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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
2章:騎士の忠剣と奴隷少女の恋
20/31

キースの覚悟

本格的成り上がりは次章の予定



 仕事を終えて帰途に着く。

 夜気に包まれた街路は普段より大人しい。

 路傍で喧嘩が行われているのが日常茶飯事だが、昼の爆発事件が避難勧告を布いてくれたので予想より目につく人の数が少ない。

 それに加えて。

 ユーナも同行してもらっている。

 今宵は彼女の助力を要する案件があった。

 保護者の飯屋店長に強く反発されたが、何故か命に換えて守ること、次いでに紙面の殆どを秘匿した謎の契約書を書くことで了承を得た。

 店長曰く「悪いようにはしない」との事だが、自分としても内容の検められない契約に応じるなど軽挙に思える。

 しかし、焦眉の急とあってユーナの存在は不可欠。

 店長の要求する契約の対価については、また後日伺う事にしよう。



 黒玉で遊ぶシルキーの手を引いて歩く。

 極端なので一つにしか集中できず、歩行に専念しないと、すぐに躓く癖がある。

 半ば老人か幼児の介護みたいで、俺は自身の役を呪うのだった。慣れてしまったのも腹立たしい。

 可笑しそうに見るユーナもまた例外ではない。

 夜道が怖いと、俺の袖を摑んで放さないのだ。

 実質、二人の子守りをしている状態。

 ユーナはともかく。

 シルキーは外見だけなら貴族令嬢にも優る美貌なので、もう少し凛然とした振るまいこそ似合うのに。

 天は彼女に不要な物ばかりを与える。


「シルキー、前を見て歩け」


「キースの誘導があるじゃないか」


「甘えるな。おまえは子供か」


「なら、君は一生わたしの親だね」


 そんなの後免だね。

 一生分も彼女の面倒を見る余力は無い。

 俺とシルキーは儚い関係……であって欲しい。


「二人とも兄妹みたいね」


「君にキースはあげないよ」


「そ、そういう積もりじゃないよ!?」


「油断ならないね。……キースも警戒を怠るんじゃないぞ」


 俺に注意を促すシルキー。

 誰の、何を警戒するのか明白にされていない。

 概ね下らない内容なのは確かだが。

 だが留意しておこう、俺は断じてシルキーの所有物ではない。保護者の代行が見つかるまで、対価となった“黒”が返戻されるまでの関係だ。

 幼馴染だからといって特別視しない。


 診療所前に到着する。

 瓦礫を避けた安全な道を辿ったが、入口付近は未だ煩雑としていた。

 室内灯の光が窓から漏れている。

 病床の置かれた病人用の客室も明るいので、ガレンさんは検診の最中だ。

 何度か叩扉してから屋内に入る。蝶番が外れかかり、ほぼ垂れ下がった状態の戸を慎重に押し遣った。

 玄関は整頓し直されていた。

 片付いた様相、そこに内在する一点の異変。

 その解は――。


「お帰りなさいませ、ご主人」


 使用人服を着た、謎のリィン。

 硬直する俺と、目を丸くするユーナ。

 そして、顰めっ面で黒玉を握るシルキー。


「飯にする?風呂にする?それともオレか?」


「色気のある言い方をしろよ」


「お望みならば」


 求めちゃいないけど。

 使用人然として構えているので、その趣向に則って脱いだ頭巾をリィンに預ける。上着の埃を叩き落としてから上がった。

 ユーナも一礼してから後ろに続き、我が物顔で上がるシルキーに関しては、リィンを睨みながら追従する。

 落ち着いた素振りのリィンは、手元の頭巾を畳みつつ、ユーナを居間へと案内する。既に彼女には帰宅後の事を伝えているので、その通りに事を運ぶ動きだった。

 リィンの案内を得るユーナを見送り、俺とシルキーは玄関に残る。


「シルキー、少し(まず)い事になった」


「何だい?」


 昼の時の事情を改めて説明した。

 そして、相手が何者であったかも。


「リィンを狙う連中、かなり剣呑な組織だ。大陸でも名の知れた暗殺者集団らしい」


「一網打尽にできる?」


