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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
2章:騎士の忠剣と奴隷少女の恋
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エフネのお招き

次回、乱闘。



 郵送の非常勤務に出た。

 既に半分ほどが完了し、仕事用の雑嚢は軽くなっている。

 大通り以外は人が逓減しており、住宅街は喧騒を遠くに眺める静かな空間になった。道のそこかしこから人の気配が失せたと悟って、賢しげに鼻を利かせた鼠の影が往来を見せる。

 俺は郵便物を手に扉を叩き、応答に出向いた住人に手渡す。受け取り確認の署名を貰うと、次の住宅に向かう。


 朝の話し合いから少し経った。

 敵の残数が三名と聞いて作戦を立てられる。

 本陣を一気に叩く算段のシルキーだったが、罠の類いを設えている可能性があった。前回は相手から襲撃を行うほどなので、こちらから出向かなくても来る。

 懸念すべきなのは標的がリィンと俺、仮にシルキー達が仲間と露見し、そちらも対象になるとして、分断されている現況だと一人ずつの撃破を画策するだろう。

 ただ密集して警戒すると、ヒルド教徒も余計な策を弄して動きが捉え難くなる。加えて魔法という武装がある以上、むしろ一網打尽にされる危険性が高い。

 しかし、ガレンさん曰く「暗殺者教団は群れない」とのこと。

 存在の秘匿性を保守すべく単騎で暗殺を遂行する事を鉄則としており、各個撃破を企図する場合は標的一体に付き一人で対応する。


 つまり、包囲されて数の暴力に発展する未来図が否定されたとあり常軌運転で過ごす。

 念には念を入れ、シルキーは診療所で待機。

 夜半に館へ襲撃を仕掛けるつもりで、彼女にはそれまでリィンの護衛を命じた。報酬として後で一日休日を彼女との買い物に捧げなくてはならなくなったが……。


 とはいえ。

 仕事を無断欠勤すると解雇されるので、俺は彼女の欠勤の理由を伝えるべく出勤し、二人分の仕事を請けていた。

 存外、今日は平均よりも総量が少なかったので造作もない。

 恙無く済めば、後は夜の作戦だけ。

 以前同様に襲撃を受けて徒手空拳なのは心許無いので、一応の用心に二本の斧を腰に装備した。それでも使う場面は日中無いだろう。

 作戦を完遂すれば平穏が再び取り戻される。

 そう、何も起こらなければ――……。



 残るは一通の手紙のみ。

 雑嚢から取り出したそれを片手に、俺は屋根上の通路を走った。

 誰も使用しないとあり、下道よりも時間は短縮される。

 住所は織り込み済みなので、我ながら道の選択に瞬刻の間の滞りすら無い。

 屋根が途絶えれば能力を行使し、人に気取られるより先に対岸に見据えた次なる足場に移動する。黒頭巾が取れないよう手で押さえることだけが苦労した。

 足取りは目的地まで最短軌道を描く。

 傭兵よりも飛脚の方が適職な気がしてきた。

 目的の家屋の屋根上に到着し、玄関口の街路を確認する。着地地点の付近に人がいれば不審がられてしまう。


 そして運が悪いことに。

 丁度、その玄関先では男三名、一見して八九三(ヤクザ)が立っている。足を止めて、玄関を包囲していた。

 先客なのか、それとも住人への恐喝中か。

 俺の仕事を妨げる害でしかない。


「なあ、嬢ちゃん。昨日の話、あれ良いよな?」


 声色は爛れた欲に満ちている。

