表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
1章:戦乙女の旅立ちと世話役の初任
5/31

キースの変容



 固い感触が不快だった。

 重い瞼を開けると、横倒しになった床。


 村長宅の玄関前で、片手に箒を握った俺は伏臥していた。

 中途半端に開けられた戸口の隙間から、外の陽光が差している。今なら、あれの下でまた眠れるかもしれない。

 もしかして、掃除中に寝てしまったか。いや、日課に村長宅の清掃なんて組み込まれてない。


 目許に沈んで取れない疲労感とは裏腹に、体は妙に軽かった。

 起き上がって、自分の体を動かすと、意識を失う前までの鈍痛が治癒している。しこたま打ち付けた全身は、十全に動かせた。


 あれ、意識を失う前……?

 確かに玄関前で眠るなんて奇行を自分がするとも思えないし、辿り着いてそのまま伏してしまう程に疲弊していたわけでもない。

 本能的に、自身がどうなったか理解している。

 それでも、経緯を思索すると困惑を禁じ得ない。シルキーを迎えに赴いた、それは村長宅にいる時点でわかる。

 では、俺はどうして倒れていたか。


 周囲を改めて見回した。

 通路に人はなく、俺の息遣いのみが聞こえる。自身の呼吸が煩わしいとさえ感じる静寂だった。

 次に階段に視点を移して、俺は愕然とする。

 数段を上った段差に、灰色の髪の少女が倒れていた。


 俺は階段まで膝行(いざ)って、少女の傍に寄る。

 艶やかな灰色の髪と玉肌香膩(ぎょくきこうじ)。眠る相は子供ながらに、将来の色香すら漂わせる美貌だった。

 彼女を抱き上げて、怪我が無いかを確かめる。

 段差で伏していたとあって跡が付いていたが、幸いにも負傷は見受けられない。寝息も穏やかで、苦しんだ様子はなかった。

 それにしても、村長宅で眠るとは図太い。

 果たして許可を得て入った子なのだろうか。そういえば、俺も無許可のような気がする。

 村では見ない顔だが、その可憐さたるやシルキーにも匹濤(ひっとう)する天性を宿していた。


 抱き上げて階段を降りようと身を翻す。

 その先で、床に輾転(てんてん)とする物体を見咎めた。無造作に玄関前に捨てられたような物と『目が合う』。

 それは、人の頭だった。

 精巧に造られた頭部、模型か何かと不気味に思いながら近付いて調べる。村長はこんな趣味があったのだろうか。

 拾い上げて、よく観察してみると、既視感のある顔だった。何処かで会った人の、村人ではない、親父に少し似ている。この面影はどこかで……。


 俺だ。

 玄関前に転がっていた模型と思しきそれは、俺の頭部だった。安らかな寝顔のまま保存されている。

 本物なのか?

 今も、俺の頭は付いている。


 少女を一旦床に下ろした。

 いささか怖かったが、自分の両頬を撫でる。

 濃い毛髪で覆われているのか、ふさふさと弾力のある毛が掌を押し返す。側面に回っても、耳朶はなかった。

 我知らず覆面(マスク)でもしているのか。

 さすがに怪異に思えて、俺は鏡のある部屋へ走った。たしか、先刻の屋内探索で鏡を据えた化粧台があったはずである。

 方向は記憶している。

 そちらへ全力で急速発進した。


 化粧台のある部屋の扉を開け放つ。

 入ってすぐ正面の壁に据えられた鏡面には、入室者の出で立ちが映し出されていた。

 すなわち、それが俺。

 偽り様もない、紛うことなき自分自身である。


「な、何だ……この未知の顔面(フォルム)は……!?」


 そこに、奇妙なモノがいた。

 異形の頭部をいただく体が立っていた。


 頭部はほぼ、黒い体毛におおわれていた。暖かそうな毛に包まれ、小さな鼻と円らな瞳。

 ただ頭頂に、やや短いが長耳とも形容できる物が生えていた。


 一言で言えば――ウサギになっていた。


 明らかに人面ではない、人外と認知されても不思議ではない不可思議。

 被り物かと思って頭を抱え、下から持ち上げんとするが、外れる気配はなく、元より肉が引き()る激痛に慌てて中断した。


 どうして、こんな姿になったのか。

 改めて経緯を探るべく記憶を遡ると、意識を失う寸前の光景が想起(フラッシュバック)した。


 ――大切なモノって、なぁに?


