紅の約束
ごく普通高校生、里見悠は日課となっていた放課後の夕焼けを眺めるために屋上へと足を運ぶ。
しかし、今日の屋上には、非日常的な先客がいた。
時は放課後。里見悠は屋上へと足を向けていた。夕焼けに照らされた紅の街、この色が完全に変わるまで見渡すのが俺の放課後の日課になっていた。
せわしなく進む街の様子とは違い、夕焼けの色はいつも紅一色で、いつだってゆっくりと色を失っていく。たぶん俺は、そんなギャップに惹かれたのだろう。
しかし今、俺の見ているものはいつもの街ではない。いや、目の前の状況がいつものようにふるまうことをさせてくれない、その余裕を与えてくれない状況だった。
「おいおい、自殺しようとしてんだろ?自殺なんてやめようぜ。な?」
想定していなかった放課後のイレギュラーに、震える声を抑えて話しかける。
そう、俺の目の前にあるもの、それは――
「だって…だってぇ…生きる意味もない私が…!なんで苦しい思いして生きてなくちゃいけないのよぉ‥‥!」
そう。屋上の扉を開けた先に見たのは、フェンスを越えた先に足をかけた、夕日に照らされた少女だった。
「如月さん!生きてればきっと一回くらいはいいことがあるさ!」
やってしまった。口走ってしまったとすぐに気付く。どうして一回くらいは、などという現実的なことを言ってしまったのだろうか。
「そ、その…、きっとこれから色々あるから!だから考え直してくれよ!」
さっきの失態も重なったために、彼女を止めたい一心で説得していた焦りから、ついてきてくれない説得力は、そっぽを向いてしまっていた。
彼女は如月御琴。あまり覚えてはいないのだが、彼女とは中学校の頃からの顔見知りのはずだ。
「じゃあ、貴方が責任取りなさいよっ!」
彼女はいきなり声を荒げてわけのわからないことを言い出した。無論、そのことは重々承知のはずだった。なのに俺ときたら…。
「…は?」
彼女は無神経な一言にあっけにとられて、涙は勿論、呼吸すらもが平静を取り戻していた。
彼女はもちろんのこと、この発言の当の本人すらもが無言でこの空気を作る手助けをしていて、なにか取り繕うとしても、イレギュラーな静寂に押しつぶされて、頭の中で後悔することしかできなかった。
「……くせに…」
彼女が俯いたまま呟く。
聞き返すべきかと悩んでいると、彼女の震えていた唇が動いた。
「だったら…!何もできないんだったら止めないでよ!」
御琴はいよいよ片足を放り出す。
「俺にだってできることはある!」
身を投げる一歩手前だったからといって、なにも考えがないまま呼び止めてしまった。
いくら急を要していたとしても、この後容易に予想できるような質問に応えられる回答をすぐに用意することが安易でないことを理解しているからこそ、より一層後悔してしまう。
「あなたに…あなたに何ができるっていうのよ!教えてよ!」
彼女の心の叫び。そして、彼女の目には涙があふれていた。その姿、彼女の言葉に既視感を感じていた。
あの時は俺が生きる意味を失っていたんだったな…。
そういえばあの時、あの子は――
「だったら俺が!お前の生きる意味になってやるよ!」
回答に急いた俺が放ったのは、あの時俺を支えてくれた言葉だった。
しかし、今の俺には無責任な言葉でしかなかった。その言葉の意味をある程度理解していながら、覚悟はできていないのだから。
彼女は面食らっているのか、何も言わず目を大きく開いている。
そしてすぐに俯き、再び顔を上げる。
「…本当に…私のために…?」
彼女がまっすぐ俺を見つめ、次の言葉を待っている。
もうどうにでもなれだ。如月御琴とは友達でもなんでもないが、目の前で死のうとしている人間を止めもせずに見ているほど冷酷にはなれない。
決心がついた。あの言葉の責任、一瞬でも生きることに希望を持たせた責任だ。
覚悟が必要だった。しかし、目の前の女の子を死なせることと比べればきっと俺のプライドは安いのだろう。
即決すぎるとは思っているが、きっとこれが後悔のない選択なのだろう。状況もあるだろうが、俺は次の言葉を出すのにうじうじと考えることはなかった。
「ああ!お前のためになんでもしてやるよ!お前のものにだってなってやる!」
言い切った後に少しだけ後悔はあった。けれども俺は一度、この言葉に救われた。
今度は俺が救うんだ。それがきっと、俺に希望をくれたあの子への恩返しになるのだろうと感じた。
はじめまして、京です。
こちら、私の願望や後悔マシマシの処女作となっております。
これからも書き上がり次第どんどん投稿していくつもりですので、どうか次回もよろしくお願いします