 相手を『嬢ちゃん』と称呼する辺り、恐らく勧誘(ナンパ)である。

 家の住人に気を惹く麗しい女性がいるのを目敏く捉えたか。

 真下にいる男達の表情は窺えないが概ね予想が付く。時折だかシルキーに舌舐めずりする下卑た大人と同じ醜い顔だ。

 女性からは返答が無い。真上からだと姿も見えない。

 しかし、その様子は来訪者による勧誘紛いの恐喝に困っていると判る。

 男たちに彼女が連行されると、また後日届けに行かねばならない。俺の仕事が終わらない。

 女性がきっぱり断れば事は済むが、この勧誘は平行線を辿る予感がした。


「……仕方無い、か」


 雑嚢の肩紐を絞り、中に手紙を容れる。

 腰の斧を両手に携え、深呼吸を一つした。


 屋根木から飛び降りる。

 直下の男たちへ回転して両の斧頭で二人を、残る一人を回し蹴りで叩きつけた踵。

 それぞれが轟音を鳴らして炸裂し、全員を薙ぎ倒した。

 勢い余って俺も倒れる。

 突然の襲撃者に面食らっている女性へ、即座に体勢を立て直して雑嚢から引っ張り出した手紙を差し出す。後ろ手で斧を腰に差した。


「……大丈夫か?」

「問題ありません。それより、こちらをどうぞ」


 不要な問答で時間を浪費したくない。

 女性の手に手紙を握らせる。

 空かさず署名用の道具一式を差し出し、受け取り完了の記録を取る。勢いに圧された彼女が署名したので颯爽と片付けた。

 草臥れた男たちを路地へと放り出す。

 俺の退却後に再恐喝に出る恐れもあるので武装を取り上げて雑嚢に入れる。仕事用鞄なので些か気が引けるが。

 俺は頭巾の汚れを払って、女性に一礼した。

 あとは署名一覧を雇用主に提示すれば今日の仕事は完遂。飯屋で昼食を摂る時間も生まれる。


 事後処理も早く出来たとあって。

 嬉々としてその場を立ち去ろうとした。


「待て」


 走り出そうと持ち上げた足を止める。

 女性がこちらに向かって歩いて来ていた。


「郵便物に問題でも?」


「無い」


「……なら、何でしょう」


 仕方なく女性へと体の正面を向けた。

 改めて見ると、綺麗な人だった。

 肩口で切り揃え、襟足は細く編んだ紫髪はよく梳かれており、艶やかな光彩を帯びている。

 あれはよく手入れされた髪だ。シルキーの髪を毎晩梳いているから分かる。

 玲瓏な髪と同色の瞳は、闇市で取引される金剛石のように澄んでいて、男前と嫋やかさのある中性的な顔と相俟ってどことなく神秘的だ。

 均整の取れた体つきだが、女性らしい膨らみはあるので性別も判じられた。

 市井にいるのが怪しい、どこかの令嬢のごとき美貌である。

 そも、誰しも瞳と髪が異色という容姿が一般的なので、その時点で彼女は異質だ。

 口外憚る奇特な事情で身を忍んでいる美姫、とか。


「礼をしたい。少し茶でも飲んでいかないか」


 余計な想像力を働かせていると、彼女の紳士服に包んだ手で家を指し示した。

 用件を先に語らない迂遠な振る舞いには感心しないが、本人を包む清廉な空気が疑念を懐かせない。


「賎しい身とあって小遣い稼ぎに忙しいので、嬉しいお招きですが遠慮させて頂きます」


「なに、小話に付き合ってくれたら勤務先に事情は説明するし、救われた礼に金を約束する」


「俺に(かか)わる理由を訊ねても?」


「貴殿に少し興味が湧いた、それだけ」


 女性は引かない。

 俺は先刻の行いを二重の意味で後悔した。

 恩に礼を返す義に篤い人間は貴ぶべきだが、その人間によって本来ある生活の常軌が侵害されるのは迷惑も甚だしい。

