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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
1章:戦乙女の旅立ちと世話役の初任
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シルキーの薦め



 目を覚ました。

 瞼を開いて一番最初に見知らぬ天井がある。

 柔らかく体を包む毛布の感触。

 落ち着いた雰囲気のある内装の部屋。

 かすかに漂う煮汁の香り。


 うん、何だろうこれ。


 俺は起き上がって周囲を検める。

 見覚えのない部屋だった。稠密(ちゅうみつ)に本を詰め込んだ書棚や、埃の無い床などは生活感がある部屋の様相である。

 誰の物とも知れぬ寝台で眠っていた。

 路傍の下草でシルキーの膝枕に不覚にも安堵して眠りに付いてしまったが、それ以降の記憶が無いのである。

 服も着替えており、耳や体には清潔な包帯が巻かれていた。部屋の隅には、斧と短剣が立て掛けられてある。


 寝台から下りて窓の外を見た。

 街道が曇ったガラスの向こう側の眼下にあり、人々の往来を望める。ここは二階らしい。

 信じ難いが、尋常な生活者の寝台が提供されている辺り、親切な人間に保護されたのだろう。

 街道で子供が倒れていたら、なるほど不審に思って注目される。

 ここの家主がそれを見咎め、俺たちを引き取ったという経緯の推論が組み上がる。


 シルキーは何処だ。


 命を賭して守ったのだ。

 寝目覚め一番に確認したいのは彼女の安否。

 俺の保護を条件に家主から(やま)しい対価を強いられた場合も考えうる。

 右も左もわからない少女など大人にとっては格好の餌。下卑た欲望に晒されては守った意味も無に帰す。

 何かあれば起こすと言ったのに。

 しょうがないヤツだ。


 俺は短剣を腰に差し、扉を静かに開ける。

 内部構造がわからない以上、慎重に行動せねば。幸いにもウサギの頭になってから、聴覚が物凄く鋭くなっている。

 床を軋ませる足音だって即時察知できる。

 現状、固い何かを()つ音――俎板(まないた)を叩く包丁だ。煮汁の香りといい、もしや調理中か。


 左右に伸びる廊下、幾つか部屋はあるが右手の突き当たりに階段がある。

 そちらへと、足音忍ばせてそそくさ走り、下へと段差を軋ませぬよう努めて慎重に降りた。


「何してんだガキ」


 唐突な一声だった。

 俺の立つ位置の一段下の段差、壁などにやや太い針が突き立つ。視認できない速度だったので、思わず目を見開いて固まった。


 階段の下に、いつの間にか男がいる。

 白衣を着た短髪、眼鏡をかけた強面の中年男性だった。

 村にも同様の着衣をした医者がいるので判るが、それにしても彼は服の下からでもわかるほど筋肉が隆起している。

 先端から煙の立つ棒(?)を(くわ)えて、レンズ越しに俺を睨んでいた。

 見るからに剣呑な人物だった、そんなヤツがいるとなれば、やはりこの家は怪しい。


 懐中から短剣を出して――手元を飛来した針が鋭く打擲し、弾き落とされた。

 速すぎる、村人よりも強いぞ。

 一瞬の驚愕に身を許していた間に、男が至近距離に来ていた。相手を慮る医者の眼差しとは思えぬ鋭い眼光で射竦められる。

 これか、捕食者に睨まれたウサギの心境は。


 身構える俺の頭を、彼の手が鷲摑みにする。


「患者がウロチョロすんじゃねぇよ」


「…………か、患者?」


「俺ァこれでも医者だ。道端でガキが寝てたら拾うだろ」


 見た目のせいで誘拐犯の発言のようだった。

 もはや唖然とするしかない。

 彼は医者だと宣い、俺を患者として治療した。それもウサギの頭をした、奇々怪々な少年を拾って。

 感謝よりも正気を疑う猜疑心が先立つ。


 俺が怪訝に見詰めていると、男が口許に笑みを浮かべる。

 普通に怖かった。

 男の頭から手を離し、背を向けて階段を下りる。階下に行けば殺されるのではという恐怖で立ち尽くした。

 そんな俺を、男が訝って振り返る。

 ウサギの顔なので表情かは判らないが、体のどこかを見て俺の意中を察した彼が首を振る。


「昔は殺し屋やってたが、医者だ」


「よ、余計に信用できなくなった」


「飯ができた、下に来い」


 男に促されて、渋々と階下に下りた。

 白衣の背中を追って、居間らしき空間へと突入する。鼻腔をくすぐる匂いが強くなった。

 室内を見回せば、村長宅に似た雰囲気である。もちろん、足下に獣の毛皮を敷いてはいないが。


 彼は椅子に腰かけ、俺はその正面に座った。

 机を挟んで、向こう側に怖い男がいる。

 何だろう、今すぐ逃げ出したい奇観だった。


「テメェの顔面、マジでどうなってんだ」


「いや、俺にも分かんないというか……いつの間にか、こうなってました」


「原因不明か。一瞬、シーズフリードの生体兵器かと思ったな」


 シーズフリ……?


