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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
1章:戦乙女の旅立ちと世話役の初任
2/31

キースの隣

予定

一章:巣立ち。

二章:結成。

三章:本格的成り上がりスタート。




 俺の村は、国境に広がる山間部にある。

 山の中腹辺りに平坦な地形が作られていて、それが程よく村を営む面積を有していたから、いつしかそこに人が住むようになったとか。


 丁丁と樹幹を打つ音。

 斧を叩き付けながら、俺は横を流し目で見た。

 近くの岩の上に腰掛け、足を所在なさげにブラブラさせている少女がいる。無聊を(かこ)って近くの草木の葉を千切ったりもしていた。

 俺が汗水流して働いてるのに、それを尻目にただ暇をもて余す彼女の姿は、どうにも苛立ちを誘う。それも意図的だから尚更だ。

 村の収入の為には、子供も十二になると働かされる。

 俺はいま一四、後ろの少女は十一。


 さすがに手を止めて振り返った。

 少女は葉を使って草笛を拵えている。爽やかな樹間に、低く、けれど軽やかな音色が風とともに流れた。


「危ないから、あっち行けよ」


「良いんだよ。わたしは君のそれを見ているのが楽しいんだ」


 嘘つけ。

 興味なさ過ぎて草笛してる癖に。

 そんな俺の屈託も、彼女は知ってか識らずか、楽しそうに草笛を再開させた。こっちは先刻よりも強く斧を木に叩き付けて掻き消してやる。


 この少女は幼馴染のシルキー。

 村長の愛娘で、皆にはシーナ、シシリーなんて呼ばれてる。

 こんな寂しい山村にどうして生まれたのか疑問なほど可憐な出で立ち。豊かな黒髪もさることながら、純真無垢を思わせる円らな瞳が庇護欲をそそる……らしい。

 顔も整っているし、今はちんちくりんだが将来の美の片鱗が、子供の俺からでも垣間見ることができる。


 あまりにも可愛いモンだから、よく周りが甘やかすのだ。山を出た仕入れ番のおっさんとかが、町で購入したドレスを自費であげたこともあったな。

 兎も角、一身に寵愛を受けたこの娘なんだが、一度だけ俺の家の犬にいたずらしてたのを見咎めて叱ったら、それ以降付いて来るようになった。

 なんだろう、復讐したいのかな。

 それともあれか、可怪(おか)しいヤツだと観察されてるとか?


 そんな事を考えて、すでにこの関係性が五年続いてる。

 あ、ちなみに俺はキース。

 極々一般の村人、(きこり)の息子だ。

 斧を毎日ぶんぶん振って、木々をざっくざっくと伐ってる。

 そんな勇ましい姿は、子供には怖く映るものだが、如何せんこの少女は恐怖心なるものが無いらしい。


「シルキーって怖いものとか無いのか?」


 (おもむろ)に問いかけた俺に、シルキーは小首を傾げた。

 最後の一打を叩き込み、木がゆっくりと軋りを上げる。俺は彼女の手を引いて避難させ、倒木の光景を見守った。

 倒れた木を手頃な大きさにすべく、また斧を振り下ろす。

 シルキーは定位置とばかりに、また俺の背後に佇んだ。やめろよ、何か怖いじゃん。


「怖いもの、ね」


「無いのか」


「うーん……怒ったキース?」


「嘘つけ」


 俺が過去に幾度も叱ったが、怒声も意に介さず、きょとんとしてたと思ったら、直ぐに笑い始めるのが恒例だ。

 しかも、シルキーを叱責する俺が、後に村人たちに後ろ指差される始末。理不尽にもほどがある、この笑顔が腹立たしい。


「あ、『黒いお化け』かな」


「え?でもそれ、子供へを寝かし付ける時の文句だろ」


「でも怖いよ」


「どこが」


「……黒いところとか?」


 それ、おまえの髪もだろ。

 真面目な回答は得られないと悟って、俺は手元に集中した。後ろから直ぐ草笛、やっぱり補足しない時点で真面目な話でもなかったか。


 この『黒いお化け』とは、村にも伝わるお伽噺のようなもの。

 悪い子供がいると、その前に黒い(もや)みたいなモノが現れて、こう唱えるらしい。

 ――大切なモノって、なぁに?

 そう訊かれて応えると、食べられてしまう。

 どう応えても補食される、つまり目の前に現れたが最後みたいな悪魔だ。


 俺は基本的に誰に言われずとも勝手に寝る気質だったから、『黒いお化け』自体を聞く頻度が少なかった。

 だって、疲れるじゃん。一四で斧片手に何本も木をドコドコって、辛いし。


「だって、艶も無いんだ。ゆらゆら揺れてるし、大きいし」


「……何言ってんだ、おまえ?」


「凄く怖いんだから」


 少しその――まるで見たような口振りが気になるが、まあ意外と怖がってるらしい。大袈裟に自分の体を抱く姿が、でもどっちか判らなくさせる。

 黒くて、大きくて、ゆらゆらしてて、艶も無い黒。

 同じ黒でも、漆の黒は艶があって綺麗だ。どこか吸い込まれる感じがある。

 こいつの髪だってそんな感じだ、たぶん。


「わたしの髪と全然違うんだよね」


「同じ黒でも、おまえみたいに綺麗なやつは中々ないだろ」


 何気なく返した一言に。

 ひょこっと俺の隣に飛び移って、シルキーが覗いてくる。

 斧を振り下ろす前だったので、驚いてその場から飛び退いた。危うく、その綺麗な顔だけを切り取ってしまうところだった。

 叱ってやろうと口を開いたところで、彼女がじっとこっちを見て、不思議そうに目をぱちくり瞬かせる。

 なんだ、こいつ。


「わたしの黒って、綺麗?」


「はあ?」


「綺麗って聞いてるの」


 やや語勢が強い。

 珍しい様子に気圧されて、俺はしどろもどろで答えた。


「おお、綺麗な黒なんじゃね?」


「……んふふ、なら良し」


 満足した感じだ。

 え?何なのおまえ、怖いよ。

 おまえが『黒いお化け』じゃないねか?


