡奈も起きたが、少し寝ぼけている。
目をぱちぱちさせて、あくびをすると、もう一回寝だした。
僕は部屋を後にして、脱衣所へ向かい、顔を洗い歯を磨く。
すると、志宮がちょうど朝風呂していることに気が付いた。
...仮にここで間違って開けたとしよう。
僕は風呂場のドアに手を伸ばす。
開けようとするが、僕の紳士な心が寸止めさせた。
「嬉雷君?」
「!」
志宮は見えていないはずなのに、僕がいることを察した。
暫く沈黙が続いた。
「気のせいか」
志宮は「ふぅ」と息を吐いて、湯を流し始める。
その間に僕は静かに出て行った。
「はい、作ったわ」
昨日の今日でわかった。
志宮は料理が上手だ。
「うまい!」
それも店に出せるんじゃないかと思うほどに。
「お弁当も一緒に作ったから、私のと一緒に持っていきましょう」
「わたしのは?」
淡奈が機嫌が悪そうな声で言った。
「あなたはいらないでしょ」
「あんたって、酷いのね」
淡奈が志宮を見て、呆れた感じでため息をついた。
急に笑顔になった志宮が弁当を包んで支度を始めた。
学校の昼頃。
「雫、あんた覚えてなさいよ」
淡奈はふんと言ってから、教室を後にした。
「じゃ、嬉雷君そこの席に座って」
志宮が僕と対面するような形の椅子を指さす。
「すまん、ちょっとトイレ言ってくる」
「そう、それまで待ってるわ」
「わかった、ありがとう」
不穏な空気に僕は気付かない。
教室の外に、僕は何かおかしいと思っていたが、それに気づかなかったのだ。
廊下に出た時、僕の目の前が真っ暗になった。
真っ暗だ。
目隠しされてて、全く何が起こっているのかわからない。
「ふふっ」
微かに笑い声が聞こえる。
それになんだこの緊張感。
身体が妙に震える。
「白阿君?」
知らない女の声が聞こえた。
「僕をここに縛って何をする気だ」
「決まってるじゃない、私はあなたをここに縛っていたずらして...」
目隠しを外される。
「殺すのよ」
「!」
喉に包丁を向けられていることに気が付いた。
ここは、化学室か?
女はその包丁を持って、僕の後ろへ回る。
後ろから、僕の首に包丁をかざして不敵な笑みを浮かべた。
「誰の差し金だ?」
「私一人の単独的行動よ」
僕の横顔を汗が伝う。
だんだんと息が荒くなってきた。
「怖がってるの?」
女が嬉しそうに笑った。
「そうよ、もっと怖がりなさい」
そういいながら、僕の口に布を巻き、喋られなくする。
「う...うう!」
「どうしたの?」
このままじゃ、殺されるかもしれない。
いや、確実に殺される。
きっとこの女は人を殺すことが出来る。
中途半端な覚悟はしていない、僕をここに監禁しているのも、昨日僕を襲ったのも、きっとこの女...
何も失う物が無い。
ここで、初めて僕の心に怖いという感情が生まれた。
「喋りたいなら、外してあげるわ」
僕の口に縛っている布をとる。
僕は殺される。
物語の主人公なら殺されない盾がある。
僕には盾が無い。
息を飲んだ。
「解放してくれたりは、しないよな?」
「するわけないじゃない」
さっきまで不敵な笑みを浮かべていた女の顔が、急に真顔へと変わった。
「私をなんだと思っているの?」
女を怒らしてはまずい。
「悪かった。」
今頃あいつらは僕を探しているのだろうな。
出来れば来ないでほしい。
「早く泣き叫びなさいよ、助けを求めなさいよ」
その瞬間ドアが開き、光が僕たちを照り付けた。
「嬉雷君!」
「嬉雷!」
どうして、来てしまうんだ。
志宮と淡奈が凛々しく仁王立ちしていた。
淡奈は僕を縛っていた縄をほどく。
「さて、話し合いか殺し合いか、どっちにする?」
「どっちも嫌よ...私は白阿君に用があるの」
「私の嬉雷君を汚すような行為はやめてもらえないでしょうか、京楽美嫉先輩」
淡奈が女を睨みつける。
それと同時に、女が僕に情熱的な顔をした。
「予定変更よ、白阿君」
「なんだ」
震えが止まらない。
「契約しましょう」
........
「まだ言えないけど、あなたは狙われてるの...だから私が貴方を守ってあげるわ」
「それで、あんたは僕に何を求める?」
「なにも求めない、ただほんの少しだけ、私の趣味に手伝ってもらうだけよ」
淡奈が指を指し言う。
「そんな契約、破棄するわ!」
「わかった」
僕は淡奈の声をかき消して言った。
志宮が心配そうに寄ってきた。
「それで、こいつらには手を出さないのだろ?」
「そうよ」
言うまでもない、僕はこの二人が傷つくのは嫌だ。
そして僕は、二人から離れて、京楽美嫉と手を組むことにした。