益
益
abaudo;アバウド
「嬉雷いる?」
「なんだ?」
実に一か月振りの再開だ。
小さな人形のような女で、その上可憐であるのが故に、最高にタチの悪いチャームポイントだ。
園瀬淡奈僕の幼馴染である。
こいつはよく僕の事を嫌っている様な発言をする。
でも僕はこいつとは離れられない。
昔から絡む縁が多過ぎた事で、今更切っても切れない縁が自然についていたのだ。
「はい、お土産」
「くれるのか?」
淡奈の綺麗な金髪が、頭を動かすたびにゆらりと揺れる。
「せっかく買ってきてあげたんだから、感謝しなさいよね」
「はいはい、ありがとうございます」
こういうこと言うからコイツは...
淡奈は納得のいかない顔で「何よ」と言ってから立ち去って行った。
淡奈の「ふん」は妙に理にかなっているのが腹立たしい。
そういえばあいつ...僕が子供の頃に渡したペンダント、まだつけていたな。
そこまで大事にしなくてもいいのに...
ふとした時、ピンポンが鳴っていることに気が付いた。
そして立ち上がった瞬間、思い出した。
それは朝の電話だ。
「今日1時から、神社に来て。大事な事があるから」
今は...
壁にかかっている時計を眺める。
もう3時を回っていた。
顔は青ざめ、足は凍り付き、ドアの向こうから念まで聞こえる様になってきた。
開ければ死ぬ、開けなければ死ぬ。
こんなに死と対面したのは初めてだ。
僕はゆっくりとドアに近づき、様子を見ながら少しだけドアを開けた。
「!」
わずか10センチほど開けた所で、強烈な殺気によって吹っ飛ばされそうになる。
悪い何かが僕の家の中に入ろうとしている。
急いで閉めようとするが、そんな甘くはなく、ドアの間に足を突っ込んで閉められないようにして来た。
力尽くで閉めようとしたが、ドアは向こう側の手によってどんどん開いていく。
気を緩めた時、僕には死が待っていた。
「あの...志宮?そんな怖い顔をしていると...」
僕の前にいた者は志宮ではなく、鬼そのものだった。
「それで、なんで来なかったのかしら」
「すみません」
志宮は僕の部屋で嫌というほどくつろいでいる。
そして僕は正座で尋問されている。
「謝るのじゃなくて、理由を聞いているのだけど?」
「はい...」
何も言えない。
「私、朝電話してから3時間も待っていたのだけど」
「...」
昼の十二時から来ていたらしい。
「まぁいいわ」
「はい、ありがとうございます」
僕は話すごとに声が小さく細くなっていった。
しかしこの女、この状況を楽しんでいるようにも見えるが...
「私のお父さん、死んだわ」
「はっ!?」
志宮はあっと言う顔をした。
「今のお父さんよ、再婚相手の」
これに関して僕はなんとも言えない感情に襲われた。
ただ、黙り込んでいることしかできない。
「そして、母さんが捕まった」
これは冗談なのか、僕の記憶にはあの女の人はすごく優しそうな...
「お父さんはお母さんに殺されたの」
「はっ?」
志宮は決して笑顔ではないが、何故か嬉しそうに見えるのが不思議に思う。
こんな時に、志宮が嬉しいはずないのに...
「多分いつかニュースとかで見ることになるんじゃない?」
「ならお前はどうしてここに?」
僕はきっと焦っている、これで志宮がいなくなるんじゃないかと、不安にえぐられていく。
「そのことのためにここに来たのよ」
志宮は余裕な顔で僕に顔を近づけた。
「私を引き取ってくれないかしら」
「!?」
ついに声すら出なくなった。
彼女は自分で何を言っているのかわかってないのか?それとも、馬鹿なのか?
「ちょっ、志宮」
俺は壁を作るように手のひらを見せるが、志宮は僕に身体を近づけ、言い寄ってきた。
多分悪意はないのだろう、そう信じたい。
「その話、私が聞いてあげるわ」
急にドアが開いたと思ったら、淡奈が僕の部屋の前で仁王立ちをしていた。
「何、今私は嬉雷君と話しているのだけど、というかあなた誰?」
「それはこっちのセリフよ!私の嬉雷に手を出さないでくれる!」
「あなたはあの子の所有物なの?」
「ち、違うが...」
志宮は鼻で笑った。
「違うって言っているけど?」
「うるさい!」
いつものように淡奈が怒っている。
「ちょっと来て」
「あ...」
淡奈は僕の腕を引っ張って、無理やり志宮から引き離した。
そして廊下に出ると、勢いよくドアを閉めた。
「何あの子!」
僕が怒鳴られても...
