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最強戦姫の幼馴染……の世話役  作者: スタミナ0
1章:戦乙女の旅立ちと世話役の初任
10/31

シルキーのご褒美

次回からあらすじ通り。




 体の芯まで竦ませる。


「死んでしまえ」


 シルキーから囁かれた言葉。

 あの天真爛漫な少女が口にするとは思いもしなかった言葉である。俺でさえ、他人にそんな台詞を吐いた覚えはない。

 その時点で、既にシルキーの異変を感じた。


 いや、そんなの気にしても。


 樹幹に縛り付けた俺に迫る三名が迫る。

 縄を解いて脱走する猶予も無い、咫子の間に死があった。山刀の先端が鼻先へと突き進んで来る。

 オッサン一人を撃退して浮かれていた。

 目まぐるしく(うつ)る異常事態の連続に冷静さを欠いていた。普段なら楽観視なんてしない。

 包囲網が本道に集中する訳など無いのだ。

 きっと、本道のある方角の森と村を円で囲った陣形で、洩れ出る恐れを一切排除した。あの丘の時点で、オッサン一人ではなく背後の見えない位置にもう何名かが控えて情報を伝達。

 俺たちが発見された方へと円を収斂させ、目標を容易に捕捉し徹底的に叩ける。

 奴等がシルキーを重要視しているなら、最初から彼女を人質に獲った演技をして、二人で脱出すれば良かったのだ。

 我ながらの未熟さに呆れる。


 ともかく、俺は死ぬ。

 数の暴力には勝てはしない。

 どれだけ勝算のある戦法を演算しても、所詮は子供の(はかりごと)、大人はすぐ気付く。それが如何に賢しい子であったとしても。

 俺は勝てない、それが事実。

 シルキーだけでも逃げてくれたなら報われるんだが、(のぞ)むだけ無駄なのか。

 諦観して、目を閉じようとした。



 すると、卒然と三名が立ち止まる。

 縛られて無防備な獲物を前にしながら、他に気を惹くことなどあるのだろうか。一つの方向を注目している。

 俺の背後だ。

 見ることは敵わない。

 それでも背を付けた樹幹、シルキーの居る位置で何事かが起きているのだと覚った。彼らにとって予想だにしない現象である。

 (まず)い――まさか自分の首にナイフを突き付けているのか?

 それを懸念した直後、森に一迅の風が吹く。

 ただでさえ寒冷な山地を、より凍てつかせる寒風だった。空気中できらきらと光るのは、雪の結晶である。

 乾いた霜を踏み割るような音がそこかしこで鳴り、辺りを顧眄すると下草の葉の表面に薄く氷が張っていた。吐く息が白くなり、肌を苛む寒気がますます強くなる。

 寒いさむい!

 耳の傷口に()みる、というか死ぬ!

 突如として露骨な(こがらし)が吹いたとは考え難い。村人の注視を束ね、周囲一帯に寒気をもたらす不思議な現象は、概ね状況から推察するにシルキーの仕業だろう。

 彼女に異変が起きた、何故?


