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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
2章:騎士の忠剣と奴隷少女の恋
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シルキーの剣舞



 娼館の地下に巣食う暗闇は深い。

 華やいだ欲の集る上階から排除された毒が沈殿したように、暗中に光る龕灯に濃密な闇が悪戯して明るさすら感じなかった。

 澱んだ空気、奥深くなる暗黒。

 見たこともない海の底を歩む気分である。


 俺は兎も角。

 この場に似つかわしくないからこそ、途轍もない異物感を放って動くシルキーの後ろ姿が、寧ろ先行きを照らす龕灯代わりだった。

 恐怖心が無い、否、警戒心が無いので軽快な足取り。

 我が物顔で通路を歩む態度は、命知らずと謗るのも億劫になる気楽さ。

 小さい頃は闇夜の孤独が何よりも嫌いだった彼女は、地下空間の暗さ程度は臆さないようになっていた。尤も、俺が同伴しているからという可能性も否めないが。

 あれから成長した。

 人殺しも経験した。

 幾つも傷を負った。

 進み続けるしかなかった日々に後悔は無い。

 それなのに、何故だろう。

 戦場に悠々と挑む現在のシルキーと、『黒いお化け』やほんの暗がりに臆していた小さな少女の差異が、どうしようもないほど悲しく思えた。

 俺がシルキーから“黒”を奪った時点で、彼女の内側から大切なモノを欠如させてしまったのかもしれない。

 でも先に進むしかない現状。

 足枷になる恐怖が消えるのは好都合か。

 その点では、俺たちは異能力よりも優れた力を勝ち取ったと言える。


 暗い感慨に耽る中、シルキーが足を止めた。

 細身の長剣を軽く振り、通路の先の闇を睨んだ。

 人影や音、気配の徴憑なる物はない。

 ただ事前に地下に潜伏しているという情報から、娼館の孕む最大の危険が隠れていると察知している。


「――狂い咲け」


 静かな地下空間に声が谺した。

 細やかに暗闇を鳴動させる凶兆。

 シルキーも警戒心をより高めて身構える。

 どちらから発せられた声かを探り、前後の闇を窺った。

 壁に反響していくそれは、まるで一言一句が合致した群衆の言葉にすら変化する。

 正確な位置の捕捉がかなわない。

 俺は身を翻しながら飛び、シルキーに背中を合わせた。


 まだ声の残響が空間を振動させる。

 構えた斧の刃先にも伝わって、手元に不快さを催した。


「キース、来るよ」


 シルキーの注意。

 それを合図に待ったように、俺の前方に黒装束が躍り出た。闇から形が削り出されたように現れた。

 相手の武装は両手に棍棒(メイス)。手中で回旋させたそれが唸りを上げ、通路を吹き抜ける風を起こす。

 重い武具を猛然と回転させる腕力、体格は六尺を超えており、明らかに単純な腕力では勝てないと直感で悟る。

 凶悪な慣性を尖端に乗せ、俺へと両側から叩き付ける。その挟撃はシルキー諸とも射程圏に収めていた。

 刃物でなくとも、胴体を寸断される。

 受け身で耐えるには冗談では済まない威力だ。


 直撃の前に。

 俺は低く屈み込み、シルキーはその背中を踏み台に跳び上がった。

 俺の頭上を、シルキーの足下を鈍器が薙ぎ払う。轟然と唸って棍棒が過ぎたのを察して、即座に地面を蹴る。

 攻撃直後で無防備な黒装束の肩口に、渾身の力を込めて両の斧を叩き込んだ。

 角度、力、時機、すべてが理想的に揃った。

 俺の戦斧が、黒装束の両腕を伐り落とす。骨断ち肉を斬る一打で生まれた断面は滑らかなであり、切断から遅れて血潮が噴き上がった。

 木伐る仕事で身に付いた特技。

 樹幹であろうと、獣や人の躰であろうと。

 何処に、どれくらいの力で斧を入れたら伐れるか。

 その判断が昔からできた。


 黒装束は地面に落ちた両腕に視線を這わせる。

 両手を失って狼狽え、後退した。


 ――その黒装束の首が刎ね飛んだ。


 俺の背を蹴って宙に躍ったシルキー。

 器用に身を捻りながら、彼の頭上を超えていく。そのすれ違いざまに、流麗な剣の一閃で頚を断ち斬っていた。

 こちらに頽れる黒装束を慌てて避ける。

 着地したシルキーの隣に立った。


 俺は愕然と、シルキーを見遣る。

 いつの間に、こんな剣技を身に付けたのか。

 能力に依存した戦法だった、剣による対敵戦術を心得てはいなかった筈だ。


「練習したのさ」


 絶句した俺の様子に返答する。

 小癪な笑顔でシルキーが赤い舌を覗かせる。

 急成長に驚嘆尽きぬが、久々に迷惑ではなく功績とあって安心した。

 進歩しないと見做していた彼女に対する評価を上方修正しておこう。


 足下に倒れる黒装束。

 その死体を一瞥してから、再度前後の闇を見渡した。

 情報通りならば、残る体信者は二名。地下の襲撃に狼狽えず、自ら躍りかかって来たのは想定外だったが、やはり単騎で挑む姿勢については変わらない。

 いかに襲撃者が強敵であっても、変更が無いとなれば、それは平生の暗殺の流儀に対する異常な執念、それとも格下と侮った上で打破可能と踏んだ己が実力への自負、或いはその両方。

