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「おぅ、いらっしゃい! 何泊だい?」
「予定は決まってないんだけど、ダメかい?」
すると、オヤジは軽く手を振って答えた。
「いや、かまわんよ! 西門の宿屋は人気がなくてな。あまり人も来ないんだ。一日、晩飯つきで銀貨6枚だがいいかい?」
「人気がない?」
食事つきはありがたいけど、人気がないってのはどういうことだろう。棘花の話と違うな。
「あぁ、ほら、北のほうには『龍の爪痕』があって通れんだろう?
それで開拓が南のほうに偏ってるもんだから、バイオンに行く奴らはほとんど南門の近くに宿を取るんだ。だから、この辺の宿屋はうちだけになっちまってなぁ。南門やパルチザン側の東門は何軒も宿屋が集まってるんだがなぁ」
龍の爪痕は、マギのはるか北に走る、大地の亀裂である。
これは空からは弓なりに見える亀裂で、マギのはるか北を真っ直ぐ走っていて、私の生まれた村のウェリルから西に5日歩いたところまで続き、さらに南へ徒歩2日分も穴は続いている。
それの底は深く見えず、向こう側に木々は見えるものの幅がいったいどれくらいあるのかわからないほどだという。
まるで、大地を引き裂いたかのように刻まれたそれの南側の終点近くには、今のところ最も西のノードという町がある。
ウェリルと、その南西にあるノードの間は整備された道が通っておらず7日以上かかるため、開拓するならマギからノードに向かった方が比較的安全。
バイオンはそのノードへと向かう途中の町で、マギからやや西よりの南に、馬車なら2日で着く町だ。
バイオン周辺はすでに開拓されており、バイオンからほぼ真っ直ぐ西に2日でティムドの村、さらに西に2日でノードの町への道が繋がっている。
ウェリルからティムドの村へは西よりの南に3日行けば着くことが出来るが、マギから移動するにはバイオンを通るルートが一番安全で、ウェリルルートよりも馬車で一日分も早く着くので皆そちらの方を選ぶのだ。
そういう訳だから、ここの西門に宿を構えても、繁盛しにくいのだろう。
「なるほどね。ならしばらく頼むよ」
「そうか。じゃ、これに名前を書いてくれ」
言われた通りに宿帳に記帳をしようとして、名前がそのままだとマズいかなと気づいた。
咄嗟に思いついた偽名の、レイ=カトルを記入する。
レイはそのままミレイから、カトルは前世の名前の城からだ。
アースガイアではカトルは車輪の意味がある。普通にある名字だから問題もないだろう。
記帳して顔をあげると、オヤジがニッと口の端を持ち上げた。
「よし。んじゃ、これが鍵だ。部屋は1号室。いまは他に客はいないから、ゆっくりしてくといい。宿賃は前払いだが、ウチに居る間は朝に払ってくれりゃ良い。今日の分は今払ってくれ」
「わかった。ありがとう」
それから私は少し王都のことを訊いてから料金を支払い、階段を上がって部屋に入った。
入ってすぐに鍵を閉めた私は、ほっ君から取り出した毛糸を錬成し、セーターを編み上げた。
時間があれば自分で編むのも出来るけど、今はそんな時間もないからね。
出来上がったセーターはクリームを基としてケーブル、青のダイヤ、生命の木などを組み合わせたアラン模様を施した簡単なもの。
Tシャツの上からセーターを着て、灰色ローブから黒いローブに着替えた。
カバンは変えられないけれど商人などにはよく見かける型だし、これでもしローブの中をみられたとしても、印象は変わるだろう。
あとは体型を誤魔化すためにブーツの高さを変えて、ベストを作ろうかな。
今の材料では生なりの布と綿が余っているので、胸のあたりを目立たなくするために首から被るタイプの繋ぎ目なしベストをそれで錬成した。
セーターの下に着てみると、これが案外悪くない。ローブを纏わなくても少年くらいには見えるだろう。
ただ、今の季節は良いけれど、夏は暑いだろうな。
ウルフ種の毛皮素材は何故か夏も涼しく着れて冬も暖かく着られるという優れモノなので、ほっ君の中のウルフ種を解体したらそれで作ろう。




