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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
2章:騎士の忠剣と奴隷少女の恋
17/31

リィンの危険

明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い致します。




 ならず者の街の西部。

 滅多な用事が無ければ、何人たりとも自らの身を案じて立入を禁ずる奴隷商の界隈。

 単なる労力・余興の購入なら()だしも、そこはヤクザの喧嘩や盗賊が根城にしている場所もある。

 途上で身ぐるみ剥がされ、()()()()()()()()()()()()()()すら否めない。

 そんな剣呑きわまりない街の暗部に、巨大な娼館がある。

広い敷地を占める大佇まいは、周囲の景観を圧倒する威風を備えながら、内より漏れ出る悦楽の声で人を招く魔性の力を宿していた。


 そんな淫靡で荘厳な娼館の入口で、羊毛の外套に下は下着一枚を着た恰幅の良い男が立つ。

 顔は脂で重たい艶を帯び、所々に浮かぶニキビが本人の笑みに合わせて赤みを増す。開いた前身頃からは豊かな腹部が存在を主張していた。

 男は足下に跪かせた甲冑姿の兵士に問う。


「それで……金色の娘は?」


「そ、それが……途中で、赤頭巾の少年に強奪されたと」


「は?」


 男の顔が凍り付く。

 それを見た兵士が、咄嗟に頭を垂れて顔を逸らした。明らかに彼に対する畏怖がある。

 羊毛の外套の下の肉が、わなわなと震えた。

 男が兵士の頭を兜越しに踏みつける。


「ふさけるなッ!結構な高値だったんだぞ!」


「もッ……申し訳ッ……!」


「すぐ連れて来い!何なら、赤頭巾のガキは四肢を切り落として我が前に引き摺って来い」


 兵士は素早く身を翻し、悲鳴を上げながら路地へと駆けていく。

 男は腕を組んで後ろ姿を睨みながら見送ると、顔を愉悦に一転させて娼館へと戻って行く。素馨の香りで彩られた玄関口の道の途中に、黒装束の人物が跪いていた。

 男はその肩を軽く叩く。


「正直、ヤツも頼りにならん。――始末しろ」


「目標は?」


「その赤頭巾?のガキだ。奴隷は捕縛しろ」


「…………」


「できるか?」


「はっ。現場で嗅いだ臭いは()()()ので」


 黒装束が足音もさせずに路地の闇に消える。

 俊敏な動きで姿を隠した様子に、男は笑って娼館の扉を開けて中へと戻った。





 その頃である。

 ならず者の街の風景が変わっていた。


 俺が予見していた通り、シーズフリード国境付近に戦端が開かれた。

 国家転覆後の新体制が整っていない不安定な情勢にある今、いち早く彼らの持つ大陸最大の国土を侵略せんと動く国々が一ヶ所に犇めき合う。

 シーズフリード攻略後は、この面子での烈しい争闘になるのは自明の理。

 傭兵にとっては、命惜しけれど飯の食い場に困らぬ環境が完成しつつある。

 シルキーが待望し、俺も恐れながら避けられない戦場だ。


 郵便中にも、参戦を募るチラシが配布される。

 無造作に撒かれたそれらを、我先にと競い合って、早くもそこで新たな戦争が勃発しそうな勢いだった。

 戦意に荒れ狂う人波を躱し、俺は正確に郵便の仕事を済ませていく。

 肩に担いだ雑嚢(ざつのう)に押し込まれた今日の仕事も、確実に減っていた。昼を待たずして完了する手応えだ。

 帰宅後は飯番を作らなくてもいい、という事があってか、少し気分が良い。

 手捌きも、我ながら少し鮮やかな気がする。



 仕事量の残余は僅か。

 俺は残り数軒の宛先をあらため、仕上げに取り掛かろうと走り出す。

 その横から、寄り添うように“ヤツ”が現れた。

 黒玉が隣を浮遊し、並走する。