 どちらにせよ。

 俺たちへの対処がこれならば、二人での連携で処理できる。

 こちらにも非常事態が無ければ、だが。


「シルキー、残党は二人だ」


「そうなのかな?」


「ん、何か気がかりがあるのか?」


「他人を使ってでも自分達を隠してリィンを買おうとした人たちだよ?襲撃を予想してたなら、こんな呆気ないのかな」


 シルキーの胸裏に芽生えた違和感。

 それは――幸先の良い初戦の勝利。

 リィンを娼館の主カフスを介して購入し、自身らの秘匿性を保守する徹底さ。高い武力がありながら、強引な策に出ない慎重さ。

 それが呆気なく倒される。

 たしかに、不気味だ。

 俺達の襲撃に狼狽えず迎撃する辺り。

 間違いなく、これを予想していた上での戦闘だった筈である。

 相手の戦闘力を見誤る愚鈍な連中じゃない。

 ともなれば、この一人の行動が不可解でしかない。

 杞憂か?――そう思えない。


 俺が沈思していると。

 シルキーの視線が鋭く足下に投げられる。

 それに従って下を見ると、撃滅した黒装束の姿が消えていた。――否、変わった。

 そこには、腕を失った木製の人形が倒れており、床や壁に付着した血糊も、いつの間にか緑色に変色している。


「黒装束じゃない!?」


「入れ替わり、とかじゃない。こいつは……まさか、幻覚?」


 魔法の原理。

 自身が負った損傷を、別の物体に負担させる術の有無などは知らない。

 しかし、現状から推察するに、俺たちが戦っていたのは体信者ではなかった。最初から、体信者に扮した人形だった。

 俺たちに幻覚作用をもたらし、さも敵性を演じて見せる。

 棍棒の威圧はまやかしでは済まない物だった。

 まだ後頭部を掠めた風圧は思い出すのも鮮やかで、それ故に直撃が死に繋がるのは間違いないと断言できる。


 俺は人形を壁際に蹴飛ばした。

 乾いた木が石床を打つ音。

 その残響が闇へと溶けていく。

 すると、通路の先より雑踏が聞こえる。

 どちらか、ではなく。

 前後から音は聞こえる、反響ではない。

 俺とシルキーは再び互いに背中合わせの態勢を取る。斧と剣の刃を、闇から進軍する多数の気配に翳した。

 いずれ暗中より輪郭が浮かび上がる。

 その凶影は幾つか、武装は……。


「――…………は?」


 敵影の出現を待ち構えて。

 唐突に俺の肩を軽い衝撃が強襲した。

 軽く押されたような力である。


 驚いて肩を見ると、太い針が刺さっていた。

 闇の中から投擲されたのだろう。まだ姿を正確に捕捉されていない優位性を活かした奇襲だ。

 しかし、殺傷力は低い細さ。毒が塗り込まれているなら、確かに危険である。

 ただ、一見して針として異様な点が一つ。

 それは、鋭利ではない方の末端に、赤い球体が付いていた。裁縫で使う留め針のような外見に近いが、注視すると球体の部分が微かに蠢いている。

 いや――これは、脈動だ。

 小鳥の鼓動ほど小さく、けれど緩慢。

 奇異なる針の命中、それを自覚したと同時に膝から崩れ落ちた。


 倒れた俺を抱き起こそうとするシルキー。

 針を除去しようと摑むと、急激に赤い球体が萎んで消えた。

 抜いた時、針の尖端から血の糸が伝う。


「キース、大丈夫!?」


「いや、体が動かん。最悪だ」


「ど、どうしよう」


 混乱するシルキーを横目に。

 前後の闇から現れたのは、先刻倒した体信者。それが幾人も列を成して歩んで来る。

 お伽噺に聞く分身、ではないな。

 これはいよいよ、人形による蹂躙劇か。


「俺を捨てて撤退し――」


「無理、嫌、絶対にダメ」


 捨て置くことを断固として否定。

 どうやら、俺の屍を越えて生きる道は端から選択肢として認めないらしい。

 甘すぎる。

 忸怩たる不覚だが、現状を冷静に分析すれば俺は役立たずだ。シルキーの足枷にしかならない。

 体信者たちが上手だった。

 こちらの動きを把握した上で、戦術も読み、万全の対処法で迎撃してくる。


 立ち上がったシルキー。

 剣を軽く振り、床を爪先で踏み鳴らした。

 足下から冷気が噴き上がり、後方の通路を決河の勢いで奔る。差し迫って姿の見え始めていた黒装束もとい人形達の関節が軋りを上げ、一切の動きを停止した。