 おそらく地名か国名だな。

 煢然とした山村に長くいたので、外界について全く認識が無い。国境付近にあるのは知っていたが、他についての知識は皆無である。

 無学同然の状態なので、何を聞いても驚いてしまう。

 しかし、何も知らぬ子供と露見すれば、無知を利して悪辣な大人の穽嵌に巻き込まれかねない。まだ信用できない相手に、明かせはしない。


 しかし、医者を名乗る男には判るらしい。

 一見して嘲りに似た微笑みを浮かべ、棒の先端に付く灰を小皿に落とす。

 あれは何だろう……?


「ここぁシュムハンド国の辺境。国境付近にある、ならず者の街だ」


「…………」


「体格とか、斧の刃の磨り減り具合を見るに樵夫が生業だろ。外部との交流を嫌う僻地の出身……違うか?」


 ご明察ですね。

 俺がわかり易いのだろうか。確かに人を(だま)すなんて事は、あまりした事がない。木を伐る仕事に誤魔化しなんて通じないから。


「一緒にいた嬢ちゃん、えらい別嬪だな?」


「あの子は何処だ?」


「買い出しだ」


「一人で行かせたのかッ!?」


「大丈夫だろ。道端で寝てるテメェを狙って近付いた奴隷商を片っ端から殺してたヤツだぞ」


 まて、聞き捨てならん。

 そのジェノサイティックな事情は知らない。

 シルキーが俺を狙う奴隷商を悉く葬った。ウサギ頭は珍しいので、高価な値段はつくかもしれない。

 その商魂を滾らせた悪の手から救ってくれた事は感謝できるが、人が眠るかたわらで何をしているんだ。

 何かあれば起こすと言ったのに、眠っている間に色々と起きすぎである。


 嘆息して背凭れに体を預ける。

 疲労困憊だった俺を気遣ってかもしれないが、些か処した荒事の数が多い。奴隷商に力を使ったのだとすれば、さぞ衆目を集めただろう。

 俺はともかく、彼女の身辺も危うい。

 一応、確認の為に目前の男を睨め上げた。


「あの子に何もしてないだろうな?」


「ガキに手ぇ出す趣味は無い。……あと二、三年が頃合いだな」


「…………」


「やめろ、ゴミ見るような目で見やがって」


 ゴミですよね。

 いたいけな少女に手を出す時点で事案物だ。

 孤立した村の価値観しかない俺でも、その程度の常識はあるし、俗世にも通じるはずである。断固として俺は間違っていない。

 二、三年なんて目処が近いヤツは、我慢できずに食うのが目に見える。

 能う限りシルキーは彼から離そう。

 彼女が立派な婦女子になるまでの話だが。


 卓上にスープとパンが置かれた。

 黄金色の水面に具が浮かび、細やかな獣肉などもある。疲れた体に考えた、胃の腑に優しい食事だった。

 一服盛られる可能性も考慮したが、食事を与えるくらいならば、既にシルキーの居ない今に奴隷商に売り飛ばしている。

 まだ警戒は解かず、けれどスープはありがたく頂いた。凶刃を躱しながら一昼夜走り続けた体に沁みる。

 (つま)しい食膳でも、俺の感動を催すには事足りた。涙ぐみそうなのもあって、深呼吸してから改めて一口を啜った。

 男は、それをただ笑って見ている。

 気味は悪いが、不思議と悪意は感じられなかった。


 後方の廊下で扉の開け放たれる音。

 叩き付けたような騒音に俺は驚き、男は強く舌打ちする。袖口から光を照り返す針の艶がちらついた。

 忙しなく玄関からこちらへ駆ける足音がし、居間へと小さな影が飛び込んで来る。


「キース、起きたんだね!」


「おはよう。うるさい」


「もうお昼だよ!」


「そら悪かった。うるさい」


「無事でよかった!」


 只管(ひたすら)にうるさい。

 声量を抑えられないのか、このクソガキ。

 怪我人の、それもウサギだから尚更に音が響いて伝わってくる。無事を喜んでくれるのは大変嬉しいが、その辺りの配慮を忘れないで欲しい。

 シルキーは膨らんだ買い出し袋を男に渡すと、颯爽と俺の膝の上に座った。

 食えない。

 抱きつくな。


 男が長嘆の息を吐いて、シルキーを引き剥がす。床へ無造作に転がしてから、再び椅子に座した。

 即座に立ち直った彼女が、俺の隣の座を占める。顔がうるさいと理不尽を言いそうになるほど輝いた笑顔で見詰めてくる。

 忘れているな。

 シルキーには義務がある。

