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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
2章:騎士の忠剣と奴隷少女の恋
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リィンの任務

少し短め。



 曰く、祝福は形ではなく色である。

 曰く、名前は符号でなく色である。

 曰く、英雄は人でもなく色である。


 万象は色彩に充ち満ちて、絢爛たる花の楽園。

 日輪によって暴かれた谷底の闇に数多の声が犇めくは(はなびら)の囁き声。

 萌えよ、()

 咲けよ、()

 あなたは私の誇りにして従僕。

 永く久しき黒の再来に、私はあなたを器に自らを蕾とする。

 集え魂、募れ無念、積め業。

 悔恨の断末魔に果てた者たちを束ね、私はより昏き夜空へと飛躍する。この胸裏に蟠る負の奔流を、どうか導きたまえ。


 それこそ――。


「我らヒルド教徒が授かりし天啓」


 黒装束の人物が囁く。

 真正面から頭の凝りそうな口上に、俺は眉根を寄せて睨んだ。

 奴隷商からの刺客は想定していたが、全く関連性もない宗教団体からとなると慮外の襲撃である。その『ヒルド教』などから恨みを買うような過去に憶えは無い。

 ともあれ、白昼堂々と兇手を仕掛けてくる辺りは、黒装束の覚悟も並々ならぬもの。よほどリィンを重視していると見た。


「ヒルド……?」


「では、こう言えば判るか?……暗殺者教団(アササン)、と」


「いや……悪いけど知らん」


「…………」


「…………」


 え、常識なのか。

 黒装束の目が、微かに見開かれる。

 外界では情報不足が急死に繋がるとして、常に市井では耳を澄まして生活していた。暗殺者教団という如何にも物々しい名称の聞き覚えは皆無。

 しかし、名告れば判るという自負を窺わせる表情から、それなりの知名度を有していると推察できる。

 リィンを狙う魂胆は知れないが、存外この事態が深刻であると理解した。

 俺が敵対したのが、中々に名の知れた組織だとも。


 俺は後ろのリィンに肩越しで振り返る。

 萎縮した彼女は、こちらを凝視していた。

 今この場で誰が無力か、問われれば十中八九リィンであると全員が回答する。徒に長居させれば、俺の隙を見てリィンを殺しに掛かるかもしれない。

 屋内に逃げれば、最悪は凄腕のガレンさんが防衛として働く。些か巻き込んでしまうのも気が引けるが、やむを得ない。


「リィン!二階から、俺の武器を持って来てくれ」


「え……わ、わかった!ほ、包丁で良いよな!?」


「違う」


 リィンが慌てて診療所に駆け込んでいく足音。

 いや、理解してないよね。心配だ。


 扉が閉められる音がする。

 それを合図に。

 俺は片足を黒装束の顎めがけて振り上げる。

 黒装束は空を仰ぐようにして顔を上げ、紙一重で高速の爪先をやり過ごした。そのまま後ろへと飛び退いて俺から距離を取る。

 人間の動体視力に捕捉し得ない速度だったが、股関節から予備動作を看取していた。

 わずかな遣り取りだけでも、相手が戦闘の手練れであるのは判明した。暗殺者教団所属などという物騒な肩書を掲げるだけはある。

 異能力を有するにしても、不利なのは俺だ。

 相手は得物があり、こちらは徒手空拳。

 予備動作で攻撃を見抜かれる以上、相手は十全に俺の攻撃に対処し、命を刈り取りにくる。


 身にかかる火の粉の熱量は度が過ぎた。

 俺は思わず溜め息をこぼし、両腕を掲げて身構える。

 頭の横に、黒玉が移動する。耳打ちでもするような距離だった。


『殺すのか?』


「俺と……シルキーを脅かすなら」


 黒玉の囁きに、当然の回答を返す。