「お前も知っていると思うが、あの氷の女王の志宮だよ」
「あぁ、あの子が」
僕の方を疑いの目で見て来る。
「で、なんで志宮があんたの家に居んのよ」
「えー...っと........」
「それは私と嬉雷君が事実上の恋人同士だからよ」
「はぁっ!!」
淡奈が僕の方を物凄い形相で見て来る。
「何よ!私に黙って嬉雷は、いつもいつも!」
淡奈は目から涙が出そうになったのを袖で拭いた。
「いや、付き合ってはないぞ」
「もう嬉雷君は........」
志宮は僕の顔を見ては、二回ため息をついた。
眉間にしわを寄せて、淡奈が僕の胸倉をつかむ。
「で、あんたはこいつの事が好きなの?」
「あ、あぁ、まあ一応」
隣に志宮がいるし照れくさい。
淡奈は握り拳に力をいっぱい詰めて、深呼吸を繰り返した。
そしてもう一度涙を拭くと、強いまなざしを志宮に向ける。
「それなら尚更、あなたは私の家で暮らして貰う」
「あぁ嫌だ、私は嬉雷君の家で暮らすの、もう決めた事なの」
そういうと志宮は僕の腕に胸を押し付けた。
「ちょっ、志宮」
志宮は僕にウィンクをした。
「でも、あなたもこの家で暮らすのは厳しいでしょ、実際あなたは何も持ってきていないんだから」
志宮は淡奈の方を睨んだ。
「同じ女だからわかるけど、そんなんでどうやって暮らそうというの?」
「それは...」
「あなたも嬉雷や嬉雷の親に迷惑かけたくないでしょ」
志宮は僕の腕をそっと外し、淡奈に近づいて行った。
「わかったわ、それにあなたは嬉雷君の幼馴染なんでしょ」
「なんでそれ知っているのよ」
「だって嬉雷君に私ほどでは無いけど、あなたみたいな可愛い子と仲良くなる事なんてできないもの」
今、私ほどでは無いけどって自信満々に言ったね?
「だから志宮君に毎朝会い放題!」
淡奈はため息をついた。
「あんた、変な女に目を付けたものね...」
「変な女とは何よ」
僕も深いため息をついた。
何でも良いから僕の家の廊下でもめないでくれ!
「で、手続きとかってどうしたの?」
「弁護士に相談して任せたわ...勿論、親にも弁護士にも無理を言ったけど」
風呂場の壁と天井で声が反響する。
「じゃあ一応、養子って形?」
「まぁ、そうなるわね」
淡奈は身体に着いた泡を洗い流し、風呂の中へと入る。
先に風呂に入っていた志宮が、その光景を見て鼻で笑う。
「何よ」
「いやぁ、あなたって見た目道理...小さいのね」
志宮は完全に胸に視線を向けて、何度も鼻で笑う。
淡奈は胸を腕で隠し、顔を赤くして怒鳴る。
「うっさいわね!あなたも私より背が高いくせにそこまでじゃない」
「日本人男性の好きなカップランキング知っている?私はその二位のCよ、あなたはAも無いんじゃないの?」
淡奈は完全に怒ってシャンプーハットを床に投げつける。
「うっさい!このおっぱいオバケ!」
「だれがおっぱいオバケよ!私がそうだったら三年の京楽先輩はどうなるのよ!」
志宮も怒った。
「知らないわよ、馬鹿!」
「馬鹿って言う方が馬鹿よ」
風呂場の前で話を聞いていた淡奈の母は、ふふっと嬉しそうに笑った。
「あんたのせいでのぼせちゃったじゃないの」
「あなたも悪いわよ」
布団に着いた後も喧嘩は続いていた。
その夜は二人にとって長いものとなった。
「嬉ら...」
「おはよう!嬉雷君!」
家の前にうるさい二人が立っている。
「朝からご機嫌だな...」
僕は玄関の隣部屋から顔を出して言った。
「嬉雷君に会えると思うと、心が勝手に暴発しちゃって...」
「は、はやく行くわよ!嬉雷!」
「はいはい」
僕は渋々制服に着替えて、朝は両親どっちも居ないから戸締りを確認して家の外に出た。
「はい、お弁当」
「あんたいつの間に」
僕はピンク色の布に包まれた弁当を志宮に渡された。
「ありがとう」
志宮はえへへと笑って頭を肩の方に持ってきた。
「撫でて」
「わ、私にもしなさい」
淡奈は僕の肩にぎりぎり届くかの背伸びをした。
「なんであなたまで撫でて貰おうとしてるの?」
「お、幼馴染なんだからいいでしょ!」
仕方ない...
