剣士
旅人が一人。
彼は剣士であった。
生粋の「剣」そのものであった。
その彼に、一人の少女が追いすがる。
手にナイフが握られていた。
「やめておけ」
剣士は背を向けたまま、
殺気に満ちた少女に告げる。
「お前は俺を倒せない。去れ」
豪胆、しかし奢りはない。
油断なく、抜かりもない。
既に剣士はマントを跳ね上げ、
腰の剣に手を添えていた。
その不敵な姿に、少女の殺気は凍り付く。
しかし、もう迷いは無い。
「いいえ」
少女は震えながらも剣士に抗う。
少女は再び、ナイフを構える。
「あなたを殺さなければ、私は前に進めない」
その少女の言葉に、もはや剣士は差し止めない。
意を決し、少女は剣士に殺到する――。
「――それを、あなたは一刀で切り伏せた」
顛末の後、街の衛兵は詰問した。
しかし、剣士に咎は無い。
少女に襲われ、
そして初めて剣士は剣を抜いたのだ。
剣士は肩に傷を受け、未だ鮮血が流れていた。
衛兵は剣士を咎めない。
剣士の技に敬意を抱くが、
しかし、尋ねずにはいられない。
「あなたならば、切らずとも止められたのでは」
剣士はうなずき、こう答えた。
「俺が死ななければ、先に進めないと云っていた。
彼女は他に道が無く、しかし俺は死にたくない」
目を細めて、うなずく衛兵。
もう用は無いと見て、
剣士は無言で立ち去った。
何故こうなったか。
それは死んだ少女に尋ねる他は無い。
まだ他に怨恨を残してはいないか。
それを衛兵は質すべきであったか。
いや、その詰問に意味は無い。
答えは既に知れている。
――俺は剣士。
人を切る、それだけの「剣」にすぎない。
ならば、常に怨恨と共にある、と――。
(完)