 姿勢の所為で体重を支えられなくなった物は、勝手に自壊して床に散乱する。


「キースは、わたしが守る」


 シルキーが床を蹴った。

 前方に殺到する人形たちへ正面から挑む。

 無謀に過ぎる、死の未来だけが予想される突貫だった。


「シルキー、やめ……え?」


 注意するより先に。

 既にシルキーの剣と敵の棍棒が一合目を交わす。

 大上段から振り下ろされる鉄塊(メイス)の先端。垂直に標的めがけ風の唸りを上げた。

 対するシルキーは、水平に掲げた剣で受け止める構え。

 だが、その華奢な体で受け止められる訳がない。刀身ごと撃ち破られ、その頭蓋が胴に沈む惨状に直結する。

 俺は息を呑んで、彼女の敗北を悟る。


 すると。

 刀身に棍棒が直撃する寸前に、シルキーが体をやや横へと運ぶ。そして剣を傾けると、棍棒が鎬地を撫でるように受け流されていった。

 流れていく鉄塊の脅威。

 シルキーは棍棒が券から滑り落ちて地面に着くや否や、相手の頭に振り下ろしの一刀を入れる。鮮やかな反撃(カウンター)が入り、天井を振り仰いだ人形の頭から鮮血が迸った。

 後方へ傾き、控えていた直近の人形に凭れる。

 隊列の一部が足を止めた。

 その隙にシルキーが一歩踏み込み、前衛部の二人の頚を刎ねる。

 俺の目にはふるった後の残光しか捉えられず、血の噴いた頃には、既にシルキーが次の一人に斬りかかっていた。


 多勢に無勢。


 どう足掻いても、絵面はそれそのもの。

 されど。

 眼前に繰り広げられる異観に、俺は開いた口を閉じる事ができなかった。

 剣先が踊り、シルキーが舞う。

 翻弄された人形たちが、たった一歩を彼女が刻むと、頚や半身を失って通路に倒れ伏す。一人で多数の敵を圧倒する様は、演劇に語られる都合の良い英雄さながらの優美な姿。


 数多の屍を通路に積み重ねる。

 それを更に踏み台として、シルキーが突き出された棍棒の先端を飛び超える。宙で身を捻りつつ、刺突を放って一人の眉間を射抜く。

 そのまま剣を引き抜きつつ、相手の胸板を蹴って後ろに背転して俺の下へと舞い戻った。

 銀の髪が柔らかく、俺の視界を遮蔽する。


「どう、キース?強いでしょう」


 軽口をこちらに投げつつ。

 シルキーが虚空に一閃を放った。

 刃圏に敵はいない、意味のない行為に思える。

 ところが、刃が滑った位置に無数の鋭利な氷塊が生成され、前方へと半円状に飛散した。

 人の投擲ではなく、火薬の援護を受けたような速度で飛ぶ放擲が人形たちを次々と打ち砕く。


 そして。

 俺が漸く現実を理解した時には、人形は全滅していた。剣を振って血を払ったシルキーが俺の傍に屈む。


「キース、体調は?」


「体は依然動かんが、苦痛は無いし麻痺以外は無さそうだ。脈も正常だ」


「ほんとに?」


 心配そうな灰蒼の瞳にうなずく。

 すると、彼女は安堵してその場に座り込んだ。

 身を案じてくれるのは嬉しいが、ここがまだ戦場だと忘れないで欲しい。


 長い溜め息を吐いたシルキー。

 その後方、人形の残骸が累々と堆積する通路の先に三つの黒い影が忽然と浮かび上がった。

 気配を察知したシルキーが剣を構える。


「漸く会えたね……る、る、る……?」


「ルイド教徒な」


「そう。待ちくたびれたよ、ルイド教徒さん」


 身構えるシルキー。

 黒装束たちは、そこから一歩も進み出ることなく、俺の方を指差した。


「告げる。偽りの赤を我らに求む」


「キースが欲しいの?悪いけど、彼はわたしの物だから無理だよ」


 にべもなく峻拒。

 シルキーの断固たる姿勢に、一度の問で覚悟を察した黒装束たちが頷く。交渉を諦めた様子だった。

 一人が掌を打ち合わせる。

 何を示す挙止か、俺もシルキーも用心深く注視した。


「ならば致し方無し。――咲け」


 呆気ない諦観と、短い一言。

 それを聞いた瞬間だった。




「は?」


 俺の右腕が、宙を舞っていた。






次回へ続く。

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