僕は少々照れを隠しながら二人の頭をよしよしと撫でる。
志宮と淡奈はどっちも目を閉じて嬉しがった。
二人共カバンを持つと、三人で学校へ向かって歩き出した。
登校中も楽ではない。
淡奈に会ってから志宮がヒートアップしている。
エンジン、ギアを全開にしている。
志宮は僕の腕を持って、頭を肩に添えてずっといるのだ。
それを見た淡奈が張り合うように片腕を持って、背伸びしないと届かない肩に頭を頑張ってくっつける。
「あの二人共?歩きにくいんだけど...」
そんなのかまう物かと二人共の両腕をがっちりホールドして離さない。
「私と嬉雷君の赤い糸が強く張って離せないの」
「赤い糸って何よ、馬鹿じゃないの?」
「何か言うと思ったらまた馬鹿って言うのね、それぐらいしか言えないのかしら?」
また喧嘩を始めた。
通学中に出会う人々に変な目をされるのは拷問以外の何物でもない。
これってあれだよね、いちいち主人公に文句を言う、ちょっとモテてるだけで他人を下に見る、大体ラスボスの言いなりになって殺されるあれだよね。
僕は決めた、心を殺そう。
僕は学校までの間、無でいると決めた。
「なぁ、白阿...お前、俺を裏切ったな」
こいつは気の合う知り合いの小敷励二。
僕の唯一気の合う人間だ。
「まぁ、いいんだけど」
こいつはなんて言うんだろう...
いつもふざけている様に見えるのに、実態を見ているというか、何か奥深くを見透かしているというか、よくわからない人間だ。
それだからこそ、気が合うのかも知れないけど。
「まぁ、気を付けるよ」
「何に?」
「そうだな、お前は気が付いた時には遅いと後悔する人間だろ?」
「まぁ、そうだが...」
励二は表情を柔らかくしていう。
「だから、早めに気付かないと手遅れになるし、そうならないかもしれない」
「なんだそれ」
「まぁあれだ」
励二は手を振って、僕の目を見る。
「飯食って寝ろ」
「またそれか...」
「流行らしてもいいんだぞ」
「流行らねーよ」
僕が笑いかけると、励二も笑った。
僕が立ち去ろうとした時、励二は小さな声で言った。
「お前、強くなったな...」
「嬉雷君!一緒に食べましょう」
チャイムが鳴ったその瞬間から、志宮は僕の席に来ていた。
気付いたら淡奈まで来ている。
「あんた、この時のために嬉雷に弁当を渡したのね!?」
志宮はピースをして、隣に席を持ってきた。
「待ってなさい、すぐ戻ってくるから!」
そういって猛ダッシュしていった。
志宮は僕の手を持った。
「来て...」
そういうと、僕も志宮も弁当を片手に走った。
「淡奈は?」
「いいのいいの」
行き場所は、誰もいない屋上だった。
「座って」
志宮は僕を壁に寄せて、どんどん迫ってくる。
志宮の顔は赤らめいて、息も荒くなっている。
そのまま、両手で僕の顔をがっちりと掴んで、どんどん顔を近づけてくる。
後少しの所で近づけるのをやめ、不敵な笑みを浮かべる。
「興奮した?」
「お、男としてするだろ」
目を合わせられない。
「こらーっ!あんた達何してんのぉ?」
ドアを蹴り飛ばして淡奈が屋上に来た。
淡奈はこの光景をみて、息を飲んだ。
「志宮...あんた...」
「なに?」
志宮は挑戦的な目で淡奈を見ている。
淡奈は深呼吸をすると、僕の横に来た。
じっと志宮は淡奈を見ていた。
すると、淡奈は思い切った行動にでた。
「!」
僕も志宮も同じ様な顔をした。
淡奈は僕の頬にキスをした。
僕は恥ずかしさと動揺で動けない。
「どう?これで私の方が先よ...」
「なにやってんだよ、淡奈お前...」
「はぁ、冷めちゃったわ、折角ワンチャンあったのに...」
志宮は僕の顔を掴んでいた手を放し、そのまま座った。
僕の横に来ると、弁当をの品を箸で持ってあーんして来た。
「はい、あーん」
僕は恥ずかしながらも、震えながら口を開ける。
「嬉雷、こっちにも向きなさい!」
そういうと、僕の口に学食で売っているパンを口に突っ込んだ。
せめてちぎって入れて欲しかった。
「あぁ、ごめんごめん」
淡奈は口に突っ込んだパンを一回ちぎってから僕の口に入れた。
「嬉雷君こっち、あーん」
「嬉雷、はい」
教室に戻るころには、机でぐったりしていた。
「食い過ぎた」
「馬鹿だな、お前」
励二は他人事だからって楽そうでいいな。
「なんだ?俺だって忙しいんだぞ」
「僕の心をしれっと読むな」
励二はへへって笑ってから、前の席で俺を茶化して始めた。
「どうだ、四天王の中のあの二人に囲まれるのは」
「なんだよ四天王って...」
「知らないのか?」
知らないのかって...今初めて聞いたばかりだし...