 更に、本業ではない勤務先に知れ渡ると妙な関心を持たれる。それは飯屋の仕事だけで充分だ。

 だが、この女性にそんな配慮はない。

 その口からして、俺が断ろうと梃子でも動かない頑固者だと推し量れる。


 それでも今日は大事な用がある。

 小事でも余計な労苦は働きたくない。


 再三の遠慮を口にしようとして。

 俺はふと、女性の隣の中空に視線を吸い寄せられた。

 そこには、無言で浮遊している黒玉がいる。


『神秘の紫、偽りの赤と邂逅の瞬間だ』


「黒玉……どうして?」


「うん、貴殿にも“影法師”が見えるのか」


 女性は黒玉を顎で示す――影法師だなんて呼ばれてるのか。

 すると、黒玉が宙を滑っていき、口で俺の頭巾の裾を噛んだまま後ろへと滑空する。人前で面隠しが剥がされ、俺は慌てて黒玉を払った。

 頭巾を直して、恐る恐る前を見る。

 予想通り、女性は目を見開いて凝視していた。


「成る程……“偽り”とは、そういう訳か」


 何やら一人で得心顔になった。

 女性は微笑みを顔に作ると、俺の肩を摑む。


「影法師の導きとあらば、尚更看過すまい。勤務先を言え、連絡しておこう」


 逃がすつもりは皆無か。

 黒玉もとい影法師を心底から信ずる態度が気になる。現状として重要性は低いが、捨て置けないのも否めない。


「……折角だから、お言葉に甘えて」


 乾いた笑いが溢れる。

 黒玉を一睨みした。面倒事しか持ち込まないな、こいつ。


「ボクの名はエフネ、この家で少しの間厄介になっている。貴殿の名は?」


「……キース、本業は傭兵です」


 紫の貴人――エフネが手を差し出す。

 侵し難い白さの肌を前に感嘆の忘我で止まりかけ、動揺を悟られないよう握手に応えた。





 案内された屋内は質素だった。

 エフネの気品に不相応な倹しい内装である。

 床を軽く足で擦れば埃が爪先に少し絡み付く。

 居住性よりも雨風を凌ぐ最低限のことしか機能性も無さそうな風体。エフネの着衣は清潔感があり、金銭や住居に困る節はない。

 短期間の厄介と口にしていたので借宿か。


 居間は奥にあり、辿り着くまで中を一通り見れた。

 錠も無く、護身の武器なども見受けられない。不用心にも程がある、先刻の男たちが知ったら忽ち攻め入って来れる防備の無さが目立つ。


 居間には机と多少の荷物がある。

 つい少し前に淹れたのか、湯気の立つ黒い

水をコップに注いでいた。……な、何だあれは?

 平然と毒物と見紛う液体を注いだ物を俺に差し出す。遠慮しないと決めたが、さすがに受けとる手が震えた。

 玄関からずっと俺の隣に移動した黒玉は、コップの中を覗いて単眼を眇める。

 ずっと観察していたのを不審顔と捉えたのか、エフネが澄んだ鈴の音のような声で笑う。


「安心しろ。それはシェリザの実を挽いた物が入っている。気分を落ち着かせる効能があるんだ」


「闇市で横行している麻薬(デリッフェ)の類でなく?」


「あはは、他の持ち合わせがなくとも客人に失礼な物は出さない。ボクは薬を心の寄す処にはしないと誓っている」


「それはまた、健全な心構えですね」


「敬語はよしてくれ。歳はそう離れていないのだろう。ボクはあと一旬節を回れば十六になる」


「……なら、俺と同い年か」


 俺は眦を決してコップの中身を呷る。

 微苦(ほろにが)い味が口内に広がり、シェリザの実の芳しい香りが鼻を抜けた。喉を通ったとき一瞬の奇妙な高揚を生じ、その後に体の底へと沈殿する熱が心の中を落ち着かせる。

