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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
2章:騎士の忠剣と奴隷少女の恋
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幕間:いろはにほへと



 娼館の正面に建つ家屋の軒木。

 その上に座っていた二人は、建物から出る影を静かに見守っていた。

 一方は見目麗しい灰色の少女。

 もう一方は、肩を組んで運ばれる少年。

 後者の疲弊の具合が凄まじいのか、肩から指先まで入念に施された包帯、俯く顔は頭巾で匿されているが、概ね意識を喪失していると分かる。

 歩行すらしておらず、少女に依存した移動。

 半ば跛行にすら見えるそれは、今襲われたなら確実にどちらかが破滅する疲弊状態である。

 それでも、二人は何もしなかった。


 少年の爪先が石畳に引っ掛かる。

 粗悪にも組み合わせが悪く隆起した角に躓いて少女の肩から滑り落ちた。力無く倒れ、頭巾が剥がれて露になる。

 ふと、屋根の上の二人の間に驚愕が走った。

 気味が悪い。

 頭巾の下から溢れた赤髪。

 そして、顔を(おお)った奇異なる仮面。

 よく見れば、仮面の(へり)と肉体が癒着している。剥がそうとすれば首もろとも取れるという仕組みか。

 少女が即座に頭巾を直す。

 再び肩を組んで持ち上げ、細道の影へと彼を引き摺って行った。それから二人の姿は見えない。

 屋根上の静観を終え、顔を見合わせる。


「何ですかい、あれ。気味悪ィ」


「顔を思い出しかけた、というところだろう」


「お嬢も()()なるんすかい?」


 お嬢――そう呼ばれた紫の少女は肩を竦める。

 視線を娼館へと戻し、二階へと這わせた。窓から窺えるのは、使用人に案内される騎士と少女の姿である。

 そして彼等もまた奇態な風貌。

 身形を調えれば騎士と侍女に身を扮した美姫にも見えるが、薄汚れた甲冑とやや痩せた少女の姿では幻想には程遠い。

 後者に関しては、充分な糧食と環境があれば第一印象に恥じないだろうが、一体あの甲冑は何者なのか。ならず者にしては、些か騎士然とした気概の焔を感じる。


「あの甲冑、もしかして本当に騎士とか?」


「外観はともかく、貴殿よりは騎士らしい」


「えっ、それ言っちゃうかー……」


 少女の隣で男は肩を落とした。

 奇妙な二人組は、使用人に導かれて階段の影へと消える。

 少女は立ち上がって、軽く体を伸ばしてほぐす。途中で溢れた艶かしい声に男がいやらしく反応するも、それすら意に介さず彼女は清々しい表情だった。


「そんで、お嬢。目ぼしい奴はいたか?」


「ああ、勿論さ」


 少女は自身の口許を手で覆う。

 その下では狂喜すら垣間見る口角の上がり様。

 眼差しは先刻の二名が消えた細道に、熱情を醸し出して注がれる。玲瓏な紫の瞳が眇められ、異様な色香を纏う。

 傍観していた男。

 剽軽な振る舞いだったのが、顔を蒼白にして引き攣った笑みのまま、隣人からそっと距離を取った。


「やっぱり、貴殿が欲しいよ……キース」


「ええ?」


「異常なまでに沈着冷静、相手を落ち着かせる声音、護ると決めた人間に死力を尽くす熱意……どれも一級品の戦士の資質だよ」


「あの女の子の方が良いっしょ。人心を捉える甘くも強かな眼差し、芸術めいた剣技、容易く相手すら飲み込む鶴の一声……あの仮面野郎に熱中してるのは珠に瑕だが」


 男が恨めしそうに自身の襟を咥える。

 呆れの色を見せながら、少女は腰から抜いた鞘ぐるみの剣で頭を叩く。男の頭頂と硬い黒檀がぶつかる音がした。

 男は苦悶して屋根上を転がる。


「二人は相互契約。互いの能力を『交換して』いるんだよ」


「……何かの詞遊び(ナゾナゾ)っすか?」


「自分で考えてくれ。――『慈愛の藍』」


「その呼び方は止めて欲しいんですけど」


 男が不平顔で声を漏らす。

 少女はふと、路地裏に入った二名の足跡に霜が降りているのを見とがめる。心做しか街路を漂う空気が肌寒い。

 外套を羽織って、少女は屋根伝いにその場を後にした。

 男はその背を一瞥してから、密かに笑む。


「ま、嬢さんの宿敵だもんね」


 彼女とは違う、怨恨の焰を燃やした瞳。

 過ぎ去った少年の足跡から視線を切って、紫の少女の後を追った。






 ――とある国。



 夜の城下を歩む黒い影。

 黒髪を束ねた人品卑しからぬ僧衣は、雲霞に見え隠れする月の放つ光の悪戯に、しばしば上を振り仰いで独り頷く。

 その奇行を見咎め、気味悪しと冷笑う声はなく月夜の静謐は彼の恣となっている。

 いつか遠くに見ていた城前の長い階段(ステップ)で足を止め、幼い心を恐怖に陥れる奇怪な白い仮面を一撫でした。


「荒んだ巷を照す夕日、囁き合って巡る辻々……風を受けたおまえの横顔……胸が落ち着かない」


 僧衣の脳裏に浮かぶ、三人の顔があった。

 鮮烈な赤と、玲瓏な紫、眩い黄色。


「私を解し、その羽と足で私を弔いの聖夜へ導く唯一つの灯火(ひかり)――キース。

 私を招き、夜を馳せた虹の終りで到来を待つ最も闇に親しい瞳――エフネ。

 私を包み、夜を彩る星となって空と戯れる強かな月の欠片――リィン。

 ……真の名を知るのが待ち遠しい」


 僧衣の裾を捌いて、彼は段差に腰を下ろす。

 深い沈黙によって生命の気配すらも感じさせない都市の中、再び出た月光に影を踊らせる。縫い留められた仮面の瞼から、黒い泥のような涙が垂れた。

 白い表面を汚して伝い、顎から滴り落ちる。

 黒い放擲が段差で弾けると、卒然と僧衣の周囲にその数だけの靄状の影が立ち上がった。

 不定形で風に靡いて掻き消えそうな者たち。

 僧衣の袂が無造作に払われる。


「それは不思議な名、如何に美の花を束ねても、世に(すが)う者なき黒曜の大輪――シルキー」


『否。それはあなたの顔ではない』


「禊の夜を統べる魔導を嗣ぎ、魂を雪ぐ力の調を識るは優しき手――ユーナ」


『否。逃げてはならない、取り戻せ』


「導きの蕾が開き、真の道行きが始まれば己が宿世に悟りを得る。魔を冠する名の絆を束ね、次の彼の戦野を求めれば自ずと知れる」


『臆病者、卑怯者、異端者(よそもの)


 黒い影に罵られて。

 僧衣は自身の抱え込んだ膝に仮面の鼻を埋める。その否定と面罵に萎縮し、その体が微かに震えていた。

 目を閉じ、耳を塞ぎ、口を噤む。

 その峻拒の姿勢に、黒い靄たちは風に吹かれて散っていった。

 彼らの消失を知って、白い仮面が再び夜町へと向けられる。


「ああ、おまえと見た町にも劣る景観だろう」


 僧衣は自身の顔を手で覆って囁いた。

 服の裾や至るところから、再び黒い泥が垂れる。


「殃の涙が溢れる前に、早く私を殺してくれ」


 悲嘆の声で叫び。

 その都市は黒い闇に包まれた。







次回(本編)へ続く。

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