そもそもあの二人が四天王だったのが衝撃過ぎるわ。
「お前、どっかのゲームの四天王と一体化させて考えているだろ」
「うん」
僕は辛そうに机に顔を置く。
その姿を見て笑った励二に対して、殺気がわいた。
私は嬉雷がどうしようもなく好きだ。
なんでアイツは嬉雷の事が好きになったんだろう。
私が、もっと前からずっとずっと好きだったのに。
嫉妬ばかりの心。
それか嬉雷は騙されているに違いない。
嬉雷はいつも誰とも話さないのに、私にだけいつも話しかけてくれてた。
私も当時は誰とも話さなかったから、あれがきっかけで好きになったのだと思う。
諦めたくない。
あいつなんかに嬉雷を取られるなんて嫌だ。
私は嬉雷の........
中学生の頃、アメリカに留学していた時。
アメリカに行く前、嬉雷がくれた手紙が私を何度も支えて助けてくれた。
私が戻ってきても、まず最初に会いに来てくれたのも嬉雷だった。
正直、嬉雷の事が好きって気付いたのも、その時が初めてだった。
私は嬉雷と一緒にいたい、でも、嬉雷といると自分がおかしくなる。
好きだと伝えたいのに、伝えようとすれば自分が邪魔をする。
これが私の呪い。
一生付き合っていくもの。
だから少しずつでも良いから伝えようと思っていたのに、あいつが出てきた。
会ってまだ全然だけど、あいつは嬉雷の事を...
わたしから奪おうとする。
嬉雷にいない世界は嫌。
だから、絶対にあいつに勝たなきゃいけないんだ。
やっと家に着いた。
今日は疲れた...
寛ごうとしたのもつかの間、ピンポンが鳴った。
「はーい」
お袋が玄関に行く足音が聞こえた。
「あっ、淡奈ちゃん、いらっしゃい入っていいわよ」
「お邪魔します」
僕は隠れようと思ったが、きつかった。
ドアが開くのが早かった。
「...なにしてんの?」
「いや、なんでも」
目が合って、時間が止まったように静止した。
「てか、いきなりどうし...」
いきなり淡奈が抱き着いてきた。
僕はもうこんな事では動じない、と思ったがやっぱり恥ずかしい。
「...!?」
「嬉雷、ごめんね...私抑えられない...」
淡奈は抱き着いて乱れた制服の、一番上のボタンを取り始めた。
二番目、三番目とどんどん開けていく。
「ちょっと待て、いきなりどうした?」
僕は絶えず動き続ける淡奈の手を押さえる。
「私...嬉雷のためにもうこれしかできない」
「は?」
「私、嬉雷ともっと一緒にいたいの」
「いるじゃないか」
淡奈は子供のように泣きじゃくる。
「そうじゃない...私は嬉雷と一生を過ごしたいの」
それって...
あぁもう、頭が追いつかない。
「淡奈、僕は...」
「あいつが好きなんでしょう?」
...
取り乱しているのか、僕の言葉を聞かない。
淡奈は全然泣き止まない。
「淡奈?」
僕は小さい子をあやす様に話しかける。
「僕は淡奈に傷ついてほしくない、だからやめろ」
「じゃ、約束してくれる?」
「なんだ?」
こんな淡奈は初めてだ。
俺が思っていたより...
「高校卒業したら、私をお嫁にしてくれる?」
........
僕は一途でありたい。
今は志宮の事がすきだ。
本当はそれは出来ないというのが、正解なのだろう。
主人公、僕はそれになれない。
だから、物語の定番なんてものは気取れない。
「その時僕が、淡奈の事が好きだったら...」
淡奈の目に光がさした。
僕は最低だ。
大事な、切っても切れないような縁のある幼馴染を失望させてしまった。
こんな俺を神は許してくれるだろうか。
「絶対にあんたを夢中にさせてやるんだから」
淡奈は僕の部屋を出て行った。
その時にした笑顔は本当の笑顔か、それとも強がりなのか、今となっては淡奈にかける声も出なくなってしまった。
もう少し早く淡奈の気持ちに気付いていれば...
でも、それだと志宮は...
恋とは残酷でこんなにも苦しいものだ。
目がァァァァァ、目がァァァァァ!
長時間書くのは、目がやばいですね。
もしよかったらブックマークよろしくお願いします。
これからも“自分が嫌いすぎる彼女”をよろしくお願いします。