「今回の暗殺者を寄越した奴等の居場所にも依るが、恐らく組織と言うし、支部を幾つも擁している筈だから不可能だ」


 大陸で有名な暗殺者教団。

 構成員の数は不明だし、その本拠地が何処にあるかも特定不能。組織と称する規模になれば、大陸の各所に潜伏している。

 昼間に披露した戦闘力も些細な一部となれば、その全容は俺達の手に負える範疇にない。

 正直、リィンを守ることで発生するのは責任と危険のみで、必要性は皆無に等しい。

 それはシルキーも承知済みだ。

 敵数が定かでない現状、たった二人でガレンさんを巻き込まず、且つリィンを守り抜くなど到底できない相談である。

 だが、それでも。


「わたし達にはリィンを守る利得がないよ」


「いや、一つだけある」


 少し気になるところがあった。

 それは、今回の襲撃者もとい『体信者』の披瀝した魔力の運用法と効果。絶大な威力を発揮したそれは、意外なところに俺たちと関連性がある。


「これは推論で、利得としては不確定だ」


「キースが言うなら、聞くよ」


「俺たち『交換者』の能力は、もしかすると“魔力”を利用した力だ。

 リシテの民と違うのは、特定の魔力の運用しか出来ないが、あの不条理を説明するとしたら魔力の説は納得しないか?」


 俺の言葉に、シルキーが黙考する。

 交換者の能力と、魔力の関係。

 リシテの民ではないにせよ、その魔力が発する効果は目にした。正に不条理といって遜色無い現象を起こす。

 それは、俺の身が被った災難や、シルキーの氷結能力にも類似している。

 常人ではあり得ない現象を意の儘に操る。

 これを成す源があるとすれば、魔力という要素は大きな説得力があった。

 つまり。

 このリィンという人物から繋がった魔力。

 そして『体信者』から提示利得は。


「『交換者』そのものを構造的に理解する手掛かりになる」


 理論的に語るには、魔力は必須になる。

 そんな気がする。

 構造を解すれば――人間への回帰も叶う。

 忘却した地顔も、“還すべき黒”も。

 シルキーは途方に暮れた顔になった。

 俺の顔を凝視し、次に自分の掌を見下ろした。何の為に戦場に出るか、何の為に傭兵稼業に身を窶したか。

 その真意に近付ける。

 尤も、『交換者』の能力の原理と、リシテの民が操る魔力に密接な関係があるかも憶測の域を出ないが。


 シルキーはうん、と唸って黙る。

 その周囲で、ぱきぱきと凍り付く音がした。


「そうだね。元の顔に戻って、キースは再度わたしに求婚して貰わないと」


「決まりだな」


 求婚した記憶だけはありませんが。

 方針は定まった。

 暗殺者教団を雇った人間を叩き潰し、これ以上の襲撃を未然に防ぐのは後だ。

 最優先事項は捕らえた『体信者』の尋問。


「先ずはヤツの尋問だな」


「キース、尋問って何をすれば良い?」


 これから『尋問』しようというのに。

 純真無垢な瞳でシルキーが見上げてくる。

 傭兵稼業は兎も角、何故か彼女に薄汚く陰険な仕事をさせるのは気が引けた。

 一応、概要だけは伝えなくては。


「主に拷問器具を用いた強迫と傷害で、立場を排してでも命を優先する相手の自己防衛本能を煽り、求めた情報を吐露させる」


「……そっか」


 シルキーが自身の胸で手を固く握る。

 その腕も、膝も、微かに震えているのを見えた。灰蒼の瞳が不安に揺らいでいる。

 当然だ。

 これまでの仕事で相手を殺める時はあった。

 シルキーは相手を凍死させる以外に、武器で急所を損傷させたりしての殺傷も経験している。奪った命の数は百を優に超える。

 それでも、今回は別だ。

 生きる為に、守る為に相手を殺すのではない。

 主に痛め付けたり、蹂躙を意図した行為。

 相手が情報を吐くまで殺さずに肉を斬り、爪を剥ぎ、骨を折り、薬を投与し……考え付くだけ嫌な事を続け、人間の感覚器官を虐めながら精神を磨耗させる。

 今までとは全く異なる。

 言うなれば、ただ虐げる悪道。


 さしもの冷血の傭兵シルキーさえもが躊躇う。

 奥底に眠る『少女シルキー』が、その虐待行為を断固として拒絶している意を体が顕著に示していた。

 口でも峻拒しないだけ、彼女の精神力の強さがわかる。


「シルキー、これは」