 俺の判断基準に狂いはない、重要なのは俺とシルキーの生活であり、他要素は二の次、最悪の事態で駒として扱うべき対象だ。

 リィンも守るに価するが、シルキーや俺の命との二択を強迫されれば、にべもなく切り捨てる。

 内側に招いた以上、リィンを守る責任、義務が発生してしまった。ヒルド教が有無を言わさず一度の敵対でも徹底排除を降す性質なら、捨てたところで変わらないが。


 黒装束が両手に短剣を握る。

 さらに一振りの凶刃が追加された。

 俺を殺すことに余念が無い姿勢である。


「やり難いなぁ」


 黒装束が懐中から何かを取り出す。

 目を凝らして見ると、青い玉だった。奇術師が手品に使う類いの物に似ている。

 形状と、いま使用を意図した状況から察するに自前で調合した催涙弾か。

 一応はウサギなので、感覚器官が人間より鋭敏だし、特に粘膜から作用する毒物などの効力は常人の数倍はある。

 本当に面倒だ。


 黒装束が上へと玉を投げる。

 地表に落ちた衝撃で内側から毒素が炸裂する仕掛けだ。

 ならば、その有効範囲から逃れるか、着地の直前で掬い上げてしまえば未然に防げる。

 俺は後者を採り、跳躍の姿勢に入った。

 だが――。

 それは俺の予想を、思わぬ形で裏切る兵器だった。

 いや、もしかすると、誰も予期し得ない威力だっただろう。そんな物が存在するのかと、そもそも根本から疑ってしまう凶器だった。


 玉が中空で制止すると。

 青い火花を散らし、断続的に発光した。

 何事かと動きを止めて観察すると、玉の光は次第に強さを増していく。玉の異変事態は想定していたが、様相が大きく考えた範疇を逸している。

 やがて、玉が破裂したような音を立てた。

 その瞬間に、青色の稲妻が診療所前の街路を薙ぎ払う。

 粗い舗装の石畳を寸断し、俺の直近に乱れた線を描いて遥か後方まで走った。


「えっ……?」


 隣の空気を熱く焼き焦がした。

 俺の感覚が狂わされたのではない。

 催涙でもなければ、爆弾でもなかった。

 もっと異様な……それこそ、お伽噺の魔法のような効果を発揮する。実際に、横の地面を深く抉っていった。

 俺は改めて、その威力を確認すべく視線を路地に刻まれた線へと落とす。

 そこで、線の縁が青く微光しているのを見咎めた。


「ヒルド様、御霊が一つ」


 黒装束の不気味な一声。

 それに呼応して――線から眩い光が溢れた。






 表通りで爆発が起きた。

 オレが屋内に逃げ込んで少しの時間だ。

 窓から差す光量が増し、部屋から影が一掃される。

 網膜を焼いた光の炸裂は、半瞬の後に轟音と衝撃に変化して窓を叩き割り、オレを壁に突き飛ばした。室内のすべてが爆風で撹拌され、噴煙が視界を蔽う。

 壁との激突が怪我に響いて、痛くて涙が出る。

 しばらく鈍痛に堪えて踞っていたが、オレには任務がある。主人から言い渡された、命を左右する大事の沙汰。

 二階へと駆け上がる。

 主人の自室までは遠くない。

 爆破で荒れた廊下を急ぎ、部屋の扉を開けて中に飛び込んだ。入室してすぐ、隣の壁に立て掛けてある一対の斧。

 オレには少し重い、それでも柄をしっかりと摑んで再び下階へと運ぶ。逆に、主人(アイツ)でも重いと思うけれど。


 奇妙なヤツではある。

 筋肉質とはいえ細身の体、その上にウサギそのものの頭部を持つ奇形の人間。道端の奴隷を救う異常な精神の持ち主。

 そんな印象ばかりが先立つが、本当は違う。

 不器用な優しさで全身を包容して見せているけど、今まで色んな人間を見てきたオレだから判る。

 根幹は極めて冷静で、冷酷で、取捨選択を過たない。自身にとっての優先順位を何よりも大切とし、異例なんて存在させず、必要なら身辺からも切り捨てる。――本人が自覚していないほどに冷徹なんだ。

