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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
1章:戦乙女の旅立ちと世話役の初任
12/31

シルキーの世話役

ややシリアス。



 揺れる幌馬車の上。

 長閑な農道を叩く蹄の音を先頭に進んでいく。

 春の陽気に包まれて、うたた寝してしまいそうになる神経を緊張させる。

 まだ目的地までは遠いが、どうも湿った土の臭いを嗅ぐと安心してしまう。

 ダメだ、昼寝したい。


 手綱を握る農夫の背を見た。

 隣では革鎧を着た銀髪の少女が歌っている。

 呑気な様子に絆されて農夫も口遊(くちず)さむ。

 だが、地方の俚言(なまり)が色濃く根付いた発音法のせいで音痴気味で不協和音となった。

 後ろに控える俺の耳には不快でしかない。

 相変わらず歌声も綺麗な少女に苛立ってくる。陽光を受けて、頭を振る都度に銀髪の上を艶が滑らかに踊った。まるで清流の川面の光みたいに。


 安穏とした馬車の道行き。

 険しくなるのは道の傾斜角度のみ。

 目的地の村まで、峠を越えれば半分を過ぎる。

 出発から太陽の高さは変わり、もうじき天頂の陽光が降り注ぐ頃合い。


 街道を行かず、わざわざ農夫が難路を選んだのは、妻の臨月が近いので、仕事を終わらせて捷径を辿って間に合わせたいとの心意気。

 そんな感涙誘う話、しかし危険を承知の上での難路に、何の躊躇もなく相棒の銀髪少女が同道を申し出た。

 もちろん、報酬の話はある。

 幾分か()()付いた額だったが、ともあれ険難な道に相違ない。

 相棒の少女は、まだ見ぬ危地の可能性を鑑みていない。


「そうかい!初仕事かい!」


「うん、でも任せて。わたし達は腕っぷしに関しては信頼して良い。これを()()()()のが少し遅かっただけだよ」


「ははっ、期待しちゃうねぇ」


 期待されても困る。

 何事も無く済むのが一番なのだ。

 護衛として(やと)われた以上は危険があっても守り抜くことは誓うが、命あっての商いなので、破滅的な窮状には脱兎のごとく自らを優先して逃げ去る。

 心は痛むが、すでに脛に傷を持つ者なので人の一人や二人は見捨てたところで変わらない。

 そんな非情な決断も、出来る限りしたくはないが。


 すると、農夫が冗談めかしに言った。


「でも、その歳で荒事するってぇなると、『黒いお化け』に目ぇ付けられやしないかい?」


 農夫の一言に、刹那の沈黙。

 少女は朗らかな笑みになって、自分の面前で手を振って否定する。呆れたように肩を竦めると、小さい子供が大人ぶるように不格好な仕草だった。

 俺から見れば、どこが不自然か仔細に語れてしまうだろう。


「その時は、()()()追っ払うさ。

 ――ね、キース!」


 一部だけを強調する語勢で、俺に反応を求めてくる。銀の影が陽光の中に煌めいて揺れる。

 横にいる農夫が霞んで見える、失礼だが。


「あい、そうですな――姫さん」


 銀髪の少女――シルキーの笑顔に、そう応えるしかなかった。



 *──*──*──*──*




 遡って一月前。

 俺たちが引き取られた翌朝だ。


 傭兵として働くと提案したシルキーに、ガレンさんは反対した。無論、それは拾った命が無下に使われる事を嫌ってである。

 重ねて、語るべくもなく俺も反対だ。

 ようやく剣呑な場所を抜けて、穏やかな生活が営めると喜んでいたのに、自ら槍の雨降り頻る死地に向かうなど愚の骨頂である。


 ただ、彼女の意見が他者の言葉で覆ったことはない。ほんの僅かな妥協案のみである。

 日が過ぎた分だけ、その性質を俺は知悉している。

 そして当然だが、俺がその判断に逆らわず、付いていくしか無いことも。


「おいクソガキ、戦場を舐めてんのか」


「わたしとキースは、もう何度も鉈や斧を振り回す大人に殺されかけたんだよ。舐めてないさ」


「……それが、あの結果って訳か」