 入り乱れる人の往来を横切り、或いは縦断しても、一寸の狂いなく横に並び続けた。

 ここまで来ると、執念じみた意気を感じる。

 他の人間には見えていないのだろうか。


「何か用か?」


『用事……用が無ければ、おまえと遊んではいけないのか?』


「友達でも無いだろ」


『夕暮れの街で楽しく遊んだじゃないか』


「厄介事を押し付けただけだろ」


『おまえはどんな遊びが好きだった?』


 知らない。

 俺だって友達がいなかった。

 山村の頃は、沢に下りて河水と戯れる以上の遊びなどなかった。街に来てからは働き詰めなので、特段遊戯の時間がなく思い出すのも懐かしい。

 今でも思い出せる。

 (みぎわ)に泡立つ河、光に照らし出された河床を滑る魚、その鱗が光を反射した刹那のひらめき。

 切り立った崖から、河面めがけて飛び降りた時に受ける風はいつもと違う。

 受け止めた水の中に沈むと、天井の河面にたゆたう太陽の輝きが目に焼き付いている。


『美しい記憶だ』


「さすがに雨後は控えたし、誰かの世話役を任ぜられてからは、行かなくなった」


『そのとき、おまえの笑顔は咲いてた』


 どれだけ大きな喧騒の中でも聞こえる。

 俺の鼓膜が、彼のみの声を優先して聴取するよう血肉が組織されているように。

 不気味なまでに、その声音は胸底まで浸透する。鞄の中は軽くなっていくのに、体の芯は声を重量として蓄積していくかのように足が重かった。

 奇妙な感覚だ。

 鬱陶しく付いて回るヤツほど不愉快な者はないのに、こいつには全くそれを感じない。


 曇天の下、ならず者の街は活気を増していく。

 俺はその荒れ狂う人々の波を、まるで水のように流れ通っていく。歩を進める都度、体が澄んでいく感覚がした。

 内側が洗練されていく。

 このまま歩き続けたら、どうなるのだろう。


『おまえの笑顔は、何色だった?』


「表情の色?何だそれ」


『思い出せ、おまえ自身の顔を』


「俺の顔?そんなの憶えてるに……」


 そのとき。

 俺の足が止まった。


 自分の顔を手で触りながら、記憶を探る。

 山村の自宅で、長くなった赤い髪を切ったことがあった。そのときに自分の姿を鏡面に映して作業していた。

 でも、思い返すと――顔の部分だけが切り取られたように想起される。

 他にも、村人に敬遠される理由が顔の造形にあるのかと要因を探って鏡を見たときも。

 河面に揺れる自分の顔を見たときも。


 何もかも、そこに俺と思しき面相は見当たらない。


 掌を擽る兎の黒い毛が不快に感じる。

 二年も経って馴染んだ筈なのに、今さら異物感がしてきた。顔の形も、感触の(ことごと)くが吐き気を催す。

 俺は路傍に踞って、口許を手で覆う。

 黒玉は、隣の虚空を漂っていた。


『思い出せ、捨てられし赤』


「無理だ。忘れちまったみたいなんだ」


『顔無き者に人を従える資格は無い』


「おまえにだって顔は無いだろうが」


 黒玉が押し黙った。

 いい気分だ、こいつも顔を忘れたらしい。


 嘲笑って立とうと壁に手を付く。

 それが丁度、そこに貼り付けてあった紙に触れた。驚いて、俺と黒玉で額を寄せるように紙面を見る。

 それは――指名手配書だった。

 指名手配した者の特徴なとが簡潔に綴られ、捕縛した者に報奨金が与えられる。傭兵としても嬉しい仕事だが、人探しが上手いとは言えぬ質なので、これはやめておこう。

 俺は雑嚢を担ぎ直す。

 紙から背を向けて歩き出すが、黒玉はそれを未だに凝視していた。


「何だ、どうした?」


『奴隷を強奪して去った赤頭巾の少年』


「……何だって?」


『発見次第、生け捕りに成功した者には身柄の引渡しの後、五十ピリンの金を授ける』


「ごじゅ……大盤振る舞いだな」


 大金を約する依頼。

 そうなれば、傭兵の端くれとして気にならない訳など無い。

 ――いや、待て。赤頭巾……?