 あの台詞、そして黒い靄。

 村長宅に不許可侵入の罪を犯した怪物は、話に聞いていた『黒いお化け』と酷似した特徴を持っている。数月前にシルキーと話した時に感じた違和感のお蔭で、思い出すのも早かった。

 不気味な化け物と戦い、そして敗けた。

 首を切断されて、死んだ。


 シルキーを包み込む瞬間、床に首だけで転がった感覚と、いま玄関前にある自身の『人間の頭部』の存在を再認識して総毛立った。

 なんて、おぞましい体験だったんだろう。

 俺にも最後、黒いヤツの問が聞こえた。


 もしかして、応えたのか?

 それで、こんな顔になったのか。


 そう考えて、俺は後頭部を殴られたような衝撃を受ける。

 大事な事を失念していた。

 自身の現状よりも確認すべき優先事項、それ即ちシルキーの安否である。最後に黒いヤツに呑み込まれて行き、以降その姿を全く見ていない。

 誘拐されたのか、或いは話の通り……捕食。

 では、先刻の灰の少女は何者か。


 自身の姿態に関する動揺も覚めぬまま、廊下へと再び出た。玄関前では、自分が放置した少女が眠っている。

 黒いヤツの置き土産か、シルキーの代行品として。そう考えると腸が煮えくり返ってくる。

 確かにシルキーに似ているが、彼女の艶麗な漆黒の髪とは異なり、磨いた刃にも似た艶に濡れる美々しき銀。


 俺は彼女の隣に座り込んだ。

 まさか、シルキーはヤツに食われたのか?