 ガレンさんは、俺の頭頂部を指差す。

 断たれた片方の耳介を、未だ生々しく包帯が保護している。人の視線が刺されば、あの半分の赤く染まった視界を想起した。

 体中を巡る血潮が、熱く外側を伝って焦がす。

 迷いなく、体の線をなぞりながら断固として下を目指す。傷口からは外側へ殺到する血とは逆に、内側を撹拌するような激痛が広がった。

 正直、あんな目には遭いたくない。

 この先も、ずっとこれからも。


「うん、そうだよ」


「隣にいるヤツを危険に晒したことあっても、戦場はお前にとって適材適所って言えんのか。――ふざけんなッ!!」


 ガレンが机を蹴り上げた。

 鍛え上げられた脚が、鍛練で研ぎ澄まされた技を無意識に引き出したのかもしれない。

 鋭く振られた爪先が、机を両断した。俺の鼻先を元暗殺者の足が掠めていく。

 危ないな、オイ。


 そんな凄まじい技を見せて怯えを誘っても。

 シルキーの表情は清々しい笑顔だった。


「何が可笑しいんだ、テメェ」


「何かね、『契約』した刻から判るんだ」


「契約……?おまえ、まさか……」


「わたしの中の何かが、戦場に行けって」


 シルキーの言は、俺の言葉でもあった。


 そう、本能が語っている。

 俺たちの日常を脅かす者はすぐそこにいると。

 常に身近で、隣人として。

 シルキーが俺の傍にいるように、もう片方の傍らを死が占めている。彼女の手を放し、隣から離れれば、たちまち死に(いざな)われる。

 これが世界全員に共通するかは判らないが。


 俺は『契約』した刻から、彼女の傍を離れてはならない。いつ如何なる時も、彼女を守れと。

 そんな確固たる意志が宿っている。

 どれだけ感情で嫌っても、抗えずそうなるのだ。というか、破った時点で死ぬ。

 そんな気がする。

 抗えないし、俺の意志は関係ないから無理矢理に変わり無い。

 つまり、俺は(ハナ)からシルキーを止められる力など無い。

 なんて理不尽だ。


「それに従わない限り、きっと元に戻らない。わたしの“黒”も、キースの”顔”も」


 苛立ちすら抱かせるほど、顧みない真っ直ぐなシルキーの声。

 愚かしくて、危うくて、儚くて。

 それでも、相手に説得が無駄だと理解させるには充分に過ぎた。

 ガレンさんは、額を押さえて嘆息する。


「患者の中にいる。戦場馴れし過ぎて砲音の無い場所じゃ不安で寝れねぇ、人を殺さなきゃ自分に存在意義は無ぇ……そんなこと口にする救いようの無いヤツがな」


「それは大変だね」


「ただ、中でも危険なのは『戦場に使命感があって行くヤツ』のことだ。真っ先に死んでくヤツさ」


「なるほど」


「それでも、傭兵なんつー……仕事なら戦場にでも駆り出されなきゃならん仕事を受ける。そうだな?」


「うん、わたしとキースはそう決めた」


 言ってない。

 念を押すようなガレンさんのに、堂々と俺からまだ得ぬ同意を添えて断言する。決然とした様子は、もはや再考の余地がないと思い知らされる。

 シルキーが俺の後ろに回り、頭を抱き締めてきた。

 腕で抱き締められて。

 余計に実感が湧く、彼女と離れられないがっちりとした鎖が結ばれる気がした。


 ガレンさんは再び嘆息。

 すると、自分の膝の上に頬杖を突き、ほとほと呆れた顔で天井を指差した。


「二階に未使用の革鎧一式がある。一時期、防具屋をやっていた時期の物だ、サイズ選んで持ってけ」


「あはは、悪いね闇医者さん」


「うるせぇ、黙って行け」


 シルキーは二階へ颯爽と駆け上がる。

 独りにすると危険だ。一応はガレンさんの所有物なので、彼の許可を得るまでに毀損したりなどしたら大変だ。

 俺も腰を上げて、その後を追う。


「待て、お前には話がある」


 ――それを止められた。

 俺は微かに浮いた体を、再び椅子に落ち着ける。

 目の前では、真剣な表徐の彼が天井を一瞥した。何やら上で忙しない足音、続く物を倒した騒音、更に次いで歓喜の声。

 何だろう、もう現場で事件が起きてる。


