モフモフ犬になった俺の相棒に愛の手を。
ラブコメです。楽しんでいただけたら嬉しいです!
王宮の舞踏会。
今日も俺はウンザリしていた。
侯爵家嫡男のそこそこ顔の整った男。
そこそこ身長も高いし、普段は騎士の仕事をしているので、体もしっかり引き締まっている。
勤務態度は真面目。ずば抜けて優秀ではないが、そこそこ優秀。
爵位も容姿も能力も、全てそこそこの俺。
王族や公爵などの高嶺すぎて手が届かないような方々とは違い、ギリギリ手が届きそうな絶妙な位置。顔は整っているが、茶色の髪に茶色の目で、華やかさとは少し無縁なので、もしかしたら私でもイケルと思わせてしまうのかもしれない。
女性関係においても浮いた噂もないので、おそらく火遊びをしない誠実な男と思われていることだろう。単に面倒なだけなのだが。
とにかく俺はよくモテる。
結婚相手として、優良物件と見られるのである。
世の中、そんな立ち位置を喜ぶ男も多いが、俺ははっきり言ってウンザリしている。
媚を売ってくるご令嬢の相手をするのは、苦痛でしかない。
纏わりつく女性陣を笑顔でかわし、人混みを避けるように、俺はこっそり会場を抜け出した。
廊下から外に出ようと試みるが、サァーっと雨の音が聞こえる。
(雨が降っていては、庭園に逃げることもできないな。このまま、帰ってしまおうか)
深くため息をついて戻ろうとした時、廊下から庭園へと下りられる階段の方から、クゥーンクゥーンと哀しそうな犬の鳴き声がする。
近づくと、一匹の泥にまみれた白い小さな犬が、雨にびしょ濡れになって、うずくまっているのが見えた。
王宮の外から迷い込んだとは考えられないので、誰かの飼い犬であろうか。
犬が俺の気配に気がついて、顔を上げる。
「ワンワンっ! ワンワンっ!」
領地でも犬を飼っており、犬は大好きである。
「お前、どこの子だ?」
そっとその背を撫でてやると、されるがまま。どうやら人懐っこい犬のようである。
俺は服が汚れるのも構わず抱き上げた。
「ん?」
俺が犬の目を覗き込み、問いかける。
「クゥーン、クゥーン」
甘えたような声を出して、俺の腕の中で、嬉しそうに尻尾をブンブン振っている。
見ると、キラキラと何やら訴える瞳で、俺に何かを伝えようとしているような?
俺は周りを見回すが、誰かに保護してもらうにも、近くに使用人の姿はない。
びしょ濡れの犬を抱えて会場に行く訳にもいかない。
加えて、俺はもうさっさと帰りたい。
とりあえず今日は俺が保護をして、明日仕事に来るついでに、再び王宮に連れて来ることにした。
家に戻るなり、執事にお風呂の用意を命じた。
ドロドロの犬を抱っこしていたので、俺自身もドロドロである。
さっさとこの小汚い犬と自分を何とかしなくては。
浴室の準備が整い、犬と一緒に移動する。
ここに来て、それまで大人しかった犬がどこかへ逃げようと急に暴れ出す。
「ん? お前はお風呂が嫌いなのか? 気持ちいいぞ」
脱衣室に入り、俺は片腕で犬を抑えながら、器用に素早く自分の衣服を脱ぎ捨てる。
俺が全裸になった段階で、ようやく犬が大人しくなった。というか、犬が固まった。
「そんなに水が恐いのか? 俺が綺麗にして、気持ち良くしてやろう」
そう言うと、心なしが犬がブンブン首を横に振った気がした。
「お前、まるで言葉が分かるみたいだな」
今度はブンブン首を縦に振っている。
「まさかな。さ、さっさと洗って、湯船に温まろう。雨に濡れて、冷えただろう?」
ゴシゴシ洗ってやると、輝かんばかりの白い毛並みが現れた。見事なモフモフ具合である。
抱きかかえたまま、一緒に湯船に浸かって、ほっと一息つく。
「……お前は一体、どこの子だ? 毛艶は良さそうだし、顔立ちも可愛いし、野良犬ではなさそうだ」
洗ってみて分かったが、なかなか美しい白い犬であった。間違いなく、どこかの貴族の飼い犬であろう。
「明日、王宮で一緒に飼い主を探してやるからな」
優しく撫でてやると、目がキラキラ輝いて、本当に愛らしい。
思わずちゅっと額に口づけてやると、犬が再び固まった。
次の瞬間、ボンっと大きな音と共に、犬が煙に包まれた。俺は思わず目を閉じると、俺の体に何やら柔らかい何かが覆い被さってきた。
恐る恐る目を開けると、そこには腰まである、うねるような金の髪の女性の頭。胸に感じる柔らかい感触は、どうやら彼女の胸のようである。
「!?」
俺は固まり、口をパクパクさせる。
元犬だった女性がゆっくり顔を上げると、それは俺のよく知っている女性だった。
「ミーリア!?」
そう、いつも髪の毛をきっちり一つに編み込んでいたので、すぐに気がつかなかったが、彼女は俺の同僚で、仕事上のパートナーの魔法騎士であった。
今就いている王宮警護の仕事は、大体、前衛でメイン武器で戦う騎士と、後衛で主に補助魔法を使って助ける魔法騎士がペアとなり、2人1組でチームを組んで警護している。
いつも男勝りの彼女が瞳を潤ませて、俺に乗っかかったまま、俺を見つめる。
「ろ、ロイド、これには事情があって……」
彼女が全て言い終わる前に、浴室の扉が開く。
「ロイド様っ、大丈夫でございますかっ?」
大きな音に心配したメイドが、執事を呼んだようである。
執事が浴槽の中で、裸の女性に乗っかられた状態の俺を見て、思わず扉をそっと閉めた。
(これはヤバイ。絶対何か誤解されてる!)