「キー……ス……」

「えっ」


 灰色の少女が、薄桃色の唇で囁く。

 寝言の譫言(うわごと)といえど、自分の名前を口にする辺り、俺の知り合いなのか。いや、山村を出て下町にも降りた経験の無い俺に、そんな知人は存在しない。

 改めて見れば、この顔、よくシルキーに似ている。睫毛も、その柳眉までもが灰銀とあって印象がかなり異質だが、色彩云々を差し引けば瓜二つの造形(ぞうけい)だった。


 いや――あり得ない。

 そんな言葉が先に口から洩れた。


 少女の瞳が開かれる。

 驚いて覗き込むと、覚醒しきっていないのか、その視線は望洋と天井を仰いでいた。視界の隅に景色の一部だと(ばく)として俺を見ているのだ。

 ゆっくりと、灰銀の双眸がこちらへ巡り。


 そして横っ面を叩かれた。


 乾いた音と痺れるような痛み。

 仰け反る俺の前から、階段の方へと後退りする少女は、段差に(しが)み付いて怯えていた。

 覚醒直後で異形の顔面があったら、それは喫驚も不可避である。不意打ちの初対面ならば、尚更のことである。


「きっ、君は誰!?わたしに何を……」


 何だろう。

 睡眠中に襲い来る不審者と認識されている。

 そんな犯罪に手を染める度胸など持ち合わせていない、母のお腹の中に残して来たと断言するくらい微塵も無いのだ。

 少女はこちらを睨み、やがて顔面蒼白となって周囲を見渡した。


「き、キース……キースは何処!?」


 俺をお探しの様子だった。

 横っ面を殴られたのもあって意趣返しがしたい。嗜虐心を擽られたが、こんな不条理に捉われた現状で、これ以上この年下の少女を混乱させるのは気が引ける。


「俺がキースです」


 控え気味に挙手しつつ名告(なの)った。

 少女は目をまたたかせ、心底からの嫌悪を鋭い眼光に滲ませた。それに射竦められて、面罵(めんば)を受けたのでもないのに胸が痛い。

 (ろく)にシルキー以外の女性と交流が少なかったから、異性へのあらゆる耐性が無いのである。

 特に、その冷たい反応は心痛が凄まじい。


「キースは、君のようなウサギじゃない」


「……ちなみに、どんな子でした?」


「キースは優しくて、勇気があるんだ。村では目付きが怖いと言われて敬遠されているけど、誰よりもわたしを想ってくれる人」


 かなり俺の人物像から外れてる、同名別人のキースではないのか。それより、俺は何気に村でそんな事を言われてたんだ。もはや立派な陰口である。

 少し互いを把握していないとあって興をそそられ、平生俺が如何に思われてるか訊ねた矢先、不要な風評まで知ってしまった。


「逆に訊くけど、そっちは?」


「シルキー」


 告げられた名に唖然とする。

 少女の相貌は虚飾なく毅然としていた。


 仮に彼女がシルキーなのだとしたら、あの黒髪はどうしたのだろうか。

 憂慮して本人か再度訊ねんとしたとき、横の床を何かが転がる。彼女の視線がそちらに移され、直後に瞠目して顔が蒼褪(あおざ)める。

 俺もそちらを見遣った。

 そこでは、顔を振るように床に俺の『元の頭』がある。


「あ……き、キース……嘘……!」


 ああ。

 最悪の展開だ、完全に存在を忘却していた。

 玄関前に彼女共々、放置したままだったのである。シルキーの安否や自身の変貌で動転していたとしても、これは途轍もない失態だった。

 キースだとこちらが主張しても、顔の変容で信用が得られない。

 逆に、見知った顔が首だけで残っていたら。


 突然、前から轟音が鳴り響いた。

 驚いて振り向くと、拳を固く握った灰色の少女もといシルキーが直立している。眦から涙を溢れさせ、その柳眉は怒りに攣り上げられていた。


「君が、君がキースを……?」


「いや違う、話を聞け」


「化け物め、よくも……!!」


 俺は落ちている自分の頭部を見る。

 ――ねえ。どうしたら良い、そこの俺?

 無論、返答はない。


「シルキー、落ち着け」


「黙ってよ。わたしの、わたしのキースを……!」


「おまえの所有物ではない。俺は立派な樵の息子であって、使用人ではないからな」


「……口調まで真似して、何が目的なの?」


 疑り深いのは感心するが、さすがに過剰に思える。

 俺は諸手(もろて)を上げて無抵抗の意思を示しながら、必死に返答した。存在証明の能う物的証拠が絶望的に少ない状況下で、唯一示せる誠意である。

 猜疑で鋭くなった灰銀の目で、シルキーが俺を睨みながら、頬を紅潮させた。

 器用だな。


「じゃ、じゃあ、もしキースなら、わたしにプロポーズできる筈だよ」


「は?」


「キースは、平然と女の子の髪を誉めたりして、わたしに好意を示してくれた」


 一回、ほんとうに一回で良いから叩きたい。

 俺はそんな剽軽な男ではないし、そもそも女性の頭髪に関して賛辞を送ると、求婚の含意があるなんて知らなかった。

 俺を適当に言いくるめようとした虚偽かと思っていたが、ここでも引き合いに出してくるとは。

 しかし、(キース)の証明としては必要不可欠らしく、こちらからは証明する物を呈示できない以上、それに従うしかない。


 少し考えて口に出した。


「前の黒も名残惜しいが、今も磨いた銀の宝石みたいで綺麗だぞ」


「そ、そっか……綺麗、なんだね」


 照れ始めた。

 心中でキース殺害の容疑者と見ていた相手から誉められて嬉しくなってどうする。いや、本人だけれども。

 しかし、反応から察せられるのは、彼女の中で俺がキースであると認知し始めている証拠。あと一押しがあれば、(たちまち)ち平時の面倒臭い彼女に戻るだろう。


 顔を綻ばせて自身の髪を撫でていたシルキー。

 情けない顔に、こちらも笑ってしまう。

 彼女は毛先まで手櫛を滑らせていた――が、その動きが、急停止した。顔が驚怖(きょうふ)で凍りついている。

 この表情は、黒いヤツを前にした時と同じ!


 まさか――。


「わ、わたしの髪が銀色になってる――!!」



 そういえば、そうでしたね。





次回へ続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