「キース、知ってる?」


「何だよ」


「髪を誉めるのって、愛の告白と同じなんだって」


「へー。そうなんですかー。はい、愛してまーす」


「適当だね」


 そりゃ愛してないからな。

 奥さんにするなら、もっと(たお)やかな女性にする。幾ら外貌で誤魔化したって、心の醜さは補えない。

 小さな村しかない俺の世界でも、これは普遍的な事実だと確信がある。


 木の処理を終えたので、後の力仕事は村の親父連中に任せよう。

 斧を手にして、もう片方の空の手でシルキーを引っ張る。怪我させたり、置いてったりして叱られたことあったし。

 そういえば、置いてったら泣いたっけな。

 案外、独りは怖いのかもしれない。


 その日はやけに嬉しそうなシルキーと狭く険しい杣道を辿って帰った。


 俺は日が暮れる前に、彼女の家まで送ってやった。何だか村長さんは、俺を悪い虫みたいに見ている節があって、よく邪険に扱われる。

 仕方無いんだが、お宅の娘さんが勝手についてくるんです。

 そんな紛糾も飲み込んで、その日は去ろうとした。

 玄関先で踵を返したとき、村長に肩を(つか)まれたのである。


「キース、今晩は家で飯を食っていきなさい」


「えっ?いや、でも親父がもう準備してると思います」


「ダルトンさんには既に伝えた。おいで」


 半ば強引だった。

 それと、流す前に注意しておくと、俺の親父ダルトンは、村長とは懇ろな関係である。……怪しい意味でも。

 俺を生んでから直ぐ亡くなった母親の代わりに、父親は見境なくなった。正直、俺も捕食対象として見ている傾向がある。

 食事後の俺の食器を舐めていたり……やめよ。


 何だか不気味にも思える厚意に甘え、俺は村長の家に入った。


「あ、キース。家を間違えているよ」


「バカにすんな」


「シシリー。今日は彼も一緒に食べるんだよ」


 村長の言葉に、シルキーが小首を傾げた。

 その挙止の愛らしさに、厳めしい強面村長が相好を崩す。普段は人を眼光だけで殺せる迫力なのに、崩れるときは盛大に過ぎる。

 情けない(かお)の彼を無視して、シルキーが俺の手を引いた。


「こっちだよ、キース」


「居間にもう食事があるのか」


「え、わたしの部屋に行くんだよ」


「寄り道すんな。早く案内しろ」


 シルキーに手を引かれて、他所の家の食卓に参加すべく居間に向かう。

 木組みの壁や天井に包まれた柔らかい雰囲気の内装。もう机には配膳が終えてあり、シルキーの母親が椅子に座っている。

 この人もまた、気難しそうにいつも眉間に皺を作っている人だ。……この二人からシルキー(こんなの)が生まれるなんて、当時は誰も予想だにしなかっただろう。

 あ、俺もそうだったかも。


 俺が椅子に腰を下ろすと、村長が正面に。

 隣にシルキーが座って、横から指で小突いてくる。なかなか執念(しつこ)い。

 家では一ヶ月に一度しか食えないような、豪勢な食事である。焼き立てのパン、暖かい山菜の煮込みスープ、育ち盛りの俺には嬉しい獣肉(ししにく)の山。

 垂涎を堪えている俺に、村長が目を眇める。

 なんだろう。


「君は随分、うちの娘と仲が良いそうだね」


「え、いやー……仲が良いというか――」


「うん、仲良しだよ」


 おい、代弁するな。

 応えて笑むシルキーを横目に睨む……のを辛うじて堪えた。そんな行為は、この家内では自殺沙汰である。

 手を組んで、そこに顎を隠した村長が、まるで目利きをする鑑定士のように俺を見つめた。やべ、やっぱり態度に出てたかな。


「そうか、なら良いか」


「あの……?」


「なら、許嫁の話も了承だ」


「は?」


 間の抜けた声が出る。

 しかし、俺の疑問に応えず、村長たちは食事を開始した。質問の(かな)う空気ではなかったので、渋々と手元のパンに手を伸ばす。

 横では無邪気にパンを頬張って、口許を綻ばせるシルキーが感嘆の声を洩らす。やかましいわ。


 やがて食事が終えると、俺は村長の家を出た。

 玄関先でシルキーが見送ってくれるらしい。いや、別に要らないんだが。


「それじゃ」


「そこは、また明日、だよ」


「うるさいな。明日も来るのかよ」


「君にとって髪が綺麗な女の子が、足繁く傍に通ってくれるんだよ?ご褒美だよね、これはもう」


 勘違いも甚だしいが、否定するのも億劫だ。

 俺は呆れながら軽く頷いて、小さく手を振って別れた。


 自分でもわかってる。

 あいつはいつだって、毎日俺の所へ来るんだ。きっと大人になっても、ずっと。そんな奇妙な確信がある。


 だけど、それが少し難しくなり始めたのは、四ヶ月後のある日だった。






次回へ続く。

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