 オレなんて二の次なんだろうけど。

 それでも、何処か気になってしまう。


 あの路地裏で遭遇したとき。

 奇妙にも、運命なんだと感じた。

 この出会いは必然で、オレがアイツの隣にいるのは必定なのだと悟っている。何に導かれたか、引き合わされた。


「え?」


 階段を下りて、真っ先に目を疑った。

 荒れた室内の向こう側、街路の方で青い稲光と爆発の連続が起きている。粉塵が絶え間なく舞い散った。

 これ、近付けない気がするんだけど。

 どの時機(タイミング)で渡せば良いのか、オレでは判断しかねる。敷居を越えた瞬間に首が飛びそうで怖い。


 幾度目かの爆撃。

 吹き掃われた土煙の中から、アイツの姿が現れた。至近距離で短剣を振る相手の手を叩き、切っ先を巧妙に自分から遠ざけている。

 あれが家主に付けられた鍛練の成果?かな。

 劣勢には見えない。

 寧ろ、いま渡すと邪魔なんじゃないか。そんな考えが頭を過る。

 ところが、彼はオレの存在を横目に見つけると、短剣を突き出した相手の腕を取って肩に担ぐようにする。そのまま翻身した勢いで相手の体を背に乗せ、地面に向けて投げる。

 黒装束が一瞬宙を舞い、アイツの力に従って地面に叩き付けられた。

 頭巾の奥からウサギ頭が叫んだ。


「斧ッ!」


「あ、お、おう!!」


 オレは下から振り上げるようにして投げた。

 斧が鈍い風斬りの音を立てながら回転し、緩やかな円弧を描いてアイツの手元に向かう。

 黒装束を踏みつけて跳び上がり、アイツが斧を両手に摑み取る。


「――げッ!?」


 すると、アイツの直近に青い閃光。

 斧を手にしたと同時に、路地に爆裂した。

 熱と光の暴力に煽られ、オレは再び床を無様に転がる。部屋中を嬲る暴風は、至近距離で受ければ骨さえ砕く勢いだ。

 拙い。

 アイツは動けなくなったかもしれない。

 痛みで踞っていると、床を軋ませる足音がする。

 まさか、アイツだろうか?


「ご主人様、無事ですか!?」


 声で応える代わりに。

 煙幕を破って黒装束が現れた。

 息を飲んで、オレは見上げる。

 短剣が振り掲げられ、切っ先はオレの方へと向けられていた。妖しく、そして危うい輝きを宿した刃に怯える人間が映っている。


「貴き黄色」


「ひっ……!」


 短剣が振り下ろされる。

 オレは頭を抱えて防御の姿勢に入るが、無意味である。一秒と経たずに急所を刺されてしまうに違いない。

 折角拾った命なのに。

 主人を鞍替えした途端に殺される羽目になんなんて。

 死を覚悟して目を瞑った。


 瞼の向こう側で、金属が叩き砕かれる音。

 こめかみを撫でる横合いからの風に髪が殴られて頬を撫でた。

 意を決して、ゆっくり目を開ける。

 そこに、斧を振り抜いて静止したアイツの姿があった。


「無事か」


「……も、問題ねぇよ、バカ!」


「その態度は無いだろ」


「うるせぇ!さっさとやっつけろよ!」


「一方的な契約とはいえ、主従関係おかしくないか?逆転してないか?」


「いいから、早く!」


 余計な事に拘泥する主人を急かした。

 頭巾を失ったアイツは釈然としない表情のまま、もう一振りの斧頭を垂直に振り上げ、黒装束の顎を打ち抜いた。

 直撃を避けられず、黒装束の頭が撥ね上がる。反り身になって、後ろへと千鳥足で退いていく。


「よし、やっちまえ!」


「いや、拘束する」


「な。何でさ!?」


「出所を吐かせて、今後の対策を打つ為だ」


 ここに来ても冷静だった。

 オレと年は変わらない程だっていうのに、異常なまでの冷静さ。達観した大人でも、ここまで静かに在れないだろう。

 二本の斧を提げて、アイツが悠々と歩き出す。

 黒装束は蹌踉めきながらも体勢を立て直し、短剣を構え直す。それでも、左右へと体の軸が揺れていた。

 これは勝負あった――!

 アイツが地面を蹴り、斧頭を振り下ろさんとする。勝利を確信したオレ達と、敗北を覚悟した黒装束の視線が交錯する。





「テメェら、俺の家で何してやがる」




 その前に。

 アイツと黒装束の頭を鷲摑みにする厳つい手。

 全員が驚いてそちらを見ると、凶相の白衣が睥睨していた。眼鏡の奥から刃物さながらの眼光を放っている。

 アイツは斧を手元から落とし、黒装束は――失神していた。


「そうだな……テメェら全員売っ払って、修理代にするか」


 唖然とするオレ達に。

 白衣の男が青筋をこめかみに浮かべながら告げた。







次回へ続く。

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