 そもそも、彼女に力なんて――あ。


 考えるまでもなかった。

 俺は白く濃くなる息を思わず吐いて嘆く。


 守備、逃亡、生存に意識を傾注していた結果、また自らの擁する優位性について失念があった。

 この窮状を突破するには彼らを討つ力、即ち特殊能力が必須。尋常な戦法が通じない以上、そこを恃みとする他ない。

 そうだとするなら、こちら側では俺のみの特権ではない。

 あの『黒いお化け』と契約したのは二人。

 俺と、シルキーなのだ。

 つまり、この冷気の正体は――。


「――わたしのキースに触れないで」


 今すぐ撤回しろ。

 誰が、おまえのキースだ。というか、そのキースが今おまえの力で凍り付きそうなんだぞ。


 鋭さ増す冷気が拡散していく。

 傷口が冷やされ、俺の顔を流れていた血が固まった。激痛の熱に火照っていた体には、ちょうど良い塩梅である。

 そんな俺とは違い、村人たちは体が触れていた草木と氷結して身動きが取れなくなった。皮膚の色が白く、そして凍った部位は次第に黒ずんだ色に変わって壊死する。

 主に体の末端である指などが最初に完全に芯まで冷やされて、武器を握っていた部分から奇妙な造形の氷塊となって崩れ落ちた。

 悲鳴を上げることもできない――喉も凍った。


 これは、俺だけが氷らぬよう調整されている。

 そう理解するしかなかった。


 草を()()()()()が近付き、俺の横にシルキーが姿を見せる。

たった一つの意思で凍土と化した森は時間が停止したようで、その中を歩く彼女は、さながら神の化身だった。銀の髪が毛先まで神秘的な艶に濡れ光る。

 俺の方へと振り向いた顔は、ぞっとするほど美しく研ぎ澄まされた色香があった。

 細く吐かれた白い息の微温が、俺の肌をそよ風となって撫でる。何だか無性にもどかしくなる感覚がした。

 シルキーは笑みを湛えながら、短剣を取り出して俺の縛めを断ち切る。

 自由になった俺は、冷気に若干の身震いした。

 縄を切った後、シルキーがその短剣を鞘に納める。

 同時に、俺のまわりの冷たさが和らいだ。

 シルキーが胴に抱き着いてくるのを受け止めた。頭頂部の痛みが蘇ってきたのも重なって苦しい。


「凄まじいな」


「使い方もわかってきた」


「試すな。もういい、おまえも寒いだろ」


「耐性があるから。――でも、ここは暖かいね」


 確かに、温かいかもしれない。

 シルキーの力は何もかも凍らせる、そして彼女の体はきっと、『契約』に際して耐性を備えた。どれだけ気温を下げても、彼女だけは影響を受けないのだ。

 俺は外套の裾を千切り、耳の傷口に巻いて処置を施す。それから、幹に突き立つ斧を引き抜いて腰に下げる。


 振り返れば、村人たちは凍死していた。

 体だけが断末魔の瞬間で停止し、状態が保存されて氷像になっていた。ただ目は何かを訴えたまま無言で佇む。

 俺は一人の肩から、無理やり短剣を引き抜く。

 力()くだったので、氷像に亀裂が走り一瞬の後に崩壊する。何だか残酷なことをしてしまった。

 しかし、村長の遺品なので仕方ない。

 俺は鞘に納めて、再び懐中に忍ばせる。

 踵を返して、シルキーを抱き上げながら南下を再開した。


 村人による包囲網は、現在も狭まって来ている。感傷に浸るのは彼らの兇手(きょうしゅ)を逃れてからだ。

 まだ道中で四名、残る十数名以上がどこから現れるか油断ならない。

 変わらぬ劣勢への焦慮で熱くなる頭に、彼女の白い手が伸びてくる。


「傷は大丈夫なの?」


「音は聞こえる。かなり痛いけど」


「痛いの痛いの飛んでけー!ってしてあげようか」


「そうしたら、おまえを飛ばすけどな」


「わたしと離れてしまうよ?」


「それは困ったなー」


「薄情者」


 それは(わる)うござんしたね。

 余計な事に(かま)けないだけの話だ。それを薄情と捉えられるのは業腹だが、いちいち取り合うのも億劫なので無視する。

 でも――薄情者、か。

 もう村人を四人も殺して、たしかにそうなのかもしれない。覚悟は決めているので後悔もない。

 今と未来(さき)だけを見据えればいい。


 木陰から小石を持つ村人が躍り出てきた。

 慣れてきたから(わか)る。

 あれが得物だ。

 戦術的用途は、投擲だな。

 予測しうる力は、先刻の斧みたく自在に軌道を変えたりして追尾するか、それとも単純な投射速度の加速。

 相手が異常者となれば、得物を見れば見当が付く。シルキーのような場合を除いて。

 どちらにしろ、正面から放たれれば回避が難しい。

 ならば先手必勝だ。


「シルキー、しっかり(つか)まれ」


「抱き着く?」


「何でも良いんだよ。安定する姿勢だ」


「うんっ」


 首が苦しい。

 首筋に腕を回してきた彼女の体を、片腕に抱える形に持ち変える。樵の仕事で腕力と体幹が鍛えられているので楽だった。

 そして空いた手に腰の斧を摑み取る。

 同時に、相手の小石を握る手が後ろに振りかぶられた。放たれる直前、その前に決着をつける。


 俺は相手に向かって低く前傾姿勢になりつつ、斧を後方に引き絞り。

 そして一気に地面を蹴った。


 自分以外の総てが遅くなる。

 予想通り石を投じる彼の動きが克明に見える。滑らかに動いていく、ゆっくりと。

 俺の跳躍力で生み出された異空間。

 平時と同じ速度で行動できるのは、俺のみ。

 そのまま駆け抜けて、なげうつ前の村人の頚に斧を叩き込んだ。

 横を通過しながら、頚椎を砕いた感触を得る。

 背後では首が()ね飛び、村人の体は石を中途半端に掲げた姿勢で前へと(くずお)れていく。


 振り返らずに走った。

 すべての動作に通常の速度が取り戻される。

 村人が下草に倒れ込む葉擦れの音がした。

 俺はシルキーを抱き締めながら、斧から血を腹って再び腰に差す。人の首を()()()感触は、存外残らなかった。

 慣れてしまったらしい。

 薄情というより、冷血だな。

 冷たいけれど、それでもシルキーの体から温かさが感じられる。


「シルキー、このまま行くぞ」


「無理していない?」


 してないよ。

 俺はただ首を横に振って加速した。





 それから数刻の後。

 俺たちは山麓から更に離れた南部、森林限界を抜けて街道に出た。そこは初めて見る物ばかりが犇めき、絶えず往来している。

 山麓に出るまで執拗に村人の追走は続いたが、森を南に深く進んだ経験がないのか上手く撒けた。

 あれから肩や胸に浅い刃傷を刻まれつつも、五体満足で到着したのである。

 俺はシルキーを下ろし、路傍の草が茂った部分に腰を下ろした。


 体を休めた途端に。

 芯から泡沫が弾けたように満腔(まんこう)を疲労感が支配する。枷を付けたと錯覚する重みに襲われ、その場から動けなかった。

 張り詰めていた意識が弛緩して、忘れていたモノが後からやってくる。

 人を殺した手応え、裏切り、村の真実、自分に起きた怪異、傷。

 顧みると、堪えがたい心労ばかりだ。

 思わず俯いて寝入りそうになる。こんな場所で寝てはいけないのに。

 そこで、不意に隣にやや間隔を空けて座ったシルキーが俺の体を横倒しにさせた。問う間もなく、頭巾で隠したウサギ頭を自身の揃えた膝上に安置する。

 ――いわゆる膝枕だった。


「何してんだ」


「膝枕だよ」


「何で」


「これ、君にとってのご褒美だよね」


 ありがたくないね。

 二重の意味で頭が上がらないよ。

 けれど、まことに遺憾ながら柔らかい彼女の太股の感触が心地よく、俺の意識を深い眠りに(いざな)おうとする。

 シルキーが頭を撫でてきた。

 やめろ、寝てしまうだろ。


「いまは休もう?何かあれば起こすから」


 いや、それはそれで手遅れだろ。

 そんな反論も言えず、その後の俺の意識は闇に沈んで戻らなかった。





次回へ続く。

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