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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
1章:戦乙女の旅立ちと世話役の初任
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キースの脱兎

キリが悪いことをお許し下され。



 俺の説得も虚しかった。

 いくら村を出ることで生じる損得を説いても、シルキーの意見は曲がらない。

 彼女の身を危ぶんでの判断でもあり、また俺が単独の方が行動し易いという理由がある。

 あの『黒いお化け』が日常を破壊した。

 まだ互い以外の人間に周知されていないのが幸いだが、おそらく後になって村人たちに露見すれば、過ごしてきた『今まで』など儚い。

 シルキーは、予見しうる事態の深刻さを充分に理解していない。

 村長達が『黒いお化け』に食われたと主張しても、誰一人の信頼も得られないだろう。さしものシルキーの言ですら、それは不可能だ。

 仮にある程度の偽装工作をして俺一人が村長たちを殺害した(てい)で村を出ればとも考えたが、親父にまで被害が波及する。

 否、ここでシルキー共々消えたら、更に誘拐の罪まで加わり、それこそ親の首を絞める行為だ。


 家族を想うなら。

 シルキーの後生を案じるなら。

 どうすれば良いか。


 手段の是非は、この際もう問わない。

 灰銀のシルキー、消えた村長夫妻、異形と化した自身。この奇異極まれる己が現状をどう処していくか。

 どう足掻いても最悪の事態になる。

 俺の判断は父やシルキーの生活を左右する、過てば被害は自分だけでは済まない。


 逆に――片方を切り捨てるか。

 それが一番、合理的でやりやすい方策だ。

 シルキーには責任感が、罪悪感がある。親父には育てて貰った恩がある。

 どちらの優先順位が高いか。

 そこだけに着眼すれば……――。


「キース、わたし達はどうなるんだろう」


「ん?」


「キースはウサギになって誰にも理解されないだろうし、わたし髪色が変わっているし、お父さん達はいないし……」


 涙ぐむシルキーに神妙な空気が流れる。


 いや、待てよ。

 そもそもウサギになった俺の正体を、誰も判らないんじゃないか?シルキーも一見、常に傍にいた俺でさえも別人に見えたほどだ。

 村長が消え、俺が消え、シルキーが消える。

 村から逃げ去るのは、異形と謎の少女。



 思考する俺の袖を、シルキーが摘まむ。

 居間の方へと引かれ、為されるがまま導かれる。

 迷いない足取りで彼女は居間の戸棚の最下部――外れかかった(かんぬき)のある観音開きの部分開けた。

 シルキーが中を探ること少し、引き戻された白い手には二本の短剣が握られている。

 柄の部分に巻いた包帯が褪せて年季が感じられる物だった。

 なぜ戸棚の中に短剣があるのか。

 概ね護身用に用意していてのだろう、あの抜け目ない村長ならば頷ける。

 シルキーが開ける前から、閂の錠が外れているのを見るに、おそらく『黒いお化け』に対抗すべく、村長が取り出そうとしたのかもしれない。

 なぜ彼女がその在処を知っているのかは疑問だが、どうせ心配性な父親のことだから、万一の事態に備えて娘にも教えていたのだと推測する。


 受け取って俺が眺めていると、シルキーが満足げに胸を張る。真意が全く判らないので、こちらは彼女を見詰めるしかなかった。


「これで道中は安全だね」


「道中とは?」


「村を出た後のだよ」


「ナイフ二本でどうにかなると思ってんのか」


 俺は嘆息してから、ナイフ一本を自分のベルトに引っかけ、もう一方をシルキーに渡す。

 短剣の使い勝手など雑用以外に心得のない俺が二本を手にしても虎口に手持ち無沙汰も同断でたる。

 ならば、せめてシルキーが自身を守る最後の手段として一本ずつ分配する方が賢明だ。

 心苦しいが、俺が慣れた得物など斧以外にない。


 現状はこうだ。

 シルキーは同行以外の選択を断固として許さぬ姿勢だし、このまま滞在していても俺に良い事などないのなら、取るべき行動は一つ。


「シルキー、この家お金は?」


「納戸の中の金庫」


「よし」


 玄関へと駆け、入口から屋外の様子を窺う。

 近辺を通る村人の姿は無い。

 颯爽と家の裏手に回り、小屋形式で併設された納戸へと押し入る。蝶番の錠が施された大きな箱が目に留まった。

 またもや施錠状態である。

 解錠の手段を如何にするか思考していると、背後からシルキーの手が伸びる。隣に屈み込んだ彼女の手中には、戸棚のときとは違う銀の鍵があった。

 慣れた手付きで開けた彼女は誇らしげだが、俺としては戦々恐々としていた。

 この家の金庫まで……もしや、この人心及び経済まで村はシルキーが裏で牛耳っていたのではないのだろうか。


 そんな俺の恐怖も知らず、シルキーは中から紙幣やら銭やらを取り出す。

 俺はそれを幾つかの巾着袋に分けて入れていく。

 村用の資金にまでは手を出さず、村長宅の分だけを頂く。村に危害が無いとしても、まるで強盗の作業に思えて罪悪感が芽生える。


 俺は巾着袋の紐を締めて懐にしまう。

 最低限、この世を生きるには金があれば良いと教わった。

 一度だけ村を出たらどんな職があるかを訊いた時に、そんな事を親父が言っていたのである。

