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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
2章:騎士の忠剣と奴隷少女の恋
19/31

ユーナの説明



「あ、キース。やっと来た」


 暗殺者を撃退、捕縛した後。

 俺は着替えもせず午後の仕事に出勤した。

 飯屋の裏戸で、看板娘のユーナが迎えてくれる。シルキー以外に初めてにして唯一見た黒髪の人物だ。

 襟足で緩く束ねた黒髪を肩に流し、褐色の(うなじ)は惜し気もなく晒されている。北の地方に血縁を有する彼女は、肩と臍を露出した上着の姿でいつも過ごす。

 爪先だけを出した薄い長靴(ちょうか)で、俺の近くへと歩み寄る。

 その碧眼は、思案げに俺を見上げていた。


「少し下宿先で問題が発生した」


「服、随分と汚れてるけど……洗濯、する?」


「いや、着替えたら直ぐ配膳に出る。余計な心配をかけてすまん」


 ユーナが手を差し出してくる。

 意図を察して、俺は目礼しつつ上着を頭巾を渡した。彼女は俺の顔を知っているので、別段驚いた様子もなく頷くと、既に準備していた替えの頭巾を手渡してくれる。

 色は……赤、か。

 渋面を作る俺に、ユーナは首を傾げる。

 指名手配の件については把握していない様子であり、俺の気を損ねたかと軽く蒼褪めていた。

 良い子だから、断りづらい……。


「その、もしかして嫌だった……?」


「気分の問題ではなくて、だな。赤い頭巾は現状、少し厄介を招く」


「そ、そっか……」


 消沈するユーナ。

 たかが頭巾一つで落ち込む必要は無いだろう。

 そうして、俺は彼女に返却しようと差し出したとき、ふと頭巾の隅に何かあるのに気付いた。

 注視すると、それは可愛らしいウサギの刺繍だった。

 俺がユーナを見ると、申し訳無さそうに別の頭巾(まだ備蓄(ストック)があった事に驚く)が渡された。


「ユーナ、この刺繍は?」


「か、可愛いかなって……付けたの。き、キースが使うと思って……」


 やめろ、尚更断りにくい。

 シルキーと違い、配慮の権化ともいえるユーナ。その性根の良さは、この二年間で身に染みるほど見てきた。

 “ならず者の街(ローグ・シティ)”と呼ばれる所以となった物騒な連中も、ここへ来る時は情けなく相好を崩してしまう。

 要因は唯一つ。

 ユーナの女神みたいな慈愛の笑みと、胸を締め付ける健気な心遣い。

 力で征することばかりを覚えた悪人たちでも、彼女の前では飼い犬の様になる。しかし、老若男女ではなく、対象は専ら男だ。

 北の地方となれば、過去に戦魔『愛憎の涙(ザークヒルデン)』を産み出した遊牧民がいる。

 ユーナは彼らを遠縁に持ち、黒髪はその影響だ。

 シルキーもその可能性を考えたが、両親の髪色は全く違うので、突然変異としか言えない。

 ともあれ、その容姿と血の所為で、飯屋以外では疎まれている。

 それでも人を嫌いにならず、人を想う彼女を邪険には扱えないのが常なのだ。


「…………もし良かったら、別の頭巾にこうして貰えると嬉しい」


「えっ?」


「いや、その、俺もカワイイ?と思ったから」


 自分でも下手な気遣いだと思う。

 けれど、ユーナは顔を瞬く間に輝かせ、笑顔で何度も頷く。さながら尻尾を振る愛犬の様相だった。

 俺に替えの頭巾を渡すと、嬉しそうに店内に導く。

 漸く心を締め付ける罪悪感から解放されて胸を撫で下ろし、改めて現状を顧みた。


 診療所前の騒動は冗談では済まない規模で、街の一画に甚大な被害を及ぼす結果である。謎の物体で爆撃を受けた影響は大きい。

 診療所自体は別段破損はないが、屋内の掃除は骨が折れる荒れ様だった。

 巻き込まれた数名をガレンさんが治療したが、俺は帰宅後に掃除を一任された。夜通しの作業となるだろう。

 リィンの命が無事だっただけ、軽い対価とする。


 ともあれ、夜までには診療所前の事件は、街全域に伝聞が広がる。

 そうなれば、ルイド教から刺客を寄越した連中の耳にも届き、次なる策に打って出る。捕縛した暗殺者の事情聴取も済んでいないので、中々に事態は落ち着ける暇もない。

 敵は奴隷商ではなく、彼女を買おうとした連中。

 それも、殺し屋を雇う姿勢から、リィンへの執着が見受けられる。

 強敵になるそうな予感があった。


「ところで、キース?」


「なんだ」


 振り返ったユーナが小首を傾げた。

 不思議そうな眼差しは、俺ではなく横に注がれている。


「その宙に浮いてる黒いの、何?」


 その質問に、俺は隣に振り向く。

 悠々と側頭部に添うように、黒玉が浮いていた。瞬きをして、身を隠す素振りすらなくユーナを凝視する。

 俺だって正体は知らない。

 ただ、どこか奇妙な親近感がある。

 それを不快だと思った事がなかった。


「えーと……友達?」


 少し逡巡して、そう応えた。

 ユーナも困惑している。黒玉もまた、言い淀むように口の開閉を繰り返す。ユーナからすれば、見るからに異形が随えた異形、としか形容し得ない組み合わせである。

 黒玉の反応は如何に――?


