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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
2章:騎士の忠剣と奴隷少女の恋
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ラッセリヒの挑戦

短めです。



 崩れた民家の狭間。

 戦の混迷にある人々の死だけが、噎せ返るような悪臭を立ち上らせ、まるで町そのものが腐っているようだった。

 火花のはぜる音。未だに目の端々で煙火の囁きがあった。

 空は晴れているのに、屹立する煙に遮られて仄かに暗い巷。埋め尽くすのは死者の雑踏、勝者と嘯いて誇る野蛮な甲冑の声。

 耳から迫る情報のすべてが煩わしい。

 胸の内を掻きむしりたくなる不快感が立つ。


 そして、血に濡れた自分の剣。


 磨かれた剣身は、曇り果てていた。

 正義に殉ずるべくふるった信心の切っ先は、いつ何処で破損したのか、欠けた部分から多量の血が滴る。

 途中から無我夢中だった。

 相手は訓練すら施されていない平民、雑兵、それを束ねた烏合の衆である。

 これを正義の名の下に、シーズフリードの威光を示すべく立ち上がった兵団として掃討した。反意ありと見定められた地へ。

 しかし、それは誤りだった。

 そして、我々は過った。


 何が正義だ。

 無害な人民を殺戮する様は我々こそ狂人。

 でも、仲間の蛮行を咎める資格は私に無い。

 謂れなき冒涜の罪科を背負わされた人々の悲鳴を、部下は嬉々として奏でた。

 ただの暴虐に息を切らし。

 まるで人々の苦鳴と悲泣に傾く耳はない。


「隊長……制圧完了です」


 報告するのは新たに配属された剣。

 軍部の養成機関では数少ない優秀な女性として、ここが初陣となる兵士だった。

 時期が悪かった。

 訝りつつ内乱を鎮める為と自らに言い聞かせ、されど今の顔色は死人に等しい白さ。

 よく慕ってくれた笑顔は一片の面影すらない。


「この武功は……シーズフリードの平和に繋がりますよね?」


 (すが)るような声色。

 私の声なき返答に、諦めたように俯いた。

 それから、私が除隊の申請が認められてシーズフリードを離れて少し経つと、彼女が前線で活躍する『狂戦士』と渾名された兵士と知った。

 相手を血染めにするまで戦うのを止めず、数で劣ろうと突撃を敢行する。

 これは、私の罪だ。

 私の不徳の末に狂気の虜となった彼女を救わねばなるまい。

 責任をもって剣を執らねば。


 だが。

 私は剣を握れなかった。

 己が正義である自信がなかった。

 そして私もまた狂気の渦中にある。不祥事に巻き込まれ、流れ着いた町の診療所で傷を癒す中、そこに暗殺者教団の教徒がいると知った。

 シーズフリードを脅かした悪の徒の存在に、それほどの怒りを催すことなどなかったのに。


『正義なんて存在しないよ』


 月夜に吼える獣となった私に。

 月光のような銀の髪を持つ少女が現れた。


 一つの、運命だと感じた。





「――ラッセリヒ様」


 訝る声がした。

 私の名を呼ぶ声に視線を下げると、怪訝な顔でこちらを見上げる女性がいた。兎を模した長耳の頭飾り、肩や胸元を大きく露出している。

 シーズフリードには無い風俗店の装いだ。

 隣のリィンも、こちらを不思議そうに見た。

 私たちは、団長と副団長両名と別れて後、二階への階段を上がってすぐに現れた受付で、この女性に事情を説明している最中、物思いに耽ってしまったのだ。

 指名手配書を見て、リィンを連れて来たので依頼主の奴隷商こと娼館の主カフスに面会を申し込みにきた。物品(リィン)を検めるのもあるので、これは不自然ではないはず。


「何でもない。それで、お会いできるだろうか?」


「あ、はい。許可が下りたので案内します」


 それにしても。

 目の遣り処に困る案内人である。

 シルキー殿のように無闇に自身を売るような事をしな……。


『シルキーは天然だ、気付いたら下着で外を歩きかねない。服を買う時も意図せず危険な物を選択するから俺が誘導してる』


 参考にはならなかった。

 シルキー殿の声はよく人の心に響く。実績を目の当たりにした事もない、信に足る威厳も無いのに、どこか信頼してしまう。

 しかし、彼女がそう在れるのは、紛れもなく世話を焼いているキース殿の差配である。彼女の盾を目指す私としては好敵手であり、最初の目標だ。

 もしかすると。

 彼は、私よりも残酷な道程を辿りながらもシルキー殿を守る為に自分を強靭に鍛え上げているのだろう。

 感情の機微もわからないウサギの面。

 恐らく、人間の顔でも鉄仮面と称しても遜色無いほど動じない顔だったに違いない。

 あれは悲しいほど――悲劇に耐性がある。


「何か考え事ですか?」


 リィンが隣から笑顔で――威嚇してくる。

 余計な思考は彼女には筒抜けらしい。

 キース殿の配下に加わってから、その異常すぎる冷静さ自体を継承したかのように、聞いていた最初の印象とまるで異なる。

 成長なのか、それとも。


「聞こえてますか?」


 やめよう。

 段々と恐ろしくなってきた。


 案内の女性に導かれて、三階への階段を上がる。

 道中に数名の衛兵と思しき人物が見受けられた。受付から猪突猛進を実行していたなら、この狭い屋内で剣戟を何度も交わさないとならない。

 カフスの膝下に倒れるのは目に見えている。

 まだ剣が握れるかも定かではない。

 仕損じればリィンも危うくなる。


 三階は二階よりも華美な装飾で輝いていた。

 明々(きらぎら)しい風致に、目が痛くなる。シーズフリードのように神殿の様相に仕立てるのではなく、まさに豪遊、金に物を言わせた結果の産物様々だった。

 リィンの顔も嫌気が差して曇っている。

 やがて案内の足が止まり、一つの扉が手で示された。


「こちらがカフス様の書斎になります」


 一礼して女性が去った。

 小走りで階段へ消えていく様子に、リィンが目を細めている。


「背後にも気を遣って下さい」


「なぜ?」


「奴等、感付いてます。恐らく()()()()も……」


 その言葉の意を把握した。

 館全体が襲撃を予期している、そして対応する動きを既に始めているのだ。思えば、事前に聞いていた衛兵の数が合わない。

 恐らく、下にも罠がある。

 そして――これから入る書斎にも。


「了解した。――行くぞ、リィン」


 彼女も頷く。

 私も剣の柄を握って、ゆっくり扉を叩いた。




次回へ続く。

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