「み、ミーリア。とりあえず、俺から離れようか。その……、胸が当たって、健康な男である俺は非常にヤバイ」
ミーリアが両手で胸を隠し、ばっと離れる。豊満な胸は残念ながら、隠しきれていないが。
(ミーリアの奴、着痩せするタイプだったんだなぁ。……って、俺! 相方でもあり、友でもであるミーリアをなんて対象で見てるんだっ)
根は真面目な俺は、自分を叱責する。
ミーリアは騎士養成学校の時から同級生で、今は仕事上の大事なパートナーだ。そんな腐れ縁から、異性とはいえ、今ではすっかり信頼できる友でもある。
俺は脱衣所からタオルと俺のシャツを取ってくる。
「とりあえず、俺のシャツを着て?」
俺もとりあえず残ったズボンだけを身につける。
ダボっとした俺のシャツを着た彼女。なかなか可愛らしいと思ってしまったのは、俺の秘密。
一生懸命裾を下に引っ張っているが、もちろん露わな太ももは隠れない。諦めてバスタオルを巻いて、隠すことにしたようである。
その間に、俺は浴室外の廊下にいたメイドに女性の服を持ってくるよう命じた。
「で、ミーリア、どうして犬になっていたんだ?」
とりあえずミーリアは妹のドレスに着替え、我が家の応接室に移動した。
ミーリアは普段は騎士服だし、プライベートで会う時も男装姿しか見たことなかったので、ドレス姿はかなり見慣れない。
でも、改めてこうして見ると、美しい女性にしか見えないので、不思議である。
「それが、父上と結婚について喧嘩になって……。ほら、私もそろそろ結婚適齢期の終盤だから。で、無理矢理、爵位と魔力だけは高い、変態ハゲオヤジと政略結婚させられそうになって、思わず愛する人と結婚するんだと喚いたら、そんな相手いないくせに嘘をつくなと怒った父上が私に魔法をかけてしまったんだ」
(確かミーリアの父親は魔法省の長官だったっけか。
しかし、それにしてもやりすぎではないか!?)
彼女がゴクリと唾を飲み込む。
彼女の目が真剣になる。
「その魔法とは、真実の愛のこもったキスを誰かにしてもらわないと、人間に戻れない……。父上に頭を下げて、気に入らない相手と結婚するなんて絶対嫌だし、頼れる相手は友であるロイドしかいないんだ!」
うるうるした瞳で見つめられる。
「ん? では今、 なんで人間に戻れたんだ? 俺は犬に対して可愛いなと思って額にキスをしただけだぞ?」
「多分、もうすぐしたら犬に戻るかも……」
―――ボフン!