「わたしは大丈夫……や、やるよ。それで君と、生きていけるなら」


 笑顔を作る。

 無理やりだと一目瞭然であった。

 また胸中を不快感が這いずり回る。

 ああ、そうじゃない。

 俺が見たいおまえの笑顔は、そんなんじゃない。

 手を伸ばして、その肩を摑んだ。

 触れられたのに驚いて、シルキーの体が跳ねた。


「提案者の俺がやる。必ず報告はするから、おまえは部屋で休んでろ」


「で、でも。これはわたしに関わる重要な……」


「足手まといだ」


「ッ……!」


 シルキーが息を呑む声がする。

 その顔色がますます悪くなり、俺の手がなければ崩れ落ちそうなほどだった。見上げる瞳は不安から絶望へと変遷する。

 俺の顔が映っていた。

 ウサギの面でも判る、我ながら冷静な表情だ。


 あの村を出ると言って、おまえに人殺しをさせた。

 人間に戻る道を模索する為に、おまえが傭兵が最適だと判断させた。

 だから、これ以上シルキーを穢す訳にはいかない。

 優しい言葉で否定すれば、彼女は粘る。

 本当は芯の強いヤツで、責任感もある。

 だから駄目なんだ。


「キース……わたしは……」


「要らない、行けよ」


 俺が軽く押しやると。

 呆然自失と立ち尽くしていたシルキーは、程無くして俯きながら階段を上がり、二階へと姿を消した。頼りない足取りが、床を軋ませる。

 耳が良い所為で、辛苦に喘ぐ歔唏が聞こえた。

 聞きなれた声の、聞き慣れない声色。

 本当に不愉快だ。

 シルキー、おまえは前を向いて歩け。

 綺麗さっぱり、何も素知らぬ様子で。

 それまでの道は俺が整えるし、躓く前に支えてやる。おまえがいつもの癪に障る笑顔でいるのが俺の日常だから。

 あの日の、黒髪のシルキーから遠ざけてはならない。

 俺が求めるのは、あの頃の笑顔に他ならないのだ。

 それを守るのが俺の義務だ。


 それでも言い方は悪かったかもしれない。

 後悔で俯いていると、背後から頭を拳骨が小突いてきた。

 若干の手加減を感じるが、それでも強すぎる威力に悲鳴を噛み殺して振り返ると、ガレンさんが卑屈な笑みを口許に湛えている。

 非難の眼差しを向けると、それも柳に風といった風で受け流された。


「部屋に器具一式は揃えた、使えそうな薬物も」


「ありがとうございます」


「これからのテメェの苦労が忍ばれるよ」


「茶化すのはやめて下さい」


「そうだな。訂正する――これから()、だったか」


 要らぬ一言だ。

 ガレンさんが去っていく。

 入れ代わるように、リィンとユーナが来た。

 ユーナには予て説明をしている。


「ね、ねえ……私は、尋問に必要なの?」


「ああ。……安心してくれ、ユーナは初手だ。それでも進まない場合はユーナの退室後、俺がやる」


「……キース、無理しないで」


 こんな時まで、配慮の化身だった。

 ユーナの言葉に、一抹の安堵と救済を感じる。


「結婚してくれ」


「ふぇっ!?」


「冗談だ」


「そそそそういうの、心臓に悪いから!!」


 狼狽えるユーナで和む。

 これ以上はシルキーに怒られるな。

 俺はリィンの方を見遣った。


「リィンは、俺の補佐だ。醜いのを晒すかもしれんが、仮に辛くなったら離脱しても良い」


「舐めんなよ、ご主人。オレは図太いんだぜ、支えてやんよ」


 強気なリィンに、俺は思わず笑んだ。

 彼女を発端にした戦いだが、今はリィンを厄介者だとは思わない。立派な俺の従者で、隣で支えてくれる心強いヤツだ。

 これなら、拷問で対象より先に俺の精神が擦り切れる事は無いだろう。


 俺は二人を奥の一室に導いた。

 扉を開けると室内を満たす影が迎える。

 リィンが持つ龕灯を手にし、室内へと踏み出した。部屋の一部を柔らかく照明する龕灯の光が、先にいる誰かの足を暗中から暴いた。

 俺は龕灯を掲げて、その正体を検める。

 最初から知ってはいる。


「それじゃ、始めよう――敬虔なる信徒さん?」


 椅子に縛り付けられた黒装束だった。






次回へ続く。

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