 あとは余計な荷物、着替えなどは置いて行こう。迂闊に私物を持ち出せば、ウサギ頭でも正体がバレてしまう。

 念の為、顔を隠せる頭巾の付いた外套を羽織る。長い耳介は面倒なので後ろに撫で倒して強引に入れた。


 シルキーの手を引いて納戸を出る。

 このまま裏手に広がる森に入り、迂回すれば仕入れ番が町と村の間を往来する際の道に合流可能だ。

 村長宅を訪ねる人間がいれば即刻大惨事なので、出発は今すぐがいい。


「本当に良いのか。シルキーだけでも、この村で暮らしていける」


「わたしが一緒だと嫌かな?」


 正直に言って嫌だ。

 しかし、両親が消えて()()が俺しか無いのだろう。それを置いて行くのも気が引けるし、本人が村の滞在を拒むなら仕方ない。

 ……途中で愚痴って嫌がられても困るが。


 森に足を踏み入れる。

 枝を踏み割る音が高く鳴ると、こちらも驚かされて、慌てて周囲を見回した。初っ端から何処かの誰かに逃走を見られては隠密の意味なし。

 慎重に足下、全方位に気を配って進む。

 この時ばかりは、シルキーも緊張の色を目に浮かべていた。


「ああ、やっとだった」


 倦怠感を滲ませた声が林間を駆け抜ける。

 迫力も無いのに、背筋が凍った。

 俺はシルキーを抱いて地面に低く屈む。雑草に体を埋めて森の中に人の影を探った。

 まだ歩き始めて間もない頃に、早速見つかってしまったか。

 声の主を探して周囲の全景に視線を奔らせると、こちらからは傾斜して丘になった村長宅の裏手の場所に誰かが立っていた。

 俺達が踏み倒した雑草が立ち直っておらず、完全にこちらの姿が筒抜けの状態だった。


 やむを得ず、シルキーを背後に庇い立つ。


「誰だ!?」


 俺は相手が誰かを訊ねる。


 その瞬間、丘の上の男が何かを投げた。

 俺が目を凝らして見ようとすると、横の木の幹に硬い音を立てて斧が突き立つ。

 あまりの速度と驚愕で腰が抜けそうになるのを、シルキーの手を後ろ手に握って堪えた。


 丘の上から影が飛び出す。

 斜面を転がるように駆けて肉薄してきた。

 近くまで来たので、その正体がよく見える――俺の家の向かいに住んでいるオッサン、親父の樵の仲間だった。

 片手に斧を携えている。


 どうして――。

 その言葉を飲み込む。

 俺はシルキーを両腕に抱え、相手に背を向けて走る。正面から誰かと喧嘩するなんて『黒いお化け』だけで後免だ。

 それが尚更、知り合いだなんて。


「逃げるのか」


 オッサンが木に突き立っていた斧の柄を握る。

 幹に深く抉り込んだそれを、抜くのではなく、敢えて深々と突き刺すように力を込めていた。彼が獣のごとき唸り声を上げ始め、肩越しに見ていた俺を威圧する。

 俺が更に加速しようとしたとき、オッサンが斧を刺していた箇所の幹が爆発した。

 障害物を失った斧が薙ぎ払われると、その振るった先にある木々にも同じ現象が発生する。

 俺を追いかけるように、背後の樹木が次々と伐り倒されていった。


 本能的な危険を察知し、俺は自ら体勢を後ろに倒し、背中で斜面を滑る。

 すると、直近にあった木、そして前方で数本が倒木した。吹き上がった土煙が前景を閉ざす。

 行く手を倒れて重なった樹幹が封鎖され、俺は地面を摑んで体の滑走を止めた。


 シルキーを後ろに回し、俺はオッサンと正対する。

 彼我の距離は、まだ数十歩もある。

 それでも、さっきの斧のあれは何だ?まるで、物語に聞く魔法みたいな力だった。

 あれをもう一度やられたら、間合いなど関係ない。

 オッサンが肩に二本の斧を担いで歩んで来る。


「シシリーちゃん。遂に『契約』したんだな」


 オッサンが朗らかな笑みを作る。

 俺ではなくシルキーに対して話しかけていた。


「ところで、外套。お前は誰だ?」


 露骨というほどに。

 俺に目線を移した瞬間、冷たい表情になった。


「シシリーちゃんは置いて行って貰う。これから、村をまとめて貰って行かなきゃならんのだからな」


 俺の正体までは露見していないらしい。

 いや、それよりも。

 この人は、いまシルキーに村の行く末を委ねるかの様な発言をした。村長が消滅した事を把握している。

 姿を消した、のではなく、『消えた』と認知していた。

 オッサンの異常な雰囲気に、シルキーも俺の背に隠れて出ない。


「村長とお母さん、それと……キースも『代償』にしたのか。『黒いお化け』と契約したんだろう?」


「え……?」


 契約、代償……。

 シルキーには判っていないが、概ね理解した。


 あの『黒いお化け』は最後に、両親と俺の体を対価――つまり『代償』にして『力』を与えたと宣う。

 その力と、先刻のオッサンが見せた力が同質であるとするなら、彼もまた『黒いお化け』と『契約』した人間なのだ……何かを代償として。


 そして、シルキーにもそれがある。


「黒い……お化けと、契約なんてしてない!」


「シシリーちゃん、知らないのか。まあ、そうだよね。まだ、伝えられてないか」


 動揺するシルキーに、また笑顔で応える。

 オッサンは両手の斧を足下に置くと、腕を組んで語り始めた。


「この村はね、『黒いお化け』と共生する為に出来た、『交換者の村』なんだよ」


 あれ、これ俺は居ないもの扱いのまま?





次回へ続く。

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