『親友だ』


 要らない補足だった。





 客足が緩やかになり始めた。

 夕方を待つばかりの時間帯は、いつも店内に驚くほど空席ができる。

 食堂の中が静かになるのが休憩の合図。

 俺はエプロンを脱いで、裏の部屋で一息つく。

 椅子に座ると、さっそく茶を淹れてくれたユーナが温かい状態で供してくれた。気配りに余念がないというか、慈母じみた優しさの塊である。

 礼を言ってから乾いた喉に流す。

 体内に染み渡る温かみと、柔らかに喉が潤される感触が胸に安堵をもたらした。

 店長が厨房で板打つ音、恐らく稼ぎ刻となる夕方の下準備だ。街の界隈でも、ここは一、二を争う飯屋だ。

 だからこそ、俺以外にも雇われる人間は多数いるし、それでも不足だと不安にさせる。特に、街やその付近で祭りが催されると、その忙しさは戦場そのもの。

 他の飯屋と演じる商戦といえど、あそこまで苛烈な現場は無い。


 午前の騒ぎもあり、嘆息がこぼれる。

 そんな俺の膝上で、シルキーが本を読んだ。

 彼女の重量など小鳥ほどにしか感じないが、彼女の尻に敷かれるのは解せない。ユーナも、俺を椅子にして悪びれない態度に苦笑していた。


「シルキー、退いてくれ」


「わたしの体重でも君なら大丈夫でしょ?」


「怪我してるから、痛い」


「何処かな。ここかな?」


 ぐりぐりと、脚を指で小突いてくる。

 実際に負傷はないが、疲労の溜まった脚部には苦痛が生じた。細く白い指が、的確に疲弊した要所を刺激する。

 隣では、包帯と消毒の薬液を手にしたユーナが立っていた。冗談が全く通じない奴だった。

 その隣で黒玉が彼女の頭上を旋回している。

 あれから、(いた)くユーナを気に入ったのか、黒玉は俺から離れてユーナの傍を離れない。

 戯れているのだと解釈して、彼女は笑顔で黒玉を優しく掌に包み、撫でてやる。


「キース」


 彼女を見ていた俺を、シルキーが呼ぶ。

 低い不平声、顔を見れば予想通り不機嫌な面。


「君にはわたしがいるんだよ」


「それが、どうした?」


「君には伴侶を選ぶ余地なんて無いのさ」


「ユーナは良妻確定だな」


 やめろ、蹴るな。

 痛いと言っているのに、踵で俺の脛を蹴り下ろす。赤い舌を出し、ふんと鼻息を一つ。

 何気ない一言で打擲されるとなれば、いよいよ我が身を哀れむしかない。相変わらず彼女は内面的な成長がなく、機嫌を損ねれば直ぐにこれだ。

 隣を見ると。

 ユーナは褐色の頬と耳に、火傷と見まがう赤みを帯びて俯いていた。


「そ、その気持ちは嬉しいけど……こ、心の準備が……!」


「浮気者」


 そんな積もりで言ったんじゃない。

 一人で勘違いを加速させるユーナと、恨めしそうに睨むシルキー。結婚云々を考えるほど生活に余裕はないし、この顔面になった時点でそんな希望は諦めた。

 交換者を探し出し、彼らから元に戻る方法を問い糺す。

 その先でしか望めないのなら、今は目的を達成する為の準備と行動に熱意を費やすだけだ。