 俺は思わず感嘆の息を洩らした。

 呼吸すら心地好い熱の余韻、本当に麻薬でないのが不思議だ。別の中毒性すら疑わせる。


「旨いな」


『泥を飲んだ』


「黙れ、シェリザの実って言っただろうが」


 試飲したいと近付いてくる黒玉。

 コップを庇いつつ、片手で払い退ける。

 俺と黒玉の見るも滑稽で他愛ない争いを、エフネは朗らかな笑みで見守っていた。


「影法師と仲が良いんだな」


「その、“影法師”って何なんだ?」


 エフネが黒玉を見る。


「この世界の何処かにいる者が遣わした体の一部だ。ボクや貴殿のように目も髪も同色の人間のところへと現れて何かを暗示する」


「……どうして、俺の髪と目が赤だって判る?」


 我知らず低く警戒心剥き出しの声で問う。

 変貌の前には、村でも珍しい赤髪赤目だった。だからこそ気味が悪いと敬遠された過去がある。

 シルキーと、俺くらいだ。

 山を下りて俗世に触れると、成る程そもそも髪や目が一色の人間はいなかった。尤も、兎頭や銀髪の方が目立つのだけれど。

 そういえば、リィンは金色だった。黒玉は『貴き黄色』と口喧しく呼んでいた気がする。

 するとエフネの反応は、問われることが心外だという顔をした。


「影法師に赤と呼ばれていただろう。それに、そういう人間にしか影法師は憑かない」


「…………他に何色がいるんだ?」


「ボクと君、それと西方島嶼民に緑、南の大国カルステットに青」


「俺が赤、あんたが紫……か」


「勿論、一色に付き一人さ。奇妙なことに、ボクが死んだ後でもないと紫は現れないらしい」


 エフネが黒玉を見遣る。

 どうやら、全部を知っているのは黒玉らしい。出会った初日の口振りといい、こいつが有する知識は広範に及び、『交換者』についても範疇にある。

 誰かが遣わした“影法師”と言うのなら、その本体は何処に在るのだろうか。


「ところで、俺の“偽り”って何だ?」


 黒玉が俺を示すとき。

 必ず「偽り」と修飾して呼称する。

 エフネは既にその明快な解答を知っているのか、俺の方を見て即答した。


「それは貴殿の仮面の所為だ」


「仮面?」


「そのウサギの頭は偽物。どうしてそうなったかは知らないけど、貴殿の『人の顔』はしっかりある」


「……では、思い出せば戻ると?」


「まだ憶測ではあるが、きっと」


 俺は再び暗澹とした思いに沈む。

 記憶の中の顔が闇に隠れてしまった以上、思い出す手懸かりが無い。どうやっても取り戻す自信そのものも失われている。

 あのとき――『黒いお化け』は、俺の顔をシルキーの対価として奪った。

 それが、そもそも勘違い?

 本当は……()()()()()()、とか。


 駄目だ、余計な事は考えるな。

 今は今晩のヒルド教徒の連中を一掃すること。

 それだけを注視しろ。


 俺はコップの中身を飲み干した。

 頭巾を被り直し、二本の斧を腰に差す。そろそろ飯屋に向かわないと拙い時間帯だ。


「これ旨かった、また会うことがあったら飲ませてくれ」


 暇乞いを告げる俺に、エフネも名残惜しそうにする。

 椅子から立ち上がり、玄関まで歩く俺の後ろを付いてきた。見送ってくれるらしい。


「そっか、残念だ。また会える日を楽しみにしよう」


「それじゃ、俺はこれで」


「あ、その前に」


 振り返った俺の手に、一枚の筒状にした髪を握らせる。エフネの手が重ねられているので、放せるものではなかった。

 下から紫の瞳が見上げてくる。

 直視するのが難しいほど愛嬌と美麗に満ちた面貌に笑みが咲く。


「もし気が向いたら、今度のシーズフリード国境で行われる攻略作戦、そこで『カンナギ兵団』を訪ねてくれれば会える」


「兵団、か。これって勧誘なのか?」


「そうだ」


 エフネは臆面もなく応える。


「実は先刻の男たちは、自分達を入団させて欲しいとボクに詰め寄っていたんだよ」


 成る程、悪いことした。

 いや、困っていたのを否定しないから良いのか?


「是非来てくれ。歓迎する」


「生憎と既に所属済みだ。まだ組織して間もないが」


 受け取って直ぐの返答。

 これにエフネが頬を膨らませて託ち顔になる。傭兵と聞いたのと今回出会えた誼で勧誘してくれたのだろう。

 しかし、俺にはシルキーの世話がある。迷惑だが副団長を委任されては、簡単に棄てられる責務ではない。


「分かった、でも貴殿は歓迎する。……所属先は何というんだ?」


「えーと……『ディアブロ兵団』だ。憶えといてくれ」


「了解した。では――次は戦場で」


「ああ」


 俺は一礼してから、玄関口を出る。

 まだ道端に男たちは同じ状態で倒れていた。喧嘩を仕掛けられる前に退散しよう。

 まずは郵送証明の確認をしてから飯屋だ。

 昼下がりの裏路地を俺は急いだ。






「こう伝えれば良かったんだな」


 遠ざかる背中を見ながら、エフネが呟く。


『良し、善し、好し』


 高揚を声に滲ませる影法師の声。


「大巡礼まで、あと少しだ」


 彼らは嗤っていた。





次回へ続く。

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