「お前の方が話が通じそうだから、忠告しておくぞ」


 ガレンさんは声を潜めた。

 何やら、あの騒がしいシルキーの様子をもってしても、聞かれてはまずいと安心できぬ話らしい。


「二十年前の戦争で、俺はある国の南端砦で要人の暗殺を任務とし、動いていた。

 戦局を左右する重要な仕事だった。

 俺はその砦へ夜に侵入し実行したが、標的が雇っている近衛連中に特殊なヤツがいた」


「特殊なヤツ……?」


「自らを『交換者』と名乗る、不気味なヤツだ」


 その一語に、俺は戦慄した。

 語るガレンさんも、呼び覚ますことすら忌避する記憶だったのか、顔色が悪い。声音を染め上げるのは畏怖だった。

 俺が故郷の村人と対峙したときも、そんな声が出ていた。


「異様な技を使った。それこそ、お伽噺の魔法みたいにな。

 死闘の末に、俺は暗殺に成功した。当然、交換者っつー障害も撃破してだ。

 だが……ヤツを殺して暫しして、異変が起きたんだよ」


「な、何だ……?」


「ヤツの体から、黒い靄が吹き上がって、次第に変な形の化け物になる。そして、ソイツは長ったらしい、宗教の教祖でも語りそうな文句を口にして消え去るんだ。

 その後は、暗殺者の仕事を辞めて各戦場を医者として参った。

 その中にも交換者の重傷人がいたんだが、そいつも夢現(ゆめうつつ)に語り出すんだよ。同じ内容をな」


 ワケが分からない。

 何故に、そんな事を俺に語り出すのか。

 いや、単純な事である。

 かつて交換者と剣を交えた彼ならば。

 『契約』という一語で俺たちが交換者であるという知られざる事情に辿り着きうる。

 正体が、異様な能力を持つ人外だと。


 ガレンさんが立ち上がると、近くの箪笥から一枚の紙を引っ張り出す。それを俺の方へと振り向きもせずに放った。

 慌てて受け止めると、彼に促されて紙面を検める。




『私は待っている。

 いずれ来る、目覚めの刻に。

 どんなに時が、刻が、季が過ぎようとも。

 幾星霜幾星霜、数える時間に限界はない。人の営みがこの世から絶えようとも。


 私の御霊を浄める者よ。

 この寂しさを。

 胸の内に苦悶を催す底無しの空虚を。

 満たして、充たしてくれ。

 慰めはあなたの手だけ。


 それまで私は深い谷に眠ろう。

 あなたとの邂逅を、或いはそれに準ずる者からの声に備えて、世界に目を巡らそう。

 見れども視れども観れども看れども。

 あなたはやって来ない。

 それでも、飽くことなく、その誕生から邂逅まで、あなたの道行きを待ち、愛する。


 種は撒いた。

 それは山と、海と、芽吹いて咲く。

 大切なモノは、なぁに?

 失いたくないのは、どぉれ?

 種は問い続ける。

 そして、咲いた花は。

 あなたの姿を見る為の私の目の代わりになる。


 私は待っている。

 いずれ来る、私の愛しき黒よ。

 よろずに咲く花々に、私は息を潜めて目を巡らそう。

 きっといる。――あなたは。

 きっと来る。――あなたは。

 きっとやる。――あなたは。


 出でよ、私の愛しき黒よ。

 あなたの手で御霊を雪ぎ、私を浄めたまえ』




 内容は奇怪の一言に尽きる。

 ガレンさんが形容した教祖の語り口調とは、正鵠を射ていた。知識としては知るが宗教という文化に実際的な接触の無い俺でも判る。

 これを、交換者の口から、死後の交換者より出た影が唱えた。


 何か深遠な意味がある。

 俺とシルキーの、この体を治す手懸かりが。


「お前さんらの異様な姿、戦への自信と……何となく勘で、交換者だなって悟った」


「…………そっか」


「ただ、お前らは少し違う。どいつもこいつも、交換者は対話をしない。物事を合理性のみで量り、他人の命は二の次だ」


 村人は随分とお喋りだったが。

 確かに、『契約』した時点で俺の体が別の何かに根底から組み替えられるなら、途中でシルキーを捨てて逃げている。

 俺たちは彼等と、根本で道を違えている。


 それに、文の後半部分の一言。

 ――大切なモノは、なぁに?