 再び紙面の前に戻る。

 黒玉が読み上げた通りの内容が記されていた。

 俺は自分が被る頭巾の裾を摘まんで確かめる。安物ながら少し鮮やかな色合いの……赤。


 俺は再度内容を検めて。

 その場から早急に離脱することを選んだ。


『おまえの事だ、捨てられし赤』


「言わなくてもわかる、迂闊だった」


『おまえの事だ、捨てられし赤』


「……ちょっと楽しんでるだろ、おまえ?」


 また黙った。

 ともあれ。

 俺が用心を怠った事は変わらない。

 奴隷商から不法に奴隷を持ち去った。

 彼らの対応が予期せぬ早さだったにせよ、いずれ何らかの暗影となって身辺を脅かすのは容易に想定できた筈である。

 今朝のリィンの破天荒、及び連続する非常事態で思考力を欠いていた。


 あれは――俺の指名手配書。

 発行者が載せた報奨金から、概ね権力のあるヤツだと推察する。


 普段から顔を匿して生活していた事が最悪の事態を避けられた。

 まだ面貌に関する仔細は記されていないが、時間の問題だ。

 彼等なりの手段で追い詰めてくる。

 指名手配書を発行する者の底意など知れている。

 賞金目当てで動く人間の視線、動きで囲いを作り、目標を動けなくする。行動範囲を限定させる檻が完成すれば、敵は迷いなく使者(掃除屋)を遣わす。

 力ある者は、必ず誰かが捕縛した獲物ではなく、自ら捕らえたい傾向がある。

 ならず者の街では、範囲が狭い。

 囲いが出来るのも早いし、使者の来訪も然したる時間を要しない。


 俺は人気のない細い路地に入る。

 そこで懐中から黒頭巾を取り出し、現在着用している物と早急に入れ替えた。黒ウサギが黒頭巾を被ると、本格的に顔が分からなくなる。

 正直、黒は夜以外では目立つので控えたかった。

 一応、不祥事につき頭巾を失った場合の予備として携帯していたのが役に立った。


『おまえは黒ではない』


「そうだな」


『おまえは赤だ』


「暫く、おまえの大好きな赤頭巾は休業だ」


 そんな事よりも。

 早く残りの仕事を終わらせ、午後の仕事に入る前に診療所へ戻る。リィンには夜に帰ると言った手前、それでも急ぎ伝達せねばならない。

 この街には、きっともう。

 俺とリィンを狙う連中が隠れているやもしれないから。




 後刻、郵送をすぐに済ませた。

 午後の仕事へと入る道の途中で、シルキーには忘れ物を取りに行くと理由を繕っておいた。

 目を離すと面倒事を作るので、あまり彼女を一人にしたくはないけれど仕方ない。

 リィンの心配だと見透かして、彼女は不平顔ながら承知した。


 診療所への道を急いだ。

 建ち並ぶ家々を足場にし、屋根の棟木を駆ける。診療所までの最短距離を遮る道など足場が途切れる場所は、高速の跳躍で跨いで通過した。

 人の視界には、空を滑空した鳥の影に見紛う程度。

 リィンの下へと運ぶ足先をさらに加速させた。

 あの金髪の一房がカラスに啄まれてボロボロになっていたのを見ただけでも驚かされたのに、殺されたとあっては悪夢にも勝る悍しさである。

 山村の時に思った。

 あれは余計な処理をせず、迅速な村からの離脱を図ったから、耳を斬られる程度の損耗で済んだ。

 いつだって策を巡らせ、実行は早く。

 そうでなければ、あっという間に脅威は首を切る間合いまで迫ってくる。

 知ったら即座に報告、外出も徹底して禁止させる。


 診療所が視界に入った。

 リィンが玄関横の植木に水をやっていた。

 包帯などが袖の隙間から窺えるが、痛みは無いらしく、顔は涼しげである。

 俺は屋根を蹴って、大胆に玄関前に着地する。

 驚いた彼女の前で頭巾を剥いだ。


「えっ、夜じゃないのかよ!?」


「おまえに忠告だ。黙って聞けよ」


 努めて静かな声で。

 午後の仕事、肉薄する危険の臭い、往来の視線が犇々と全方位から迫って、内心では俺が最も焦燥し、混乱に陥っている。

 激しい焦慮に説明できる自信が無い。


『来ているぞ、赤よ』


「まだ居たのかよ」


 黒玉が告げる。

 まだ隣にいたことに驚いたが、それよりも来ているとは何だ。

 もしや、俺とリィンにとっての害悪か。

 そうなのだとしたら、拙い。


 リィンは、慌てふためいて植木の傍に屈めていた身を正し、右へ左へと動く。

 転びそうになって堪え、また転びそうになって植木に顔を突っ込む寸前で、上半身を反らして静止する。

 何かの舞踊か?


「ま、待ってろ。アンタに……じゃなかった、ご主人様、直ぐにお茶をご用意しますので!」


 そんな悠長なことはできない。

 俺は彼女の肩を摑んで止めた。


「いいから!それよりも――」


 言葉を紡ぐ――その転瞬。

 俺の視野を横から塗り潰すような人影。

 猛然と岸壁を転落する岩のごとき速度でリィンへと直進している。

 俺も地面を蹴って、リィンと影の間に割って入った。

 ウサギの動体視力はさして獣の中でも高くない。それでも、如何に敏捷な人間でも十全に動作を捕捉しうる。

 相手が本物の化け物でも無い限り。

 リィンの腹部へと滑り込む刃の閃き。

 肉を抉らんとする凶器を駆った手元を摑んで制止する。

 割り込んだ勢いで、リィンを背中で押し飛ばす。尻餅を突いた彼女は、俺と、俺が腕を摑んで押さえた小柄な黒装束の人物を見て当惑した。


「えっ、え、え!?」


 俺と黒装束は、正面から睨み合う。

 目元まで薄い黒地の布で隠しているが、内側から手に持った刃より鋭い眼差しを感じる。


 狼狽えるリィンは、また後ろであの奇妙な舞踊を演じていた。

 ようやく落ち着いた彼女が咳払いを一つ。


「ご、ご主人様……」


 俺は握力を緩めず、相手を押さえながら振り返る。

 リィンの困惑の笑み。

 何を言わんとしているか、大体察した。

 この異常事態に、リィンは先ず問うべき事を。

 小首を傾げて黒装束を覗きつつ、口にした。


「その人……友達か?」


 頭もお怪我してるのかね、この子は。




次回へ続く。

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