 そこで、ふとユーナに俺は問うた。


「そういえば、ユーナ」


「な、何かな!?」


「ヒルド教って、何だ?」


 ユーナの顔が強張った。

 頬から血の気が引いて、さっと蒼白になる。

 シルキーは話を聞いておらず、黒玉を捕獲せんと飛び付いていた。黒玉もまた、巧みに滑空してその魔手を躱す。

 能天気な彼女に呆れつつ、ユーナに視線を戻した。

 そろそろと、周囲を見回してから俺の方に寄って、耳打ちする。


「……危険な宗教団体って呼ばれてる」


「どんな連中なんだ」


「元祖は北の『リシテの民』、私みたいに黒髪と青い目の遊牧民。知ってるでしょう、魔力を使う唯一の人種って」


 俺は頷いた。

 戦魔を生産した元凶で、過去に潰えた民族だ。

 今では名を口にするのも禁じられる存在で、未だに『リシテ狩り』と呼ばれる活動が行われるほどである。

 ガンダヒュンデ戦役後に、北の大地を逐われて殺戮され、僅かな生存者も処刑された。他にも行方を(くら)ませた者はいるが、それでも存在そのものを怖れられ、人々は未だに彼等を賞金首として狙う。

 その活動を主に促すのはシーズフリード皇国だが。


「世間ではヒルド教がリシテそのものだってされてるけど、お母さんから聞いた話だと違うの」


「どんな風に?」


「大国を恨むリシテの一部が離反して、『ザークヒルデン』を神として信仰するのがヒルド教。本来のリシテが信仰するのはルイドリュンデ教なんだって」


 それからの話を要約すると。

 ヒルド教の人間の中でも『体信者』と呼ばれる人間は、様々な国の言語や宗教の教義を学び、市井に紛れてリシテを虐げる者を率先して暗殺する。

 そんな剣呑な活動を続ける内に、人々からは暗殺者教団とも呼ばれる経緯を辿った。


 つまり、俺たちが捕縛したのも『体信者』。

 リシテの民出身であり、魔力と呼ばれる未知の力を操る。路地を破壊した奇妙な球体は、その産物なのだとしたら納得だし、同時に恐ろしくもあった。

 魔力とは、あの大きさで砲弾以上の威力。

 世界が危険視するのも頷ける。

 そんな連中がリィンを欲するとなれば、戦局が俺の想定するよりも大きな問題を孕んでいるのだと解る。


「ユーナは、魔力が使えるのか?」


「えっと……簡単に火を熾したりはできるよ」


 なるほど。

 魔力も扱うのに修練が必要なのだ。

 ユーナの無害さは覆らない、依然良い子である。

 さて、より難しくなってきた。


 どうやってリィンを彼らから遠ざけ、俺とシルキーの安寧を保守するか。


「キース!」


 呼ばれて振り返る。

 両手で黒玉を摑んだシルキーが、勝ち誇った満面の笑みを作り、興奮していた。


「これ、食べられるかな?」


 お腹を壊しますよ。






次回へ続く。

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