宣言通り、彼女は白い犬に戻った。
その時、応接室の扉がノックされ、メイドが入ってくる。
「お茶の準備が整いましたが……、あれ? お客様はどちらに?」
俺の前の席には白い犬と妹のドレス。メイドが首を傾けていると、バタバタと後ろから父と母と妹が入ってくる。
「お兄様が女の人を連れ込んだと聞いたんだけど!? ついにお嫁さん、見つかったの?」
「ロイド! 連れてくるなり、いきなり一緒にお風呂とは、お前はご令嬢に何ということを!」
「で、どちらの家のご令嬢なのかしら?」
入ってくるなり、3人に捲し立てられ、俺は圧倒される。
「「「で、そのご令嬢はどこ!?」」」
3人同時に気迫のこもった顔で問いかけられる。
「か、彼女は犬を連れてきただけです。もう帰りました」
すでに居ないと分かり、3人はあからさまに落胆する。
「彼女は同僚の騎士で、俺の相棒の魔法騎士です。ちょっとハプニングがあって、犬と一緒に浴室にいただけで、決してやましい関係ではありません」
努めて冷静に言うと、早速、矢継ぎ早に反論がきた。
「執事のハンスから、裸で抱き合ってたと聞いたわ! どんなハプニングがあったら、裸で抱き合うのよっ」
「そうだぞ。お前にそのつもりはなくても、男性の家で、浴室で裸で抱き合うなんて、もう我が家の嫁同然だ! 早く正式に紹介しなさい!」
「で、どちらの家のご令嬢なのかしら?」
3人の迫力にすっかり押され気味の俺。
「と、とりあえず、また紹介しますから、今日はこの辺で」
俺は逃げることにした。
「ミーリア、行こう」
俺は針のような視線に耐えながら、白い犬を抱きかかえ、自室へと逃げ帰った。
自室のベッドに腰掛ける。
とりあえず、ミーリアを人間にしないと話にならない。
俺はもう一度、ミーリア(犬)の額にキスを落とす。
しかし、何も変化が起きない。
どうやら、気持ちを込めないと人間にならないらしい。
(うーん。どうしたものか)
俺はモフモフした白い犬の体をワシャワシャ撫で回し、ぎゅっと抱きしめた。
(うん。この感触、癒される〜)
そして、つぶらな瞳をじっと見つめる。
(やっぱり愛くるしい!)
そして、もう一度、ミーリアの額に口付けた。
―――ボンっ!
顔を真っ赤にさせた全裸のミーリアが現れる。
ベッドに全裸の女性。これはまたやばい光景である。
我に返ったミーリアが、慌ててベッドの布団の中に潜り込んだ。そして、目だけちょこんと出してきた。
「ロイド、私はどうしたらいいんだろう?」
「お前も魔法騎士として、かなり優秀なはずだろう。自分で解くことはできないのか?」
「流石に父上には敵わない」
2人の間に沈黙が流れる。こうして考えている間に、ミーリアはまた犬に戻ってしまいそうだ。
(……大事なミーリアのためだ。一か八か試してみるか)
「お前は嫌かもしれないけど、人間のお前にキスしてみてもいいか? 」
「えっ!?」
顔を真っ赤にしたミーリアが俺を見つめる。
「正直、お前は大事な相棒で友人だと思ってきたが、……それも一種の真実の愛だろ?」
布団から首だけ出したミーリアの口がパクパクしている。
「それに俺はいわゆるご令嬢を好きになれないし、女性の中ではお前が一番好きだぞ」
まるで愛の告白だ。こんなこと、生まれてこのかた、女性に言ったことはない。人生初の経験だ。
「試しても、いいか?」
俺はミーリアの枕元に近寄り、ミーリアの頰にそっと触れた。
ミーリアは相変わらず顔を真っ赤にさせていたが、目をギュと閉じて、覚悟を決めたようである。
平静を装っていたが、正直、俺の心臓もバクバクだ。
「た、頼みます……」
彼女が消えるような小声で囁いた。
俺は意を決して、ゆっくり顔を近づけ、彼女のふっくらした唇に、自分の唇を合わせる。
柔らかい、吸い付くような感触に、頭がクラクラする。布団の下には先程の豊満な裸体があるかと思うと、さらに理性との戦いである。
(に、肉欲ではダメだ! 欲望に負けるな俺! 愛を、真実の愛をこめなくては!)
ミーリアとの出会いから振り返り、彼女への友情の歴史を頭に振り返る。
思えば、俺の隣には常に彼女がいる。
彼女の優しい微笑み、励まし。時には背中を預けて共に戦う時の真剣な眼差し、喧嘩して拗ねた時のむくれ顔。
(彼女がこのまま犬になってしまったり、変態ハゲオヤジのところへ嫁に行ったりしたら、俺は絶対に嫌だ! 彼女はずっと俺の隣にいて欲しい)
―――愛おしい。
俺はそっと彼女の唇を割り、舌を入れて絡ませた。
「んんっ」
彼女の甘い声が、脳に響く。
バンっ!!!
俺が思わず彼女との熱いキスに夢中になっていると、その時、俺の部屋の扉が開いた。
「お兄様!!!」
扉を見ると、妹と両親が飛び込んできた。
「やっぱり連れ込んでたっ!」
「ロイドっ! 結婚前のお嬢さんになんてことを!」
「で、どちらの家のご令嬢かしら?」
こうして、俺は外堀を埋められることになる。
「ファーストキスだったのに、舌を入れてくるなんて……」
そして、この後、ミーリアに可愛く睨まれることになるのである。
読んだくだり、ありがとうございます!
短編で、ミーリア視点を書ければと思っています。またよろしくお願いします。