 先ず、この現状に至るまでの経緯を説明してくれなければならない。


「んで、これはどういう状況だ?」


「お医者さんに診て貰ったんだよ」


「詳しく」


「君なら大体判るだろう」


 投げやりになるな、説明の義務を果たせ。

 俺は諦めてスープに専念した。

 時折、口を開けて求めてくるシルキーに一匙掬って与えつつ、完食する。控え気味に評しても美味だった。

 食後の礼をして、空になった皿を前に一息つく。満腹ではないが、快い気分に眠気が蘇った。

 シルキーが椅子を寄せてくる。

 俺の頭を撫で始めた。ウサギの黒毛の感触を楽しむ手つきの中に、幾許かの親しみがあって無性に安堵する。

 払うのも体力の浪費と繕って、身を委ねる自分がいるのも否めない。

 男が白衣のポケットから新たな棒を口にくわえ、先端に火を点ける。口から苦味のある臭気の孕んだ煙を吐いた。


「……保護してくれた事は、ありがとう」


「礼も金も要らねぇ。趣味だかんな」


「……変態か」


「変態じゃねぇよ。……ガレンだ」


「……助かった。ありがとう、ガレンさん」


「――で、テメェらどうすんだ」


 そう、まだ問題は山積みだ。

 村から持ち出した資金はあるが、外界でそれが余裕があると言える額かは分からない。俗世の貨幣制度じたいに疎い。

 無知の子供二人で生き抜けるほど世界は甘くない。覚悟したとはいえど、実際に直面したときの不安は想定以上である。


 白衣の男――ガレンが俺とシルキーを見遣る。

 沈思する俺とは対照的に、彼女は能天気にまだ頭を撫でていた。

 ガレンは再び煙を吐き出す。


「しばらくここに置いてやる」


「えっ……」


 意外な提案だった。

 治療してくれた上に、更に援助がある。

 屋根のある場所で眠れる環境、その厚意に(あやか)れるなら甘えたい。

 俺の傷云々は勘案する必要は無いにしても、寝ている間にあった大雑把な顛末で外が危険なのは充分解した。


「……じゃあ、よろ――」


「ただし、仕事を直ぐ見つけろ」


「あ、ああ」


「仕事に就くまでは面倒見てやる」


 期間限定の寝食が許可された。

 恩恵に与れるのだから高望みはできない。

 当然、むしろ優しさすら感じる処置だった。


 逡巡の間も無く、俺は頭を下げた。

 趣味で医者をするなどという酔狂な男だ、嘘ではないと信じられる。

 しばらくの雨垂れを凌げる生活が確保できた。腕枕で路傍に眠るのは嫌なので、職に就いたと同時に、別の寝床の確保を念頭に置いておく。

 片方とも疎かにしない。

 ここを発つ時は小屋でも一つ目標にしよう。


 そうなると、次の問題は職業。

 樵夫もいいが、森に近付くのは危険だ。村人と僅かでも接近する可能性は排除したい。

 街でも幾つか子供で請け負える仕事はあるのか。

 俺は齢一四だが、一つか二つ年上を自称しても疑われない。樵夫の仕事で鍛えた体のお蔭で、その嘘は通じる。


「ガレンさん、子供でも働ける場所ってある?」


「ガキに出来んのは刀か道具の鍛冶仕事、あと居酒屋の配膳、郵便、介護、雑事。他には……」


「職業なら心配ないよ」


 唐突にシルキーが自信を示す。

 俺とガレンは面食らって、彼女を見つめた。

 まさか、買い出しの途中、また俺の寝ている間に何事か勝手を起こしたのだろうか。職があるというのは吉報だが、情報源がシルキーとなると一変して凶報。

 疑わしく、二人で懐疑的な視線を注いでも、そのあらゆる美を集約したような造形の顔は、笑顔を崩さなかった。


「……どんな仕事だ?」


()()わたし達には適業だよ」


「他の候補は?」


「考えられない」


 なるほど、それほど魅力的な仕事か。

 彼女が気に入るなら、そこへは一人で行って欲しいが、きっと別行動を許してはくれない。

 シルキーはおもむろに、俺の肩を摑む。傷のある方だが、黙って痛みを堪える。

 正面から灰銀の瞳、そこに映るウサギの目は不安を浮かべていた。


「それで、その仕事は?」


「わたし達――――傭兵になるよ」


 ほら見たことか。





次回へ続く

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