 まるで、『黒いお化け』の物と同じ。

 交換者と、主題にされる『私の愛しき黒』との関連性を仄めかす。


 もし、この意味を完全に解して。

 これら交換者についての因縁を解決できれば、俺とシルキーが元に戻る方法があるかもしれない。穏やかな生活は、そこからである。

 情報源はきっと、交換者だけだ。

 そうなれば、やはり彼らが寝屋とする戦場に馳せ参じる他にない。否が応でも戦こそ俺たちの行く末なのか。


 ガレンさんが紙を取り上げる。

 再び箪笥の中へと乱暴に戻した。


「文の内容、これからのお前に何か関係があるんじゃないか?」


「……うん、多分そう」


 天井から、特段大きい音。

 金属同士が打ち付ける音と、間の抜けたシルキーの悲鳴。俺とガレンさんは、今度こそ同じ溜め息を同時に吐き出した。

 為すべき事は定まっても。

 行く先は暗い、彼女のせいで。


「前言撤回」


「ん?」


 ガレンさんが疲れを滲ませた目で、俺を見詰めた。

 肩を叩いてくると、そのまま二階へと向かっていく。


「お前ら、どうせ傭兵仕事で怪我すんだろ。なら、ここを拠点にしろ、ならず者の街だが外部からの往来が多くて仕事に困らん……屋根裏の物置を片付けとく」


「えっ、良いんですか?正直、シルキーを手元に置くと……」


「後悔は凄まじいが、一度救った命だからな。最後まで責任持つしかねぇだろ」


 初めてガレンさんが険の無い笑顔――といっても苦笑――を見せて、階段を上がって行く。

 改めて彼の優しさに、俺は感謝するしかなかった。

 厳しいと思っていた村の外は、たしかに予想に違わぬ世界かもしれないが、幸運にも人の優しさに最初に触れられた。


 環境が出来上がった。

 なら、やることは一つだけ。





 *──*──*──*──*




 そして時は一月後、つまり現在。


 村に到着すると、報酬を受け取った。

 農夫は慌てて馬車を走らせ、家へと向かう。金を片手にした俺たちは、それを見送った。

 家への宿泊を勧められたが、子供の産まれに傭兵二人が居合わせても、邪魔だし物々しい空気で落ち着かない。

 何より、後に生まれた子供が大きくなって自分の誕生秘話を聞いたとき、傭兵二人が……なんて話を聞いたら、変に憧れたりして。


 そんな一抹の不安があって断った。


 彼が再び“ならず者の街”へと往復するまでの間、ここへ暫くは滞在する。当分は近辺の警護の手伝いなんかもして、小銭を稼ごう。

 俺とシルキーは、彼が去った方向から死線を外して歩いた。

 知らない町並み、また違う彩りに満ちる雑踏。

 シルキーは新鮮さに目を輝かせ、彼女が暴走せぬよう、俺は隣にいる。


「キース、あの店で甘そうな物があるよ」


「まだ駆け出しで金に余裕無い」


「食べたいよ」


「自分の汗は甘いらしいぞ」


「ほんとに?」


「ああ」


 シルキーは額に滲んだ汗を手に付けて、掌中をちろりと舐める。美しい桃色が唇の上を滑らかに動いて、再び口内に戻る。

 汗の味を確かめ、振り返ったシルキーが半目で睨んできた。

 おお、怖い怖い。


「嘘つき」


「この歳で汗がしょっぱいなんて知らないの、おまえくらいだぞ」


「わたしは違うかもしれないじゃないか」


「どうして」


「うーん……何となく、外見が」


 それは美人だからだろうが。

 彼女の言葉は暗に、外貌の美醜で汗の味は差異が生じるとのこと。

 実に理不尽である。

 俺のは本当に苦そうだな。


 しかし、道中何事も無くて安心。

 復路の危険はまだあれど、取り敢えず一段落と決めつけても速了ではない。

 傭兵として働くのは少し怖いが、俺にはやるべき事がある。

 『黒いお化け』について解明すること。


 それと――。


「キース」


 隣のシルキーが俺の袖を引いた。

 そちらへ振り向くと、無邪気な笑顔の彼女が俺を見上げて微笑んでいる。

 この笑顔が、本当に眩しくて、いつも嫌になる。


「わたし達は、ずっと一緒だよ」


「嫌だよ」


「残念でした」


 ええ、全くですよ。

 村から予感していました。

 きっと、いつ如何なる時も、大人になっても彼女は俺を放してくれない。戦場だろうが、穏やかな未来だろうが、きっと。


 彼女の世話役として。

 彼女の最終決断の抑制(ブレーキ)として。

 俺は苦労を背負い込まされる。


「それじゃ、あの甘い物を食べよう!」


「……はいはい、仰せのままに」


 逆らえはしない。

 受け取った報酬の全額を片手に。

 シルキーは甘い香り立つ店へと向かい、その背を俺は追う。


 今日の寝床は宿の厩舎かな。






一章完結です。


次回へ続く。

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