黒雪伝説・湯煙情緒 6
「ねえ、用意できたあ?」
黒雪が王子の書斎を覗くと、荷物が山のように置かれていた。
「うわっ、何? この大荷物!
あなた、夜逃げの練習してない?」
「備えあれば憂いなし、って言うでしょう。」
「これ、誰が持つの?
ふたりだけで行くのよ?
私には私の荷物があるのよ、あなた、持てるの?」
「えっ、何でふたりだけ?」
「人が多くても足手まといなだけ、と
昔のサバイバルで、ものすごく学んだから!」
「・・・ああ・・・、あなた、徹頭徹尾そういう態度でしたね・・・。」
黒雪が荷物を覗き込む。
「何が入ってるのよ、このバッグの数々。
鍋、フライパン、包丁、まな板、コップ、茶碗、諸々の食器類
下着、寝巻き、朝用普段着、昼用普段着、夜用普段着
スリッパ、靴、香水、小説、辞書、etc、etc
アホかああああああああああっっっ!」
黒雪はバッグをちゃぶ台返しした。
「どこにお呼ばれですかっ、それともお引越しですかっ!」
「わかってますよ、ふたりだけなら厳選しますよ。」
「とうっ!!!」
王子が選んだ事典を、黒雪が手刀で叩き落した。
「ふざけてるのかしら?」
「ふざけてませんよっ!
これは野草の事典なんです!
知識は現地調達できませんからねっ。
そういうあなたは何を持って行くんですか?
それはそれは、なくてはならないものなんでしょうねっ!」
ふたりでワアワア怒鳴り合いながら、黒雪の部屋へとなだれ込む。
「はあっっっ?
アックス、ハンマー、モーニングスター、クレイモア、
マチェット、クロスボウ、スリングショット
全部武器、しかも腕力頼りの武器ばっかりじゃないですか!!!」
「あなたが武器名を全部知ってるのが驚きだわ・・・。」
「私は知力特化キャラですからね。」
「だったら草の名前ぐらい全部記憶しといてよ!」
「一応大体の暗記はしましたけど、念のためですよ、念のため!」
しこたま怒鳴り合い、ハアハア言いながら睨み合う。
「・・・初夫婦ゲンカじゃないですか?」
王子が怒った表情ながらも、フラグを立てようとするのを
黒雪は素早く阻止する。
「そうかも知れないけど、記念日とかにするのは止めてね?」
「わかってますけど、何事も “初” は1度きりなんですよ?」
黒雪がフーッと息を吐きながら
ポージングをし、全身の筋肉を盛り上げた。
「ラブラブ “恋バナ” が、そういう面倒臭いものなら
この話、速攻で血と臓物のスプラッタ劇にする自信があるけど?」
「ひいいいいいいいいいいっ・・・。」
黒雪の脅し勝ちである。
「・・・とりあえず、お互いに荷物を見直しましょう・・・。」
「・・・そうね・・・。」
無言でそれぞれの荷物の整理に取り掛かるふたり。
市原悦子レベルじゃなくても、召使いたちには全部聴こえていた。